上 下
17 / 60
定例の交流会にて

定例の交流会にて・16  ◇第一皇子クリスティ視点

しおりを挟む
俯きながら歩くジェフの後を、俺は追い掛けた。
ジェフは俺よりも先に食堂から出たから、思ったよりも結構遠くに居た。



「……ジェフ!」

まだ距離が遠いジェフを、俺はちょっと声を張って呼び止めた。
廊下のちょっと先の方で、ジェフが立ち止まる。
主人であるジェフが立ち止まったから、一緒にジェフの従者も立ち止まる。

ゆっくりと俺を振り返ったジェフは何故か、まだ顔の下半分に手を当ててた。
まるで何かを隠してるみたいに。


てっきり俺は、ワインを飲み過ぎたジェフが気分を悪くして吐くか、用を足す為に、トイレへ行くんだろうって思ってた。
だから、俺もちょうど行きたかったから、一緒について行くツモリだったのに。
ジェフが向かってる方向が、俺が思ってたのと違ったんだ。



「何処に行くツモリなんだ、ジェフ?」
「………。」

まさかの、返事ナシ。
片手で鼻や口元を押さえながら、ジェフは無言で俺を見詰めてる。


ジェフが向かってた先には、トイレは……一応ある事にはあるけど、かなり遠くまで行く事になる。
そっちには王族の私室があるからな。ある意味で、専用のトイレがあるんだ。
でも、繰り返しになるけど、本当に遠いんだぞ。

そこまで行かなくても、廊下を反対側に進んだら近場にトイレはある。
臣下の者達が使えるような、そこそこのヤツが。

もしかしたらジェフには、そこを利用するって発想が無いのかも知れない。
皇子である自分が利用する事で何か迷惑を掛けたり、使用人に手間を取らせてしまうかも知れないって、遠慮とかもしてるのかもな。
なんかジェフがそうやって気を遣ってる中、凄い申し訳ないんだけど。
俺はもう最初っからバリバリ、そっちのトイレを使う気でいたんだけど、何か?



「あぁ……そうだ、ジェフ? お前にはそういう発想が無いみたいだから、俺が教えといてあげる。言っとくけど、親切心だからな?」

流石にまだこんなに距離が離れてるのに、しかもジェフのそばには従者も付き添ってるのに。一応は第一皇子の俺が、トイレが云々って言えないだろ。
思ったよりも大きな声になっちゃいそうだし、ジェフに「そんな事を大声で言わないでください」って怒られちゃいそうだ。
一応、俺の親切心だよってアピールはしたけど。きっと考慮はしてくれないよなぁ。


声を掛けながら俺は立ち止まらずに、ジェフの近くへと足を進めた。
ジェフは眉を顰めたけど、そのまま俺を待ってる。
そばに近寄る俺に気を遣って、ジェフの従者はちょっと離れてくれた。
ちなみに俺にも従者はいて、食堂を出た所からついて来てくれてるけど、俺がジェフに声を掛けた時点でそっと距離を取ってる。



「わざわざ遠くまで行かなくても、近場で済ませればいいだろ。」
「………え?」
「ちょうど俺も行きたかったトコなんだ。ほら、臣下の者達が使うトイレの方が近いんだからさ。そっちに行こうよ。」
「……はい?」
「大丈夫、どうせ今、誰も使ってないって。さっさと済ませちゃおう?」

喋ってる内に、なんかどんどんトイレが近くなって来ちゃった。俺の。
ジェフは、何を言われてるか理解出来ないみたいに首を傾げてる。


……俺はまた、何か、違ってるのかな?



「ジェフ? 席を立ったのって、トイレに行きたかったんじゃ…」
「…鼻血が出ました。」
「……っ!」

変な声が出そうになって俺は咄嗟に自分の口元を押さえた。
決してジェフの真似をしたんじゃない。


だって思いもよらないジェフからの告白だ! もちろん、悪い意味で!
勝手に勘違いしてた事を怒られずに済んだのは有難いけど、そんな事ってあるのか!

ジェフが……鼻血、を……?
ああぁ、そうか、あの手は……。鼻血を隠して……。



「ほ…本当に?」
「出た、ような……気がします。」


気がします……って、どういう事っ?
出たんじゃないのか? 出てないのか?
それも分からないぐらいジェフは、気が動転してるのかっ?


なぁ~んてね。
冷静な振りして、俺も……。

どどっ、どっ……どうしようっ!
誰かに助けを……、そうだ、従者に言いつけて医者を!
……あぁ、ダメだ。ジェフが隠してるのに俺がそれを暴露するワケには行かないっ。

何か……、何か、無いか?


俺は素早く自分の身の周りを確認する。
そして衣服の中に入ってた布を、何も考えずにジェフへと放り投げた。


受け取れ、ジェフ! それで拭いてくれっ!



ぽ…ふっ……。



とても柔らかい感じ満載で、俺が投げ付けた物はジェフの肩口に当たった。
ふわっと落ちそうになった所を、ジェフが難なくキャッチする。



「クリス? この手袋を……どうしろ、と?」
「ま…間違えた……。ハンカチぃ……置いて来た……。」

俺がジェフに向かって投げてたのは手袋だった。
渡してあげたかったハンカチはテーブルの上に置いてた事を、俺は今、この瞬間になってから思い出したんだ。


「これでは拭けないので、返します。」

慌てるやら、恥ずかしいやらで、顔面が崩壊しそうな俺の胸ポケットに、たった今キャッチした手袋をジェフが捻じ込む。
どうやら俺のドジを理解したらしいジェフは、殆ど苦笑いだ。
その顔は何かを……間違いなくロクでもない事を企んでそうに見える笑顔が怖い。
だけど俺は、そんな事に突っ込んでられない。


「ゴメン、……先、行くから。」

膀胱がにわかに騒ぎ出した。
絶対、今の遣り取りの所為だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

皇帝の立役者

白鳩 唯斗
BL
 実の弟に毒を盛られた。 「全てあなた達が悪いんですよ」  ローウェル皇室第一子、ミハエル・ローウェルが死に際に聞いた言葉だった。  その意味を考える間もなく、意識を手放したミハエルだったが・・・。  目を開けると、数年前に回帰していた。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

処理中です...