美醜感覚が歪な世界でも二つの価値観を持つ僕に死角はない。

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序章

ぼくは馴染んで来た

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「……! アドルっ!」

『麗しい』高ランクなエイベル兄さんの、悲鳴が遠く聞こえる。
兄がぼくに、縋り付くように腕を伸ばして来る光景が、酷くゆっくりとして見えた。

……エイベル兄さんがこんな風に声を荒げるなんて珍しい。

普段は美術品のような『麗しい』が乱れる様子を、ぼくはただぼんやりと眺めた。


目蓋の僅かな隙間から覗く、心配そうに揺れる瞳。
動揺して白んで行く、あまり凹凸の無い肌。
震わせながらぼくの名を呼ぶ、余り大きくない薄い唇。


――― あれ? これ……結構、クル……かも。


そうだよ、これが『麗しい』だよ!
エイベル兄さんは『麗しい』担当なんだ!


――― あぁ、そうかも。……これが『麗しい』でも、別にいいか。


さっきのぼくは、どうして、エイベル兄さんの『麗しい』を疑ったりしたんだろう。

少し落ち着いたぼくは、兄に精一杯の笑顔を向けた。
安心させようとしてやった事なのに、何故か兄は息を呑んでぼくを見詰める。

「大丈夫だよ、兄さん……?」
「あ……、あぁ……。」


そうだ、もう、ぼくは大丈夫だ。
さっきのは、きっと混乱していたんだ。
顔面偏差値の無い人を初めて見たのが、こんなに近い距離だったからだ。
限界を超えた恐怖が引き起こした精神障害だったに違いない。

あぁ、そうだ、それより……。

さっきの、ぼくの非礼について、お詫びをしなくては。


大丈夫、大丈夫、さっき見ているんだから大丈夫。

心の中で自分を勇気づけるように唱えながら。
ぼくはもう一度、兄の客人……アルフォンソさんを視界に入れた。



完全に俯いている彼の顔は、前髪や横髪で隠れていて、その表情を窺えない。
だがそれでも、ぼくの態度で傷付いているのは間違いないと思った。

それを見たぼくの胸に、罪悪感という初めての感覚が訪れる。

これまでのぼくは、こんな風に思った事は無かった。
顔面偏差値が低い容姿を見て、怯えたり、気持ち悪く思ったりするばかりで。
ぼくの態度が相手にどんな影響を与えるかなど、思いもしなかった。

……流石に「醜い物を見せられた」と怒るような真似はしていないが。


「あの、あ…アルフォンソ、さん。」

そっと名前を呼ぶと、その人の肩が震える。
まるで怯えるみたいなぎこちなさで、少しだけぼくの方を向いた。

あまり顔を見せないようにしているんだ。


……あれ? あの角度、あんまり、怖くないかも?


――― いや、アンソニー激似だぞ。あんな美人、ある意味、怖いし。


綺麗過ぎて怖い、という感覚だったのか?
理論上はそういう事もある、だろうとは思うが。



アルフォンソさんは、ぼくの顔を見ていない。
黙ったまま、続く言葉を待っている。

「さっきは、すみませんでした。」

アルフォンソさんの様子に、戸惑いが表れる。
視界の端にいる兄も、『麗しい』で固唾を飲んで見守っているようだ。

「ぃ…いや。こちらこそ……済まなかった。」

小声ではあるものの、返事をしてくれた。
遠慮がちにぼくの足元を見ている目が、僅かにだが、安堵したように見える。


あぁ、その表情……かわいい、かも。

――― うん、可愛いな。美人が小さく笑うの、凄い可愛い。


「俺が、ヴェールも着けずに…」
「いえっ、ぼくが、その……人見知りだったのが……。」

やや苦しい言い訳だが、そういう事にしておかなくては。
次から、アルフォンソさんがヴェールで顔を隠してしまう。

あんなに恐ろしく思っていた、顔面偏差値の無い人なのに。

アルフォンソさんの顔がヴェールで覆われてしまうのを、ぼくは惜しいと感じていた。




「アドル……ありがとう。」

ホッとしたようにぼくを撫でる兄の手が、心地良くてぼくは半目になる。


「あっ、アドル!」

ぼくの顔に触れて、驚きの表情を浮かべる兄。

今日だけで何回、兄のこの表情を見た事だろう。
『麗しい』な兄の、引き締まった目……これで目一杯に見開かれているなんて信じられないよ。

「はい、兄さん?」
「……凄い熱だ。」


どうやら、ぼくは熱を出していたらしい。

せっかく出て来たばかりの自室に連れ戻された。
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