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第三章
序章
しおりを挟む住宅街にあるマンションのある一室に音もなく入る。
「お帰りなさい、父様」
迎えてくれたのは、この家の娘だ。
『タダイマ』
本当の父親でもなく、落神である自分に躊躇いなく抱き着き、甘えるのは可愛らしいと思う。
(昔ト変ワラナイ……)
彼女と出会ったのは、千年以上前だ。それから転生するたびに探し出しては仕えてきた。
「母様は見つかった?」
この娘には、凰鳴神社へ行くことを伝えている。
そこに彼女の探し人である女がいるはずだからだ。そして、目的の人物は見つけた。残念ながら落神の力では殺せなかったが、それは問題ではない。自分の役目はあの女を探すことだからだ。
『アア。会イタイカ?』
見つかったとわかれば娘はパァっと輝くような笑みを浮かべた。
「もちろん! 今度こそ死なせてあげなくちゃ。じゃないと、母様ずっとひとりぼっちで可哀想だもん」
物騒な内容にも関わらず、その声音は心底母に同情しているようだ。
(コノ娘モ難儀ダナ……)
自分の巫女姫であれば、とうの昔に喰らい尽くしていただろう。
(アノ母親モ美シイガ、我ニハコチラノ方ガ好マシイト思ウノハ、絆サレテイルノダロウナ……)
今生の産みの母ではなく、前世の産みの母と似てしまうのは、因果なのだろう。憐れだと思うが、それすら受け入れ自らに与えられた役目を全うしようとする強さは、気高くも見える。
しかし、それに縛られ続ける生涯というのは同時に魂を壊しかねない。彼女は常にギリギリを生きている。
せめて、守り人がいればと思うが、彼女の守り人は過去一度も現れたことはない。彼女と釣り合う霊力を持った男が生まれなかったからだ。
(ソウダ、アノ男……)
女のそばにいたあの男はいったい何者なのだろう。おそらく、女にとって大事な人間なのは確かだが、霊力はあの女と釣り合うモノだった。
(アノ男ナラ、コノ娘ノ守リ人ニ相応シイ)
きっとこの娘も喜ぶだろう。落神の自分を父と慕うように、兄や弟のように慕う存在になるに違いない。
何より、あの女を絶望の淵に立たせ、巫女姫としての資格を失わせるのも一興だ。
「母様、元気にしてた?」
物思いに耽っていれば、娘は無邪気に聞いてくる。
『相変ワラズ死ニ損ナイダッタ』
「そりゃそうよ。母様は不老不死で、殺せるのはわたしだけだもの。他には? 新しい彼氏とかいた?」
『彼氏……カ、ドウカハ知ラヌガ、男ガソバニイタ』
「え、本当に? やだ、わたしの義父になっちゃうの?」
年頃の娘らしく、恋愛話には目が無いが、思春期も相俟って父親という存在にはいろいろと思うところがあるらしい。
『サアナ。ダガ、ソウナレバ我の役目ハ終ワリダロウヨ』
「それはヤダ。父様は父様しかいないもの。わたしの父様は白狐だけよ」
『ソレハ光栄ダナ。ソレヨリ、揚羽、今生モ守リ人ヲ探サナイツモリカ?』
娘――揚羽はきょとんとする。
「探すも何も、現代じゃ難しいのは父様だって知っているでしょう? あの時代だって、わたしの力に釣り合うのは月夜って人くらいだって言われてたもの」
前世の自分の実の父親について、彼女はほとんど何も知らない。
自身の父親の名前が月夜であることは知っているが、良くも悪くもそれ以上の感情を持っていない。無関心だった。
「わたしは守り人はいらない。父様さえいてくれるなら」
ニコリと笑う揚羽に白狐は「ソウカ」と一言だけ返す。揚羽であればそう答えるのは予想できていた。
(シカシ、ハヤリ巫女ノ身代ワリトナル守リ人ハ必要ダ。我ヲ父ト慕ウコノ娘ニ報イルノナラ)
その為に強引な手段を取ることに躊躇いはない。
「蝶子ー、ご飯よー!」
「はぁい」
キッチンから今生の彼女の母の呼ぶ声が聞こえた。
「じゃあ、父様。また後でいっぱいお話しようね!」
そういって部屋を出るのを無言で頷いて見送った。
(今回ノ転生デ七回目、今生コソ目的ヲ果タサネバ……)
――あなた、落神ね。こんなところでどうしたの? とても弱っているわ。こっちにいらっしゃい、傷を治してあげる。
初めて出会ったとき、彼女は幼くひとりだった。
両親を知らず、巫女姫と呼ばれながらも村人からは腫物を触るような扱いを受け、自らが仕える神の為に魂の純潔を守り続ける日々。
その健気さや優しさ、気丈さに心が惹かれた。
最も、自分よりも高位に位置する神の巫女を奪うことは出来ないが、見守ることは出来る。彼女が許す限り、守ろうと決めた。
(揚羽――否、今生デハ鳥飼蝶子ダッタナ。蝶トハ皮肉ナモノダ)
蝶は死者の魂の姿とも言われている。魂を神の世界へ運ぶもの。その使命を背負うものとして、前世では揚羽と名付けられ、今生でも蝶の字が入っている。偶然だとしても、鳳凰は何とも意地の悪いことをする。
(マァイイ、マズハアノ男ニツイテ調ベテミルカ)
動くのは蝶子が眠ってからだ。あの男の霊力は覚えたから、探すのはそう難しいことではないだろう。
キッチンから聞こえてくる母娘の楽しそうな声に耳を傾けながら、白狐は名前の通り白い狐の姿になると用意されていたクッションの上で丸くなった。
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