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65・転生者に戦闘なんて無理だから。 (キョウタ視点)

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タスクが出て行った後。
ベッドに寝ていた俺は、そのまま眠ろうとしたんだが。
妙な気分になってしまい。

全然、眠れない。

タスクの所為だ、タスクがあんな……。
出掛ける前にキス、とか。
まるで新婚みたいな擽ったい真似をするから。

眠れるわけがない!

お腹だって空いた!

だから仕方なく。
タオルケットに包まって、目を瞑って、転がって。
……結局、タスクの事ばかり考えていた。



そうこうしている間に、徐々に眠たくなって来た俺の耳に。

堅い物を爪で引っ掻くような音と。
女の声が聞こえた。
ような気がした。

……何だろう、悪役娘か?

だがタスクは出掛けたばかりだ。
部屋にいる俺も眠っている事になっている。
この状況で、悪役娘が部屋の外から話し掛けて来る理由は思い付かない。

気の所為だと割り切って寝てしまおうか。
一応念の為、部屋の外を確認するべきか。

俺が迷っていると。


廊下の方から女の、物凄い悲鳴が聞こえた。
とても雄々しかったが尋常でない様子の。

……え、えっ? 何だ?

こんな声は聞いた事が無い。
キョウタでは勿論、コルネールでも。

一体何が起こったのかは分からないが、様子を見に行くべきだろう。

とは思ったものの。

まずい、俺、下着姿だ。
俺の服は隣に置いて来たんだった。
……いや待て。
さっきタスク、飲み物と一緒に着替えを持って来なかったか。

慌てて室内を見回してみると。
ソファの上に何か置いてある。
それを確かめに行こうとして。
俺はベッドから転がり落ちた。

よちよち歩きでソファに辿り着く。
置いてある布を広げてみる。
普通の衣服だった、有難い。

腰ひもで縛るタイプの、膝丈までの太いズボンと。
袖が肘まである、何の括れも無い、ずどーんとしたワンピース。

これで、タオルケットを身体に巻く必要は無さそうだと。
俺はホッとした。

その時。


「あっ、姉上えぇっ!」

オスカーの悲痛な声。

廊下からそんなものが聞こえて。
俺は一気にパニックを起こす。

何だ、今の……何だ今の!

怯える余り、着ようとしていた服をぎゅっと抱き締める。
良く分からないが、分かったんだ。
扉の向こうで何か非常事態が起きていると。

どう、しよう……。
廊下で一体、何が、起きているんだ。

もう廊下からは、誰の声も聞こえては来ない。
何か分からない音がしているような。
でも良く聞こえない。

俺は此処にいていいのか?
だが、俺が出て行った所で何の役に立つ?


迷った挙句。
手に持っていた衣服に目をやり。
急いでワンピースを着た。

もしもタスクが此処にいたら。
タスクなら迷う事無く、廊下を確認ぐらいはするだろう。

少しだけ……少しだけ様子を見よう。
その状況によって。
部屋から出るか、逆に閉じ篭るかを決めれば良いんだから。



恐る恐る部屋の扉を開けた。

開けるべきじゃなかった。

驚くぐらい大きな犬が。
オスカーを襲っていて。

「ひっ……うわああぁぁっ!」

悲鳴を上げた俺に。
狙いを変えて襲い掛かって来た。

走って逃げようと踵を返したが。
まともに歩くのでさえ、覚束ない俺だから。
背後から飛び掛かられて、あっさりと俺は床に倒される。
着ている服が爪で裂かれる耳障りな音が聞こえた。

噛まれるっ……!

これから来るであろう痛みを予想して。
ぎゅっと目を瞑って身を竦ませるが。
俺の身体に圧し掛かっていた重さが不意に消えた。

驚いて目を開くより早く、誰かに腕を掴まれて身体を起こされた。

「お、オスカー……。」

俺を起こしてくれたオスカーが、獣と対峙している。
オスカーの背中が俺を庇っているようだ。

「……あっ、ありがと。」

怯えながら礼を言う俺の様子を、オスカーは一瞥して。
何かの呪文を唱えた。
直後、オスカーから何かが広がる気配を感じて、俺は驚いた。

「え、今の……。」
「<聖域>の魔法だ。本来の使用方法とは少し異なるが。」

それを聞いて俺の記憶……元々はコルネールのものだが……が活性化する。

<聖域>。
聖魔術ホーリープレイの魔法の一つ。
本来は、空間を指定して使う事で、外部からの魔物等の侵入を防ぐ。
魔力で作られた『聖なる壁』を易々とは越えられないからだ。
空間の広さや壁の強硬さは、術者の力量による。

だが今は、既に害悪が中に侵入していまっているんだが。

「魔獣が外に出て、人々に被害が及ぶのだけは避けなくてはならん。」

あの獣、魔獣なのか。
というかオスカー。きっぱりと言い切ったな。
案外ちゃんと、人々の上に立つ者なんだな。
それに何処となくオーラのようなものも……あれ?

気の所為か、こんな状況で動揺している事による錯覚か。
オスカーの身体が、何かに包まれているように感じる。

もしかするとこれが魔力というやつだろうか。
これまで見えた事なんか無かったのに。
それとも、溢れるぐらいサイラスから大量に魔力を貰ったという事か。


オスカーに気を取られていると。
獣が高く飛び上がるのが見えた。
背の高いオスカーの頭上から、飛び掛かって太い足を振り下ろす。

オスカーが別の呪文を唱える。

<盾>。
魔力の盾を出現させ、攻撃を防ぐ。
攻撃される度に強度は減り、一定回数で消滅する。
この強度も回数も、術者の力量が影響する。

さっき俺が見掛けた時のように。
魔獣の爪をオスカーが<盾>で防いだ。
また同じ展開になったのは、所詮、知能の低い獣の行動だからか。
だが、このまま防ぎ続けるのはオスカーに分が悪い。

魔獣は<盾>の上からずっと爪を掛け続けている。
ゲーム風に言うと。
極めて短いサイクルで持続ダメージを与えている、だ。
つまり、物凄い速さで<盾>の強度が削られているんだから。

オスカーの魔力消耗が激しくなるのは当然だ。

この状態で魔力が尽きたら。
<盾>が消滅して、魔獣が爪を振り下ろすだろう。
しかもオスカーはさっきと違い、俺を庇っている状況だ。
魔獣の爪を躱そうにも、背後に俺がいては難しい。

「オスカー、俺、離れた方が……。」
「駄目だ、離れるなっ!」

役に立たないのは分かっているから。
せめて邪魔になりたくないのに。
俺がいる所為で、間違いなくオスカーの負担が増えている。



体感的にとても長い時間、俺はただ見守る事しか出来なかった。

だからか、戦況が変わりそうな動きがあった時に。
それに気が付く事が出来たんだろう。

オスカーを圧し潰せるぐらいの距離にいた魔獣が、僅かずつ離れて行く。
少しずつオスカーが押し返している。
<盾>に食い込んでいた爪が、宙を引っ掻いて。
魔獣が怯んだように見えた。

その隙を付いて、オスカーが<盾>で魔獣を思い切り殴る。
そのまま、仰け反った魔獣の腹に目掛けて<フォース>を……。

「オスカー! 違うっ!」

撃ち込もうとするオスカーを止めた。
いや、止めようとした。
でも間に合わなくて。

的確な指示ではなく、突然大声を上げただけの俺に。
オスカーが意図を理解出来なくても無理は無い。


こいつは魔獣じゃない、ただの獣だ。
襲撃者は別にいる。

獣が腹部を曝け出した時に、見えた。

獣の股間に寄生している……魔族の目が。

獣より知能のあるこいつは。
怯んだように思わせて、攻撃に転じるようオスカーを誘ったんだ。


<フォース>が股間で弾き返される。

俺はせめてオスカーを突き飛ばそうとしたが。
身長差の所為か、俺の力の無さからか。
オスカーの身体はびくともしなかった。

単に俺がオスカーに縋り付いただけだ。

昆布のような太い紐状の物体が。
物凄い勢いで、獣の身体から出て来て。
瞬きする間に部屋一杯に広がったかと思うと。

抱き合うような体勢の俺達に、次々と伸びて来た。
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