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再会とこれから
第八話
しおりを挟む「ん……あれ……?」
気が付くと光留は大学の医務室で寝かされていた。
「あ、良かった。気が付きました?」
まだ熱が引いていないのか、頭がぼんやりする。その名前は、無意識に出たものだった。
「……ほう、おう…………?」
驚いたのが気配で分かった。
瞬きして、視界がはっきりすると次に驚いたのは光留だった。
「え……。どちらさま……?」
誰何しておきながらも光留にはそれが誰だかわかっている。
ただ、記憶との違いに戸惑ってしまった。
「槻夜、くん……?」
”槻夜”は光留の前世の苗字だ。それを知っているのは、今は月夜しかいない。
もし仮に他にいるのであれば、心当たりは何人かいるが、もう会うことはほぼないと思っている人達以外にいるはずがない。
なら、この目の前にいる人物は――。
「本当に、”鳳凰唯”、か……?」
目の前の人は頷く。
美しい顔立ちは前世と変わらない。ただ大きな違いと言えるものがひとつ。
「お前、男だったのか……?」
そう、”鳳凰唯”だった人は、今世では美しいが――男だった。
その証拠に声も変声期を終えたとわかる低さと、喉仏がある。
「はい。今世では”羽里花月”と申します」
唯――花月はにこりと微笑んだ。
ガラッと医務室の扉が勢いよく開く。
「光留! お前また倒れたって……」
月夜が入ってくるなり、光留のいるベッドを見つけるとそのそばにいる人物を見て、月夜は息が止まるかと思った。
「月花……」
「っ、月夜様……!」
花月は月夜に飛びつくように抱き着いた。月夜はそれを受け止める。
「ほんとうに……?」
月夜は確かめるように花月の顔を両手で包み込む。
顔も性別も前世と全く違う。だけど、確かに月夜の求めていた人だ。
「はい。ずっと、ずっとお会いしたかった……っ!」
「俺も、会いたかった……。俺の可愛い巫女姫、俺の月花!」
月夜も感極まっているのか、目が潤み頬が上気し、視線や声、仕草で愛おしいと伝えてくる。
抱き締めて、互いを確かめ合う。
それを見て光留は思う。
(やっぱり俺は、いないほうがいいよな……)
二人の想い合う姿は前世からずっと見てきた。今はもう遠い過去とはいえ、月夜だった頃の記憶もないわけではない。
今世こそ幸せになってほしい。いつまでも月夜を独占するわけにはいかない。
唯への恋心は、前世でけじめをつけたはずだけど、色褪せたわけでもない。
光留にとっての好きな人たちが幸せになる。嬉しいはずなのに、どうしようもなく胸が痛くて苦しい。
「……帰る」
光留はベッドを降りるとふらつく足で医務室を出る。
まだ熱はあるが、家までなら持つだろう。
「光留! お前、そんな体調でひとりで帰るバカが……」
「良かったな、月花に会えて。俺のことは気にしなくていいよ。これくらいなら平気だし。家でちゃんと寝てるから、月夜はゆっくり帰ってこいよ」
光留は貼り付けた笑みでそう言うと、まっすぐ家に向かう。どうやって家に辿り着いたのか記憶にない。ただ、身体は熱くて、ひとりは心細くて、あの二人を思い出すと涙が止まらなかった。
みっともない姿を見られなくて良かった。これ以上あの二人を見てたら余計に自分が惨めで、情けなくて、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
いつかこうなる日が来るのはわかっていても、受け止めきれない自分が嫌だった。
ひとしきり涙を流したあと、疲労からか自分のベッドで身体を丸めて、熱に身を任せ気絶するように眠った。
月夜が家に帰ったのは5限目の講義が始まる前だった。
花月といろいろ話したいことはあったが、光留を放って置くこともできない。
花月に出会ったことで、魂が反応して霊力を暴走させたのだろうことは想像に難くなく、だからこそ、心配だった。
部屋に入れば光留はベッドで大人しく眠っていた。まるで自分を守るかのように身体を丸めて。横髪を避けて見ると、目の下に涙の跡がある。
いろいろ思うところはあるのだろう。だけど月夜は、光留を手放すことは考えていない。
耳を彩るピアスは、月夜とお揃いのもの。ずっと一緒にいると誓った、約束の証。
「思えば、お前は昔から諦め癖があったな……」
前世でも、唯の気持ちを優先して告白を諦めていた。結局したものの、傷心を癒やす時間もなく、生きることを諦めた。
今世でも、霊力過多で病弱であることから、生きることを半分諦めていた。
今回のことも、月夜と花月を想って、自分から身を引くつもりだろう。だが、身体の弱い光留が取れる行動はあまり多くない。
(それならいっそ……)
月夜の手が光留の首に添えられる。
少し力を込めれば苦しそうに顔を歪める。
「ぐ、ぁ……ぁ……」
光留の目が開き月夜を捉えると、とろんと蕩けた笑みを浮かべた。
自身の首を絞める月夜の手に自分の手を添えて、自分の首を絞める力を強める。
「か、はっ……ひゅっ……ぁ、ぁ……」
その目が、月夜にならいいよ、と言っているようで、やるせない。
抵抗する、というよりも死への本能的な恐怖からか、光留は足をバタバタさせていたが、やがて力なく動かなくなった。
「っ、く、……よ……あり、が……と……」
そばにいてくれて、見守っていてくれて。
誰かに愛されるのが、こんなに嬉しいことだと教えてくれて。
欲しいものは十分に貰った。だからもう、本当に愛する人と幸せになって欲しい。
そのために自分が邪魔だというなら、喜んで身を引こう。
だって光留は、月夜も月花も好きだから。
光留は自分の死を受け入れるかのように目を閉じる。
光留の健気で純粋すぎる気持ちは、今の月夜にとって残酷すぎる。
「っ、バカがっ! お前はどうして、そうなんだ!」
月夜が手を放すと、光留はげほげほと咽る。
「?」
急激に入ってきた酸素が余計に苦しい。
「っ、はぁ、はぁ……ヒュッ……はっ、はぁ……はーっ、はぁ……げほっ……」
「何故諦める? どうしてもっと貪欲になれない!?」
「なに、言って……」
「俺は言ったはずだ。お前も、月花も、手放す気はないと」
言われたけれど、二人の表情を見てしまえば、感情を隠しきれる気がしない。
間男の自覚はあるのだ。だからこそ諦めるためにいろいろ考えているというのに。
「…………諦めるしか、ないだろ。こんなの……」
声が震える。
「っ、ああそうだよ! 俺は今でも彼女が好きだ! もとは“月夜”なんだからな当たり前だろ! だから、月夜がどれだけ彼女を愛してるか知ってる。彼女がどれだけお前を待っていたかもな。だけど“俺”だって好きだったんだ。振られても、好きになってもらえないってわかってても。好きなんだよ。二人とも好きで、二人が大事ならこうするのが正しいだろ。……そうすれば、傷つかなくてすむ。二人を見守ることも……」
光留はベッドから降りると机の引き出しにあるカッターを取り出し首に添える。
光留のことはわかっていると思っていた。昔から本音をあまり言わない、言えない子どもだった光留。
前世から知っているつもりで、双子として生まれてもずっとずっと一緒にいて、これからも変わらないと信じていた。
「チッ! だからどうしてそうなる!」
「どうもこうもない。ずっと考えてはいたんだ。彼女が現れたらどうしようって」
いくつか考えられる未来の中で、これが一番正しいのだと確信しただけだ。
「俺は、月夜になら殺されても良かったんだ。前の時から、ずっと……」
だから、前世でも死んでくれと言われた時に、すんなり受け入れた。もう、苦しむ必要はないのだと、安堵すらしていた。
そんな光留だったから、月夜も手放せなかった。自分の半身である光留を連れて転生することを選んだ。
「幸せにな」
光留はカッターの刃を首に押し付ける。
「バカがっ! それを俺が許すと思ってるのか!」
月夜が駆け寄るが、一歩届かなかった。
カッターナイフで首を掻き切った光留の首から血飛沫が舞う。どさりと光留の身体が倒れる。
「っ、勝手に死ぬなんて許さない。お前も俺のモノなのだから」
月夜は血が出るほど唇を噛みしめると救急車を呼んだ。
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