上 下
7 / 60
定例の交流会にて

定例の交流会にて・6  ◇次男レイモンド視点

しおりを挟む
月に一~二度の頻度で皇帝陛下が主催する『交流食事会』。
臣下の家族が参加出来る催し物の一つであり、宰相閣下の次男であるレイモンド……この私が皇子殿下と食事を共に出来る大切な機会だ。
人によっては、皇族と食事など緊張するだけで有難迷惑なものと考えるかも知れないが、私はこの定例会を非常に楽しみにしている。

例え、共に食卓を囲む皇子から嫌われていたとしても、だ。




食事会の雰囲気は決して堅苦しくはない。
今回に限らず、これはいつもの事だ。

我が父親である宰相が皇帝陛下と子供の頃から付き合いがあり、同じ学園に共に通い、陛下をお支えする年月も長く、尚且つ同じ趣味を持った仲間であるからだ。
その為、会の序盤はまず、陛下と父親とがひとしきり趣味の話に花を咲かせる。



長い食卓の一番端の席に座る私は、一人で黙々と料理を楽しんでいた。
参加人数の関係上、私の真向いの座席には誰もいないから、実に気楽なものだ。
父親達の釣りの話はもうしばらくは掛かるだろう。
その間に食事をある程度、進めておく。

これが他の所で開かれた食事会であれば失礼な態度だが、ここではこれで構わないという事になっている。この会自体の存在意義が、仕事を気にせず趣味の話を楽しみたいという、父親達の完全なエゴなのだから。
それに、父親達の雑談に区切りが付くまでは我々『息子陣』が思い思いに話すわけにも行かぬ。
分かっているから、今は大人しく黙っている。

私の隣では、兄のレオナルドが居心地の悪さを堪えているようだった。
食事も殆ど手を付けておらず、時折、向かい側に並ぶ皇子達の姿を眺めている。


あからさまに暇を持て余している事や、暇潰しの手段として皇子達を使うという事については。宰相の息子として、また、それなりの地位にいる騎士としてもどうなのかと思うぞ。
しかし……そうしたふてぶてしい部分もまた、兄さんの長所なんだろうな。

決して他人を蔑ろにしているのではないが、必要以上に気を配ってへりくだる事は無い。
質実剛健、不要なものをバッサリと切り捨てる所は恐れられてもいるが、常に堂々とした振る舞いで頼られる事が多いのも事実だ。
私とは違い、余計な事を考えてゴチャゴチャと理屈を捏ね回したりなどしない。
時に、カッとなる感情の起伏もまた、愛敬というものか。


そんな兄に好感を抱く者は少なくない。

……そう、例えば…………。



「………。」


また、だ。


第一皇子であるクリスティ殿下がまた兄を見た。
首を巡らせれば眩い輝きを放つ白金色の繊細な巻き毛が揺れるから、私にはすぐに分かるのだ。

父親達の雑談に耳を傾けながらも、殿下は時折、兄へと視線を流している。
チラリ。また、チラリと。ほんの一瞬ずつ。だが何度も。
アピールと呼ぶには余りにもささやかで、偶然と片付けるには余りにも……。

殿下が兄に気が付いて欲しくて、わざとやっているようには見えなかった。とすると、無意識の行動という事か。
暇そうにしている兄がその事を認識しているかどうかは分からん。
ただ、私としては、兄には知らないままでいて欲しい所だ。


この光景を目にするのが嫌だから、私は黙々と食事をしていたというのに。
また……、私は……気が付いて、しまった。



「………。」


サラダを食べていたクリスティ殿下がまた、兄の方へ顔を向けた。
視線の先では、兄がプチトマトを前に苦戦しているようだった。
姉のお陰で食べられない物は無くなったものの、トマトは未だに、兄の嫌いな野菜の一つだ。

視線を感じたのか、兄が面を上げた。
自分を見詰めるクリスティ殿下に、兄は視線を返す。
一方的にチラ見するだけだったクリスティ殿下と兄の、二人の、眼差しが絡んだ。
次の瞬間。

クリスティ殿下は眉を顰め、自分の隣に座る第二皇子へと視線を逸らした。
顔を背けるなど、そこまで明らかな態度を取るのは珍しい。
兄としっかりと目が合ってしまった事で恥ずかしがっているように見えた。

一方、兄も兄で。動揺している事が顔に出ていた。
しかも、その後もややしばらくの間、視線を逸らしたクリスティ殿下をジッと見続けていた。


別に兄がクリスティ殿下を注視したからといって、その行動に大した意味はない。
珍しく動揺したようだが、その理由も大した事ではないだろう。

そう考えても私は、溜息を吐いてしまう自分を止められなかった。
しおりを挟む

処理中です...