古の巫女の物語

葛葉

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最終章

3話

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 月夜は、意識の奥深くでふっと顔を上げる。
「あと少し、後は、その瞬間を待つだけだ」
 この世に再度の生を受けてから、ずっと、ずっとこのときを待ち続けてきた。
 光留自身は気付いていないようだが、月夜の意識は光留が生まれた時からずっとあったのだ。
 光留の状態は、いわば一つの身体に二つの魂が同居しているようなものだった。光留が成長し、月夜の力が受け入れるようになれば、自然と魂を覆う壁は消滅し、正真正銘の生まれ変わりとして新たな生を謳歌していただろう。
 だが、彼は出会ってしまった。
 月夜の最愛の娘である彼女に。居ても立っても居られないとはこのことで、早く、早く彼女に逢いたくて、彼女と自分の繋がりを辿った。
 そこで、彼女が不老不死の呪いを受けていることを知り、自分たちの娘がその呪いを断つための力を有していることを知った。
 彼女がひとりで生きてきた時間を思えば、胸が張り裂けそうなくらい苦しくて、申し訳なかった。
 あの時は、自分が死ねばすべて丸く収まると、そう信じていたから。
 せめて、その呪いから解放し、今度こそ共に逝こうと、それだけを考えて準備をしてきた。
「これも、因果なのだろうな……」
 彼女と過ごしたのは。たった十六年という長いようで短い年月だった――。


 月夜は、巫女の一族の次期長の長子として生まれた。
 両親からは愛されていたと思う。高い霊力にも恵まれ、厳しい修行や鍛錬、勉強はあったけれど、苦ではなかったし、両親の期待に応えられるのは素直に嬉しかった。
 月夜が五つの時に妹が生まれた。真っ白で、暖かな綺麗な色の魂と、あどけなくも生命力にあふれた美しい存在にひと目で惹かれた。
「姫。――俺の、可愛い巫女姫」
 きっと、この子は美しい女性になる。村の誰よりも。そして、神に仕える巫女姫になる。そんな彼女を支えるのは自分なのだろうと漠然と思っていた。
 手を差し出せば、小さな手が一生懸命握り返してくれる。それが堪らなく嬉しくて、月夜は妹をとてもかわいがった。
 両親以上の溺愛ぶりに、周りが微笑ましく思っていた。
「あー、あー」
「どうした、俺の可愛い巫女姫?」
 姫が生まれて一年経つか経たないかくらいの頃だった。
 四つん這いでの移動が出来るようになり、ますます目が離せなくなった姫は、よちよちと月夜の後を追いかけてきた。
 手を伸ばして抱っこを要求する姫に月夜は快く応える。
 額をあわせて至近距離で見る翡翠色の瞳は煌めいていて、吸い込まれそうだと月夜は思う。
「あー、あーにー」
「ん?」
「あーしゃー、あにー」
 まだはっきりと言えるわけではない。だけど、確かに月夜を見て「兄」と呼んだ。
「っ、そうだよ。俺がお前の兄様だ。ほら、もっと呼んで?」
 嬉しくて、涙が出るということを月夜はこの時初めて知った。
 この娘を一生大事にしよう。一生守るのだと、確かな決意が宿った瞬間だった。
 それから成長した姫は、幼くも賢く、皆の期待通り日々美しく育っていた。
 姫が五つになる頃だった。
 月夜のところにとぼとぼと泣きながらやってきた姫に、月夜は慌てて駆け寄った。
「姫。俺のかわいい巫女姫。そんなに泣いたら、お目々が溶けてしまうよ?」
「ひっく、兄、さまぁ。ふぇ、ふ……ぅ……姫は、兄さまたちと同じように、お名前がほしいです!」
 姫にはこの時、まだ名前がなかった。
 姫のように霊力の高い娘は五つになる年の御言ノ儀で神様が名付けるまで待つのが通例だった。
 姫とて例外ではない。だから、皆「姫」と通称で呼ぶことはあっても、誰も名前を呼べないのだ。
「ごめんね……巫女姫の名前は、神様がつけてくださるから。だから、もう少しの我慢だよ」
「もう少しって、いつ? 姫は、いつまで姫なの?」
 姫の訴えに月夜は応えなれなくて、悲しくなる。慰めるように抱き締めて、「もうすぐだよ」としか言ってあげられない自分が情けなかった。
「……でも、もし神様がつけてくれなかったら、俺がつけてあげる」
 それは、ただの思い付きだった。
(そうだ。神様だって完璧じゃない。姫に名前が貰えなかったら、俺が、俺が名前を贈るんだ)
 きっと喜んでくれる。花のほころぶような、姫の可愛らしい笑みを見られるなら、なんだってする。
 それから、月夜は必死に考えた。姫に相応しい名前を。
「俺が、月が綺麗な夜に生まれたから月夜。なら姫は……花。うん、花が似合う。それで、俺の可愛い姫だから……」
 うんうんと唸りながら捻りだしたいくつかの名前の候補。
「うん、決めた!」
 きっとあの子なら気に入ってくれる。月夜はその日を今か今かと心待ちにしていた。
 だけど、不安だった。
 月夜が姫に名前を贈るには、姫に名前が無いのが前提だ。
(……儀式なんて、無ければいいのに)
 姫は神様から名前がもらえる日をとても楽しみにしている。だけど、月夜は自分の贈った名前で姫を呼びたい。
 そんな葛藤を抱えたまま、儀式の日はやってきた。
 その日は朝から忙しかった。
 姫も幼くとも見習いの巫女として松明に火をともしたり、祈りを捧げたりと駆け回った。
 月夜も長の家系に生まれた長子として、様々な場所に駆り出されたが、子どもゆえに日が落ちる前に姫と共に屋敷に戻された。
 屋敷に戻ってからは月夜は姫と共に遊びながら儀式の行方が気になって仕方ない。
「兄様?」
「何でもない。ほら、姫次は何して遊ぶ?」
 笑顔で姫と話しながら、心の中ではずっと、儀式が中断すればいいと願っていた。
 恐らく、無意識だったのだろう。前世の、神だった頃の権能が発現したのは。
 それからほどなくして、祭事場に火災が発生し両親が死んだ。
 意図したものではないとはいえ、両親を死なせたのは確かに月夜だった。その事実に気付いたのは月夜が死んだ後だったのだが、この時はそんなこと知る由もなかった。
 結果として儀式自体は中止になったものの、神託は降りた。
 姫が巫女姫となり、「凰花」の名を与えられ、月夜が「凰花の守り人」として認められたものの、その生涯は決して明るいものではないという神託が。

「結局、一度も名を呼んでやれなかったけどな」

 いっそ禁など破ってしまえばよかった。
 そう思ったことは一度や二度ではない。
 両親を殺してしまったことを申し訳ないとは思ったが、むしろ今になって思えば良かったとさえ思えてくる。
 兄妹で愛し合うなんて、きっと両親は認めなかっただろう。
 もっと早いうちに月夜は死んでいたかもしれない。
 どう足掻いても、きっと月夜は彼女に恋をして、どうしようもなく愛するのだ。死してなお手放せないと思うくらいに。

 彼女は年々成長するごとに美しくなっていった。
 十歳で成人を迎え、巫女姫として一人前として扱われるようになった頃、凰花には縁談がいくつも上がった。
 縁談は兄であり、保護者でもある月夜を通して持ち込まれるが、月夜はその都度蹴り飛ばした。
「なぁ、月夜。いい加減巫女姫様にも……」
「ははは、凰花にはまだ早いです。おとといきやがれ変態」
 年齢も様々だ。凰花と年齢の近い少年から、妾に後妻にと望む年配まで。
 狭く閉鎖的な村だからか、美しい凰花は村人の憧れでもあった。
 とぼとぼと帰る二十代の青年を舌を出して見送る月夜。
「兄様? どうしたのですか?」
 屋敷の裏にある小川で禊をしていたはずの凰花がひょっこりと顔を出す。
「何でもない。禊は終わったのか?」
「はい」
「まだ髪が乾いてないな。ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ」
 凰花から強引に手拭いを奪って、丁寧に髪から水気を拭いとる。
「え、これくらいなら大丈夫です」
「何を言っているんだ。せっかく綺麗な髪をしているんだし、傷んだら勿体ない」
「ふふ、兄様くすぐったいです」
 はた目に見れば心配性な兄と奔放な妹に見えるだろう。
 だが、月夜は凰花の髪に触れるのはいつも緊張した。艶のある赤い長い髪。その隙間から見える白い肌と首筋に、ごくりと喉を鳴らす。
(って、これじゃ俺もあの変態と変わらないな……)
 実の妹に劣情を覚えるなんて、どうかしている。そう思っていたのに、その想いは日々褪せるどころか強くなる一方だった。
 そんなある日の事だった。
「月夜、お前さんもいい加減身を固めたらどうだ」
「またその話ですか。俺は……今はまだ、勉強中の身ですので」
 月夜に持ち込まれる縁談を、そういって断るのもそろそろ数えるのが面倒になってきていた。
 次期長として、婚姻して子を残さねばならないことはわかっている。でも、どんなに美しい女を見ても月夜の心は動かない。
 恋愛結婚を望んでいるわけではないが、妹と離れたくない、なんていう男と結婚したい女性がいるとも思えない。
「兄様、ご結婚されるのですか?」
 凰花の澄んだ声が、月夜を呼ぶ。
 どくんと、胸が高鳴る。それをぐっと堪えて兄の顔を作る。
「まだ決まったわけじゃない」
 次期長であり、村の中でも一番見目がいいと噂は凰花の耳にも届いている。
 彼ほどの美男を射止める女性は誰か、なんて賭けもあるとか。
 引く手数多のはずの月夜の縁談がまとまらないのは、自分がまだ未熟だからだと凰花は思っている。
「あの、もし意中の方がいらっしゃるなら、私に遠慮しないでください。私は、兄様が幸せになるなら応援します!」
 純粋な好意に月夜はやるせない気持ちになる。この気持ちはずっと蓋をしなければならない。
 凰花は月夜を兄として慕っているのだから、この邪な想いは彼女の邪魔になる。
「ありがとう。凰花が応援してくれるなら、大丈夫かもな」
 適当なことを言いながらも月夜の胸はずきずきと痛む。
(この娘を誰にも渡したくない、俺のものだけにしたい、なんて兄として間違っているのだろうな……)
 いっそ遊びでも誰かに手を出してしまえば吹っ切れるだろうか。
 そんなことを考えたりもした。だけど、巫女姫として、女として成長していく美しい月夜の花を、他の誰かに奪われるなんて我慢ならない。嫉妬で気が狂いそうになる。
(あぁそうだ。認めよう。俺は凰花を、俺の可愛い巫女姫を心の底から愛している。兄ではなく男として、彼女を女として愛している)
 月夜の想いははっきりした。だけど、凰花は違う。今はまだ、月夜の片思いでしかない。それならそれでいい。
 本来なら抱いてはいけない感情だ。彼女が望む限り兄でいようと、奥底に押し込めた。
 思えば、あの神託の日に鳳凰神からくだされた予言は事実だった。あの当時は懸想の意味は知っていても、月夜もまだ幼く未熟で、その感情が理解できなかったが、あの頃から既に芽はあったのだろう。
 この身を滅ぼすというのも、当たっているかもしれない。

 ――兄様!

 眩しい光のような娘の、無邪気な笑みを守れるなら、例え身を滅ぼすことになっても本望だ。
 その為に、彼女の守り人になったのだから。
 そうして、月夜は自身の想いを隠しながら平穏な時間を過ごしていた。
 月夜は十九になり、凰花は十四になると、今まで以上に縁談話が舞い込んでくるようになった。
 そして極めつけだったのが天里の長老が持ち込んだ縁談だった。
「お主の縁談が決まったぞ」
「ちょっと待ってください! 凰花はまだ十四です! いくら何でも早すぎます」
 月夜はすかさず声を上げた。今までも強引に縁談をまとめようとされたことはあったが、決定事項として告げたということは祖父である長老も一枚噛んでいるだろう。
 だから余計に月夜は反発した。
「あの、長老……」
 月夜の怒りの籠った声に、横でびくびくと震えていた凰花が小さな声で主張する。
「私はまだ巫女として未熟です。……その、結婚なんて、まだ、よくわからなくて」
 戸惑いながらも辞退しようとする凰花。巫女姫である彼女がいなければ村は神の恩恵を受けられないことから、巫女姫の意思は誰よりも尊重される。
 天里の長老は少し考えてから凰花に提案する。
「何、お主が気にする必要はない。他に思う相手がいるなら、囲っても良いだろう」
 初心うぶな凰花になんてことをと月夜は頭の中で何かが切れるような音を聞いた気がした。
 しかし、月夜が口を開く前に凰花が口を開く。
「そういうのは、ちょっと……。あの、なので、もっと巫女として、成長してからではだめですか?」
 凰花は既に立派な巫女姫だ。勤勉で慎ましやかで、それでいて巫女姫という役割に誇りをもって臨んでいる。
 周囲の誰もが知っていることだ。
 ここで巫女姫の機嫌を損ねても……と思ったのか、天里の長老は顎の髭を撫でながら凰花を見る。
「ふむ。向上心があることはよいことじゃ。確かに、巫女は子を孕めば力が落ちるというしな。婚姻は無理でも、婚約という形ならば文句はあるまい?」
「よくありません。巫女姫に相応しい男でなければ、俺は認めませんよ」
 天里の長老が誰をあてがおうとしているのかはすぐに分かった。
 見目は月夜よりもやや劣るものの、それなりの容姿だが女遊びの激しい男だ。月夜もその遊びに何度か誘われたことがある。そんな男に嫁がされるなど、凰花がかわいそうだ。
 月夜が次期長としての態度で突っぱねれば、凰花の反応もあり天里の長老は今回は引いてくれたが今後もこの手合いは続々と来るのだろう。気が重い。
「兄様、大丈夫ですか?」
「あぁ、凰花が助けてくれたからな」
 妹に心配させるなんて、情けない……と落ち込みそうになっていると、凰花は僅かに頬を赤らめて月夜を見つめた。
「私は、何もできていません。……でも、私、結婚するなら兄様みたいな人がいいです」
 その言葉にどんな感情があるのか。兄として月夜を尊敬しているのか、男としての月夜を見てくれているのか。
 どちらでも月夜がやることは変わらない。
 彼女を抱き締めて、大切に大切に、宝箱の中にしまっておく。
「お前だけは、俺が守るから」
 凰花の美しい瞳から、涙がぽろりと零れる。
「凰花? すまない、怖かったか?」
 感情が昂ぶりすぎて、いつもより強く抱きしめすぎたと反省する。
「いいえ、違うのです。私は、きっと悪い子です……」
 悪い子――凰花がどういう意味でそういったのか、月夜にはわからない。でも。
「大丈夫だ。凰花には俺がいる。もしも凰花が悪い子なら、俺も一緒に堕ちてやる」
 凰花の魂は相変わらず白く美しい輝きを放っている。この子が生まれた時から変わらず、むしろ成長するごとにその美しさは磨きがかかっている。
 だから、悪い子であるはずがない。
「兄様……」
 吐息交じりの甘い声に、月夜の抑えていた感情が溢れ出す。
「本当なら、俺は兄としてお前の縁談を喜ばないといけないのだろう。祝福しなければいけないと、わかっている」
 それでも、もう止められない。
「誰にも渡したくない」
 凰花の瞳に映る月夜は、きっと獣のように見えているのだろう。
「他の男に嫁がせるくらいなら、いっそ俺がお前の純潔を散らしてしまいたいと、思っている」
 実の妹に抱く感情ではない。
「兄様……、私は……」
 凰花の迷う声に、月夜は賭けに出た。
 凰花が追いかけてきてくれたら、まだ望みはある。だけど、追ってこなければ誰か適当な女と婚姻して彼女と離れようと思った。
 こんな最低な兄と一緒に過ごすなんて、難しいだろうから。
 守り人の役割を放棄するつもりもないし、今まで通り仲の良い兄妹でいれたらいいのだ。
「こんな兄は、嫌だよな……」
 手を離そうとすると、凰花は迷わず引き留めてくれた。
「っ、嫌じゃ、ないです! ……その、少し驚いてしまって」
 無理もない。実の兄から恋愛感情を抱いている、なんて知って優しい凰花なら困らないはずがないのだ。
 「お前を困らせたいわけじゃないんだけどな。少し焦りすぎた」
 今はただ、逃げずに向き合ってくれたのが嬉しい。
 いつか彼女の中で気持ちに名前が付くまでは、この気持ちだけ知っていてもらえれば十分だった。
 「愛してる、凰花」
 

 ――愛してる。俺の可愛い巫女姫。俺の……。


 その後、想いを通わせた後は、幸せな時間が続いた。
 彼女を抱いて眠った日も数えきれないほどだ。
 周囲に悟られないように、今までと変わらないように、ひっそりと、でも確実に想いは強くなっていた。
 凰花と想いを通わせて二年の歳月が過ぎた頃だった。
「兄様っ!」
 凰花が満面の笑みで月夜に駆け寄ってくる。
「どうした、そんなに急いで。俺は逃げも隠れもしないぞ?」
 にこにこと愛らしい表情に、月夜も胸が高鳴る。
「ふふふっ、聞いてください! あのね、あのね……」
 凰花の身長にあわせて屈み、月夜の耳に凰花の吐息がかかる。
 くすぐったいのと劣情を刺激され、堪らない気持ちになるのを耐える。
「出来ました」
「? 何が?」
「ここに」
 凰花が月夜の手を取り、自分の腹に添えさせる。
 月夜は一瞬、何を言われているのかわからず、ぽかんとする。
 そんな間抜けな顔が面白かったのか、凰花はくすくすと笑う。
「ふふ、月夜様と、私のやや子です。さっき、お祈りしていたら感じたのです。ここに、小さな魂が宿るのを」
 言われてはっとして、目を凝らしてみる。
 確かに、凰花の腹には小さな光が宿っていた。
「本当に……っ、さすがだ、俺の可愛い巫女姫は世界一だ!」
 婚姻は結べない。だけど確かに二人が愛し合ているのだと、その証が宿ったことがとても嬉しかった。
 抱き締めるだけじゃ足りない。どうやってこの喜びを伝えていいのかわからないくらい幸せな瞬間だった。
 だけど、当然その幸せは長くは続かない。
 腹の子が順調に育てば、勘のいい巫女はその存在に気付く。
 当然相手は誰だとなるだろう。村の人間ならそのまま婚姻を結べばいい。
 しかし、誰にも言わずこっそりと育てなければならないということは、禁じられた関係だとすぐにわかってしまう。
 月夜と凰花が兄妹ではなく、恋人として逢瀬を楽しんでいる現場を抑えられてしまえば、言い逃れも出来ない。
 もとよりするつもりもなかったが、彼女の絶望したような表情が忘れられない。
「兄様っ!!」
 そうして月夜は捕まった翌日には馬で村中を引き摺りまわされ、三日三晩、真夏の炎天下に干されると、凰花の目の前で首を斬られて処刑された。
 
 死ぬ直前に見た彼女の表情は、死んだ今でも覚えている。
 思い出すだけで罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
 死んだ月夜は、自分の前世が神であることを思い出した。だけど、その力が一体何になるのだと嘲笑った。
 結局、大切なもの何一つ守れず、みじめに死んだだけの自分の前世が神だったとして全くの無意味だと。
 そのまま輪廻の輪に入り、転生の時を待った。
 そうして千年以上の時が絶ち、槻夜光留としてこの世に生を受けたものの、霊力や神の力が衰えた現代では月夜の力は大きすぎて器に入りきらなかった。
 別れた魂は大きすぎる力から本体を守ろうと壁を作り、いずれ成長すればこの記憶は魂の奥深くに沈められ、月夜の意志も消える。
 それでいいと思っていた。
 だけど、凰花――今は名を変え鳳凰唯と名乗った彼女に光留が出会った。
 愛しい存在が近くにいるのに、手が届かない。
 光留の意識を取り込むのは簡単だろう。しかし彼女はそれを望んでいない。月夜の存在にも気付いていない。
 彼女の傷になったままならいっそ、消えたほうがいいのではないだろうかと何度も考えた。
 それでも、不老不死の呪いを知り、自分たちの娘が彼女を殺す役割を負わされ、自分だけ何もしないのは卑怯だと思った。
 自分に出来ることはなんでもすると、彼女を守ると誓った日に決めたことだ。
 なら月夜が出来ることは、愛しい娘と最期を共にすることだけだ。昔よりは弱まっているとはいえ、一度くらいであれば神であった頃の権能が使える。
「もう二度と、手放さない」
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