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今の幸せをこの先も、来世も、ずっと
第三十話
しおりを挟む「光留君、お仕事大変なんですかね」
「じゃなきゃ缶詰なんてしないだろうな」
「ですよねぇ……。身体壊さなきゃいいですけど」
光留が家を出た翌日、花月と月夜は2人で夕食を摂っていた。
「あ、月夜様、ご飯のおかわり入ります?」
「ああ、貰おう」
花月は月夜から茶碗を受け取るとご飯を茶碗いっぱいに盛る。
「なんか、量多くないか?」
「え、普通ですよ~。昔はこれくらい食べてませんでしたっけ?」
そんなことはないと思いながらも、無邪気な花月を見ているとまぁいいかと思ってしまう。
「ところで月夜様、僕に何か言うことはありませんか?」
花月がにこにこと月夜を見る。
意味深な花月の顔。月夜が思い当たるのはひとつしかない。
「光留のアレか」
「はい。光留君から聞きました」
以前光留に、子どもをつくる事が嫌なのか、と聞かれた。無意識だったとは言え、光留と花月の2人の努力を無にするようなことをしていた月夜を責めるでもなく、心配だと光留は気遣ってくれていた。
「……すまなかった」
素直に謝る月夜に、花月は首を横に振る。
「謝ってほしいわけじゃありません。……ねぇ、月夜様。あの時“私”を妊娠させたことを後悔しているのですか?」
花月が敢えて前世の一人称を使ったのは、ちゃんと話をしましょう、ということだろう。
自分達は、前世、前々世の因縁を引きずりすぎている。
「していない、といえば嘘になる。だが、あの時の俺は、本当に嬉しかったんだ……」
月花に「子どもが出来た」と聞いた時、当時の月夜は心の底から喜んだ。愛する“妹”ではなく愛する“娘”との間に出来た大切な命。
周りに認められずとも、自分達は家族であり、愛し合っているのだと実感もできた。何より、彼女の笑顔に救われていた。
だがその結果、月夜は処刑され、月花は娘も取り上げられ、村人から罪人として虐待され、自害もさせてもらえず不老不死の呪いにまでかかった。
だが、花月の中では、それはもう終わったことだ。
前世からの繋がりではあるが、花月は今の月夜と光留に恋をして、愛している。
光留に至っては“月夜”だった頃の記憶は、“月夜”から共有された内容しか覚えていないくらいだから、なおさら他人に近い感覚のうえで2人を受け入れている。
だけど月夜はまだ、過去に置き去りにしたままだった。
「月夜様が喜んでくださったのは、“私”も嬉しかったです。何より、子どもを産みたいと強く願ったのは“私”自身です。月夜様はそれに応えてくださっただけ」
「だとしても、俺が――」
「んもう、しっかりしてください! そういううじうじしてるところはやっぱり、光留君とご兄弟なだけあってそっくりですね!」
花月がテーブルを叩いて月夜を説教すると、月夜はポカンと口を開ける。
「いいですか? それは、“月夜”様の後悔であって、“羽宮月夜”の後悔とは違います。過去から学ぶことは悪いことではありませんが、一度前世についてはきっぱりすっぱり忘れましょう! 僕はそうしました!」
なまじ千年以上生きていると、どうしても後悔ばかりして身体も心も動けないことを実体験する羽目になる。
だが、“月夜”の生まれ変わりである“槻夜光留”と出会って、彼を見守るうちに気付いた。
月花の中に、確かにあった月夜とは形が違うものの、淡い恋心に。
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むしろこれはこれで愛おしくて、前世とは違って、思い切り恋をすることにも制限をかけていない。
誤算だったのは自分が男に生まれ変わったことだけで。
「僕が女なら良かったんですけどね。僕がお2人の子ども産めばある意味平和な解決です」
「俺は花月がどちらでも愛せるから気にしない」
「といいつつも、光留君のことで悩んでいるのは彼が弟だからですか? まあ、妹でもいろいろ困りますが……」
自分達は前世で兄妹だった。だからこそ不幸な結果になったが、今世では光留相手に同じ過ちを繰り返そうとしている。それが怖い、という月夜の気持ちも分からなくはないのだ。
「……ぶっちゃけ聞きますけど、僕と光留君、どっちが好きですか?」
「は?」
「光留君は言ってくれましたよ。僕には明確に恋心がある。だけど月夜様のことは家族愛より重いけれど、恋じゃないって」
――でも、どっちも好きだよ。形が違うだけで、2人が大切なのは変わらない。だから2人が一緒にいたいと思うなら、俺はこの家を出ようと思う。
まだ花月と再会したばかりの頃だ。
光留の自殺未遂の後、彼からそう言われて、花月は必死に引き止めた。
あの日以来、光留はそういう話をしなくなったが、もしも月夜が花月を取るなら、出ていくことに躊躇いはないだろう。
「僕は月夜様も光留君も、お2人が好きです。どちらかなんて選べません。選ぶくらいなら、死にます」
花月の覚悟を示す言葉に月夜も小さく息を吐く。
「それは、困る。俺とて2人を手放すくらいなら死んだほうがマシだ。だが、そうだな……どちらが好きか、と聞かれるといささか難しいな」
花月に対しては見ていて飽きない、という気持ちが真っ先に出てくる。
笑った顔も、拗ねた顔も、光留を嬉々として攻める顔も、快感に蕩けた顔も、全部が愛おしい。
抱きしめて、愛を囁いて恥ずかしがるのも前世の頃から変わらない。
大切にしたいし、ずっと一緒にいたいと思う。
一方、光留に対しては一緒にいるのが当たり前すぎて、恋なのかなんなのかわからない。
好きか嫌いかで問われれば、当然好きに分類出来るし、愛している。双子の弟ではあるが、最初から抱くことに抵抗はなく、そもそもの話、口を通しての霊力制御を提案したのは月夜だ。
効率がいい、なんてただの口実で、欠けた魂を求めるように光留を求めた。
おそらく、光留が月夜に対して恋愛感情はないと言い切ったのも、似たような理由だろう。
一緒にいるのが当たり前。
魂が分かれても、切り離せない、離したくない。
感情なんてものに振り回されるのは、感情を言葉にしようとするからだ。
ただ、それでも時々は言葉が欲しくなる。だから、それに近い感情を当て嵌めるなら、“好き”や“愛”になる。
どちらが好きか、なんて比べるのは無意味だ。
「……俺も、光留と似たようなものだろうな。花月に対しては明確に言葉に出来る。だが、光留に対しては近すぎて、共にいるのが当たり前だと思っている」
元は同じ魂でも、双子として生まれ変わった時点で別の人間だ。それでも、誰よりも近くて遠い、互いになくてはならない存在。そうであってほしいと、月夜は望んだ。
それを聞いた花月は、お互いブラコンを拗らせ過ぎでは? と思ったが、口にはしない。
2人の仲がいいのは、花月も嬉しい。
「はぁ……。お2人とも難しく考えすぎです。前もそうでしたが、血の繋がりがあるというだけで、僕らは基本他人です。魂にしたって同じですから、素直に“好き”だからセックスしたい、で済む話だと思うんですよね、僕は」
あっさりと言ってのける花月に、月夜はプッと吹き出す。
「確かにそうだ。こういうのは理屈じゃないんだよな……」
“月夜”が“月花”に恋をした時もそうだ。
なんだかんだで自分に言い訳していたが、結局のところ自分では制御できなくて、気持ちのままに行動した。
結果的に悲劇にはなったが、違う結末になったとしても、“月夜”は彼女を諦めなかっただろう。
「俺は、そう言ってくれるお前だから惚れたんだ」
柔らかな月夜の笑みに、花月はドキッとする。
顔に熱が集まって、何だかいたたまれない気持ちになる。
「ふ、不意打ちはズルいです……」
「照れる花月も可愛い」
何かが吹っ切れたような月夜の表情に、花月も内心安堵する。
「それで、月夜様は結局子どもが欲しいですか?」
「まあ、正直どちらでも構わない。光留が女のように善がるのが可愛いだけで、光留の本質も、俺達の関係が変わることもないからな」
「それは同意しますが、その場合、戸籍ってどうなるんですかね? 今更ですけど」
「産むならどのみち病院に行くことになるからな。適当な言い訳は必要だろう」
性に寛容な今の時代であれば、後から性別を変えてもさほど不審がられないのが幸いか。
「光留君、それ喜びますか?」
「戸籍は嫌がるだろうな。だが、もとに戻らなくなる以上、変えておかないと支障が出ることもあるだろう」
男性特有の病気もあれば、女性特有の病気もある。
街角で答えるアンケートのように、適当にするわけにはいかない。
「うーん、そういうところでファンタジーにならないのが辛いですね」
「仕方ないさ。これ以上俺達に設定を盛っても、現実には勝てないということだろう」
「唐突なメタ発言……。まあ、でももし光留君が産んだら今より霊力が安定するはずですし、産まれた子は僕らの子どもですから、誰に似ても可愛いです」
「そうだな」
花月は食べ終わった食器を片付けながらポツリと漏らす。
「でも、やっぱりちょっとだけ、光留君に嫉妬します」
「?」
月夜は花月の洗った食器を片付けながら、花月に先を促す。
「前の僕は、産むことは出来ても、あの子を育てることも、見守ることも、看取ることも出来ませんでしたから……」
母として、我が子に何一つしてやれなかった。
重い運命を背負わせるだけ背負わせて、我が子の守り人まで奪って、その上で成り立つ幸せ。
後悔と罪悪感が花月の胸に重石のようにひっそりと、だけど確かに存在する。
「花月……」
「大丈夫です。今の僕は“羽里花月”です。そして、“羽宮月夜”と“羽宮光留”の旦那様ですから、お2人を幸せにすることが、今の僕のやりたいことです」
過去を嘆いても、今更どうすることもできない。
それでも、新しく掴んだ奇跡という名のチャンスを無駄にもしたくない。
その強さが眩しくて、“月夜”はその魂に惹かれた。
「花月には敵わないな……」
「月夜様が知らないだけで、僕はとっても我儘なんです。だから、月夜様も、光留君も手放したくないです」
花月はにっこりと笑う。
その笑顔が可愛くて、月夜は花月にキスをすると、花月は顔を真っ赤にする。
「可愛い」
「もう! 真面目な話をしてるのに!」
「わかっている。だが、先程から光留の話ばかりだからな、俺もたまにはアレに嫉妬する」
兄弟仲がいいから忘れがちだが、光留が月夜と花月に嫉妬するように、月夜もまた、光留と花月に対してそういう気持ちがないわけではない。
「っ、ズルいです……」
「そうだな。でも久しぶりの2人きりだ」
唇を撫でられ、月夜が何を求めているか、なんて言われなくてもわかる。
「……お手柔らかにお願いします」
小さくそう言うだけで精一杯だった。
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