23 / 60
学園の感謝祭にて
学園の感謝祭にて・5 ◇次男レイモンド視点
しおりを挟む
意気揚々とサロンに姿を現した私を、同級生達は驚きながら出迎えた。
その後は口々に賞賛の言葉を投げ掛けて来る。
殆どがこれまでの付き合いから来る世辞だと分かってはいても、この出来栄えならば私だとは分かるまい、と思えて私は安心出来ていた。
「レイモンド様っ、とっても素敵ですよっ。」
「流石ですぅ、お似合いですぅ。」
私の気持ちを落とさぬように気遣ってくれている言葉を聞きながら。
しかし申し訳ない事に、私は少々気落ちしていた。
今日の私の役目は、仮装した状態で校舎内を練り歩き、喫茶店の宣伝をする事。
慣れないピンヒールで歩き回るのはかなり厳しいものがある為、同級生が私のサポートとして付いて来てくれるのだが……。
「………。」
今まさに履かされているヒールの高さは、私の予想を遥かに上回っていた。
踵部分だけで、十五センチはあるだろうか。それに……かなり細い。ちょっとした拍子に折れてしまいそうだ。
サポート役の同級生の腕に掴まるとしても、果たしてこれを履いて、私は校舎内をどれだけ歩けるだろうか。
私が仮装している『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』は軍人でもあるのだから、そこを指摘して、せめてブーツにして貰うべきであったかと。今さらになって激しく後悔した。
「レイモンド様、はいっ。これをお持ちになってくださいっ。」
そうこうしている内に両足とも、ピンヒールを履き終えてしまった。
女子生徒から元気良く渡されたのは、鮮やかな色遣いで喫茶店の宣伝が書いてある大きな扇。それを受け取った私は後悔の度合いを深める。
これを持つという事は、サポート役に縋れるのは空いている片手のみ、という事だ。
実際に今、扇を持ったのと反対側の手は、私にピンヒールを履かせたサポート役の掌に重ねている。
私の気持ちを正直に言おう。
この状態でもゆっくりとならば歩く自信はある。ゆっくりと、ならばだ。
だが扇を振り、クラスの喫茶店の宣伝をしながら長い距離を練り歩くのは……出来るかどうか、自分でも首を捻らざるを得ない。
しかし、そうは言っても、それも今更だ。
役目を果たす為にはどうするのが一番良いか、それを考えなくてはならない。
「あっ、レオナルド先輩だ。」
思案する私の耳に飛び込んだのは、状況的にはとても歓迎出来ない名前だった。
後輩からの社交辞令的な誘いの言葉を真に受けた兄が姿を見せたのだ。
「レオナルド先輩、わざわざ見に来てくれたんだ~。」
「ん、あぁ……まぁな。」
黙っていれば「怖い」と言われる兄だが、それでも慕っている生徒は少なくない。
後輩達に喜ばれている兄の姿を視界に入れながら、私はピクリとも動かずにいた。
兄に対してどう接するか、一瞬迷った私だが。
そう言えばと、気が付いた。
今日は歴史上の人物に仮装すると、その点については事前に伝えてあった。
だから私の出で立ちが少々派手な女装だったとしても、そこを揶揄われる謂われはないはずだ。
それにもしかすると、兄は私に気が付いていない可能性もある。
見に行くと言っておきながら、私に話し掛けて来ないのは、マーダー・ムヤンの仮装をしているのが弟のレイモンドだという確証を持てないから、ではないだろうか。
今日の私は、別人とも思える程の化粧をしているのだ。
兄の気を惹かぬよう黙って、大人しくしていればやり過ごせるかも知れん。
そんな事よりも『ピンヒール問題』をどうするべきか。
そちらに注意が向いてしまった為に、私は兄からチラチラと視線を向けられている事に気が付けずにいた。
「…レディが喫茶店の宣伝で、校舎内をグルっと回って来るんですが……。せっかく来てくれたんだから、先輩がエスコートしてくださいよ。」
そう言いながら、私をサポートするはずの同級生が兄の背中を押した。
私の足元が覚束ない事を察知して、サポートするのが嫌になったのだろうか。
「………。」
「………。」
無言で私を見る兄。
弟である私から見ても、今の兄は何を考えているか判別出来ない表情をしていた。
私も言葉を発しない。
喋らなければ私だとは分からないはずだと考え、他人の女になりきる事を心掛けた。
「……お、っ……。オレで……良ければ、喜んで………。」
私は一瞬、自分の目と耳とを疑った。
声と態度が余りにも乖離している。
兄が言った台詞自体はこの際、どうでも良いとして、だ。
発した声には、隠しきれない怒りと言うか、苦々しさが滲んでいた。
だと言うのに兄の身体は、ここに掴まれと言わんばかりに、私に向かって曲げた肘を指し示しているのだ。
まるで親しい、あるいは近しい男女間のエスコートのような姿勢で。
私を見る表情は、笑いながら怒っているようだった。
差し出された肘に、遠慮なく腕を絡めるべきか。
声の方が正直だと踏んで断るべきか。
どちらを選択するべきか悩んだ私の手は、実に半端な位置で止まっていた。
その後は口々に賞賛の言葉を投げ掛けて来る。
殆どがこれまでの付き合いから来る世辞だと分かってはいても、この出来栄えならば私だとは分かるまい、と思えて私は安心出来ていた。
「レイモンド様っ、とっても素敵ですよっ。」
「流石ですぅ、お似合いですぅ。」
私の気持ちを落とさぬように気遣ってくれている言葉を聞きながら。
しかし申し訳ない事に、私は少々気落ちしていた。
今日の私の役目は、仮装した状態で校舎内を練り歩き、喫茶店の宣伝をする事。
慣れないピンヒールで歩き回るのはかなり厳しいものがある為、同級生が私のサポートとして付いて来てくれるのだが……。
「………。」
今まさに履かされているヒールの高さは、私の予想を遥かに上回っていた。
踵部分だけで、十五センチはあるだろうか。それに……かなり細い。ちょっとした拍子に折れてしまいそうだ。
サポート役の同級生の腕に掴まるとしても、果たしてこれを履いて、私は校舎内をどれだけ歩けるだろうか。
私が仮装している『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』は軍人でもあるのだから、そこを指摘して、せめてブーツにして貰うべきであったかと。今さらになって激しく後悔した。
「レイモンド様、はいっ。これをお持ちになってくださいっ。」
そうこうしている内に両足とも、ピンヒールを履き終えてしまった。
女子生徒から元気良く渡されたのは、鮮やかな色遣いで喫茶店の宣伝が書いてある大きな扇。それを受け取った私は後悔の度合いを深める。
これを持つという事は、サポート役に縋れるのは空いている片手のみ、という事だ。
実際に今、扇を持ったのと反対側の手は、私にピンヒールを履かせたサポート役の掌に重ねている。
私の気持ちを正直に言おう。
この状態でもゆっくりとならば歩く自信はある。ゆっくりと、ならばだ。
だが扇を振り、クラスの喫茶店の宣伝をしながら長い距離を練り歩くのは……出来るかどうか、自分でも首を捻らざるを得ない。
しかし、そうは言っても、それも今更だ。
役目を果たす為にはどうするのが一番良いか、それを考えなくてはならない。
「あっ、レオナルド先輩だ。」
思案する私の耳に飛び込んだのは、状況的にはとても歓迎出来ない名前だった。
後輩からの社交辞令的な誘いの言葉を真に受けた兄が姿を見せたのだ。
「レオナルド先輩、わざわざ見に来てくれたんだ~。」
「ん、あぁ……まぁな。」
黙っていれば「怖い」と言われる兄だが、それでも慕っている生徒は少なくない。
後輩達に喜ばれている兄の姿を視界に入れながら、私はピクリとも動かずにいた。
兄に対してどう接するか、一瞬迷った私だが。
そう言えばと、気が付いた。
今日は歴史上の人物に仮装すると、その点については事前に伝えてあった。
だから私の出で立ちが少々派手な女装だったとしても、そこを揶揄われる謂われはないはずだ。
それにもしかすると、兄は私に気が付いていない可能性もある。
見に行くと言っておきながら、私に話し掛けて来ないのは、マーダー・ムヤンの仮装をしているのが弟のレイモンドだという確証を持てないから、ではないだろうか。
今日の私は、別人とも思える程の化粧をしているのだ。
兄の気を惹かぬよう黙って、大人しくしていればやり過ごせるかも知れん。
そんな事よりも『ピンヒール問題』をどうするべきか。
そちらに注意が向いてしまった為に、私は兄からチラチラと視線を向けられている事に気が付けずにいた。
「…レディが喫茶店の宣伝で、校舎内をグルっと回って来るんですが……。せっかく来てくれたんだから、先輩がエスコートしてくださいよ。」
そう言いながら、私をサポートするはずの同級生が兄の背中を押した。
私の足元が覚束ない事を察知して、サポートするのが嫌になったのだろうか。
「………。」
「………。」
無言で私を見る兄。
弟である私から見ても、今の兄は何を考えているか判別出来ない表情をしていた。
私も言葉を発しない。
喋らなければ私だとは分からないはずだと考え、他人の女になりきる事を心掛けた。
「……お、っ……。オレで……良ければ、喜んで………。」
私は一瞬、自分の目と耳とを疑った。
声と態度が余りにも乖離している。
兄が言った台詞自体はこの際、どうでも良いとして、だ。
発した声には、隠しきれない怒りと言うか、苦々しさが滲んでいた。
だと言うのに兄の身体は、ここに掴まれと言わんばかりに、私に向かって曲げた肘を指し示しているのだ。
まるで親しい、あるいは近しい男女間のエスコートのような姿勢で。
私を見る表情は、笑いながら怒っているようだった。
差し出された肘に、遠慮なく腕を絡めるべきか。
声の方が正直だと踏んで断るべきか。
どちらを選択するべきか悩んだ私の手は、実に半端な位置で止まっていた。
10
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・話の流れが遅い
・作者が話の進行悩み過ぎてる

皇帝の立役者
白鳩 唯斗
BL
実の弟に毒を盛られた。
「全てあなた達が悪いんですよ」
ローウェル皇室第一子、ミハエル・ローウェルが死に際に聞いた言葉だった。
その意味を考える間もなく、意識を手放したミハエルだったが・・・。
目を開けると、数年前に回帰していた。


主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】アナザーストーリー
selen
BL
【側妻になった男の僕。】【何故か正妻になった男の僕。】のアナザーストーリーです。
幸せなルイスとウィル、エリカちゃん。(⌒▽⌒)その他大勢の生活なんかが覗けますよ(⌒▽⌒)(⌒▽⌒)

もういいや
senri
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが……
まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん!
しかも男子校かよ………
ーーーーーーーー
亀更新です☆期待しないでください☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる