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第三章
終章
しおりを挟む『ア、アア……イヤアアアアアアアッ!!』
朱華の絶叫が森の中に響いた。
光留の放った炎の矢が朱華の胸に刺さり、そこから彼女の邪気を浄化していく。
だが、悪霊に堕ちるとこれが激痛に代わる。
『ナンデ、ドウシテ! ダレモ、ダレモアタシヲミテクナイ! アタシダッテアタシダッテ!!』
朱華の叫びは、恐らくかつての巫女たちも思っていたことだろう。
守り人に恵まれた巫女は良い。月夜と凰花、光留の両親である勇希と朱鷺子。彼らは互いに支え合える関係だった。
だけど、皆が皆、そうではない。朱華のように守り人と上手く関係が結べなかったり、死別したり……様々な理由があるにせよ、きっと朱華は、無念に散っていった巫女たちの想いまで背負ってしまったのだろう。
「そうね、あなたが悪いわけじゃないわ。ただ生まれた時代と運が悪かっただけ」
揚羽は優しい声で朱華に語りかける。
『ウン? ソンナ、ソンナモノデカタヅケルナ!!』
崩れ始めた身体で朱華は揚羽を責める。
「じゃああなたの男を見る目が無いのよ」
さっきとは真逆のスパっと切れ味の鋭い言葉に、横で聞いていた光留は顔を引き攣らせる。
「お前な、もうちょっと言葉を……」
「選べるわけないじゃない。だってわたし、この人の事何にも知らないもの」
「そりゃそうかもだけどさ」
「……でも、わたしはあなたがすべて悪いとは思わない。あなたは巫女として立派にやり遂げたわ。ほら」
揚羽は手のひらを見せると、そこから炎の蝶が現れる。炎の蝶は朱華の周りをぐるぐると回って、そっと胸の中心に止まった。
そこには小さく白い輝きがあった。
『ナニ、コレ……』
「あなたの中にあったものよ。あなたのとても柔らかい部分、神様の元へ導く希望の光。それがあるから、あなたを導ける」
『ア、タシ……アタシ、イケルノ? コンナナノニ』
「そうよ。ほら、扉を開いてあげる」
揚羽が小さく祝詞を唱えると、木々の間に人ひとりが通れるほどの大きさの扉が現れる。
朱華の周りを揚羽の生み出した無数の炎の蝶が取り囲む。
朱華を癒すように、導くようにひらひらと舞う。
揚羽の癒しの力が朱華に届いているからだろうか、彼女の本来の可愛らしい顔に戻る。けれど、今はもう首から上が判別できるくらいしかなく、身体のほとんどを失っている。
「無垢な魂、清純なる乙女よ。我らが仕えし神の御世で永久の休息と安寧を。――今までお疲れさまでした」
揚羽は膝をつき、朱華に向って最大限の礼をとる。
以前唯も落神に対してしていたのと似ている。
朱華はそんな揚羽を振り向くことなく白い魂の形となって、炎の蝶に導かれ扉をくぐる。
「朱華は、無事にたどり着けたのか?」
「多分ね。あれだけ邪気に犯されてたから癒されるまで相当な時間がかかるはずだけど、きっと神様は彼女が来るのを待っているはずよ。彼女も、神様にとっては大事な巫女だもの。だから、大丈夫よ」
「そうだといいな」
朱華と過ごした短い時間は、口うるさいと思うこともあったけれど、嫌いではなかった。
彼女の魂が少しでも報われたらいいと思う。
「さてと、一仕事終えた後だけど、早速対従ノ儀を始めちゃいましょう」
「あぁ」
揚羽の提案に光留は頷く。
「あ、その前にいくつか聞かせて?」
「何?」
「わたし、今生は揚羽じゃなくて、鳥飼蝶子というの。蝶子と呼んで」
「……鳥飼? うちの近所にいなかったな」
「あなたの名前は?」
「槻夜光留」
「光留ね、高校生?」
「そうだよ」
「ふーん。これで材料の一つは揃ったわね。で、もう一つ教えてほしいんだけど、あなたの中にいるの、誰?」
揚羽――蝶子はじっと観察するように光留を見る。
その視線に少し居心地悪そうにしながら光留は小さく息を吐き出す。
「まぁ、別に言っちゃいけないって言われてねえからいいか。――俺は、月夜。揚羽の父親の生まれ変わりだよ」
蝶子は驚いたように目を見開く。
「え、じゃあ本当にリアル父様が、あなたの中に?」
「まぁ、そうなるな。逢いたいなら代わるけど……」
「え、絶対いや」
光留の頭にガツンと何かに殴られたような衝撃が走った。
「ってぇ……俺に当たるなよ……」
「大丈夫? 顔色真っ青よ?」
蝶子が心配そうに光留を覗き込む。
「お前が嫌とかいうから、月夜が俺に八つ当たりしてんだよ」
「え、心狭っ……」
またガツンと頭に衝撃が走った。
「っ~~~~~!」
大人げない月夜に蝶子は呆れる。
「そもそも、揚羽にとっての父親は白狐だけ。あの時代、わたしは両親の話をほとんど聞かされてないし、教えられたのは罪を犯したことだけ。思うところはあってもそれだけよ」
揚羽の生まれを考えれば致し方ない。
けれど、月夜にとって揚羽は愛しい娘との間に出来た可愛い子どもだ。
「まあ、そのあたりの話はまた今度しましょう。今は対従ノ儀を済ませるわ。多分、光留の魂にとってもわたしの守り人になった方がいいと思うのよね」
「どういう……」
「それもまた今度ね。邪魔が入る前に、立会人は白狐、お願いね」
『アア』
蝶子は光留と向かい合う。
「じゃ、いい?」
光留は頷くと蝶子の前で片膝を折る。
やり方は、月夜が以前夢で見せてくれた。
『之ヨリ、対従ノ儀ヲ行ウ。巫女姫、鳥飼蝶子ノ守リ人トナルハ、槻夜光留デアル』
白狐の浪々とした声が場に響く。
「我、槻夜光留はこの時より巫女姫様の忠実なる僕となり、いかなる厄災からも守ることを誓う」
「我、巫女姫たる鳥飼蝶子は、槻夜光留を守り人として認める。我が眷属としていかなる時も我を守れ」
蝶子は指先を歯で傷付け血を出すと、光留に差し出す。
「悪いけど、器がないからこれで我慢して」
急ごしらえなので仕方ないのだが、光留は何だかなぁ……と思いながら蝶子の手を取り指先に舌を這わせる。
口の中に錆びた鉄のような味が広がる。
躊躇いつつも嚥下すると、ゾクゾクと身体が痺れ、炎のような熱が駆け巡る。すぐにそれは身体中に浸透し、仮契約と違って、蝶子との確かな繋がりを感じた。
ちらりと蝶子を見る。
(あ、これヤバいわ)
同じように蝶子も感じているのか、美少女が頰を赤らめ艶っぽい息を吐き出した。
光留にアブノーマルな趣味は無かったが、勘違いする男の気持ちが痛いくらいにわかってしまった。
『儀ハ完成シタ。サッサト蝶子カラ離レロ』
――俺の娘は確かに可愛いが、不埒な真似をすれば殺す。
白狐に物理的に引き剥がされ、月夜に精神的に虐められ、光留は「面倒くさい父親だな」とついうっかり口に出す。
「痛い痛い痛いっ! 悪かったって!」
白狐に頭を掴まれギリギリと締め上げられる。月夜に至っては今夜あたり本当に殺されるかもしれない。
「わたし、守り人って初めてだけど、うん。これは確かに危ない儀ね……」
蝶子は、何かを考えるように口元に手を添える。
「まあ、なってしまったし、今更反故にするつもりもないけど考えるのは後にしましょう」
蝶子は光留に近づくと怪我をしている腕に手を添える。すると赤い光が患部を包み、痛みはもちろん折れた骨も綺麗に治った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
蝶子はにこりと笑う。母親である唯とよく似た顔ということもあり、光留はドキリとする。
「さて、いろいろ話したいことも聞きたいこともあるし、やらなきゃいけないこともあるけど……」
蝶子はスッと視線を森の奥へと向ける。
「母様、そこにいるんでしょう?」
暗い森の奥から現れたのは、唯だった。
泣きそうな唯の表情に、光留の胸は苦しくなり、視線を逸らす。
(もう少しだ……)
課題はひとつクリアした。あとは、彼女を――殺すだけだ。
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