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光留と花南
第一話
しおりを挟む槻夜光留は、K大学の神道学科に通う大学三年生だ。
母の実家である凰鳴神社の跡取りとなると決めたのは高校一年の終わり。
宮司になりたいなんて言う高校生は珍しく、当時周囲からは不思議がられたが、母の実家が神社であること、後継者に困っていて自分も興味があると言えばたいていは納得された。
(あれから五年、か……)
表向きは家業を理由を挙げているが、本音は違う。
高校一年の時、光留はとある少女に恋をした。しかし、彼女と出会って以降光留は落神や霊の類を視るようになり、彼女と関わるうちに自分の前世が彼女の実兄かつ恋人であったことを知る。そして、彼女は千年以上を生きる不老不死の呪いを受けていた。
彼女を救うために光留は自身の前世であり、もう一人の自分である月夜と、二人の娘である揚羽の生まれ変わりの鳥飼蝶子と協力し、恋した少女を殺した。
彼女の墓は公に建てることは出来ない。なぜなら千年以上前に生きた人間であり、近親相姦という罪を犯した兄妹として、凰鳴神社では語り継がれている。それでも、光留は二人が静かに眠れる場所を守りたくて、宮司になることを選んだ。
蝶子の守り人になったのもその方が都合がよかったからで、今でも後悔はしていない。
彼女に向けていた感情と蝶子へ向ける感情は違う。
彼女に対しては、いまだに胸が痛むときもあるが、蝶子は見ていて危なっかしいところはあっても、あまり心配はしていない。
光留の前世である月夜が、蝶子の前世の父親というのも大きいかもしれない。
「あ、メールだ」
一限目の講義が終わると、ちょうどメールの通知が来ていた。
「えっと、次は……休講、あー、じゃあ次、四限までどうすっかなぁ……」
急に空いた時間は昼を挟んで四時間近い空白になる。
「確か今月末期限のレポートってあったような……」
隙間時間に出来そうなバイトもなく、光留は溜めていた課題をこなすことにした。
「おーい、槻夜ー!」
ちょうどその時、正面から手を振る青年がいた。
「何?」
同じゼミの同期に呼ばれ、光留は首を傾げる。
「槻夜、明日合コンすることになったんだけどお前もどう?」
「明日?」
予定はない。バイトも無いし、落神や悪霊祓いの仕事もない。
初恋に敗れたとはいえ、光留も普通の男子大学生、いい加減吹っ切って新しい恋をするべきだ。
「お前の友達の鳥飼さんとか、望月君とかも一緒に来てくれると助かるけどな」
「蝶子は無理だよ」
現在彼女は海外の舞台に出演するため、国内にいない。そして、高校時代からの親友である望月裕也は高三の時にドラフト一位で某球団に選ばれたプロ野球選手である。
「裕也は……あ、無理。合宿中って先週連絡来てたわ」
「ちっ、二人が来ると盛り上がるんだけどなぁ」
そりゃそうだ。普通の学生である光留と違い、蝶子は女優志望なだけあって誰もが目を引く美人だ。裕也もテレビで取り上げられるくらいの有名人。その二人が来れば話題に事欠かないだろうが、忙しすぎる二人を呼ぶのはコネがあっても難しい。
「まぁしょうがないよなぁ。で、槻夜はどうする? 槻夜が来てくれると来る女子が増える」
「俺がいても変わんないと思うけど……」
「いやいや、お前自覚無いのかよ。そういうところ気を付けたほうがいいぞー」
「? 普通だろ」
光留にあまり自覚は無いが、光留もどちらかというと中性的で美形な類である。
初恋の少女曰く、光留の容姿と声は彼女の実兄そっくりだそうで。
美少女と言われた女の子の兄が美形であるのは想像がつきやすいだろう。つまりそういうことである。
「女子が増えるかどうかはともかく、どうせ暇だし行くよ」
「助かる!」
翌日、光留は指定された店に行けば、既に何人か来ていた。
「おーい、槻夜こっちー!」
空いた適当な場所に座ると、正面に座っていた女性と目が合った。
「どうも」
「こ、こんばんは……」
黒い髪とこげ茶の丸い瞳が可愛らしい女の子だ。しかし、光留はふと首を傾げた。
(なんだろ。悪霊の残滓か?)
取り憑かれているわけではないが、最近まで何か良くないものがくっついていた、そんな感じだ。
(まぁ、こういう人の多い場は集まりやすいし、そのうち消えるだろ)
この時光留はあまり深く考えることをせず、周りに合わせることにした。
合コンには他校の学生や社会人もいて、それなりに賑わっていた。光留の正面に座っていた宮島花南という同じ大学で一年下の女性。大人しいのか、こういう場に慣れていないのか、控えめな笑みで周りの話に相槌を打っていた。
「ねえ、槻夜君は彼女いるの?」
「いや、いないよ。いたら合コンなんて来ないよ」
「えー、そうなの? 槻夜君みたいな綺麗系なら周りが放っておかないでしょう」
「いや、マジでいないって」
二つ隣の向かいに座る社会人の女性に話題を振られた光留は苦笑いする。
「槻夜が笑うなんて珍しー」
「そうか?」
「お前、普段無愛想だもん。だからモテないんだよ」
「うるせえよ。男に笑いかけたって楽しくないし、気持ち悪いだけだろ」
「確かに!」
「えー、でも僕、槻夜だったらイケるかも」
「あ、わかるかも! 槻夜君女装してみない?」
「絶対嫌だね」
「あ、あたし槻夜君の女装写真持ってる!」
衝撃の爆弾発言に光留は飲んでいたビールを吹き出す。
「え、何それ見たーい!」
光留の斜向かいに座っていた女性は、同じ高校出身の同級生だった。
「待って、マジで止めて!」
心当たりのある光留は慌てて止める。
「慌てる槻夜君かぁわいい!」
「見せて見せて! うわっ、マジで美人じゃん! これで男とか噓でしょ」
スマホの画面には長い黒髪に白い肌。羞恥で頬を染めた可憐な美少女が写っていた。その目は死んだ魚のように虚ろだが。
高二の文化祭で裕也を筆頭に、クラスメイトに無理やり女装コンテストに参加させられた時のものだ。
「ねえねえ、花南も見てみなよ!」
「わっ、すごい可愛い……。あ、でも男の人に可愛いは、やっぱり失礼ですよね……、すみません」
花南が申し訳なさそうに俯く。
「あ、いや……謝らなくても……」
素直に謝られると光留の方が何か悪いことをしている気分になる。
「そうそう、宮島さんが謝ることじゃないって。なぁ、みっちゃん」
「殴るぞ」
男に顎クイされてもちっとも嬉しくないし、当たり前だがときめかない。むしろ気持ち悪いと光留は冷ややかな視線を向ける。
「おーこわっ、暴力はんたーい!」
おどける友人と笑う周囲と、賑やかな時間が過ぎていく。
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