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スターのオーラ、眩しいっす

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 その日、ぽってぃーは朝から落ち着きがなかった。
「ぽってぃー先輩?どうかしたっすか?」
「ん?ああ、いや、何でもあらへん。気にせんでくれ」
「?そうっすか」
 そう言ってゴロはキッチンの掃除を再開する。
 だが…
(やっぱり様子がおかしいっす)
 意味もなくリビングや仕事部屋を行ったり来たり。かと思えば、うーんと頭を抱えてはブンブンと何かを振り払うように両手を動かす。
 どう見てもおかしい。シンクを洗いながら、ゴロはぽってぃーの姿をチラチラと見て心配していた。ぽってぃーは何も言ってこないが、明らかに何か悩みを抱えている。自分がそれを聞く事で少しでも心を軽くする事ができるのならいくらでも聞いてあげたいが、悩みの種が仕事の事だとしたら気楽に話す事はできないだろうしこちらも何と返せばいいかわからない。
(そういえば…)
 ある事を思い出し、スポンジを持つ手が止まる。
─ゴロ、急で悪いけど明日の十五時に客が来るからお茶菓子買っといてくれるか?
─す、わかったっす。どんなものがいいっすかね?
─あー、せやな。うん、うん…まあ、甘いもんなら何でもええから適当にケーキでええかな
 突然決まった来客と、なぜか歯切れ悪くそれを伝えてきたぽってぃー。もしかして、そのお客の事でやきもきしているのだろうか。
(そんなに緊張する相手なんすかね)
 事務所のお偉いさんでも来るのだろうかとふと思い、そして気づいた。もしそうだとしたら、粗相でもしてしまった日にはぽってぃーに迷惑をかけてしまうんじゃないかと急に自分までドキドキしてきた。
「ゴロー、おやつの前のおやつ出せや。あ、ケーキある!」
 一人この空気を悟っていない(というか悟る気がない)呑気などってぃーが冷蔵庫に入れてあるお茶菓子用のケーキに手を伸ばそうとしたので、ゴロは必死の形相ぎょうそうでそれを阻止するのだった。



 時刻は昼過ぎ、十四時五十分。お昼のワイドショーが天気予報を最後に終わろうとしていた時だった。一階のエントランス前にあるインターホンが来客の到着を告げた。ドキッと心臓が大きく鳴るのを感じながら、ゴロはモニターへと走る。
《こんにちは、ぽってぃー。開けてもらってもいい?》
 パッチリお目目の向こう側でピンク色の尻尾がゆらゆら揺れている。鈴のような声の彼女を見たゴロは、自分の目を疑った。
「きゃ、きゃ、キャッツ・キャシーさん⁉」
 キャッツ・キャシー。ぽってぃーと同じドルチェ所属のタレントで、そのキュートな外見とカリスマ的存在感でお茶の間の人気を集める大スターである。突然の事であたふたとするゴロの横から、ぽってぃーが通話ボタンを押した。
「待っとったで。コンシェルジュには話通しとるから、上まで案内してもらってくれ」
《わかったわ。ありがとう》
 プツンと映像が切れたのを確認すると、ぽってぃーはフーッと自分を落ち着けるように深く息を吐く。
「あ、あの、ぽってぃー先輩、お客様って…」
「ああ、せや。キャシーや。今度やるイベントの事で打ち合わせをするんやけど、ちょうどあいつがこっちに来るって言うからそれやったら直接会って話そうって事になったんや。生憎あいにく二人が空いてる時間でドルチェがこっちに持っとる事務所の会議室が全部埋まっとってな。店で会って気づかれたら騒ぎになるから、仕方なくわいの家で…」
 ゴロに話しているようで、この状況になってしまった経緯を改めて口にする事で懸命に受け入れようと自分に言い聞かせているように聞こえるのは気のせいではない、多分。
「もしかして、キャシーさんとあんまり仲が良くないんすか?」
「い、いや、そんな事はないで?ただ、まあ、何ちゅーか、ライバル意識はあるというか…」
 ゴニョゴニョと言葉を濁すぽってぃーの姿をゴロは初めて見る。ぽってぃーは否定しているが、果たして本当に二人の仲は悪くないのかと一抹いちまつの不安がゴロの頭によぎったところで玄関のインターホンが鳴った。
 色々な意味で緊張しながらゴロがドアを開けると、先程モニターで見た顔があら?と小さく驚きの色に変わる。
「ごめんなさい。もしかしてお部屋を間違えてしまったかしら?」
「す、あ、大丈夫っす。ぽってぃー先輩のお部屋で間違いないっす。おいはここで住み込みで働かせて頂いているハウスキーパーのゴロと申しますっす」
「まあ、そうだったのね!初めまして、キャッツ・キャシーです。よろしくね」
 ニッコリと笑顔を見せるキャシーに、ゴロはポッと頬を赤くする。テレビでしか見た事がないので当然ながら生の本人を見るのは初めてなわけだが、とても気さくで話しやすそうな人物だ。
「お、おう、キャシー。よう来たな」
「ぽってぃー!直接会うのは久しぶりね!」
 遅れて出てきたぽってぃーを見たキャシーは、パッと花のような笑顔で彼に抱きつく。
「す⁉」
「こ、こら、マンションの中や言うても玄関先で抱きつくな!誤解招くやろ!」
「あら、ごめんなさい。私ったら、嬉しくてつい」
 両手を口に当てて謝るキャシーに、ぽってぃーはげんなりとした顔で早よ入れと中へ促した。
「すごーい!素敵なおうちね!眺めがとってもいいわ!」
 リビングへ通されたキャシーが窓へと駆け寄り、興奮した様子ではしゃぐ。それを見ていたぽってぃーは、満更まんざらでもない表情で答える。
「ま、まあな。西の景色が一望できるで。夜景が特にきれいなんや」
「へぇ、羨ましいわ!私のおうちは一軒家だから夜景とは無縁だもの」
 そんな会話をしながらキャシーは広い方のソファ、ぽってぃーはその左手に直角に置かれた一人用のソファへと腰かける。
「どうぞっす。紅茶とケーキっす」
「まあ、ありがとう!とても美味しそうね!」
 ゴロが持ってきたティーセットを見て、キャシーは嬉しそうに手を合わせる。
「食いながらで悪いけど、時間が限られとるからな。早速始めよか」
「ええ、そうね」
 瞬間、ゴロはキャシーの目が真剣なものに変わるのを見た。先程までのほのぼのした雰囲気からは全く想像できない。ぽってぃーも同じくである。これがプロかとゴロは鳥肌が立つのを感じた。



 コンコンとドアがノックされる。
「はいっす」
「ゴロ、すまんな。終わったからもう下りてきてもろてええで」
 そう言われてガチャッとドアを開けると、眼鏡をかけたぽってぃーが少し疲れた顔で立っていた。
「お疲れ様っす。打ち合わせは上手くいったっすか?」
「ああ、だいぶ話せたわ」
 そんな会話をしながらリビングへ下りると、キャシーがウキウキした様子で書類を片付けていた。
「はぁ~、やっぱりぽってぃーと直接意見を戦わせるのは楽しいわね。今度の撮影が今から楽しみだわ」
「撮影?」
 こてりと首を傾げるゴロに、ぽってぃーがせやと説明する。
「来週東の中心のスタジオで次のステージのパンフレット撮影があるんや。二、三日留守にするけどええか?」
「す、わかりましたっす。あ、どってぃー先輩は?」
「ああ、あいつも一緒や。ちゅーか、むしろ今回はあいつの方が主役やな。いよいよステージに立つんや」
「そうなんすか?」
「せや。絶対成功させるで」
 そう意気込むぽってぃーを見て、ゴロはここ数日の彼の事を思い返す。夜遅くまでおんらいんという方法で会議をくり返したり、マンション内にあるスタジオを借りてどってぃーのパフォーマンスの自主練を見たりととにかく忙しそうだった。
 公演初日には、自分も関係者席でステージを観られるよう手配してくれている。初めての生のステージに、ゴロも毎日カレンダーに印をつけながら楽しみにしていた。
「パンフレット撮影っすか。どんな仕上がりになるのか、おいもワクワクっす」
「あら。なら、あなたも一度スタジオに見学に来てみない?」
 ちょっとその辺を散歩しましょうとでもいうような軽い誘い文句に、ゴロは手にしていた三角巾をポトリと落とす。
 キャシーのこの一言が、ゴロの人生の大きな転換点となる事をこの時は誰も知らなかった。
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