7 / 101
序章
ぼくは転生していた
しおりを挟む
自室のベッドで目が覚めたぼくは、すっかり熱が下がっていた。
測っていなくても分かる。
ぼくが、熱が出るぐらい混乱する事はもう無いだろう。
何となくだが、事情は分かった。
ボクの中にいる時間が、ある程度それなりに経過したからかも知れない。
あれは……あの時のボクは。
アドル・カーネフォードである、ぼくの前世だ。
前世のボク……世野悟(ヨノサトル)は、日本で暮らす平凡な容姿の男で。
学校を卒業して、地元で公務員になって。
友人達と一緒に、食事をして酒も飲んで。
事故に遭って。
たまたま運良く転生させて貰える事になったんだった。
この世界のぼくは、転生した後のボクだ。
あの瞬間から、次の人生では『格好良い』となる事が決まっている……ボクがなりたかった、ぼくだ。
こうして記憶が蘇るだけでなく、あの場で、ボクの友人達という『奇跡』を見る事が出来たぼくは幸運だな。
ただ惜しむらくは、もう少しの間、自由にじっくりと見ていたかった。
ベッドから起き上がったぼくは、使用人を呼ぶ為のベルに手を伸ばした所で、その手を止めた。
顔面偏差値が低ランク以下の人を怖がるぼくの為に、ぼくの部屋に来る使用人は、ぎりぎりでも中ランクの者が宛がわれている。
しかし、あんなにも『奇跡』ランクが揃っている場面を見てしまったぼくが、今ぼくがいる世界で、普通な人々を見た時にどうなるか。
それが少し気掛かりで、ぼくは人を呼ぶ事を逡巡した。
いつまでもこうしていても仕方ないし、この先ずっと誰にも会わずに過ごせるわけでもない。
そう思いながらも、なかなか動けずにいると。
ドアが控えめにノックされた。
「アドル……起きているか?」
エイベル兄さんの声だ。
「起きているよ、兄さん。……ちょっと待って。」
エイベル兄さんなら、『麗しい』の高ランクだから大丈夫だろう。
ぼくは返事をして、ベッドから下りようと布団を捲る。
ベッドにいるままの姿ではだらしがないし、まだ具合が悪いのかと、兄さんに心配を掛けると思ったからだ。
なのに兄さんは、ぼくがベッドから下りる前に、ドアを開けてしまった。
「駄目じゃないか、アドル。まだ寝ていなくちゃ。」
片足だけベッドから下ろしたぼくは、兄さんによってまたベッドに逆戻り。
なんとか頼んで、完全に横になるのは免れたものの、ふかふかのクッションで斜めに上体を起こして、しっかりと布団を掛けられた。
「気分はどう? 何処か苦しい所は無いかい?」
「大丈夫だよ、兄さん。もう、熱くもないし。」
「どれどれ……。あぁそうだね、熱も下がったようで良かった。」
ぼくの額に手をやった兄さんが、ホッとしたように、藁のような麗しい目を更に細める。
その様子を見て、別な意味でぼくもホッとした。
良かった……。
ぼくはエイベル兄さんを、ちゃんと『麗しい』だと思えている。
「でも一応、お医者さんがいいって言うまでは、安静にしていろよ?」
「はいはい、分かったよ。」
微笑む兄さんは本当に、里村に似ているなぁ……。
起き抜けから『麗しい』で満たされたぼくは、そんな事を考えながら、兄さんに頷いた。
じっくりと見過ぎて、実はこっそり興奮し掛けたという事は、兄さんには内緒だよ。
医者が来るのを待ちながら、ぼくは、使用人が用意してくれた果実水を飲む。
大きめのコップで目線を隠して、部屋から下がる使用人の姿を盗み見た。
やや上がり気味の目元に、量が少なくて薄い眉毛。
唇の色合いも薄くて……『愛くるしい』の中ランク。
ぼくが怯えずに受け答え出来る、数少ない使用人だが。
……特に変化は、無いな。これまでと同じように見える。
ぼくがこれまで感じていた『麗しい』や『愛くるしい』の感覚は、前世の事を知った後でもあまり変わっていないようだ。
「アルフォンソも……アドルの事、心配していたんだ。」
言おうか言うまいか迷ったようだが、兄さんはアルフォンソさんの名を口に出した。
顔面偏差値の皆無な人の事を、病み上がりのぼくに聞かせるのを躊躇ったんだ。
それぐらい、ぼくが怖がりだったと言うか、顔面偏差値に拘っていたという事だが……。
我ながら情けない。
「それは申し訳ない事をしちゃった。次は、元気な姿を見せるよ。」
「また、家に……呼んでもいいかい?」
「もちろん。」
少し不安そうに、瞳を翳らせる兄さん。
安心させようと、ぼくは敢えてはっきりと、短い言葉で肯定した。
ぼくも、アルフォンソさんにはもう一度会いたいと思っているから。
「良かった……! じゃあ、また近い内に寄って貰うよ。」
嬉しそうな兄さんから『麗しい』のオーラが溢れ出る。
そのタイミングで医者が来たらしく、その話はこれでお終いだ。
診察時には母も来るだろうから、ちょうど良い。
ぼくの体調に問題が無いという診断結果が出たら、ぼくは言うつもりだ。
外出したい……行きたい所がある、と。
測っていなくても分かる。
ぼくが、熱が出るぐらい混乱する事はもう無いだろう。
何となくだが、事情は分かった。
ボクの中にいる時間が、ある程度それなりに経過したからかも知れない。
あれは……あの時のボクは。
アドル・カーネフォードである、ぼくの前世だ。
前世のボク……世野悟(ヨノサトル)は、日本で暮らす平凡な容姿の男で。
学校を卒業して、地元で公務員になって。
友人達と一緒に、食事をして酒も飲んで。
事故に遭って。
たまたま運良く転生させて貰える事になったんだった。
この世界のぼくは、転生した後のボクだ。
あの瞬間から、次の人生では『格好良い』となる事が決まっている……ボクがなりたかった、ぼくだ。
こうして記憶が蘇るだけでなく、あの場で、ボクの友人達という『奇跡』を見る事が出来たぼくは幸運だな。
ただ惜しむらくは、もう少しの間、自由にじっくりと見ていたかった。
ベッドから起き上がったぼくは、使用人を呼ぶ為のベルに手を伸ばした所で、その手を止めた。
顔面偏差値が低ランク以下の人を怖がるぼくの為に、ぼくの部屋に来る使用人は、ぎりぎりでも中ランクの者が宛がわれている。
しかし、あんなにも『奇跡』ランクが揃っている場面を見てしまったぼくが、今ぼくがいる世界で、普通な人々を見た時にどうなるか。
それが少し気掛かりで、ぼくは人を呼ぶ事を逡巡した。
いつまでもこうしていても仕方ないし、この先ずっと誰にも会わずに過ごせるわけでもない。
そう思いながらも、なかなか動けずにいると。
ドアが控えめにノックされた。
「アドル……起きているか?」
エイベル兄さんの声だ。
「起きているよ、兄さん。……ちょっと待って。」
エイベル兄さんなら、『麗しい』の高ランクだから大丈夫だろう。
ぼくは返事をして、ベッドから下りようと布団を捲る。
ベッドにいるままの姿ではだらしがないし、まだ具合が悪いのかと、兄さんに心配を掛けると思ったからだ。
なのに兄さんは、ぼくがベッドから下りる前に、ドアを開けてしまった。
「駄目じゃないか、アドル。まだ寝ていなくちゃ。」
片足だけベッドから下ろしたぼくは、兄さんによってまたベッドに逆戻り。
なんとか頼んで、完全に横になるのは免れたものの、ふかふかのクッションで斜めに上体を起こして、しっかりと布団を掛けられた。
「気分はどう? 何処か苦しい所は無いかい?」
「大丈夫だよ、兄さん。もう、熱くもないし。」
「どれどれ……。あぁそうだね、熱も下がったようで良かった。」
ぼくの額に手をやった兄さんが、ホッとしたように、藁のような麗しい目を更に細める。
その様子を見て、別な意味でぼくもホッとした。
良かった……。
ぼくはエイベル兄さんを、ちゃんと『麗しい』だと思えている。
「でも一応、お医者さんがいいって言うまでは、安静にしていろよ?」
「はいはい、分かったよ。」
微笑む兄さんは本当に、里村に似ているなぁ……。
起き抜けから『麗しい』で満たされたぼくは、そんな事を考えながら、兄さんに頷いた。
じっくりと見過ぎて、実はこっそり興奮し掛けたという事は、兄さんには内緒だよ。
医者が来るのを待ちながら、ぼくは、使用人が用意してくれた果実水を飲む。
大きめのコップで目線を隠して、部屋から下がる使用人の姿を盗み見た。
やや上がり気味の目元に、量が少なくて薄い眉毛。
唇の色合いも薄くて……『愛くるしい』の中ランク。
ぼくが怯えずに受け答え出来る、数少ない使用人だが。
……特に変化は、無いな。これまでと同じように見える。
ぼくがこれまで感じていた『麗しい』や『愛くるしい』の感覚は、前世の事を知った後でもあまり変わっていないようだ。
「アルフォンソも……アドルの事、心配していたんだ。」
言おうか言うまいか迷ったようだが、兄さんはアルフォンソさんの名を口に出した。
顔面偏差値の皆無な人の事を、病み上がりのぼくに聞かせるのを躊躇ったんだ。
それぐらい、ぼくが怖がりだったと言うか、顔面偏差値に拘っていたという事だが……。
我ながら情けない。
「それは申し訳ない事をしちゃった。次は、元気な姿を見せるよ。」
「また、家に……呼んでもいいかい?」
「もちろん。」
少し不安そうに、瞳を翳らせる兄さん。
安心させようと、ぼくは敢えてはっきりと、短い言葉で肯定した。
ぼくも、アルフォンソさんにはもう一度会いたいと思っているから。
「良かった……! じゃあ、また近い内に寄って貰うよ。」
嬉しそうな兄さんから『麗しい』のオーラが溢れ出る。
そのタイミングで医者が来たらしく、その話はこれでお終いだ。
診察時には母も来るだろうから、ちょうど良い。
ぼくの体調に問題が無いという診断結果が出たら、ぼくは言うつもりだ。
外出したい……行きたい所がある、と。
1
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!
結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)
でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない!
何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ…………
……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ?
え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い…
え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back…
ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子?
無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布!
って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない!
イヤー!!!!!助けてお兄ー様!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
異世界の美醜と私の認識について
佐藤 ちな
恋愛
ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。
そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。
そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。
不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!
美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。
* 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート
猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。
彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。
地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。
そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。
そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。
他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。


転生したら美醜逆転世界だったので、人生イージーモードです
狼蝶
恋愛
転生したらそこは、美醜が逆転していて顔が良ければ待遇最高の世界だった!?侯爵令嬢と婚約し人生イージーモードじゃんと思っていたら、人生はそれほど甘くはない・・・・?
学校に入ったら、ここはまさかの美醜逆転世界の乙女ゲームの中だということがわかり、さらに自分の婚約者はなんとそのゲームの悪役令嬢で!!!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる