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定例の交流会にて

定例の交流会にて・16  ◇第一皇子クリスティ視点

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俯きながら歩くジェフの後を、俺は追い掛けた。
ジェフは俺よりも先に食堂から出たから、思ったよりも結構遠くに居た。



「……ジェフ!」

まだ距離が遠いジェフを、俺はちょっと声を張って呼び止めた。
廊下のちょっと先の方で、ジェフが立ち止まる。
主人であるジェフが立ち止まったから、一緒にジェフの従者も立ち止まる。

ゆっくりと俺を振り返ったジェフは何故か、まだ顔の下半分に手を当ててた。
まるで何かを隠してるみたいに。


てっきり俺は、ワインを飲み過ぎたジェフが気分を悪くして吐くか、用を足す為に、トイレへ行くんだろうって思ってた。
だから、俺もちょうど行きたかったから、一緒について行くツモリだったのに。
ジェフが向かってる方向が、俺が思ってたのと違ったんだ。



「何処に行くツモリなんだ、ジェフ?」
「………。」

まさかの、返事ナシ。
片手で鼻や口元を押さえながら、ジェフは無言で俺を見詰めてる。


ジェフが向かってた先には、トイレは……一応ある事にはあるけど、かなり遠くまで行く事になる。
そっちには王族の私室があるからな。ある意味で、専用のトイレがあるんだ。
でも、繰り返しになるけど、本当に遠いんだぞ。

そこまで行かなくても、廊下を反対側に進んだら近場にトイレはある。
臣下の者達が使えるような、そこそこのヤツが。

もしかしたらジェフには、そこを利用するって発想が無いのかも知れない。
皇子である自分が利用する事で何か迷惑を掛けたり、使用人に手間を取らせてしまうかも知れないって、遠慮とかもしてるのかもな。
なんかジェフがそうやって気を遣ってる中、凄い申し訳ないんだけど。
俺はもう最初っからバリバリ、そっちのトイレを使う気でいたんだけど、何か?



「あぁ……そうだ、ジェフ? お前にはそういう発想が無いみたいだから、俺が教えといてあげる。言っとくけど、親切心だからな?」

流石にまだこんなに距離が離れてるのに、しかもジェフのそばには従者も付き添ってるのに。一応は第一皇子の俺が、トイレが云々って言えないだろ。
思ったよりも大きな声になっちゃいそうだし、ジェフに「そんな事を大声で言わないでください」って怒られちゃいそうだ。
一応、俺の親切心だよってアピールはしたけど。きっと考慮はしてくれないよなぁ。


声を掛けながら俺は立ち止まらずに、ジェフの近くへと足を進めた。
ジェフは眉を顰めたけど、そのまま俺を待ってる。
そばに近寄る俺に気を遣って、ジェフの従者はちょっと離れてくれた。
ちなみに俺にも従者はいて、食堂を出た所からついて来てくれてるけど、俺がジェフに声を掛けた時点でそっと距離を取ってる。



「わざわざ遠くまで行かなくても、近場で済ませればいいだろ。」
「………え?」
「ちょうど俺も行きたかったトコなんだ。ほら、臣下の者達が使うトイレの方が近いんだからさ。そっちに行こうよ。」
「……はい?」
「大丈夫、どうせ今、誰も使ってないって。さっさと済ませちゃおう?」

喋ってる内に、なんかどんどんトイレが近くなって来ちゃった。俺の。
ジェフは、何を言われてるか理解出来ないみたいに首を傾げてる。


……俺はまた、何か、違ってるのかな?



「ジェフ? 席を立ったのって、トイレに行きたかったんじゃ…」
「…鼻血が出ました。」
「……っ!」

変な声が出そうになって俺は咄嗟に自分の口元を押さえた。
決してジェフの真似をしたんじゃない。


だって思いもよらないジェフからの告白だ! もちろん、悪い意味で!
勝手に勘違いしてた事を怒られずに済んだのは有難いけど、そんな事ってあるのか!

ジェフが……鼻血、を……?
ああぁ、そうか、あの手は……。鼻血を隠して……。



「ほ…本当に?」
「出た、ような……気がします。」


気がします……って、どういう事っ?
出たんじゃないのか? 出てないのか?
それも分からないぐらいジェフは、気が動転してるのかっ?


なぁ~んてね。
冷静な振りして、俺も……。

どどっ、どっ……どうしようっ!
誰かに助けを……、そうだ、従者に言いつけて医者を!
……あぁ、ダメだ。ジェフが隠してるのに俺がそれを暴露するワケには行かないっ。

何か……、何か、無いか?


俺は素早く自分の身の周りを確認する。
そして衣服の中に入ってた布を、何も考えずにジェフへと放り投げた。


受け取れ、ジェフ! それで拭いてくれっ!



ぽ…ふっ……。



とても柔らかい感じ満載で、俺が投げ付けた物はジェフの肩口に当たった。
ふわっと落ちそうになった所を、ジェフが難なくキャッチする。



「クリス? この手袋を……どうしろ、と?」
「ま…間違えた……。ハンカチぃ……置いて来た……。」

俺がジェフに向かって投げてたのは手袋だった。
渡してあげたかったハンカチはテーブルの上に置いてた事を、俺は今、この瞬間になってから思い出したんだ。


「これでは拭けないので、返します。」

慌てるやら、恥ずかしいやらで、顔面が崩壊しそうな俺の胸ポケットに、たった今キャッチした手袋をジェフが捻じ込む。
どうやら俺のドジを理解したらしいジェフは、殆ど苦笑いだ。
その顔は何かを……間違いなくロクでもない事を企んでそうに見える笑顔が怖い。
だけど俺は、そんな事に突っ込んでられない。


「ゴメン、……先、行くから。」

膀胱がにわかに騒ぎ出した。
絶対、今の遣り取りの所為だ。
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