25 / 40
蝶子と白狐
第六話
しおりを挟む劇場の片隅に火柱が上がる。
『グオオオーーーーッ!』
あっという間に燃えカスになったそれを見て、蝶子はホッと息を吐く。
「まさか劇場にまで落神がいるなんて……昼間誰も襲われなくて良かったわ」
落神は神様のなれの果てだ。信仰を失い、人を憎んだり、邪心に染まった神が落ちた姿。
八百万の神がいる日本では昔から落神がいるのが当たり前だったが、科学が発展した現代では数が減っている。
とはいえ、巫女姫と呼ばれるほど霊力の高い蝶子は、落神達にとって格好の餌だ。それ故に引き寄せやすく、蝶子の出入りする劇場に出ることも不思議ではないのだが、時々ふと思う。
――わたしは、いつまでこんなこと続けるのかしら。
巫女姫であることに誇りはある。
だけど、蝶子が目標としていた母、凰花を救うことが出来た今、普通の家庭に生まれ育った蝶子には巫女姫としての義務はない。
いつでも巫女姫を辞められる。だけど――。
『蝶子、表ノ方ノ落神ハ始末シタ』
「ありがとう、父様」
銀色の髪、白面で隠した顔は綺麗に整い、月のような金色の瞳の青年姿の白狐を見て、胸が少しだけ痛んだ。
『ドウシタ?』
「……父様は、わたしが巫女姫辞めるって言ったらどうする? やっぱりわたしを食べたいと思ってくれる?」
『ナンダ急ニ』
「急じゃないわ。あなたが言ったのよ? わたしが使命を果たしたら、わたしの魂を食べるって」
蝶子がまだ揚羽だった時の事だ。揚羽が死ぬ前にそう約束した。
蝶子が目的を果たし、本来であればかつての約束通りもうとっくに蝶子は白狐の餌になっていたはずだ。
だけどまだ、こうして生きている。それが不思議でならない。
白狐はふっと思案するように視線を逸らし、また蝶子を見る。
『オ前ヲ食ウ気ハナイ』
「え……」
それは、もう蝶子には食う価値もないということだろうか。
心臓が嫌な音を立てる。
「ど、して、そんなこと……」
『ドウシテ、カ。ソウダナ、シイテ言エバ情ガ湧イタ』
「情……」
白狐は元は格の高い神様だ。人に寄り添って生活していた。
かつては人が好きだった、けれど裏切られたから憎んだ。
愛憎は紙一重とはよく言うが、落神はまさにその通りなのだろう。
神様の裏と表。だけど、いくら蝶子の庇護下にあっても、落神となってしまえば人を憎み、食らいたい衝動を完全に抑えられるわけではない。蝶子はそのことをちゃんと知っている。
だから、役目を終えたら食べていいと言った。
なのに、なぜ今になってそんなことを言うのだろう。
『蝶子ガ役目ヲ終エタノデアレバ、我モマタ役目ヲ終エタ。オ前ガ父ト慕ッテイル間ハソバニイヨウ。ダガ、オ前ノ生ガ終ワル時、我ハコノ醜イ姿デハイタクナイ』
「落神でいるのが辛いなら、神様に戻る気はないの?」
『我ハモウ忘レラレタ存在ダ。信仰モナイ今、生キ長ラエルノハ不可能ダ』
白狐の言う通り、彼の祀られていた祠はもう、何百年も前に朽ちている。伝承すら残っているか怪しい神様が、長くこの世に留まり続けることは出来ない。だが、一度落神になってしまえば巫女の導きがなければ輪廻の輪に戻ることは出来ないが、まっとうな寿命を終えた神ならば、輪廻の輪に入ることが出来る。
「白狐は転生を望まないの?」
『アア。我ハ蝶子ト共ニ最期ヲ迎エル。ソノ為ナラ、オ前ニ忠誠ヲ誓オウ』
そう言って白狐は膝をつき、蝶子の手を取ると、その手を額に押し付ける。
それを見た蝶子は泣きそうな表情をする。
「わたしは、あなたをずっと縛り続けたのよ? もっと自由になってもいいのに……」
『我ガ望ンダコトダ。オ前トイル日々ガ、愛オシイト思ッテシマッタ時点デ、我ハ落神失格ダ』
「なに、それ……。わたしが勝手に父様って呼んでるだけなのに、最期まで父親する気?」
『ソウダ』
白狐の頑なな態度に、蝶子もどうしていいかわからない。
ただ、口では憎まれ口を叩いても、心の奥では嬉しいと思っている自分がいる。
(父様は、やっぱり優しい……。ずっとわたしを見守っててくれて、そばにいてくれて……)
いつの頃からか、白狐がいいることが当たり前になっていた。
転生するたびに、会えることが嬉しかった。
罪人の子と蔑まれた自分を待っていてくれる存在に、どれだけ救われたか。
だからこそ、白狐の望みは出来るだけ叶えてあげたい。
「……わかった。ごめんね、父様。ずっと一緒にいてね」
『アア』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
薔薇の耽血(バラのたんけつ)
碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。
不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。
その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。
クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。
その病を、完治させる手段とは?
(どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの)
狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
時き継幻想フララジカ
日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。
なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。
銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。
時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。
【概要】
主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。
現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる