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定例の交流会にて
定例の交流会にて・8 ◇次男レイモンド視点
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「私は長年、ロザリンドの弟をやっておりますが……。我が姉と、殿下との間にそのような微笑ましいエピソードがあったとは、初耳でしたね。……宜しければ、詳細についてお聞かせ頂けますか?」
「おや? レイモンド様ともあろう御方が? 何も知らない、だなんて……私よりも良~く知っているかと思っていました。」
「生憎と私は、子供の頃から好き嫌いや苦手なものが無かったもので。殿下のように、姉から嫌いな物を投げ付けられるという稀有な経験を味わう機会も無かったのですよ。」
私には食べ物の好き嫌いが無い。
たかがその程度の事を、さも素晴らしい長所であるかのように言う自分に、我ながら呆れてしまう。
兄よりも優れていると殿下に自慢出来るものが、他に無いのかと。
「なるほど。確かにレイモンド様は昔から何事も優秀でしたね。………。」
「ですから、殿下のお話にはとても興味をそそられます。殿下は一体、何が苦手だったのですか?」
クリスティ殿下はごく一般的な誉め言葉を口にしながら、目線は無意識でしたように兄へ向かう。
それが悔しくて私は少々声を張り、殿下の注目を自分へと取り戻そうとした。
残念な事に、その目論見は半分も成功しなかった。
クリスティ殿下は一旦、視線を私へと動かしたものの。
またすぐに兄をチラリと見やり。
その後の視線は私に戻されるのではなく、小さな溜息と共に食卓へと下ろされた。
私の事が凄く煩わしそうだ。
自分は第一皇子であり、私は宰相の息子であるという立場上、無碍にも出来ない分、内心の苛立ちはどれ程のものだろう。しかも私は、レオナルドの実の弟なのだ。
これでも自覚はある。
クリスティ殿下が兄と交流するのを邪魔している、という自覚は。
だがそれでも話さずにはいられない。例えそれが殿下にとって、無意味な音の羅列にしか思えなくとも。
話してさえいれば、殿下の顔が私の方も向いてくれるのだ。
だから、殿下には申し訳ないが止められない。
「殿下のような大変お美しく完璧な人物に『苦手なもの』があったとは、お可愛らしい所もあるのですね。」
気が付けば私は薄っぺらい賛辞を口に出していた。
この程度なら言われ慣れているだろうに、それを聞いたクリスティ殿下の整った口元が僅かに歪む。
どうやら更に機嫌を悪くしてしまったようだ。
……私は何か、言葉を間違えたのだろうか?
「レイ……もう、止めろ。」
兄が私を止める。
強い口調で、不愉快そうな表情だった。
私と殿下は話し始めたばかりで、止められる程の口論にもなっていない。
まだ序盤も序盤と言えよう。
私は少しでも会話を長引かせようと心掛けていたから、無駄に言葉が多くなる。
殿下はお喋りが好きで、意外と負けん気が強い所もあるので、私が言った事についつい言い返してしまうようだ。
だからいつも私達の話は長くなりがちになり。
そして終盤は会話の落とし所を探る事になる。
そこまでを含めて、私は予定しているというのに。
こんなに早い段階で止められてしまう、とは。
兄からの明確な意思を感じざるを得ない。
「はぁ~っ……。私は今、クリスティ殿下と話しているのだが?」
「お困りだろぉが。もう止せ。」
貴方には関係無いだろう? 引っ込んでいて貰えないか? ……という趣旨で、溜息交じりに言ったのだが、生憎と兄には伝わらなかった。
ぶっきらぼうに私を止める兄は、明らかに今、殿下を気にしているようだった。
こんな事は滅多に無い。
それが私は面白くない。
「あぁ、レオナルド様? どうか、気にしないでください。私は全く困ってなど、いませんからね……ふふっ。」
大した事ではない、と言うように殿下は兄に微笑み掛ける。
自然と二人の顔が向き合った。
殿下に見惚れたような顔で言葉を無くした兄は、しかし次の瞬間、ハッとしたように表情を引き締める。
既に私が見てしまったのだから、慌てて取り繕った所でもう遅いというのに。
私は面白くない。
面白くもないものを見てしまった。
「ご覧のとおり、私は気分を害してなどいません。楽しんでいますよ。」
殿下は緩やかに目を細める。通常は冷たい薄水色の瞳が今は暖かみが宿って見えた。
私にはまず向けられない表情だ。
兄と話すのは本当に楽しいのだろう。
どうやら今度は私が口を閉ざす番のようだ。
「宰相閣下のご自慢の御子息方と、こうして会話が出来る貴重な機会ですから。私はいつも楽しみにしているんです。特に……レイモンド様には毎回、私の下らない戯れ言に根気よく付き合って貰っていますから。有難い事だと思っていますよ。」
「でん…、クリスティ殿下が構わないなら、オレは……、まぁ………。」
食事会では滅多に自分から喋る事の少ない兄が話している。
口を挟めない私は、卓の下に隠した手を強く握り込んでいた。
「レオナルド様もご存知でしょうけど、私はお喋り好きなので。…クスッ……、ついつい気安さからレイモンド様と話し込んでしまって。私達ばかりが話していて退屈でしょう?」
「い、いや、決してそんな意味では…」
「それは良かった。楽しい晩餐の邪魔をしているのではないかと、……そうであれば少しは反省をせねばと、思った所ですから、……ねぇ?」
殿下はそこまで話してからようやく私を見た。私の方を、ではなく。私を。
同意を求めるように問い掛けられた、その真意は分かりきっている。
もうこれ以上、要らぬ言葉を垂れ流して自分に絡んで来るな、と。
せっかくレオナルドと共にいる時間に、そんな無駄に付き合う気は無い、と。
私にそう伝えている、という事が。
そうと知っていても、私は……。
例え嫌がられていようと、殿下に惹き付けられて止まないのだ。
「おや? レイモンド様ともあろう御方が? 何も知らない、だなんて……私よりも良~く知っているかと思っていました。」
「生憎と私は、子供の頃から好き嫌いや苦手なものが無かったもので。殿下のように、姉から嫌いな物を投げ付けられるという稀有な経験を味わう機会も無かったのですよ。」
私には食べ物の好き嫌いが無い。
たかがその程度の事を、さも素晴らしい長所であるかのように言う自分に、我ながら呆れてしまう。
兄よりも優れていると殿下に自慢出来るものが、他に無いのかと。
「なるほど。確かにレイモンド様は昔から何事も優秀でしたね。………。」
「ですから、殿下のお話にはとても興味をそそられます。殿下は一体、何が苦手だったのですか?」
クリスティ殿下はごく一般的な誉め言葉を口にしながら、目線は無意識でしたように兄へ向かう。
それが悔しくて私は少々声を張り、殿下の注目を自分へと取り戻そうとした。
残念な事に、その目論見は半分も成功しなかった。
クリスティ殿下は一旦、視線を私へと動かしたものの。
またすぐに兄をチラリと見やり。
その後の視線は私に戻されるのではなく、小さな溜息と共に食卓へと下ろされた。
私の事が凄く煩わしそうだ。
自分は第一皇子であり、私は宰相の息子であるという立場上、無碍にも出来ない分、内心の苛立ちはどれ程のものだろう。しかも私は、レオナルドの実の弟なのだ。
これでも自覚はある。
クリスティ殿下が兄と交流するのを邪魔している、という自覚は。
だがそれでも話さずにはいられない。例えそれが殿下にとって、無意味な音の羅列にしか思えなくとも。
話してさえいれば、殿下の顔が私の方も向いてくれるのだ。
だから、殿下には申し訳ないが止められない。
「殿下のような大変お美しく完璧な人物に『苦手なもの』があったとは、お可愛らしい所もあるのですね。」
気が付けば私は薄っぺらい賛辞を口に出していた。
この程度なら言われ慣れているだろうに、それを聞いたクリスティ殿下の整った口元が僅かに歪む。
どうやら更に機嫌を悪くしてしまったようだ。
……私は何か、言葉を間違えたのだろうか?
「レイ……もう、止めろ。」
兄が私を止める。
強い口調で、不愉快そうな表情だった。
私と殿下は話し始めたばかりで、止められる程の口論にもなっていない。
まだ序盤も序盤と言えよう。
私は少しでも会話を長引かせようと心掛けていたから、無駄に言葉が多くなる。
殿下はお喋りが好きで、意外と負けん気が強い所もあるので、私が言った事についつい言い返してしまうようだ。
だからいつも私達の話は長くなりがちになり。
そして終盤は会話の落とし所を探る事になる。
そこまでを含めて、私は予定しているというのに。
こんなに早い段階で止められてしまう、とは。
兄からの明確な意思を感じざるを得ない。
「はぁ~っ……。私は今、クリスティ殿下と話しているのだが?」
「お困りだろぉが。もう止せ。」
貴方には関係無いだろう? 引っ込んでいて貰えないか? ……という趣旨で、溜息交じりに言ったのだが、生憎と兄には伝わらなかった。
ぶっきらぼうに私を止める兄は、明らかに今、殿下を気にしているようだった。
こんな事は滅多に無い。
それが私は面白くない。
「あぁ、レオナルド様? どうか、気にしないでください。私は全く困ってなど、いませんからね……ふふっ。」
大した事ではない、と言うように殿下は兄に微笑み掛ける。
自然と二人の顔が向き合った。
殿下に見惚れたような顔で言葉を無くした兄は、しかし次の瞬間、ハッとしたように表情を引き締める。
既に私が見てしまったのだから、慌てて取り繕った所でもう遅いというのに。
私は面白くない。
面白くもないものを見てしまった。
「ご覧のとおり、私は気分を害してなどいません。楽しんでいますよ。」
殿下は緩やかに目を細める。通常は冷たい薄水色の瞳が今は暖かみが宿って見えた。
私にはまず向けられない表情だ。
兄と話すのは本当に楽しいのだろう。
どうやら今度は私が口を閉ざす番のようだ。
「宰相閣下のご自慢の御子息方と、こうして会話が出来る貴重な機会ですから。私はいつも楽しみにしているんです。特に……レイモンド様には毎回、私の下らない戯れ言に根気よく付き合って貰っていますから。有難い事だと思っていますよ。」
「でん…、クリスティ殿下が構わないなら、オレは……、まぁ………。」
食事会では滅多に自分から喋る事の少ない兄が話している。
口を挟めない私は、卓の下に隠した手を強く握り込んでいた。
「レオナルド様もご存知でしょうけど、私はお喋り好きなので。…クスッ……、ついつい気安さからレイモンド様と話し込んでしまって。私達ばかりが話していて退屈でしょう?」
「い、いや、決してそんな意味では…」
「それは良かった。楽しい晩餐の邪魔をしているのではないかと、……そうであれば少しは反省をせねばと、思った所ですから、……ねぇ?」
殿下はそこまで話してからようやく私を見た。私の方を、ではなく。私を。
同意を求めるように問い掛けられた、その真意は分かりきっている。
もうこれ以上、要らぬ言葉を垂れ流して自分に絡んで来るな、と。
せっかくレオナルドと共にいる時間に、そんな無駄に付き合う気は無い、と。
私にそう伝えている、という事が。
そうと知っていても、私は……。
例え嫌がられていようと、殿下に惹き付けられて止まないのだ。
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