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第二章
第2話
しおりを挟む「船に乗るなんていつ以来でしょう!」
ティルスディアはデッキに出ると海に浮かぶ島々を眺めながらはしゃいだ声を出す。
もともと身体を動かすことは嫌ではないし、海軍の訓練を受けたこともある。
王弟という立場上、期間的には短いものだったが、経験としては悪くないと思う。
「落ちるなよ」
「落ちても泳げるので、大丈夫です」
「いや、私の心臓が持たない」
ティルスディアはシャーロットの情けない表情にくすくすと笑う。
2人が向かうサマギルム島は、シャルスリア王国の西に面する海にある群島のひとつだ。
一日程度の船旅だが、数年ぶりの王都の外ということもあり、気分は空と同じく晴れやかで、高揚している。
シャーロットはティルスディアを抱きしめると、ティルスディアは大人しく囲われてくれる。
(昔よりも細くなっているのに、泳がせられるか)
サファルティアがティルスディアとして過ごすようになり、剣術の稽古や遠がけをすることもなくなった。
以前はあった靭やかな筋肉も落ちてしまっている。
サファルティア自身も気にして、時間があれば素振りくらいはするが、落としてしまった体型を戻すには至らない。
「陛下?」
ティルスディアがシャーロットを見て不思議そうに首を傾げる。その表情はあどけなく年相応の女性のように愛らしい。
けれど、シャーロットはティルスディア――サファルティアを女として扱いたいわけではない。
サファルティアだから愛したのだと、伝えたいのにそれが許されない環境というのはもどかしくて、シャーロットはより一層強く抱きしめる。
「……陛下、苦しいです」
「離したら泳ぎに行かないか?」
「行きませんよ。さすがにドレスじゃ泳げません」
ティルスディアが呆れたように言えば、シャーロットは渋々腕の力を弱める。
「……温泉、嫌ですか?」
船に乗った辺りから、シャーロットの機嫌が微妙なのはティルスディアも感じ取っていた。
せっかくの新婚旅行なのだから、もっと楽しみたいと思う。
けれど、今までの自分の行動を振り返ってみると、ちょっと子供っぽかったかもしれないとティルスディアは反省する。
「ティルと温泉に入るのが嫌なわけじゃない。出来ればサフィと入りたい」
シャーロットが混浴を選んだのは、男女で合法的に入れるからだ。
ティルスディアは一応女性ということになっているので、混浴であれば無難ではあるし、サファルティアを見られても、湯治に来たと言い訳できる。
最も、国王夫妻の邪魔をしようなどという不届きものは少ないだろうが。
ティルスディアもシャーロットが何を言いたいのか気付き、苦笑する。
元々女装することを決めたのはサファルティア自身だ。“ティルスディア・キャロー”という名前も、出自も作ったのはシャーロットだが、全てサファルティアのことを思ってのことであることを知っているし、閨では必ずサファルティアであることを求めてくる。
サファルティアの男の矜持を少しでも守ろうとしてくれているのだと、その気持ちが嬉しい。
「“僕”はそのつもりでしたよ?」
ティルスディアはサファルティアの声で囁くように言えば、シャーロットはほんの少し頬を緩めた。
ティルスディアの顔を上げさせて唇を重ねれば、受け入れてくれる。
「たくさん、楽しみましょうね?」
「そうだな」
港に着けばサマギルム島の領主夫妻がシャーロットとティルスディアを出迎えてくれた。
「シャーロット陛下、並びにティルスディア殿下。ようこそおいでくださいました」
初老少し手前のセドリック・カロイアスは、穏やかな表情で挨拶する。その横に並ぶ婦人であるサーシャも絶世の美女ではないものの、可憐な花を思わせる仕草で静かに頭を下げる。
「温泉以外何もない島ですが、滞在中はできる限りのことをさせていただきます」
「父も母も昔ここで世話になった話を聞いている。ここに来る道中の景色も素晴らしかった」
シャーロットが褒め、ティルスディアを見る。
「陛下の仰る通りです。島に咲き誇る花々も、活気のある街並みも見ていて楽しかったです。先王陛下夫妻にあやかって、夫婦円満になると言われるこの場所に来るのを、陛下もわたくしも、とても楽しみにしていました」
「お2人にそう言って頂けて何よりです。ノクアルド先王陛下ご夫妻も、それは楽しそうにしていらっしゃったのを今でも昨日のことのように覚えております」
ノクアルドど交流があったのだろう。セドリックは目を潤ませる。
「シャーロット陛下は、本当にお父上によく似ておいでだ。今この国が平和なのも、ノクアルド先王陛下はもちろん、シャーロット陛下のお陰です。我々に出来ることがあれば何なりとお申し付けください」
カロイアス夫妻は深々と頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく頼む」
シャーロットが夫妻と挨拶をしている間、ティルスディアはふと思い出す。
(そう言えば、領主夫妻には息子がいたはずですが……)
姿が見当たらない。
シャーロットと同い年の彼らの息子は、社交界でもあまり見たことはない。
海を渡る必要があるから、王都に頻繁に足を運ぶのは難しいにしても、こういう場合、王族との繋がりを持つために家族、場合によっては一族総出で出迎えることもある。
しかし、今回は一応新婚旅行という名目で来ているので、あまり派手にしないようにしてくれているのかもしれない。
「お部屋にご案内させていただきます」
シャーロットとティルスディアが泊まるのは、カロイアス邸の客室だ。
王族が泊まるとあってか、部屋は広く豪奢でありながら華美な装飾はない。落ち着いた雰囲気のある空間は、船旅で疲れた心身を癒やすようだ。
「屋敷にも源泉を引いた湯殿はありますが、それよりもここから少し離れた別邸の湯殿の方が景色は良いかと。火山が近いため、あまり広いものではありませんが、海と山の両方を眺める事が出来ます」
「火山、ですか」
「行かないからな」
興味を示すティルスディアにシャーロットが釘を刺す。
頬を膨らませるティルスディアにカロイアス夫妻は微笑ましげに2人を見る。
「活火山ではありませんが、足場はあまりよくありませんし、落石も稀にあります。シャーロット陛下の仰る通り、あまり行かないほうが良いかと」
「そうですか……、それなら仕方ありませんね……」
危険だと言われてしまえば、国王であるシャーロットをそんな場所に連れていけるわけもなく、無理に誘うことも出来ない。ティルスディアはしょんぼりと肩を落とす。
「しかし、街の方に行けば火山灰や火山の熱を利用した商品がたくさんありますから、そちらを是非」
慣れない人間が行っても迷惑をかけるだけだ。サファルティアであればともかく、ティルスディアは一応女性なので、無茶は出来ない。
セドリックの気遣いに、ティルスディアは小さく微笑む。
「ありがとうございます。街に行くのが楽しみです」
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