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第二章
第4話
しおりを挟む翌日、サファルティアの目が覚めると既に日は高くなっていた。
太陽の位置から朝食と呼ぶには遅すぎるが、昼食と考えると少し早いくらいの時間だな、と寝起きの頭で考えてからハッとする。
「っ、仕事!! ……いっ……つ……」
「おい、旅先にまで仕事を持ち込んだのか?」
「はい……?」
すぐ横でシャーロットの不機嫌そうな声が聞こえた。
顔を上げればシャーロットが隣で寝ていて、サファルティアは目を瞬かせる。
「たび、さき……」
サファルティアは自分が新婚旅行に来ていることをようやく思い出した。
シャーロットもさすがに新婚旅行中に仕事をしようなどと考えてないない。愛しいサファルティアの寝顔を見つめるという至福の時間を、当の本人の現実的な言葉で邪魔をされれば不機嫌にもなる。
「まさか自分が新婚旅行に来ていることを忘れるなんて……。なんて薄情な妻だ」
「えっと、ごめんなさい……?」
確かに寝ぼけていたとはいえ、忘れていたのは申し訳ないと思うが、何故怒られているのかよくわからないサファルティアはとりあえず謝っておく。何せ相手は兄で夫とは言え国王だ。シャーロットに限ってないだろうが、下手なことを言っては首が飛びかねない。
サファルティアがシャーロットを想い、愛情と忠誠心をくれていることはシャーロットもわかっている。
サファルティアがワーカーホリックになった要因は自分にもあるとわかっているから、シャーロットは小さくため息を吐いて「まぁいい」と諦めたように呟いた。
「それよりも腰は大丈夫か?」
シャーロットの手が労るようにサファルティアの腰を撫でる。
昨夜は初日ということもあり、気分も高揚していて大変盛り上がってしまった。
その結果がこの有様で、サファルティアは恥ずかしいような満たされているような、不思議な心地だ。
「だい、じょうぶ……です」
照れてシーツを頭から被り直せば、シャーロットはくすりと笑う。
「今日は別邸の方に行くのだろう? サフィが良ければ支度させるが……」
ひょこっとシーツから顔を覗かせるサファルティアの頭を撫でる。
「このまま今日はここで過ごすのも悪くないな」
「え、ちょ……も無理です……」
手を握られ、指の間をするりと撫でる。シーツに縫い止めるように押さえつけて、サファルティアが苦しくない程度に体重をかければ逃げることも出来ない。
シャーロットと触れ合うのも、甘い誘惑も魅力的だから流されそうになるが、先程シャーロットが言った通り、今日は別邸の温泉に行くのだ。
サファルティアはとても楽しみにしていたから、何とか抜け出そうと試みる。
「ん……や、です……」
シャーロットの唇がサファルティアの肌に触れる。
「だが、反応している」
「それは、ひっ! 生理現象、ですっ!」
日頃女装していても、サファルティアは立派な成人男子だ。朝の生理現象だって普通にある。けれど、シャーロットのモノが腹に触れると、カァッと顔が熱くなって、昨夜を思い出して腹の奥が切なく疼く。
「も、ほんとに……無理……」
旅先ということと、仕事や誰かに邪魔されない貴重な時間を存分に楽しんだ昨夜。温泉に効能があるのではなく、普段と違った環境で盛り上がるから出来やすいと、サファルティアが気付いたのは、何度か果てて気を失う直前だった。
シャーロットも分かっていたのだろう。
互いに時間を気にせず触れ合えるのは、貴重な時間だ。その間にサファルティアを存分に可愛がりたいと、瞳の奥の情欲が伝えてくる。
「無理かどうか、試してみよう」
「あ……」
奥の窄まりにシャーロットの熱があてがわれる。
期待に震えるそこに、サファルティアは観念したように、シャーロットに身を委ねた。
「このウィッグも、そろそろ新しいものにしたほうがよさそうだな」
シャーロットがサファルティアの頭にウィッグを乗せて髪に櫛を通す。
本来侍女の役目だが、サファルティアであることを隠すために事情を知るメイド長か、サファルティア自ら髪を整えるのだが、今日はシャーロットがやりたいと言い出したのでそのまま任せることにした。
(贅沢ですねぇ……)
仮にも一国の王が手ずから寵姫の髪を整えるなんて、あまり聞いたこと無い。
元々兄弟として育った気安さもあるのだろうが、シャーロットの指はサファルティアを甘やかすように、優しく触れてくる。神経が通っていなければ、サファルティア自身から伸びているわけでもない仮初の髪でも、大切な宝物のように触れられると、擽ったくて気恥ずかしいけれど心地良い。
「サフィ、聞いているのか?」
「聞いてますよ。シャーリーの手が気持ち良すぎて、うっかり寝そうになりましたが……」
反応がないサファルティアに焦れてシャーロットが聞けば満足の行く回答に、シャーロットも照れたように「そうか」と頬を緩める。
「新しいウィッグは確かに必要ですね。毛先がだいぶ傷んできましたし、香油で誤魔化すのも限度がありますし」
「……地毛を伸ばせばいいだろう。サフィの髪は艶があって絹のように手触りもいい」
「それだとバレる確率が上がります。まあ、彼にはまったくバレませんでしたが……」
昨年、アリアロス・マーシャルが起こしたシャーロット暗殺未遂事件で、囮となったティルスディアがサファルティアだと彼は最後まで気付かなかった。
簡単に気付かれても困るが、気付かれなさすぎるというのもどうなんだろう……とあの時サファルティアは思った。
「それだけサフィが美しいということだな」
シャーロットの指先がサファルティアの地肌を掠めると、ゾクリと粟立つ。嫌だというよりも、触れ方が情事を思い出して恥ずかしい。
「うん。この髪飾りも似合うな」
仕上げにシャーロットが自らサファルティアのために選んだ髪飾りで、ウィッグと地毛を留める。
鏡に映るのは男だと言われても信じられないくらい美しい女性――ティルスディアが映っていた。
「あ、あー、あー……」
地声よりも高めの女性の声。アルトの落ち着いた声を確かめるように発声する。
立ち上がってドレスの裾を掴んで優雅にお辞儀する。
「ありがとうございます、陛下」
王宮内で着るよりも簡素だが品のある青いドレスと、女性らしい柔らかな立ち居振る舞い。
ティルスディア・キャローがそこにいた。
「何度見ても見事な代わり映えだな」
「誉めても何も出ませんよ」
軽く化粧を施しただけだが、もとより王族として育ったサファルティアは平民よりも食事も生活環境も良いこともあり、色艶がある。
中性的な顔立ちを女性寄りに意識して作れば、第二王子のサファルティア・フェリエールであると気付くものはほとんどいない。
シャーロットがティルスディアの喉に軽く触れる。詰襟のドレスだから喉仏が隠れているが、触れれば確かにその感触がある。
「陛下?」
きょとんとした表情でティルスディアが首を傾げる。そのままシャーロットが額に唇を落とせば、くすぐったそうにティルスディアが笑う。
「昔から思っていたが、どうやってその声が出るんだ?」
「どう……と言われましても」
「裏声はないのだろう?」
ティルスディアは困惑したようにシャーロットを見る。
サファルティアの時は誰が聞いても男性の声だ。テノールだから少し高めと言えばそうだが、女性と聞き間違えることはない。
しかし、ティルスディアでいるときは、ハスキーボイスというには少し高めのアルトの声で、男性の声とはやはり違う。
幼い頃からサファルティアはこの声の切り替えでよく周りを翻弄したものだ。
成長すればそんな特技使うことは減っていたが、まさか今になって役立つとはサファルティア自身も想定外だった。
「うーん……。喉から、というのともちょっと違いますし、ある程度意識して出していますが、裏声ではないのは確かです」
自分でもどうやって説明すればいいのかわからないが、魔法の類ではないのも確かだ。
世の中不思議なことは多いが、これもその一つだろうとシャーロットは追及するのを止めた。
「まぁいい。ティルの愛らしい声を聞くのも好きだからな」
「それなら良かったです」
「さて、そろそろ行こうか」
「はい」
シャーロットの差し出した手を取って、ティルスディア達は目的地に向かうことにした。
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