上 下
28 / 80

28・感情の変化が激しくて我ながら心配だ。 (キョウタ視点)

しおりを挟む
ロールパンについて。
タスクは悪役娘と、そんな下らない事で揉めだした。
いつもなら俺とタスクでやるパターンだ。

一歩離れた所から見ると、こんな感じなんだな……。

当人同士が真剣かどうかは分からんが、割と楽しそうに感じる。
それを見ている方にとっては馬鹿馬鹿しい遣り取りというか。
……何だか面白くない。

俺は、ソファの横に置いた荷物入れから、小袋を取り出し。
小袋から、例の呪いのお守りを取り出し。

……これでも喰らえっ!

タスク目掛けて思い切り投げ付けてやった。
たまたま、振り向いたタスクの顔面に直撃した。
お守りは小さいし、軽いし、大した事は無いだろうと思っていたのに。

タスクは痛そうな悲鳴を上げて。
背中から絨毯の上に倒れ込んだ。

……あっ、え、嘘っ。どうしよう。

悪役娘に助け起こされたタスクの額に、お守りの一部が刺さっていた。
それを引っこ抜く悪役娘。
溢れ出した血を素早くハンカチで押さえる悪役娘。
起き上がって狼狽えるだけの俺。

俺の所為なのに。俺が何かする間も無く。
悪役娘は手当をする為の道具を取りに、部屋から出て行った。


自分に当たった物が呪いのお守りだと知り、タスクは動揺した。
分かりやすくビビリ出す。

「それは……。俺がぶつけた、から……。」
「……なんで?」

そうだよな、そう聞くよな。
俺だってまずはそう聞くだろう。

「……キョウタ? なんで?」
「面白く……なかった、から。」
「は?」

ヤキモチみたいで言いたくなかったんだが。
観念してそれだけ白状すると。
タスクは不機嫌そうな声を出した。

当たり前だ。……謝らなきゃ。


「キョ」
「ごめん。」

向かいにしゃがんで、タスクの額に手を伸ばす。
布の上から指先で触ってみると、タスクは呆れたような笑みを浮かべた。

額の布を押さえてくれと言われたから。
手を伸ばして押さえようとしのに、その手を引っ張られた。
そのまま、絨毯の上に座ってるタスクの上に。
跨る格好になる。

おいっ、これ……! どういう事だ!

確かに今のは俺が悪い。
お守りをぶつけて怪我させた俺が悪い、のは分かる。
だが何故に、膝の上に乗せる?
こんな所を誰かに見られでもしたら……。

「お待たせ。まずは傷口を綺麗にするわよ。」
「ぅわっ……!」

狙ったようなタイミングで戻って来た悪役娘。
俺は転がってタスクから離れた。

スタントマンかな?
よし、来世はスタントマンになろう。

「俺、暇だから店っ、店の方、見て来るっ。」

俺はぎくしゃくと立ち上がると。
悪役娘に手当てされるタスクを置いて。
すっかり開く事に慣れ切った足を、どうにか動かして部屋を出た。



「食いしん坊お兄ちゃん!」

誰だ、俺を妙なあだ名で呼ぶのは。
……あぁ、悪役娘の妹か。
こっちに来なくていいよ、犬と遊んでいなさいよ。

「どうしたの? 食いしん坊お兄」
「不本意なあだ名呼びを止めろ。」
「それじゃあ何て呼べばいいの?」
「……キョウタでいいよ、もう。」

今世の名前、まだ決めていなかったのが恨めしい。
こうして『キョウタ』が定着していくのか。

「キョウタ、どうしたの?」
「いきなり呼び捨てかよ!」
「もうすぐご飯だよ? どこに行くの?」
「お前もマイペースか。……店、だよ。」
「ちょっと待ってて。」
「え、おい、待てよ!」

悪役娘の妹はあっという間に駆け出した。
そしてすぐ、やたら逞しい男の店員を連れて戻って来た。
悪役娘の妹までも動きが素早い。

「あのね、キョウタにお店を見せてあげて。」
「あぁ、分かったよ、ジョゼちゃん。」
「それとね、キョウタは歩くのが苦手だから。よろしくお願いね。」
「了解。」

あ~成程ね、だから逞しい店員を呼んで来てくれたのか。
この年齢にして、この気遣い。
案外、賢い子なのかもな。


逞しい店員に抱っこされて店に入る。
高身長の筋肉男に抱えられているから安定感が凄い。
だが何だか落ち着かない。

何故なら……てっきり店内の何処かに椅子でもあって。
そこに座らせて貰うぐらいかと、思っていたのに。
美丈夫な店員に抱っこされた姿勢で売り場を色々案内される、とは思わなかった。
流石にハードルが高過ぎる。落ち着かない。

一階にある商品を見ている途中で、俺は抱っこをギブアップした。
二階の階段付近のスペースで、椅子に座らせて貰う。

色々と恥ずかしくて戻り難い……。



顔を覆って一人恥ずかしさに耐えていると。
俺の近くに誰かが無言で立つ気配がした。

何だろう? 見られている気がする。

「こんにちは、昨日ぶりですね。」

明らかに話し掛けられた。
仕方なく見上げた先にいるのは、見知らぬ茶髪の男だった。
後ろの布が長めの上等そうな上着を羽織った、身分の高そうな男。

誰だ?
という顔を俺はしたのに、その男は悠然と話し掛けて来る。

「私に見覚えがありませんか?」
「……無いな。」
「では、私達は『初めまして』でしょうか?」
「知らん。そもそも、あんたは昨日ぶりと言い出したんだ。見覚えがあるんだろう? 何故、そんな事を聞く?」

男は小首を傾げて俺を見る。
口元だけ微笑の形にしているが、分かりやすいぐらい目線が怖い。

「貴方の記憶を、確認したかったからです。」

ドクンッ!

音が聞こえそうなぐらい心臓が跳ね上がった。

「そう、か。」

急に苦しくなって、自分の声が遠く感じる。

「貴方は私の知っている人に似ています。貴方がその人だったら話が早いのですが。」
「残念だったな。」
「違うのなら、それはそれで良いのです。」

この男は何故こんな話をするんだ。
まるで……俺に記憶が無い事を知っているような言い方で。

今世の俺の知り合いか?
違う。
それだったら俺がこんな、追い詰められる気分にはならないだろう。


「では。……キョウタさん?」

男はぐっと上体を屈めて、顔を間近に寄せて来る。
反射的に後ずさろうとしたが、悲しくも俺の背後は壁だ。

「私達は初対面、でいいですね?」
「別に。」

正直、気持ちが悪い。
視線も合わせたくない。

「分かりました。意味深な話だけして帰りますね、今日の所は。」

もう俺は返事しない。
さっさと居なくなれ。


男はやけにあっさりと立ち去った。
ほっと息を吐くと同時に、急に不快感や嫌悪感、恐怖が込み上げて来る。
今になって身体が震え出した。

怖い……、怖かった……。

今世にあの男が、関係しているのか……?

もし、今世の……記憶が戻ったら……。

か、考えたく……ない、のに……っ。

嫌だっ、……タスク…助けてっ!


立ち上がる事も声を出す事も出来ず。

ただ、怯えるしか無かった。



どれぐらいの時間が経ったか分からない。
不意に近付いて来る二つの声で、我に返った。

「なんで付いて来るんだよっ。撫でるなっ。」
「いつ来て貰えます?」

タスク、なんで……さっきの男と一緒に……?

「早ければ明日か明後日だ。あ、念のために名前と肩書も教えろ。あと、撫でるな。」
「私が誰か、本当に分からないのですか?」
「知らねぇって言ったろ。しつこいぞ。」

何故か尻を撫でられているタスク。

「キョウタ。そろそろメシ出来るから、迎えに来たぞ。」
「抱っこ。」
「お、おぅ。」

両腕を広げて待ち構える俺。
タスクは少し戸惑ったようだが、俺の言った通りにしてくれた。

恥ずかしい話だが。
怖いの一言で片付けられないような不安を覚えた直後だったから。


男への対処をタスクに任せて。

出来るだけ姿が見えないように、タスクにしがみ付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白い森の奥深く

N2O
BL
命を助けられた男と、本当の姿を隠した少年の恋の話。 本編/番外編完結しました。 さらりと読めます。 表紙絵 ⇨ 其間 様 X(@sonoma_59)

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

狼くんは耳と尻尾に視線を感じる

犬派だんぜん
BL
俺は狼の獣人で、幼馴染と街で冒険者に登録したばかりの15歳だ。この街にアイテムボックス持ちが来るという噂は俺たちには関係ないことだと思っていたのに、初心者講習で一緒になってしまった。気が弱そうなそいつをほっとけなくて声をかけたけど、俺の耳と尻尾を見られてる気がする。 『世界を越えてもその手は』外伝。「アルとの出会い」「アルとの転機」のキリシュの話です。

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...