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月夜と花月

第二話

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 月夜が月花の生まれ変わりである花月に出逢ったのは五歳の春だった。
「月夜、あなたの新しいお父さんと、妹よ」
 母にそう言われ、正直父親などどうでもよく、母が幸せならそれでいいと思っていた。
 だが、その娘を見た瞬間、月夜の心臓が、ドクリ、と高鳴った。
「月花……?」
 ポツリと月夜が漏らした言葉はあまりにも小さすぎて、誰にも拾われることはなかった。
 月夜にはいわゆる前世の記憶、というものがあった。
 それも千年以上前からのものと、“槻夜光留”としてのものだ。
 誰かにそれを言ったことはないし、言うつもりもなかった。この記憶は、愛しい娘を探す為だけに使うものだからだ。
 そして、やっと見つけた。月夜の花――。
「?」
 彼女は“羽里花月”という名前だった。父親の後ろに隠れもじもじしながら月夜の方を見ている。
「こんにちは、僕は“月夜”、今日からよろしくね」
「え、あの……えっと、かじゅき、れす……おにい、ちゃん……」
 舌足らずな言葉で恥ずかしそうに自己紹介をする花月にひと目で心を射抜かれた。
(間違いない、彼女は“月花”だ)
 月夜は歓喜で叫びだしそうな心を無理やり抑え込んだ。
 何より、今世では血が一滴も繋がっていない。今はまだ親の庇護下にあるから兄妹だが、成長すれば結婚が可能なのだ。
 これが運命かと喜ばずにはいられない。
 月夜は当然、花月を溺愛した。
「おにいちゃん、おにいちゃん! 今日、ようちえんでおにいちゃんの絵をかいたの!」
 半年もたたない間で花月も新しい生活に順応し、月夜を兄として慕ってくれた。
「すごく上手だね、うん、僕そっくりだ」
 差し出された画用紙を見て、月夜はニコニコと花月の頭を撫でる。
 こうして、月夜は確実に花月の信頼を得ながら、気付けば一年が経った。
 花月の七五三祝いの為、近くにあった凰鳴神社へ行くことになった。
 二人にとってゆかりの地ではあるが、特に思うところはなく、花月も記憶を思い出した様子もないことにホッとしていた。
 参拝した後、境内で写真を撮るという時だった。
 ぺしゃという音が聞こえた。
「あ」
 地面を見れば重い着物と髪飾りに耐えられず疲れてしまった花月が千歳飴を落として、踏んづけていた。
「あめ、しゃん……」
 ぶわり、と花月の瞳に涙がぶわりと溜まる。
「だ、大丈夫だよ。花月、また買ってくるから……」
 だから泣かないで、と月夜がオロオロしている間、花月はそんなことよりも落として踏んでしまった罪悪感と、粉々になった飴を見て悲しくて仕方なく、月夜の言葉など耳に入らない。
「あああああああ、かづきのちとせあめしゃんがあああああっ!!」
 盛大な泣き声が響いた。
 これには周囲の参拝客も当然びっくりする。
 しかも、最悪なことに両親は今子供たちを置いて離れている。
 月夜が年齢に見合わずしっかりしすぎているせいだろう。
 放っておいても大丈夫だと思われたらしい。
 この時ほど奔放な両親を恨んだことはない。
「あー、随分元気な声だと思ったら、そう言うことか。ほら、これ、代わりの飴」
 花月がぎゃんぎゃん泣いていると、ひとりの神主がやってきて、新しい千歳飴をくれた。
「ふぇっ、ふ、うぅ……かづきの、あめしゃん……」
「うん。もう落としちゃダメだよ」
 神主はそう言うと、花月の髪飾りに触れないように頭を撫でた。
「あの、ありがとうございます。えっと、お金は……」
「あーっと、そうだ。えっと、ご両親は……」
 月夜はこの時対応した神主の顔を見てはっとした。向こうも何度か瞬きしたあと、ぽかんとして「月夜?」と声をかける。
「なんでお前がいる……」
 思わず月夜の声から、普段聞かないような幼さに似合わない低い声が出る。
 神主――当時まだ学生だった光留も確信する。
「何でも何も、俺はここのバイトだし……。久しぶりだな、月夜」
 それが、月夜にとって二度目の再会だった。
 千歳飴は光留から個人的な祝いとして花月に贈られ、帰りの花月はご機嫌だった。
 後日、月夜は一人で凰鳴神社を訪れていた。
「ここ、遊び場としては不向きだぞ」
「馬鹿が。そんな年じゃない」
 いやそんな年だろ。と光留は内心突っ込む。
 なにせ今の月夜は五歳児だ。まだまだ元気いっぱいに遊んでいる年齢だろう。たとえ中身が大人だったとしても。
「それで、今日は何か用か?」
 光留は呆れながらも月夜と視線を合わせて会話する。
「……先日は助かった。ありがとう」
 月夜の思わぬ言葉に光留が目を丸くする。
「いや、別に。ああいうのはよくあることだし……」
 七五三で参拝に来た子供が千歳飴を落とす光景は、珍しくもなんともない。
 たまたま光留が気付いただけだ。
「あの子、花月、だっけ? ……もしかして」
 光留なら恐らく気付くだろうと思っていた。だから素直に答えるには少しだけ、迷いがあった。
 でも、同じ女を愛した男として、それはフェアじゃないと思った。
 光留は“月夜”の来世で今の月夜の前世でもある。知る権利がある。
「はぁ……。そうだ。お前の知る”鳳凰唯”の転生体だ」
 光留はやっぱりか、と苦笑いする。
「まぁ、じゃなきゃお前があんなべったりくっついてるはずないよな」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。それよりも、ちゃんと再会できてたことにホッとしたかな」
 月夜が光留と別れた後のことは、光留にもわからない。そのことがずっと引っかかってはいた。
 けれど転生したとしても、光留と再会できるかどうかはわからない。だから、光留は月夜と再会できたのは少し嬉しいのだ。
「それで、今世も結局兄妹なのか?」
「今はな。だが、血は繋がっていない」
「?」
 光留が首を傾げれば、連れ子同士の再婚であることを説明する。
「良かったじゃん。今度こそちゃんと結婚出来て」
「どうかな。花月に記憶は無いし」
「でも、お前は口説き落とす気満々だろ」
「当然だ」
 月夜が自信満々に告げれば光留は小さく笑う。
「そういう光留はどうなんだ。まだ寂しく独り身か」
「うるせえ、まだ学生なんだよ。それに……」
 光留の頬が僅かに赤くなる。どうやら想い人がいるらしいとその表情から伝わってくる。
 光留が産まれたばかりの頃は、いろいろ心配になる部分も多かったが、こうしてちゃんと顔を合わせてみると、やっぱり弟のようにかわいく思ってしまう。
「そうか。まぁ、せいぜい上手くいくことを願っている」
「うん、頑張ってみるよ」
 その後も月夜は時々凰鳴神社に足を運んでは光留をからかいつつ、腐れ縁が続くことになる。
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