人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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学園の感謝祭にて

学園の感謝祭にて・5  ◇次男レイモンド視点

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意気揚々とサロンに姿を現した私を、同級生達は驚きながら出迎えた。
その後は口々に賞賛の言葉を投げ掛けて来る。
殆どがこれまでの付き合いから来る世辞だと分かってはいても、この出来栄えならば私だとは分かるまい、と思えて私は安心出来ていた。



「レイモンド様っ、とっても素敵ですよっ。」
「流石ですぅ、お似合いですぅ。」

私の気持ちを落とさぬように気遣ってくれている言葉を聞きながら。
しかし申し訳ない事に、私は少々気落ちしていた。


今日の私の役目は、仮装した状態で校舎内を練り歩き、喫茶店の宣伝をする事。
慣れないピンヒールで歩き回るのはかなり厳しいものがある為、同級生が私のサポートとして付いて来てくれるのだが……。


「………。」

今まさに履かされているヒールの高さは、私の予想を遥かに上回っていた。
踵部分だけで、十五センチはあるだろうか。それに……かなり細い。ちょっとした拍子に折れてしまいそうだ。
サポート役の同級生の腕に掴まるとしても、果たしてこれを履いて、私は校舎内をどれだけ歩けるだろうか。
私が仮装している『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』は軍人でもあるのだから、そこを指摘して、せめてブーツにして貰うべきであったかと。今さらになって激しく後悔した。



「レイモンド様、はいっ。これをお持ちになってくださいっ。」

そうこうしている内に両足とも、ピンヒールを履き終えてしまった。
女子生徒から元気良く渡されたのは、鮮やかな色遣いで喫茶店の宣伝が書いてある大きな扇。それを受け取った私は後悔の度合いを深める。
これを持つという事は、サポート役に縋れるのは空いている片手のみ、という事だ。
実際に今、扇を持ったのと反対側の手は、私にピンヒールを履かせたサポート役の掌に重ねている。


私の気持ちを正直に言おう。
この状態でもゆっくりとならば歩く自信はある。ゆっくりと、ならばだ。
だが扇を振り、クラスの喫茶店の宣伝をしながら長い距離を練り歩くのは……出来るかどうか、自分でも首を捻らざるを得ない。

しかし、そうは言っても、それも今更だ。
役目を果たす為にはどうするのが一番良いか、それを考えなくてはならない。



「あっ、レオナルド先輩だ。」

思案する私の耳に飛び込んだのは、状況的にはとても歓迎出来ない名前だった。
後輩からの社交辞令的な誘いの言葉を真に受けた兄が姿を見せたのだ。


「レオナルド先輩、わざわざ見に来てくれたんだ~。」
「ん、あぁ……まぁな。」

黙っていれば「怖い」と言われる兄だが、それでも慕っている生徒は少なくない。
後輩達に喜ばれている兄の姿を視界に入れながら、私はピクリとも動かずにいた。



兄に対してどう接するか、一瞬迷った私だが。
そう言えばと、気が付いた。

今日は歴史上の人物に仮装すると、その点については事前に伝えてあった。
だから私の出で立ちが少々派手な女装だったとしても、そこを揶揄われる謂われはないはずだ。
それにもしかすると、兄は私に気が付いていない可能性もある。
見に行くと言っておきながら、私に話し掛けて来ないのは、マーダー・ムヤンの仮装をしているのが弟のレイモンドだという確証を持てないから、ではないだろうか。

今日の私は、別人とも思える程の化粧をしているのだ。
兄の気を惹かぬよう黙って、大人しくしていればやり過ごせるかも知れん。


そんな事よりも『ピンヒール問題』をどうするべきか。
そちらに注意が向いてしまった為に、私は兄からチラチラと視線を向けられている事に気が付けずにいた。



「…レディが喫茶店の宣伝で、校舎内をグルっと回って来るんですが……。せっかく来てくれたんだから、先輩がエスコートしてくださいよ。」

そう言いながら、私をサポートするはずの同級生が兄の背中を押した。
私の足元が覚束ない事を察知して、サポートするのが嫌になったのだろうか。


「………。」
「………。」

無言で私を見る兄。
弟である私から見ても、今の兄は何を考えているか判別出来ない表情をしていた。
私も言葉を発しない。
喋らなければ私だとは分からないはずだと考え、他人の女になりきる事を心掛けた。



「……お、っ……。オレで……良ければ、喜んで………。」



私は一瞬、自分の目と耳とを疑った。
声と態度が余りにも乖離している。


兄が言った台詞自体はこの際、どうでも良いとして、だ。
発した声には、隠しきれない怒りと言うか、苦々しさが滲んでいた。

だと言うのに兄の身体は、ここに掴まれと言わんばかりに、私に向かって曲げた肘を指し示しているのだ。
まるで親しい、あるいは近しい男女間のエスコートのような姿勢で。

私を見る表情は、笑いながら怒っているようだった。



差し出された肘に、遠慮なく腕を絡めるべきか。
声の方が正直だと踏んで断るべきか。

どちらを選択するべきか悩んだ私の手は、実に半端な位置で止まっていた。
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