偽りだらけの花は、王様の執着に気付かない。

葛葉

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第一章

第7話

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 シャーロットから情報を得てから数日後、ティルスディアは自分の名義で茶会を開いていた。
 王家が主催する茶会は年に何度かあるが、ティルスディアの個人名義で主催することは滅多にない。
 側妃でありながら正妻のいない現王の寵妃という立場は、女性から見ると羨望半分、侮蔑半分といったところだろうか。
 今回呼んだのは既婚女性ばかりのため、そう言った視線が少ないのがある意味気楽ではあった。
「ティルスディア様、お久しぶりです。またお美しくなられて」
「ありがとうございます、オルガーナ夫人。ご主人のグライアス・オルガーナ侯爵は本日も王宮に?」
「ええ、本日は軍部の方に顔を出すと仰っていました」
「我が国の騎士たちは、皆オルガーナ侯爵を慕っていますからね。後程一緒に見学にでも行きませんか?」
「はい、是非」
 オルガーナ侯爵は先王の代から仕えてくれていて、シャーロットとサファルティアの剣術の師でもある。オルガーナもシャーロットを我が子のように思って、口うるさく言っているのだろう。
 そのせいか、子を産めないティルスディアに対して若干当たりが強いものの、普段から顔を合わせているわけではないので心のダメージは少ない。
「アリーナ・ハロセル男爵夫人も、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。ティルスディア様、先日は我が領の孤児院に多大な寄付を頂き、ありがとうございます」
「気になさらないでください。わたくしは当然のことをしたまでですから」
 茶会の参加者は続々と集まり、賑やかになっていく。
 今回の集まりは近況報告のようなものだ。既婚者ばかりでティルスディアよりも年上が多いが、その分落ち着いた空気が心地いい。その代わり、腹の探り合いは年季が入っているため、胃は痛む。
 とはいえ、御婦人の情報網とは意外と侮れないものだ。庶民の井戸端会議で聞くような他愛ない噂話から、夫の浮気がどうのという話はもちろん、領での困りごとまで様々な情報が得られる。
「それで夫の浮気を問い詰めたところ、なんていったと思います? 『君じゃもう勃たない』ですよ!? ほんと失礼しちゃいます!」
 こうした猥談も、既婚者だからできる話でティルスディアは苦笑いする。
「まぁまぁ、トロアス子爵夫人のお怒りはごもっともです。そちらがそう言うのであれば、こちらは新しい恋を見つけるまで、ですわ」
「その通りです。女は政略結婚が基本ですが、恋をしたらいけないということはありません。私も若い頃はそれなりに嗜んだものです」
 懐かしそうに目を細める夫人に、他の夫人も何人かがうんうんと頷く。
「そういえば、シャーロット陛下とティルスディア様は結婚して2年が経ちますが……」
「あらあら、まだ若いですもの。わたくしは夫から、お2人はまだ蜜月だとお伺いしていますわ」
 ティルスディアに視線が集まり、ティルスディアは内心焦る。
 今日は茶会を開いたものの、情報集めが目的だ。終始壁の花を決め込むつもりでいたから、たとえ話しかけられても当たり障りなくかわすつもりが、乙女心を持ったご夫人方の視線は好奇心を隠さず、逃がさないと猛禽類のような目をしていた。
「えっと……、はい。陛下には大変よくしていただいております……」
 そう言うのが精いっぱいだった。
 結婚してからほぼ毎晩のように睦合っている、とはさすがに言えない。下手に突っ込まれたらいらないことまで喋ってしまいそうだ。
 恥じらうティルスディアは少女のように愛らしく、ご夫人たちも娘に向けるように温かい視線を向ける。
「ですが、ティルスディア様も気が気ではないのでは? 後ろ盾のキャロー家のことを考えれば正妃でもおかしくないでしょうに……」
「そう、ですね……。ですが、最初に陛下からお話を頂いた際に、側妃にしてほしいと我が儘をいいましたのは、わたくしです。陛下はわたくしを正妃に、と望んでくださいましたが、王妃に相応しい方は他にもたくさんいらっしゃいますから」
 ティルスディアは小さく微笑む。それ以上は答える気のないティルスディアをどう思うかはそれぞれだろうが、秘密というのは小さな綻びから漏れるものだ。必要以上に応える必要はない。
「そういえば、最近メルセガヌ伯爵が新しい事業を始めたと聞きました」
 少々強引だが話の方向を変えてみると、ご夫人方は首を傾げる。
「そんなお話ありました?」
「メルセガヌ領は王都の隣ですので、噂程度ですが。今日は詳しい話をメルセガヌ伯爵夫人に是非お聞きしたいと思っておりましたの」
 テイルスディアは斜向かいに座るメルセガヌ伯爵夫人の方を見る。
 今年40歳になった夫人が着るには、綺麗に整えられたドレスだが、少し古い印象がある。
 今日の茶会に集まる夫人たちは、王宮で行われるとあって誰もが気合の入った真新しいドレスなだけに浮いてしまっている印象があるが、大人の女性の集まりということもあり、誰もが触れたくても触れなかった。
 話題を振られたメルセガヌ伯爵夫人はビクリと肩を震わせる。
「そう、ですわね。わたくしは経営のことは詳しくないので、主人に聞いたほうがいいのですが……」
「最近、夜会にもメルセガヌ伯爵がいらっしゃらないので、陛下も心配しております。もしかして、多忙でお身体に障りが?」
「い、いえ! 多忙……ではあると思いますが、その……、お恥ずかしながら新しい事業を興す際にたくさんのお金を使ってしまったとかで……服の新調もできず……」
 夫人方がざわりとする。
「それは大変ですね。メルセガヌ領は王都の防衛の要。領が立ち行かなくなっては民たちも不安に思うでしょう。わたくしから何か陛下にお伝えできることがあれば、遠慮なく言ってください」
 ティルスディアがシャーロットに口添えをしてくれるというが、メルセガヌ伯爵夫人は恐れ多すぎて縮こまる。
「い、いえ! ティルスディア様のお気持ちだけ頂きますわ。主人にも、伝えておきます」
「ええ、そうしてください」
 あまり深入りしすぎてもメルセガヌ伯爵夫人は頑なになるだけだろう。
 ひとまず「金がない」という言質は取れた。もう少し調査したいところだが、一度シャーロットにも報告するべきだろう。
 このまま空気が悪くならないように、とティルスディアは給仕を呼ぶ。
「皆様、そろそろ新しい紅茶のお代わりはいかがでしょう? 今日は様々な事情がある方もいらっしゃいますし、日頃の鬱憤晴らしも兼ねて、美味しいものをたくさん食べて行ってくださいな。今日の為に西の国から珍しいお菓子も取り寄せてみましたの」
 ティルスディアが手を叩くと、新しい紅茶と菓子が運ばれてくる。
 女性はいくつになっても甘いものが好きで、特に珍しいものには目がない。
(これで少しは空気が変わればいいけど……)
 ティルスディアの目的はひとまず果たされた。
 後は誰にもそれに気づかれないよう、場の空気を変えてしまうのが手っ取り早い。
「わぁ、このお菓子本当に美味しい!」
「果物が入ったものも甘酸っぱくていいわね」
 ご夫人方の感嘆のため息を聞きながら、ティルスディアも運ばれて来た紅茶を口に運んだ。
「……?」
 最初に、舌が痺れるような感覚があった。
 続いて、喉が焼けるような痛みがティルスディアを襲った。
 ガチャン! とカップが手から滑り落ち、地面に叩きつけられて割れる音が響いた。
「っ、げほっ、かはっ……」
 とっさに口元を抑えて、叫んだ。
「誰も紅茶を飲むな!」
 突然響いた男の声。そして――。
「キャアアアアア!!」
「ティルスディア様!?」
 夫人たちの悲鳴が響くと同時に、血を吐いたティルスディアは倒れた。
 
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