上 下
21 / 101
本編●主人公、獲物を物色する

ぼくの母の『麗しい』が大放出

しおりを挟む
階段を上りきり、また少し廊下を行くと、普通の部屋のものとは少し違った扉の前に着く。


壁から突き出ている、何の飾り気も無いレバーを、ウェラン司祭が引いた。
やや少しの間。
扉が開くと、その先は小部屋になっていた。
てっきり目当ての部屋に着いたのだと思っていたから、ぼくは拍子抜けだ。

ウェラン司祭、これは……殺風景どころの話じゃないよ?
絨毯と手すりと鏡、あとは照明器具しか無いじゃないか。


アドル的には、こんなに狭い部屋の用途なんて、全く見当も付かない。
サトル的には、もしかしたらエレベーターかな……なんて予想を立ててみたり。


「……司祭。これは……?」

母としても意外だったんだろう。
不思議そうに問い掛ける。
やや小首を傾げたような仕草が、我が母ながら『麗しい』の暴力だ。

「浮遊板を利用した、浮遊昇降機ですよ。……今の所は上下にしか動かないので、設置出来る場所に限りがありますがね。」
「……! こ、これが……!」

サトルが正解。やっぱりエレベーターだった。

魔術装置の研究の最先端だろう。
それを目の当たりにして、母も、そしてぼくも息を呑んだ。

まさか、この……中に……入るのか?

「さぁ、行きましょうか。……あ、足元には気を付けてくださいね。隙間がありますからな。」

恭しく手を重ねたままの母を連れて、司祭が浮遊昇降機の中に入って行く。
ぼくも慌てて二人の後を追った。



小部屋の中に入って後ろを振り返ると、扉が音も無く閉じて行く。
ぼくはエレベーターの事を知っているから平気だが、母には不安な材料となったようだ。
心許なげに、縋るように、司祭の手を握り締めている。
司祭がニヤついた顔になっているのが、何だか面白くないぞ。

ぼくだって……『麗しい』の里村に縋られてみたかった。

「少々、揺れますからな。しっかりと、お掴まりください。……ご子息も。」

司祭の説明に、黙って頷く母。
乗り込んだはいいものの、かなり弱気になっているみたいだな。

ぼくは、さっさと手すりを掴んだ。
普通のエレベーターなら何処を掴む必要も無いが、この浮遊昇降機とやらが、どれだけ乱暴な動きをするかは分からないから。

「それと……。この箱全体が浮くので、初めての方は気分が悪くなる事もあるようでしてね。それを防ぐには、まず、口をしっかりと閉じて……。」
「ん……? ぅ、うむ。」

素直に従う母は『麗しい』な唇を、きゅっと引き結んだ。
さっきから『麗しい』の無駄遣い……いや、出血大サービスが過ぎる。

ウェラン司祭、これ……絶対わざとだろう。

「それから、お腹に力を入れて……。あぁ、そんなに沢山じゃなくて大丈夫。力を入れ続けられる程度に、少しだけで結構ですぞ?」
「んっ……。」

お腹に、と言いながら、司祭は母の、その部位に手をやった。
びくっと肩を震わせた母だが、少し恨めしそうに司祭を見ただけで文句は言わなかった。
気分が悪くなると脅されたから、それを回避する為だと自分を納得させたんだろう。

ウェラン司祭……。卑怯、いや……見事な手腕だな。



ぼくが心の中で舌を巻いている間に、小部屋は動き出し、僅か十数秒後には目的の場所へ到着した。
動き始めには浮遊感があったが、移動中は細かく左右に揺れる振動があるだけだった。
逆に、止まる時に感じた違和感の方が強かったと思う。

短い時間だが、母が気分を悪くするのには充分だったようだ。

「さぁ、着きましたぞ。……お疲れ様。」
「あ……あぁ。」

また司祭が、どさくさに紛れて母の身体に触れる。
労わるように背を撫でられた母は、司祭を見る余裕も無さそうだ。
司祭に支えられてようやく、と言った感じで浮遊昇降機から降りて行く。
きっと心臓がばくばく言っているに違いない。

その儚げな様子。
この人がもし母でなければ、ぼくのぼくが完全に覚醒する所だった。
危ない、危ない。


「ご子息は……初めての浮遊昇降機でしょうに、堂々としたものだ。」

母をエスコートしている司祭が、急にぼくを振り返った。
その視線が心なしか、ぼくを褒めてくれているように感じる。

「流石は、滅多に現れないと言われる『格好良い』タイプ、ですなぁ。」

予想よりも良かったよ。
と、思いながら、ぼくは『格好良い』らしく頷いた。



扉が開いたのは、何処か広めな部屋の片隅、という感じだった。
恐らく、ある程度は身分のある人達、あるいは金持ちが利用する為の部屋なんだろう。
絨毯が明らかに立派な物になった。
室内がとても明るいような気がして周囲を見渡すと、部屋の奥側は、壁の上半分がガラス窓だ。

部屋の中央近くに、豪華なテーブルと、そこで食事をするのに丁度良い高さの椅子が四脚。

それよりもガラス窓に近い場所には、ゆったり座れそうなソファが、落ち着いた色合いのテーブルを挟んで設置されていた。


「どうやら我々の方が先に到着したようだ。待っている間……ソファで少し、休みましょう。」
「あぁ……申し訳、ない……。」

ソファの方へと連れて行かれる母は、いつの間にか、司祭の腕にしっかりと掴まっていた。
司祭の手を借りながらソファへと、身体を斜めに預ける母。
切なげに漏らす吐息が、『麗しい』な上に色気もある。


顔色が芳しくないのは可哀そうだと思うのに。

ウェラン司祭、グッジョブ。
……とも考えてしまう、親不孝なぼくだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです

狼蝶
恋愛
 転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?  学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

異世界転生〜色いろあって世界最強!?〜

野の木
恋愛
気付いたら、見知らぬ場所に。 生まれ変わった?ここって異世界!? しかも家族全員美男美女…なのになんで私だけ黒髪黒眼平凡顔の前世の姿のままなの!? えっ、絶世の美女?黒は美人の証? いやいや、この世界の人って目悪いの? 前世の記憶を持ったまま異世界転生した主人公。 しかもそこは、色により全てが決まる世界だった!?

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...