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最終章
2話
しおりを挟むあと数日で夏休みが終わるという最後の週末。
光留は蝶子と共に凰鳴神社の社殿内にある一室で向かい合っていた。
「で、鳳凰を殺すって、算段はあるわけ?」
「算段っていうか、母様は別に死にたくないわけじゃないと思うのよね。わたしに守り人が見つかったから、今回はちゃんと殺されてくれると思う」
蝶子は出された麦茶に入っている氷をストローでかき混ぜながら答える。
「あー、確かに、そう言うところあるよなぁ」
唯はもうとっくに自分が生きることを諦めている。だけど、愛娘である揚羽の魂が心配なのだ。
彼女自身、何度も記憶を持ったまま転生していて、魂はボロボロだ。今生で唯を殺せなければ、母娘ともに消滅もあり得る。
逆に殺せれば、役目を全うしたことで来世に記憶は引き継がれない。正真正銘新しい人生が始まる。
「そうだ。月夜はあれからなんか言ってる?」
「自分の父親を呼び捨てって……」
光留の前世である月夜は、蝶子の前世――揚羽の実の父親だ。残念ながら彼は揚羽が生まれる前に処刑されており、我が子をその目で見ることなく去っている。
故に、娘である揚羽の中では父親という存在が曖昧だ。
「だって実感ないんだもん。神様から母様についてはいろいろ教えてもらったけど、父様については何にも」
「鳳凰からも聞いてないのか?」
唯なら月夜の話をたくさん聞かせてくれると思うのだが、そんな時間すらなかったのだろうか。
「そういうわけじゃないけど、主観が入りすぎてわからないわ。というか、妹が可愛いのはわかるんだけど、手を出すのってどうかと思うのよねぇ」
実の娘でありながらとても辛辣だ。
年頃の娘の反応と言えばそうなのかもしれないが、月夜が泣きたくなる気持ちもわかってしまう。
「まぁ、手を出してくれたおかげでわたしがいるわけだけど」
実の兄妹の間に出来た娘という複雑な家庭事情にどこまで首を突っ込んでいいのか。
しかし、光留の前世は当事者なので首を突っ込まずにはいられない。
光留はこれ以上関わりたくないとばかりに脱線した話を戻そうと試みる。
「そういや、お前の守り人になるのが俺の為でもあるとか言ってたな」
「ええ、言ったわ」
「それとなんか関係ある?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない」
蝶子はじっと光留を見る。
正しくは、光留の魂の状態を視ているのだが、美少女に見つめられるというのはやはり慣れない。
「月夜は、鳳凰が死んだ瞬間に俺から離れるって言ってるけど、どうやって、とかは……」
「確かに、それだけ分離が進んでるなら光留の魂が多少欠けてたとしても、わたしでも修復可能な範囲ね。でも、魂の分離って神様でもなければそんなこと……」
蝶子はこてんと首を傾げる。それから徐に日本刀を取り出す。
「これ、私が神様から貰った刀なの。これで母様を殺せるって話だけど、あなたから見て何か感じる?」
光留は言われた通り刀をじっと見てみる。確かに何かの力を秘めているようには見えるが、その正体を掴めるほど、光留の知識は追いついていない。
「いや?」
「そう。……でも月夜ならわかるんじゃないかしら? 聞くことは可能?」
「まぁ、蝶子の言葉なら聞いてくれそうだけどな」
光留は目を閉じると心の中で月夜に問いかける。
――鳳凰から貰った刀、か。……なるほどな、俺が神だった頃の権能がそれに少し宿っている。あぁ、そう言うことか、だから神などいうのは嫌いなんだ。
「権能って……」
――俺は元は名もないくらい力の弱い神だが、それでも一つだけ持っていた権能がある。それが”縁切り”だ。揚羽ならこの意味が分かるだろう。
あとは彼女に聞けとばかりに月夜はまた潜ってしまった。
「どう?」
目を開ければ蝶子が興味津々といった様子で尋ねてくる。
光留は月夜の回答をそのまま伝えると、ぱちくりと目を瞬かせる。
「ってことは、ある意味これも月夜の形見なのね」
自分の愛刀をしげしげと眺める。
「神様――鳳凰神は縁結びの神様って聞いたことある? 厳密には違うのだけど、そう伝わっているのは鳳凰神が番の神様で雌雄一体だからでしょうね。で、その反対なのが”縁切り”の神様なのよ」
「じゃあ、その刀が月夜の神だった頃の権能と同じ力があるってことは……」
「そう。この刀の本当の力は、母様を殺すことじゃなくて、母様と呪いの縁を切るのよ。そして、あなたと月夜の分離も同じ。月夜がその権能をどこまで使えるのかはわからないけど、それを使ってあなたとの魂を切り離すつもりだわ。だけど、月夜は既に一度人間に生まれ変わって、二度目の転生である今生で、光留という新たな生を持った人間がいる。神だった頃の力は相当弱まっている今、一歩間違えばあなたとの分離は失敗し、光留も含めて転生すらできなくなる。だから多分、出来るのは一度限りね」
蝶子の解説で光留はやっと理解した。
「そうだよな。あの月夜が鳳凰を悲しませるようなことするわけないよな……」
「まぁ、愛が深いのは悪いことじゃないけど、ちょっと怖いと思っちゃうのよね」
蝶子が光留の胸を指さす。
「光留の魂って正確には月夜の大きすぎる力から零れた力の一部が形を成したものだと思うの。想像でしかないけど、壁があるのも月夜の魂との癒着が進めばあなたの身体が持たないからでしょうね。そして、月夜の魂には強い縛りがあって、その鎖は母様に続いている。来世でも決して離さないっていう、すごい執着の現れ」
それを聞いて光留はゾッとした。
唯のことはいまだに全て吹っ切れているわけではない。でも、仮に結ばれたとしてそこまでしたいか、と聞かれれば答えはノーだ。
「神様って執着心とか結構強いのよね。しつこいとも言うわね」
部屋の隅で静かに聞いていた落神の白狐が、ビクリと震えるのが光留から見えてしまった。
落神も元神様であり、白狐は揚羽が転生するたびに探し出しては仕えるということをしていたので、これもある種の執着だろう。
健気と言えば聞こえはいいが、娘のようにかわいがっている少女の言葉で言われると若干傷つく。
『ソウカ、シツコイ……カ……』
「え、あ、違うのよ! 父様、落ち込まないでっ!」
蝶子が慌ててフォローするが、白狐はしゅんとしていてなんだかちょっとだけ可愛く見える。
「こほん、とにかく慌てる必要はないと思うの。母様の居場所はわかっているし、光留の家も多分知っているのよね?」
「多分な。まぁ、知らなくてもこの神社の近くで槻夜って苗字はうちしかないからすぐわかるだろうし」
「なら、問題ないわ。月夜の準備が出来たら決行しましょう」
蝶子はにっこりと、まるでお祭りに行こうとでも言うかのように明るく宣言した。
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