来世もお迎えに参ります。

しろみ

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『ねぇ聞いた?』
『妃殿下でしょう?』
『独占欲が強い方よね。私、怖いわ』


 …ああ、またか。

 どうやら俺はまた明晰夢の海に沈んでしまったらしい。

 今日の夢は、再び夜だ。

 普段と違い、今日のカイは一人だった。

 カイは全身汗だくだ。眠れないのか、壁掛け松明に照らされた庭園を走ってきたところだった。

 カイは俺と似たところがある。勿論、俺は“殿下”などと呼ばれるような高貴な身分じゃないが、性格的な面は俺とそっくりだった。

 カイは体を動かすことが何よりも好きらしい。

 ある日見た夢だ。カイは屈強な男たちとともに山を走っていた。恐らく体力作りをしていたんだろう。長距離を走り続けるにつれてバタバタと倒れていく男たちを尻目にほとんど息を乱さず完走したカイは、意気揚々と、もう一周しようと提案していたが、側近と思わしき人間たちから『どうかそれだけはご勘弁ください…』『死人が…死人が出ます……』と懇願されていた。

 その光景は、俺の部活の練習風景と似ていた。俺も長距離走をしていると、つい気持ちよくなって何周もしてしまうことがある。そういう時の部員の反応はだいたい白けている。一緒にもう一周走ろうと誘った時には『俺を殺すのか…』と怯えられてしまったほどだ。

 だから俺はカイに親近感が湧いていた。もちろん取り巻く環境や身分は全く異なる。しかし、まるで生き写しかと思うほどに、カイの考え方や価値観は共感することばかりだった。


『―……本当に嫌になるわよ』


 その声にカイは足を止めた。

 カイは寝室に向かうため宮殿の廊下を歩いていた。しかしその途中で、光が漏れる部屋の前で立ち止まる。

 部屋の中では、3人ほどの女が会話をしていた。


『私その場に居たんだけど酷かったわ。殿下の食事中よ。殿下がフォークを落としたの。あの子は侍女らしく、それを拾ったわ。でもね、その途端、妃殿下が大変お怒りになったの』
『まあ、どうして?』
『貴方も覚えておくといいわ。殿下がなにを落とそうと直接触っちゃダメよ。布越しに触りなさい。特に殿下の唾液が付着した食器は、妃殿下の宝物だから』


 カイは息を潜めて、彼女らの会話を聞いていた。


『え?まさかあの噂本当なの?』
『…本当よ。王宮の東塔、あそこは塔全体が妃殿下のコレクションルームよ。殿下の使った食器は毎日あそこに運ばれてるわ』
『……汚れた食器を飾ってるの?……狂ってるわね』


 俯いていたカイは、ふと顔を上げる。

 廊下に何者かがこちらに向かって走り来る足音が聞こえたのだ。
 カイがその場を離れると、その足音の主は、目の前に姿を見せる。

 その人は手燭を片手に息を乱していた。


『ああああ…!カイ様…!探しましたわ!』


 そこに居たのは、毎晩カイと寝ている女だ。

 女は半狂乱の様子で、カイに抱きついた。その瞬間、手燭が床に落ちてガシャンッと激しい音が鳴る。


『私以外の女の元に行かれたのですか?どこの女です?名前は?』


 どうやら女は、カイが別の女の部屋に夜這いに行ったと思っているらしい。

 普段のカイを知るのならそんなことをする人間じゃないと簡単に想像ができるはずだ。
 しかし女の目は狂気が滲んでいて、正常な判断ができる様子じゃなかった。いつも通りカイが寝室に来なかったことは彼女のプライドを大きく傷つけてしまったようだった。

 カイは説明する。眠れないから少し走ってきた、と。

 だから汗だくなんだ、と肩をすくませれば、女の瞳に浮かぶ狂気は鎮まる。そして美しい顔に、呆れたような笑みを作った。


『……もう。貴方って人は』


 雲隠れしていた満月が、顔を出したようだ。

 宮殿の廊下は大きなガラス窓が設置されている。そこから月明かりが差し込み、安堵したように美しく微笑む女をはっきり見ることができた。

 カイは彼女の手を取って、手燭を拾い上げる。

 そうして、2人は仲睦まじい様子で、寝室に帰って行った。







「…―ぃ、―んぱい」
「ん……」


 柔らかく揺さぶられて、目を開けた。


「ふふ。おはようございます」
「…ああ、みなと、おはよ」


 俺は寮のベッドにいた。腕の中には部屋着姿の湊がいる。

 あれから数日が経った。

 俺たちは付き合ってから、毎晩、この狭いベッドでくっついて寝ている。それが当たり前になっていた。
 湊はいつの間にか俺の部屋の合鍵を作ったらしい。俺が一人で寝ようとしても気が付けばベッドに潜り込んでいる。
 最初は驚いたが、湊の匂いは嫌いじゃない。だから別にいいか、と最近は特に気にしていなかった。


「先輩、良い夢を見ましたか?」
「え?」
「寝ながら微笑んでました。とても幸せそうに」
「……」


 ふわりと花のような香りがして、湊の顔が近寄る。そして、ちゅっ…と触れ合うだけのキスをした。湊曰く、これは“おはようのキス”らしい。

 湊はブランケットの中をチラリと覗く。そして俺の下半身のほうに視線を落として、物欲しそうな顔をする。

 俺は湊が何を考えてるのか薄々察したが、気にせず口を開いた。


「…いつも夢を見るんだ」
「夢?」
「俺はどっかの王子様で、すんげぇ豪華な宮殿に住んでんの。…それで…今日は…、奥さんっていうのかな、その女の人との夢を見た」


 そう言った瞬間、湊は息を飲む。


「…その女の人は、不器用で、嫌われ者で、かなり狂ってるんだけど、……でも、夢の中の俺は、そんなところが可愛いと思ってた」
「……」
「だから笑ってたのかも」


 寝起きのぼんやりした頭で、俺は言葉を紡ぐ。

 湊は少し沈黙して、それから俺の胸にぐりぐりと額をくっつけ、ぎゅうっと腰を抱く腕の力を強めた。

 俺は首を傾げる。

 よく分からないが、黒髪から覗く湊の耳は真っ赤に染まっていた。



 今日は日曜日だから授業も部活もない。それから俺たちはベッドの上で他愛もない話しをして過ごしていた。

 今までの俺だったら日曜日は終日筋トレをしていた。しかし今日はそういう気分にならなかった。湊が俺にしがみついてるからベッドから起き上がれない、ということもあるが、お喋りに夢中な湊を見ていたら、たまにはこういう日もあって良いだろうと思った。


「―それで、お爺様に『お年玉やる』と言われて、家の外に連れて行かれたんです。そしたらガレージにスポーツカーが置いてあって。どこからか、子供の間で玩具の車が流行だと聞いたらしく、僕には本物をあげようと思ったらしいんです。ふふ、僕まだ幼稚園児だったんですよ?車の善し悪しなんて分かりません」
「…へえ。お前の家って金持ちなんだな…」


 湊は所作に気品が溢れてる。前々から、育ちが良いんだろうな、と思っていたが、想像よりもうんと良家の出身らしい。先祖に教科書に載るような偉人がいると聞いたときは、思わずギョッとしてしまった。
 
 …そんなお坊ちゃんでも、スイッチが入ったらあんなに淫らになるんだから不思議なもんだよな

 昨夜お互いの性器を擦り合わせてイったことを思い返していると、湊は人差し指を顎に当てて「うーん」と唸る。


「どうでしょうか。両親からは五世代くらい先の曾孫まで働かなくていい資産があると言われてます」
「……そりゃすげぇや」
「ふふ、僕たち子供は産めませんし、資産を残す必要ありません。2人で使い切ってしまいましょう?だから先輩は働かなくていいんですからね。ずっと家に居てください」
「いや。無理。俺、陸上で世界一目指してるし」


 ピシャリと返す。

 すると湊は、むう…と頬を膨らませた。


「…はい。勿論サポートしますよ。…はぁ、でも心配です…。先輩、テレビ中継されるような大会に出たらすぐ有名人になっちゃうだろうな…」
「? 確かに、そういう大会で新記録出せたら有名人になるな」
「そういうことじゃなくて…っ。先輩はもっと自分の美しさを自覚してください!顔で注目されるってことが言いたいんです!」
「あー…はいはい」


 軽く返事をして起き上がる。そうすれば湊も一緒に体を起こして、俺の背中にぎゅうっと抱きつく。


「…ちゃんと僕が恋人って言ってくださいね。浮気したら嫌です」
「しないよ。お前が一番知ってるだろ。俺が恋愛に興味ないこと」


 おどけたようにそう返すが、湊は「…そうですけど」と納得し難い様子だ。

 特にやることがないので、来週までの課題を片付けてしまおうと鞄を漁っていたときだ。俺はふと思い出した。


「……ああ、しまった。教科書ないんだった」
「…教科書がない?失くしたんですか?」


 俺の背後から顔を出した湊は不思議そうに繰り返した。

 瞬間、俺は「まずい」と口をつぐんだ。

 「どうして?」と聞かれたら返答に困る。あくまで憶測だが、俺のロッカーを荒らす犯人は湊の親衛隊だ。自分を好いてる奴らがそんな愚行に走っているなんて知ったら気分が悪いだろう。

 疑問に持たれないよう、なんてことない感じを装って「ああ。失くした」と返す。


「……そうなんですね」


 そうすれば湊は頷く。その声は、いつもよりわずかに低く聞こえた。

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