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蝶子と白狐
第九話
しおりを挟む白狐の背中から吹き出る黒い靄。人間でいう血液のようなものを見て、蝶子は呆然とする。
「父、様?」
あれは何? そう聞こうとした時だった。
『キャハハハッ! ヤッタ、ヤッタゾ! 雪珠ノ封印ヲ解イテヤッタ!』
耳障りな女の甲高い哄笑が響く。
『瘴気ニマミレタ身体ハ、ソノウチ形ヲ無クシテオ前ノ巫女姫ヲ食ラウ。良カッタナァ、雪珠。オ前ノ手デ愛シイ娘ヲ屠レルノダカラ』
「父様、すごい怪我、すぐ治すから……。待って、封印って……、まさか! うそ、わたしの術が解けてる!?」
蝶子の顔が蒼褪める。
白狐が村にいられるように、落神であることを隠すために白狐を拾った時に揚羽は彼のもつ落神の本能ともいうべき人間への憎悪や瘴気を抑え込む術を施している。揚羽が何度生まれ変わっても解けることのない、強力なものだ。
それが、たった一撃で解かれた。そして、解かれた封印は一気に白狐を襲う。
『グウゥゥゥ……』
身体が丸まり、本来の狐の姿に変わり、痛みを堪えるような唸り声を上げる。
『アハハハハッ、イイザマダ。オ前ノ巫女諸共死ヌガイイ!』
『ウルサイ』
白狐がギラギラした金の瞳で雲霞を睨みつけ、首に牙を立てる。
『ギャアアアアアッ!!』
そのまま白狐はゴリゴリと不気味な音を立てながら雲霞をかみ砕き、腹に収めていく。
「父、様……?」
蝶子は呆然とその様子を眺める。
落神の食事風景は、片手で数える程度だがないわけではない。
どれもその際の犠牲は人間だったが、白狐がこんなふうに落神を、元同族を食らうなんて考えたこともなかった。
何より、雲霞を食らった白狐は瘴気でさらに身体が膨れ上がっている。
このままでは人を襲いかねない。
この場で祓わなければ、白狐は人を襲う醜い化け物に変わってしまう。
だけど。
(わたしに父様を祓えるの……?)
答えは一瞬で出た。無理だ。
実力的な問題じゃない。ずっと、ずっと一緒にいた大切な――。
蝶子がその答えにたどり着く前に、白狐は蝶子を威嚇すると踵を返して駆け出していく。
「っ、待って!」
蝶子が追いかける。普段なら、蝶子が追いかけても捕まらないだろう。
だが、今の白狐は手負いだ。すぐに追いついた。
『ナゼ追ッテクル』
白狐はグルルルと唸りながら蝶子に問う。
「そのままにしていたら、あなたは形を保てない。その傷を治させて」
『ソンナコトヲシテナンニナル、我ハモウスグ自我ヲ失ウ』
「放っておけないわ。あなたはわたしの大切な家族だもの。必ず助ける」
蝶子の声に、白狐は威嚇するように低い唸り声で返す。
白狐の頭の中では今、人間への憎悪と蝶子を食らいたいという本能、だが、それをしたくないという理性がせめぎ合っている。
どこまで抑えられるのか、正直自信はない。元とは言え同族を食らい、雲霞がため込んだ怨嗟も抱え込んでいる。
いくら蝶子といえども、狂暴化した落神を守り人なしに祓うのは難しいはずだ。
蝶子を危険な目にあわせるわけにはいかない。母親からの呪縛から解放されて、自分らしく思うように生きようとしているのだから。
蝶子を襲うくらいなら、と白狐は再び踵を返し、転移する。
「父様!!」
さすがに転移されては蝶子も追えない。あの状態の白狐が行きそうな場所なんて思いつかない。
「……父様」
どうしていいかわからず途方に暮れる。
そもそも、白狐を追えたとして本当に助けられるのだろうか。
あれ以上狂暴化が進めば、人を襲うのも時間の問題。そうなれば、白狐を祓わなくてはいけなくなる。
白狐とはずっと一緒だと思っていた。だが、凰花が死んで、目的を果たした今も、彼を縛り続けていいかという疑問はずっと前からあった。
(わたしも次の転生ではもう、記憶を引き継ぐことはない……)
次の転生で出会えたとして、蝶子はもう、白狐を認識すら出来ないだろう。そうなれば、白狐は自然消滅するか、人を襲う化け物になるかのどちらかだ。
白狐は祓ってほしいと言っていたが、蝶子には、出来ない。
揚羽の時からずっと側にいて、守ってくれていた大切な存在だ。たとえ落神だとしても。
でも蝶子は巫女姫だ。眷属として縛ることが出来ないなら、祓うしかない。
「わたしは、どうするのが正解なの……?」
わからない。何が正しいのか、どうするのが一番いいのか。
こんなふうに悩むのは今までの人生の中でも初めてで、蝶子は途方に暮れる。
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