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これが、新しい日常っす

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「今日はいい買い物ができたっす」
 夕食の買い出しの帰り、ゴロはほくほく顔でリヤカーを引いていた。ここら辺のスーパーの安売り情報は事前に家でチラシを見て把握しているのだが、肉の調達で商店街まで足を運ぶと偶然八百屋でじゃがいもの詰め放題が行われていたのだ。かなりたくさんのじゃがいもを手に入れられたので、どってぃーが大好きなフライドポテトを献立こんだてに加えるとしよう。
 すぐ前の角を曲がるとマンションである。一品作るものが増えたので急がなくてはと歩くスピードを速めかけたゴロだったが、不意に目の端に捉えたものが気になり一歩後ろへ下がった。ビルとビルの間、ぬいぐるみが二人も入れば埋まってしまうであろうその隙間に何やらもぞもぞと動く影がある。
(何すかね?)
 故郷ならばクマかイノシシかと警戒するところだが、ここは都会のど真ん中。そんなものがいる筈がない。だとすれば、不審者だろうか。足を止めず、そのまま通り過ぎた方が良かったかもしれないと後悔したのは、路地に入ってしまってからだった。
 ガサッという音と共に、ゴロの目の前に何かが転げ落ちる。ビクリと体を震わせその何かを見下ろすと、薄暗い中でキランと目のようなものが光った。
「さーーーーー」
「すーーーーー⁉」
 腹の底から出たようなうなり声に、ゴロもつられて悲鳴を上げる。お互い声を出し切り、しばらく静寂が続いた後、口を開いたのは相手の方だった。
「はら」
「はら?」
「腹減ったさー」
 単調な声と共に盛大なお腹の音が鳴り響いた。



「…一体何を拾ってきたんや」
 帰ってきたゴロを出迎えたぽってぃーは、リヤカーに乗せられた"それ"にドン引きしていた。真っ白な体、黒い瞳。ゴロと同じ四足歩行のクマのぬいぐるみを見て、ぽってぃーは続けて言った。
「ゴロ、故郷が懐かしいんはわかるけど、さすがにぬいぐるみを食材として見るんはどうかと思うで」
「ち、違うっす。食べようと思って連れて帰ってきたわけじゃないっす」
 わたわたと否定しているが、これまで散々クマに対する狂気的な一面を見せてきただけに簡単にはいそうですかと頷けないものがある。ハァと息を吐いたぽってぃーは、で?と事情を尋ねた。
「───行き倒れてた?」
 コクリと頷き、ゴロはソファに腰かける彼を見る。
「彼…シロさんというんすが、食べるものも寝る場所もなく一週間さまよっていて、ついにここからすぐの所で力尽きてしまったそうなんす」
「寝る場所もて…今までどこに住んどったんや」
「そ、それが…」
「おらはおらの気の向くままに都会を渡り歩いてるんさー」
 チューッとオレンジジュースをすすりながら、シロと名乗ったそのぬいぐるみは言った。
「おらは一つの場所に留まるのは性に合わないさー。都会を歩き回って、気に入った所に気の済むまでいるんさー」
「で、歩き回った結果?」
「気がついたら路地裏で過ごしていたらしいっす」
「何せおらは都会シティー派さー」
 ゴロとシロ、両方の言葉を聞いてぽってぃーはどこからツッコめばいいのかと眉間に寄ったシワを揉む。
「えーっと、とりあえず…シロ、やったか?都会を歩き回ってたんはわかったけど、そもそもの出身はどこや?」
「おらは都会生まれ、都会育ちさー」
「根っからの都会もんは路地裏で寝泊まりするような事にはならん」
「偏見は良くないさー」
 何だろう。こちらの話が通じない上にこの謎の自信に満ちた態度、どこかの誰かを思い出す。ゴロとぽってぃーが同じ事を考えていると、噂をすればと言ったところか、玄関のドアが開く音と共に元気な声が響いた。
「帰ったーーー!」
 バタバタとリビングへ入ってきたどってぃーは、ソファに座る見慣れないぬいぐるみを見ると真っ先に指を指して言った。
「あー!それまいのオレンジジュース!何勝手に飲んでんねん、誰やお前!」
「これはこの家に招かれたおらにそこのぬいぐるみが出してくれたんさー。文句ならそっちに言うさー」
「す、すみませんっすどってぃー先輩。シロさんは甘いものがお好きだと仰るので、おいがお出ししたっす」
「こんな田舎もんに100%ジュースなんかもったいないやんけ!麦茶でも出しとけや!」
「田舎もんじゃないさー。おらは都会シティー派さー」
 あのどってぃーと張り合うとは、なかなか個性の光るぬいぐるみだ。彼らのやりとりを見ていたぽってぃーは、改めてシロを見つめる。
 シロクマでありながら田舎と南国なまりが混じった話し方、そして独特の感性を持っている。四足歩行のその見た目はゴロと背格好がよく似ており、自身の頭の中には"セット売り"という言葉がひらめいた。
(これ…もしかしていけるんと違うか?)
 事務所から評価された自分の中の小さなプロデューサーがグッと親指を立てている。頭の中ではものすごい勢いで色々な企画が思い浮かんでいた。
(見えた…!)
 カッと目を光らせると、ぽってぃーはシロに近づきこう言った。
「シロ、今日からここに住むのはどうや?」
「さー?」
「ぽ、ぽってぃー先輩?」
 突然何を言い出すのかと驚くゴロを手で制止し、ぽってぃーは続ける。
「この家におったらひもじい思いもせんで済むし、優雅な生活が送れる。更にここは都会のど真ん中や。お前の言うところの都会シティー派が暮らすには十分いい物件やと思うで」
「さー、どうしてもと言うなら住んでやってもいいさー」
「ただし、条件がある」
 頷きかけたシロに、人差し指を立てる。
「わいは今、国中…いや、世界に通用するパフォーマンスグループを結成しようとメンバーを集めとるんや。どや?芸能活動をしてみる気はないか?」
「す⁉」
「え~、こんな奴のどこがええねん。あんちゃん見る目ないわ」
「いいや、わいにはわかる。このクセの強いキャラは、きっと世間にウケる筈や。ドルチェに入ってわいのグループに加入してくれたら、ここに住んでもええ。お前のその隠れたスター性、全力で発揮してほしい。できるか?」
「できるかできないかじゃないさー。やるかやらないかさー。おらは受けた恩はしっかり返すさー」
「決まりやな」
 ガシッと握手を交わす二人に、ゴロはポカーンと口を開ける。何だかわからないが、ぽってぃーの決めた事だ。きっとすごい事が起こる。そんな予感だけはしていた。



【───そんなこんなで、新しくシロさんという方が一緒に暮らす事になったっす。何だか賑やかで、故郷にいた時みたいっす。CM撮影も順調に終わったので、ちょっと恥ずかしいっすが今度帰ったらどんな感じか見てみてほしいっす。大変な事もたくさんあるっすが、今日もおいは元気でやってるっす。まだまだ田舎っぽさは抜けないっすが、都会の暮らしはワクワクがいっぱいで楽しいっす。ばあちゃんが言ってくれたように、でっかい男になれるよう頑張るっす。】
「できたっす」
 鉛筆を置き、文章を読み返しておかしなところがないか確認する。
「ゴロー!おやつ作れー!」
 下からどってぃーの声が聞こえる。
「今行くっす!」
 こちらも大きな声で返事すると、エプロンをしながら部屋を出る。バタンとドアが閉まり、部屋の中はベランダから差し込む陽の光で柔らかな静寂が支配する。開いていた窓から、ふわりと風がカーテンを揺らす。その風に吹かれて、便箋びんせんと一枚の写真が床に落ちる。
 写真に写るのは、カメラに張りつくどってぃーと慌てた顔でそれを引き剥がそうとするぽってぃー。そして後ろでマイペースに明後日の方向を見ているシロの隣では、ゴロが楽しそうに笑っていた。

~to be continued~
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