灰色の犬は愚痴だらけ

皐月 翠珠

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すいもあまいも

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 今日はおいらの事についてちょっと話をしようと思う。え?今さらじゃないかって?まあそう言わず聞いてよ。いつもご主人様のドタバタエピソードだけじゃ、おいらの魅力が伝わらないでしょ?
 まず、おいらは犬種で言うとトイプードルだ。でもただのトイプードルじゃない。シルバーっていうちょっと珍しい毛色をしてるんだ。最近は結構人気みたいで、この間もテレビで特集が組まれていた。でも犬を飼っている人が多いこの町のトイプードルでもおいら以外のシルバーはまだ見た事がないから、お散歩に行くと色んな人から声をかけられる。その度にご主人様がちょっと得意げで嬉しそうな顔をしているのが、おいらも嬉しい。
 たまに「でもシルバーって、人間で言うとお年寄りの事を言うんでしょ?」とか「シルバーは二番の色じゃないの?一番はやっぱりゴールドよね」なんていう失礼な事を言われる事もあるけど(主に某セレブのパグからだ)、おいら自身この色はとても気に入ってるんだ。理由はちゃんとあるんだけど…おっと、この話はまだもう少し置いておこう。
 そんなおいらは今十歳。人間でいうところの還暦間近なナイスミドルだ。要するにただのおっさんだろうって?そんな事はない。まだまだ現役バリバリ、運動だっていっぱいしてる。お散歩だって大好きだし、疲れたらちゃんとご主人様に抱っこをおねだりして休んでる。体調管理もバッチリだよ。
 病気らしい病気もした事がない。健康診断はいつもパーフェクト。まあ、これはご主人様があれこれ調べてきちんとお世話してくれてるお陰でもあるんだけどね。でも、本音を言えばもう少しおやつを食べる機会が増えると嬉しいと思ってる。ほら、せっかくこの間いっぱい買い込んだんだから食べなきゃもったいないでしょ?フードロスは良くないと思うんだ。
 とまあ、おいらの自己紹介はこんな感じなわけだけど…ああ、いけないいけない。好きなものや趣味、得意な事なんかも話しておかなきゃだよね。好物はやっぱりお芋のおやつ。お肉も大好きだ。ビーフジャーキーはテッパン、でも最近贅沢な体験をしたせいでこの歳になってササミの美味しさに目覚めてしまった。
 趣味は日向ひなたぼっこ。出窓でポカポカお日様の光を浴びながらお昼寝をすると、とても気持ちがいい。さっきも言ったけど、お散歩も好きだ。後はご主人様を起こしてあげたり、帰ってきたら出迎えてほっぺを舐めてあげたり…これは趣味とはちょっと違うか。
 得意な事と言えば、おすわりやお手、回れなんかもできる。ご主人様がずっと伏せっていう芸を覚えさせようとしているみたいだけど、イマイチ何をすればいいのかわかってない。おいらが悪いんじゃないよ。ご主人様の教え方が下手なんだ、多分。
 あ、それから得意とは違うけど、おいらには自慢がある。今でこそシニアに片足を突っ込んでいるけど、もちろんおいらにだって若い頃っていうのはあった。若い頃はすごかった。とにかくすごかった。
 今でもくりくりお目目とふわふわの毛並みは健在で、道行く人から可愛いと言ってもらう事も多い。でも、若い頃は外を歩くと十人に八人くらいは振り返って可愛いと言ってくれた。それは犬同士も同じで、メスに会うとみんなほっぺを赤くしていたものだ。人間の感覚で伝えようとしているだけだから、本当にほっぺが赤くなっているかは知らないけど。
 プレイボーイだったおいらは、自分からよく声をかけていた。下は子犬から上は大ベテランまで、片っ端からナンパしては虜にしてきた。おいらが近づいていくと、ご主人様はその犬がメスなんだと判断していたほどだ。ナンパの対象は犬だけにとどまらず、飼い主はもちろんすれ違う赤ちゃんからおばあさんまで、性別がメスならとりあえず近寄っては笑顔を見せた。可愛いとかブサイクとかはあんまり気にしない。犬も人間も、中身が大事だと思うんだよね。みんな違ってみんないい、なんて言葉があるらしいけど、全くその通りだと思う。そんなおいらがホイホイ夢中になったんだから、あの美犬パピヨンのゆずの魅力は凄まじかったんだと思う。上には上がいるもんだ。
 だけど、そんなおいらにも苦手なものはある。それは向こうからアピールしてくる、いわゆる肉食系女子だ。口説くのは好きだけど、口説かれるのはあんまり好きじゃない。グイグイ来られると、どんなに可愛くても逃げたくなる。要するに主導権を渡したくないんだ。愛されるより愛したい、マジで。
 メスでさえそんな感じなんだから、当然オスはお断りだ。ときどき遊んでくれって絡んでくる奴がいるけど、オスにモテても嬉しくない。ラテと初めて会った時は、キャンキャン鳴きながら周りをグルグル回られて心底げんなりした。パーソナルスペースはしっかり確保しておきたい性格だから、おいらのテリトリーにオスが入ってくるのは許さない。それがたとえ宅配便の人でも、玄関から姿がチラッと見えただけでめちゃくちゃ吠える。何ならうなる。でも、おやつをくれたら許す。おやつをくれる人に悪い人はいないっていうのが持論だ。おやつは正義。
 後は性格なんかを話せばいいのかなぁ。人懐っこくて人見知りはしない方だと思う。自分で言うのも何だけど、温厚で懐が大きいんじゃないかな。そうじゃなきゃ、あのご主人様と一緒に暮らせてない。ああ、それからこう見えて甘えるのが好きだ。抱っこなんかもガンガンしてほしいタイプで、ご主人様の膝の上にいるとすごく安心する。まあ油断してるとお茶やビールが降ってくるから、ご主人様が何も食べたり飲んだりしてない時じゃないといけないんだけどね。
 ん?噂をすれば…
「とむー!ただいまぁ!」
 ご主人様のご帰還だ。出迎えてあげないと。
「キャン!」
「よしよし、いい子でお留守番してたかなー?」
 頭を撫でられて抱っこをされる。お疲れ様、今日も無事に終わった?
 ペロッとほっぺを舐めると、ご主人様が笑顔になる。
「ヘヘヘ、ありがと」
 そう言って下ろされた後も、ご主人様の周りを歩きながら構ってほしい気持ちをアピールする。
 ねえねえ、おいら今日もいい子にしてたよ。早くご飯食べようよ。寂しかったんだよ?いっぱい褒めてほしいな。
「わかったわかった。わかったからちょっと待ってね」
「わふっ」
「はい、いいお返事」
 鞄を置いてスーツの上着を脱いだご主人様が、ん-っと伸びをする。おいらもご主人様の足に前足をかけてグーッと伸びをする。
「いつもの事だけど、甘えると見せかけてストレッチしたいだけでしょそれ」
 そ、そんな事ないよ?ちゃんと甘えてるよ?おいらのこの溢れんばかりの愛情に満ちた瞳を見て?
「さて、お風呂に入るか」
 お湯を溜めるためにお風呂場へ向かうご主人様の後をついていく。スイッチを押して振り返ったご主人様は、目に入ったものを見てゲッと顔を引き攣らせた。
「待って、うっそーん。乾燥機かけるの忘れてた」
 洗濯機の中には洗い終わった洗濯物が入っている。今日はあんまりお天気が良くないから、外に干さずにそのまま乾かすつもりだったらしい。でも、肝心の乾燥モードに設定するのを忘れていたみたいだ。何だか臭ったのはそのせいだったのか。
「ああ、やり直しだぁ」
 ガックリとうなだれるご主人様に、やれやれと呆れながら気にしちゃダメだよっていう意味を込めて前足で軽く引っ掻く。
 そんなこんなで純粋ながらも最近はすっかり愚痴っぽくなってしまったおいらだけど、これからも温かく見守ってくれたら嬉しいな。

すいもあまいも覚えたお年頃。
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