偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

文字の大きさ
上 下
24 / 49
第二章

第2話

しおりを挟む

「船に乗るなんていつ以来でしょう!」
 ティルスディアはデッキに出ると海に浮かぶ島々を眺めながらはしゃいだ声を出す。
 もともと身体を動かすことは嫌ではないし、海軍の訓練を受けたこともある。
 王弟という立場上、期間的には短いものだったが、経験としては悪くないと思う。
「落ちるなよ」
「落ちても泳げるので、大丈夫です」
「いや、私の心臓が持たない」
 ティルスディアはシャーロットの情けない表情にくすくすと笑う。
 2人が向かうサマギルム島は、シャルスリア王国の西に面する海にある群島のひとつだ。
 一日程度の船旅だが、数年ぶりの王都の外ということもあり、気分は空と同じく晴れやかで、高揚している。
 シャーロットはティルスディアを抱きしめると、ティルスディアは大人しく囲われてくれる。
(昔よりも細くなっているのに、泳がせられるか)
 サファルティアがティルスディアとして過ごすようになり、剣術の稽古や遠がけをすることもなくなった。
 以前はあった靭やかな筋肉も落ちてしまっている。
 サファルティア自身も気にして、時間があれば素振りくらいはするが、落としてしまった体型を戻すには至らない。
「陛下?」
 ティルスディアがシャーロットを見て不思議そうに首を傾げる。その表情はあどけなく年相応の女性のように愛らしい。
 けれど、シャーロットはティルスディア――サファルティアを女として扱いたいわけではない。
 サファルティアだから愛したのだと、伝えたいのにそれが許されない環境というのはもどかしくて、シャーロットはより一層強く抱きしめる。
「……陛下、苦しいです」
「離したら泳ぎに行かないか?」
「行きませんよ。さすがにドレスじゃ泳げません」
 ティルスディアが呆れたように言えば、シャーロットは渋々腕の力を弱める。
「……温泉、嫌ですか?」
 船に乗った辺りから、シャーロットの機嫌が微妙なのはティルスディアも感じ取っていた。
 せっかくの新婚旅行なのだから、もっと楽しみたいと思う。
 けれど、今までの自分の行動を振り返ってみると、ちょっと子供っぽかったかもしれないとティルスディアは反省する。
「ティルと温泉に入るのが嫌なわけじゃない。出来ればサフィと入りたい」
 シャーロットが混浴を選んだのは、男女で合法的に入れるからだ。
 ティルスディアは一応女性ということになっているので、混浴であれば無難ではあるし、サファルティアを見られても、湯治に来たと言い訳できる。
 最も、国王夫妻の邪魔をしようなどという不届きものは少ないだろうが。
 ティルスディアもシャーロットが何を言いたいのか気付き、苦笑する。
 元々女装することを決めたのはサファルティア自身だ。“ティルスディア・キャロー”という名前も、出自も作ったのはシャーロットだが、全てサファルティアのことを思ってのことであることを知っているし、閨では必ずサファルティアであることを求めてくる。
 サファルティアの男の矜持を少しでも守ろうとしてくれているのだと、その気持ちが嬉しい。
「“僕”はそのつもりでしたよ?」
 ティルスディアはサファルティアの声で囁くように言えば、シャーロットはほんの少し頬を緩めた。
 ティルスディアの顔を上げさせて唇を重ねれば、受け入れてくれる。
「たくさん、楽しみましょうね?」
「そうだな」


 港に着けばサマギルム島の領主夫妻がシャーロットとティルスディアを出迎えてくれた。
「シャーロット陛下、並びにティルスディア殿下。ようこそおいでくださいました」
 初老少し手前のセドリック・カロイアスは、穏やかな表情で挨拶する。その横に並ぶ婦人であるサーシャも絶世の美女ではないものの、可憐な花を思わせる仕草で静かに頭を下げる。
「温泉以外何もない島ですが、滞在中はできる限りのことをさせていただきます」
「父も母も昔ここで世話になった話を聞いている。ここに来る道中の景色も素晴らしかった」
 シャーロットが褒め、ティルスディアを見る。
「陛下の仰る通りです。島に咲き誇る花々も、活気のある街並みも見ていて楽しかったです。先王陛下夫妻にあやかって、夫婦円満になると言われるこの場所に来るのを、陛下もわたくしも、とても楽しみにしていました」
「お2人にそう言って頂けて何よりです。ノクアルド先王陛下ご夫妻も、それは楽しそうにしていらっしゃったのを今でも昨日のことのように覚えております」
 ノクアルドど交流があったのだろう。セドリックは目を潤ませる。
「シャーロット陛下は、本当にお父上によく似ておいでだ。今この国が平和なのも、ノクアルド先王陛下はもちろん、シャーロット陛下のお陰です。我々に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」
 カロイアス夫妻は深々と頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼む」
 シャーロットが夫妻と挨拶をしている間、ティルスディアはふと思い出す。
(そう言えば、領主夫妻には息子がいたはずですが……)
 姿が見当たらない。
 シャーロットと同い年の彼らの息子は、社交界でもあまり見たことはない。
 海を渡る必要があるから、王都に頻繁に足を運ぶのは難しいにしても、こういう場合、王族との繋がりを持つために家族、場合によっては一族総出で出迎えることもある。
 しかし、今回は一応新婚旅行という名目で来ているので、あまり派手にしないようにしてくれているのかもしれない。
「お部屋にご案内させていただきます」
 シャーロットとティルスディアが泊まるのは、カロイアス邸の客室だ。
 王族が泊まるとあってか、部屋は広く豪奢でありながら華美な装飾はない。落ち着いた雰囲気のある空間は、船旅で疲れた心身を癒やすようだ。
「屋敷にも源泉を引いた湯殿はありますが、それよりもここから少し離れた別邸の湯殿の方が景色は良いかと。火山が近いため、あまり広いものではありませんが、海と山の両方を眺める事が出来ます」
「火山、ですか」
「行かないからな」
 興味を示すティルスディアにシャーロットが釘を刺す。
 頬を膨らませるティルスディアにカロイアス夫妻は微笑ましげに2人を見る。
「活火山ではありませんが、足場はあまりよくありませんし、落石も稀にあります。シャーロット陛下の仰る通り、あまり行かないほうが良いかと」
「そうですか……、それなら仕方ありませんね……」
 危険だと言われてしまえば、国王であるシャーロットをそんな場所に連れていけるわけもなく、無理に誘うことも出来ない。ティルスディアはしょんぼりと肩を落とす。
「しかし、街の方に行けば火山灰や火山の熱を利用した商品がたくさんありますから、そちらを是非」
 慣れない人間が行っても迷惑をかけるだけだ。サファルティアであればともかく、ティルスディアは一応女性なので、無茶は出来ない。
 セドリックの気遣いに、ティルスディアは小さく微笑む。
「ありがとうございます。街に行くのが楽しみです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

針の止まった子供時間 ~いつか別れの言葉を言いに来る。その時は、恨んでくれて構わない~

2wei
BL
錆びついたまま動かない時計の針。 柄沢結翔の過去と真実。花束の相手──。 ∞----------------------∞ 作品は前後編となります。(こちらが後編です) 前編はこちら↓↓↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/76237087/650675350 ∞----------------------∞ 開始:2023/1/1 完結:2023/1/21

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

俺の闇ごと愛して欲しい

pino
BL
大学一年生の河井晃は同じ大学一年生の如月泉に悩まされていた。愛想を振りまきながら転々といろんな人の家に泊まり歩く泉に一週間近く居座られてそろそろ限界を迎えていた。何を言っても晃の住むアパートに泊まりたがり家に帰ろうとしない泉に、とうとう友達以上の事をされてしまう。ノンケだった晃は断ろうと説得を試みるが全然通じる気配がなく、夕飯代と酒に釣られて結局また家に招き入れていた。そんな日々を繰り返す内に晃の泉に対する意識も変わって行く…… BLです。 ワンコ×ノンケ(デレ×ツンデレ)のお話です。

処理中です...