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月夜と花月
第五話
しおりを挟む「と、こんな感じで花月の許可は得ている」
二人の馴れ初めを聞いた光留と蝶子は顔を引き攣らせた。
「まぁ、月夜が花月を溺愛してたのは昔から知ってたけど、随分と強引だな」
「でなければ他の男と結婚しかねないからな」
花月はモデル顔負けの美人だ。月夜の美貌があるからこそ、二人の姿は様になっているし、諦めをつけやすいだろうが、それにしたって、と蝶子は思う。
「この節操なし……」
ポツリと蝶子が呟く。
前世の“月夜”が妹に手を出したのが今の花月よりもずっと幼い頃だ。
当時としては普通だったかもしれないが、現代では犯罪である。
まぁ、今世の二人は幸いにも血の繋がりはなく、正しく婚約者同士だ。
外野がとやかく言うことではないとわかってはいるが、女の身である蝶子は花月が不憫で仕方ない。
「あー、まぁ、今時高校生で初めては珍しくは無いけどな」
「仮に出来たとしても責任は取る」
「そういう問題じゃない。あー、母様ってほんと男運悪すぎでしょ」
「なんだと?」
「まぁまぁ、月夜も蝶子もその辺に……」
光留がどうどうと二人を宥める。
「既婚者の余裕かましてんじゃないわよ、光留」
「なんで俺に飛び火するかな……」
「花南にわたしとキスしたことばらすわよ」
「……花南はそれ知ってるぞ? 一応言っておくけど事故扱いだからな」
光留は妻である花南には前世を含めて話してある。
特に今世については身の潔白を証明するために女性関係は包み隠さず話している。
つまり、光留にとっては痛手ではない。花南がどう思うかはわからないが。
「けどまぁ、俺は二人が幸せなら良かったって思うよ」
「まぁ、確かにね。やっぱり周りから祝福されてほしいし」
光留にとって月夜は半身ともいえる存在だ。今は別の人間だが、前世を知っているからなおさら嬉しく思う。
「結婚、おめでとう」
「まだ早いがな」
「うん。わかってる」
話が落ち着くと、花月が「月夜さん」と寄ってくる。
「どうした、花月」
「わたし、この巫女舞のプランでやりたいんですけど……」
「ふむ、いいんじゃないか? 昔見て、よく真似していたな」
「んもう、そんな昔の事覚えてません!」
光留達の結婚式を見た後、花月の中で結婚式がブームになり、結婚式ごっこを月夜とよくしたものだ。
花月は花嫁になることもあれば、巫女舞を舞う巫女になったこともある。
「あら、じゃあわたしが舞おうかしら」
「え!?」
花月は驚く。大女優ともいえる紫木菟揚羽の巫女舞だ。
いくらコネがあっても余程の大金を積まない限り頼めない相手が、自ら申し出てくれるなんて、恐れ多すぎてすぐに返事が出来ない。
「で、でも……揚羽さんに舞ってもらうなんて……」
「あなたが遠慮することないわ。お金も気にしなくていいわよ、この男からたっぷり搾り取るから」
そう言って花月は月夜を指さすと、月夜は苦笑いする。
「まぁ、出せないことは無いが……」
「だ、駄目です! 恐れ多すぎます!!」
「あら、わたしとあなたの仲だもの、わたしだってあなたの門出を祝いたいの。駄目かしら?」
美女のしおらしい態度に花月はドキドキしてしまう。
「甘えたらいいんじゃないか? 俺達も蝶子に舞ってもらったし」
なぁ? と光留が花南に振る。
「ええ。蝶子ちゃんの巫女舞、素晴らしくて、わたしもう一度見たいわ」
凰鳴神社にいる巫女で舞える巫女は他にもいるが、やはり巫女姫である蝶子の舞は別格だ。
娘としても母の転生体である花月の幸せを願いたい。
槻夜夫妻に後押しされつつ、花月は「じゃあ」と頷く。
「ふふふ、決まりね。早速スケジュール調整しなくちゃ!」
蝶子はうきうきとマネージャーへと連絡する。
「良かったな」
月夜に言われ、本当に良かったのかわからないけれど、でも嬉しい。
大女優の紫木菟揚羽ではなく、鳥飼蝶子が舞ってくれるのが。
この結婚式は大切な思い出になる。
今の賑やかな時間も楽しくて、幸せすぎて、花月はとても怖かった。
ふいに、脳裏に女の叫び声が響く。
――いやあああああああ、月夜様あああああああっ!!
赤い飛沫が、宙に舞う。
ごろりと落ちた何かに月夜の顔が重なった。
「え……」
今のは、何?
「花月?」
隣にいる月夜が、心配そうに花月を覗き込む。
思わず月夜の腕を掴んで呟いた。
――兄様。
月夜がハッとしたような顔をするが、次の瞬間、花月も現実に引き戻される。
「あれ、わたし、今何を……?」
それを見ていた光留と蝶子も、息を呑む。
「どうかしましたか?」
花月は自分に何が起きているかわからず、首を傾げる。
「いや、何でもない。今日はもう帰ろうか」
月夜がそう言って花月の手を引く。
「ああ、そうだな。結婚式前に体調崩すわけにはいかないし、花南。お菓子包んでやっていいか?」
「はい、もう作ってあります」
光留は花南が作ってくれたお菓子を包んで花月に持たせる。
「じゃあ、また結婚式でね!」
蝶子も笑顔でそう言ってくれた。
不自然さは感じたものの、みんなが花月を気遣ってくれる。
なのに、不安で仕方ないのだ。
また、彼を失ったら――。
花月は隣を歩く月夜を見る。
もう二度と、この手を放してはいけない。
そう思って、花月は月夜の手を強く握る。
「大丈夫だ、花月。絶対にお前を手放したりしない」
月夜が優しく言ってくれる。月夜を信じている。
「はい」
もしもこの人を失ったら、きっと生きていけない。
花月は無意識のうちに深く、深く月夜を愛していた。
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