人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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定例の交流会にて

定例の交流会にて・17  ◇俯瞰視点

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リーヴェルト帝国の皇城で開催される、いつもの『定例食事会』。
皇帝陛下と宰相閣下だけが和やかに会話を楽しんだ後、第一皇子と宰相の次男が口調だけは丁寧に口論する。……と、ここまではいつもの通り。
だが今日は、その後がいつもと違っていた。


宰相の長男と次男との間に、不穏な空気が漂ったのだ。

そもそもが第一皇子と次男との会話に、長男が自ら参加する事自体が珍しい。
今日はその上、長男が次男を諌めるような発言をしたからだ。


しかも、その後は何故か急に、第一皇子の機嫌がとても麗しくなったようだ。
にこやかという程ではないものの、ほんのりと口端を上げて微笑の表情を作った第一皇子は、長男を揶揄うように言葉を紡ぎ出す。
長男は、彼らしくもなく少々困っているような顔をしているものの、実は『そういうポーズ』を取っているように見えた。

将来有望な騎士であり、現在は一部隊の隊長を務めている長男が、一歳年下の第一皇子から困らされながら満更でもないような様子だったのだ。
それを目にした者達が、つい何事かを……色々と想像してしまうのも無理は無い。
もちろん、その事についてその場で言及するような真似はしないので、脳内で考えてしまうぐらいは許してやろうではないか。



だが、この直後。二人の皇子の間に。
あのような事態を引き起こす事になろうとは、誰が予測し得ただろうか……。




振り返って考えてみれば不自然なぐらい、第一皇子の機嫌は良かった。良過ぎた。
旋律を奏でるように言葉を唇から滑り出させ、長男へと注がれていた第一皇子の視線が流れるように次男、それから第二皇子へと移動する。


まるで自分の周囲には誰も居ないと言わんばかりに、黙々と食事を『作業として』続けていた第二皇子と目が合った瞬間。
四人で会話をしよう、と言葉では誘いながら。
第一皇子の唇は緩やかに弧を描いたまま、瞳には険呑な光が宿った。

見下ろして来る第一皇子の視線を受け。
第二皇子は手に持っていたワイングラスを、テーブルに叩き付けるように置いた。
通常は人前で声を荒げるどころか、表情を崩す事すら滅多に無い第二皇子が、だ。


ガッッ……! と、グラスを置く音にしては、大きな音が食堂に響いた。
中身が入っていなかった事が幸いである。



その音を生じさせた主である第二皇子は、口元を手で覆ったまま俯いてしまう。
身体を強張らせ、必死で何かを耐えているようだ。


一体、第一皇子の発言の裏にはどんな意図が仕込まれていたのだろうか。
今、第二皇子の胸中は如何様なものなのだろうか。
何か考えられるとすれば。恐らくは第一皇子と長男の、ほんの僅かに距離が縮んだような言葉と視線の遣り取りが原因だろうか。



冷たい微笑すら引っ込めた第一皇子が第二皇子の様子を窺う。
見られるのを避けるように、第二皇子は席を立ち、食堂を後にした。





第二皇子が退席した事で、事態は終わるかに思えた。
しかし、終わりはしなかった。

第一皇子が第二皇子の後を追ったからだ。



「……ジェフ!」

第一皇子は鋭い声で第二皇子を呼ぶ。
足早に廊下を進んでいた第二皇子だが、その声に足を止めざるを得ない。


誕生の差は、たった二ヶ月違い。
第二皇子の母が王妃で、第一皇子の母は側妃。
とは言え、第一皇子と第二皇子の『序列は絶対』だ。



「何処に行くツモリなんだ、ジェフ?」

食事会の途中で席を立った第二皇子を厳しく、淡々と問い質す第一皇子。
第二皇子はただジッと、何かを言いたげな目線を第一皇子に向けている。


「………。」

貴方の居ない所ですよ。とは流石に言わないのだろう。
第一皇子は第二皇子からの無言の返答を叱らない。


代わりに…



「あぁ……そうだ、ジェフ? お前にはそういう発想が無いみたいだから、俺が教えといてあげる。言っとくけど、親切心だからな?」


第一皇子は悠々と、眉間の皺を険しくする第二皇子の元へ歩みを進める。
それぞれの従者達は少々の距離を取ったので、二人の会話はほぼ聞こえない。
酷薄な笑みを浮かべて、何事かを囁く第一皇子。
理解出来ないと言うように、白けた表情になる第二皇子。


完全に第一皇子が優位。
……と、思われたが。



「    」
「……っ!」

第二皇子が何かを言い返したらいい。
第一皇子は言葉を無くしたように口元を押さえた。


どうやら形勢は完全に逆転したようだ。

なおも第二皇子から何かを言われているのか、第一皇子の視線が僅かに揺らぐ。
第一皇子の瞳がチラリと、離れた位置に控えている従者達を捉えた。

グッと美しい唇を噛んだ第一皇子が自身の衣服をまさぐり。


掴んだ手袋を。


眼前の第二皇子の顔を目掛けて。


叩き付けた……!



ジッと向かい合う皇子二人。


これはとんでもない事態になってしまった。
まさかの、第一皇子から第二皇子への、決闘の申し込みである。



普段から、皇子二人が笑い合うような光景は無かったものの、ここまでいがみ合う程に仲が悪くは無かったはずだというのに。
宰相の長男に関する件が、この二人にとって鬼門だったのだろうか。




慌てて駆け付けようとした従者を制したのは第二皇子だった。
優雅な所作で第一皇子の手袋を、それを投げ付けた本人の胸ポケットへと返還する。
いつもは仮面を着けたように変化の無い唇を歪め、押し殺した嘲笑を滲ませつつ。
駄目押しとばかりに、更に何か一言。


「    」

辛うじて言い返したらしい第一皇子だが、すぐさま踵を返して、逃げるようにその場から立ち去って行く。
その後ろから、第一皇子の従者が慌てて追い掛けて行く。
他所へと移動する事を自分の従者に伝える余裕を、第一皇子は無くしているようだ。



「まったく……。クリスにも困ったものですね。」

第二皇子は何事も無かったように従者を振り返る。
そして足早に自室へと向かった。


先程の遣り取りが幻だったのではと思う程、第二皇子の顔には何の感情の揺れも表れていない。
第一皇子の言動に触れない辺り、第二皇子は今の事を問題にしようとは思っていないようだ。

そうであれば単なる兄弟喧嘩なのだが……この事をどう報告すべきか。
従者は少々悩んだ。
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