夜空に花束を

しろみ

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その後の話

3

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「はい、水」
「あ…ありがとう」


 裸のまま、菫はリビングに行って、ミネラルウォーターを取ってきてくれた。白い裸体は美しい。部活などしていないのにどうしてこんなに引き締まっているのだろうか。程良くついた筋肉を眺めた。美少年を模した彫刻のようだ。つい見惚れてしまう。しかし背を向けられたとき、ヒュッと息を呑む。薄暗い空間に紫の花々が浮かび上がったのだ。


「…っ」


 あの日から何度も見てるが、まだ慣れない。

 菫の背中には刺青が刻まれている。

 首を振る。ペットボトルの蓋を開けて、ごくごくと飲み干した。そんな私を、ベッドの縁に座った菫はじっと見つめる。熱い眼差しだ。居心地が悪くなって「なんだ…?」と首を傾げた。


「ん?可愛いなぁと思って」
「…はっ…?」
「あはは。顔赤い。もっと可愛くなっちゃった」
「な、なにを言ってるんだ……」


 目を逸らした。こんな中年男の何が可愛いのか。しかし菫の声色から、嘘を吐いてる様子はない。本気で言ってるんだ。

 菫はぐいっと詰め寄る。


「ね。お父さんに渡したいものがあるんだ」
「?」


 菫はベッドサイドの引き出しから小さな箱を取り出した。そのサイズ感。箱の色。ブランド名。見覚えがあった。ドクドクと自らの鼓動が響く。それはやけに大きく聞こえた。


「それ…は…」
「結婚指輪。まだ渡せてなかったから」
「あ…ぇ…」


 箱の中で輝く銀の指輪。それは私が過去に身につけていた指輪と同じものだった。“身につけていた”というのは、失くしたのだ。妻とお揃いの指輪を。
 いつの日だったか、確か菫が幼稚園に上がったくらいだった。指につけていた指輪は姿を消した。妻も同じだった。『旅行にでも行っちゃったのかしらね』なんて寂しげに笑ってた妻の顔を思い出した。


「夫婦の証。えへへ」
「……」


 まさか菫が盗んでいたのか。ゾッとした。しかし指にそれが嵌められた瞬間、その疑いは間違いだと気付いた。


「…い…ッ」
「あ…痛い?…ごめん。絶対外して欲しくないから“前の”より少し小さいサイズにしたんだ」


 菫は申し訳なさそうに眉を垂らした。視線を落とす。左手の薬指に煌めく銀。それは同じものかと思ったが、サイズが違った。よく見れば、少しデザインが異なる。私が妻に送った指輪より、凝ったデザインだ。
 花の模様が彫ってある。美しい。一目で高価なものだと分かった。


「見て。おそろい」


 菫は幸せそうに微笑む。菫の手のひらには私と同じデザインの指輪がある。


「お父さん…、僕にもつけてくれる…?」


 上目遣いで渡され、私は目を泳がせた。この指輪をどうやって購入したのか…。そんな心中が伝わったようだ。菫は少し頬を膨らませて言った。


「念の為言うけどこれは僕のお金で買ったよ」
「…え、あ、ああ」
「怪しいお金じゃないよ。頑張って貯めたんだっ。褒めて」


 ニコッと菫は笑う。貯めたって一体どうやって…。こんな高価な指輪を買えるほど稼ぎの良いバイトなんかあるのか…。疑念は残る。しかし私は臆病者だった。追及したら何か良くない事が起こるような気がした。ぐっ…と俯いて、それから顔を上げた。


「…そ…うなのか。す、すごいな…」


 そう言って、ぎこちなく頷く。指輪を受け取れば、菫の顔に喜色が散らばる。嬉々として手を差し出す菫。指に輪を通したとき、彼は歌うように言葉を紡ぐ。


「新郎となる私は…―」
「…え?」


 顔を上げる。


「―新婦となる貴方を妻とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、共に歩み、死がふたりを分かつまで、…ううん、永遠に、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」


 手が重なり、2つの指輪が煌めく。「これ言ってみたかったんだ」と菫は目元を赤く染めた。そして私の手に指を絡ませて、言葉を続けた。


「お父さんが『僕から離れない』と誓ってくれたように、僕も誓う」
「……」
「僕、お父さんを幸せにする」


 思わずポカンと口を開けてしまった。


「…親子の結婚を許してくれない世の中を恨んでるよ…。でも今はもうどうでもいい。僕たちだけの幸せを築けばいいんだ」


 菫は私の顔を覗き込み、微笑む。眼差しは甘い。そうして、ふわりと温もりに包まれる。


「お父さん」
「うん?」
「僕、生まれてきて良かった……?」


 瞬きをした。


「ど、どうしたんだ…突然…」
「お願い、答えて。僕が生まれてきて良かった?」
「そんなの…当然だ。菫が生まれてきてくれて良かったよ」


 菫は、私と妻の宝だ。

 頭を撫でる。そうすればやがて大きな瞳は涙に覆われる。宝石のように輝く涙は、ぽろぽろと頬を伝った。


「…嬉しい」
「…だっ…大丈夫か…?涙が…」


 慌ててベッドサイドからティッシュを数枚引き抜こうとする。しかしそれは絡みつく身体に阻止された。


「お父さん…。やだ。僕の傍にずっと居て。離れたらダメ」
「ぇ…あ、うん」
 

 耳元で囁かれてくすぐったい。身をよじった。
 離れないと誓ったが、こういう時までとは…。たどたどしく頷いた。その間も菫は静かに泣く。指で涙を掬って、安心させようと背中を優しく叩いた。


「落ち着きなさい。誓っただろう。私は菫から離れないよ」


 菫は完璧な子だ。完璧だからこそ心は繊細なのだろう。不安定に揺れる瞳を見つめて、言った。


「私の人生を捧げよう」


 私はこの子の為に生きると決めた。だからこの子が私と共に居たいと願うのなら叶える。菫が言う『ずっと』がどれほどの期間なのか分からないが、少しでも長生きできるよう健康管理に努めないといけないな、とボンヤリと考えた。

 すると菫はじわじわと目を見開き、感極まったように、声を上げた。


「お父さん…っ! 大好きっ!」


 飛びつく勢いでベッドに押し倒される。そのまま唇を奪われた。


「…っ」
「んうっ、おとうさん…おとうさん…っ」


 興奮した様子で口付けをされる。吐息を閉じ込めるようなキスだ。柔らかい感触が幾度となく重なる。舌先が交わり、背筋がゾクゾクと震えた。いつからだろうか。こんな淫らなキスにも慣れてしまった。まるで調教された感覚だ。菫に抗うことができない。


「んっふぅ…」
「おとうさん…すき…だいすきだよ」


 お互いの唾液が溢れ、顎を伝ったとき、ようやく唇を解放された。頭がぼうっとする。蕩けた瞳が私をじっと見つめる。…ああ、なんて美しいんだろう。暫くその夜空のような瞳を見上げた。

 そして艶やかに濡れた唇が動く。


「僕もお父さんに人生を捧げる。僕の全部、捧げる」


 そんな囁きが脳に響いた。『全部』…か。重い告白だ。心の中で苦笑してしまう。しかし菫は真剣だ。そして幸せそうだった。花が綻ぶように微笑む菫は、一呼吸置いて、それから続けて言う。


「お父さん、愛してるよ」


 この子が幸せなら天国にいる妻も安心してくれるだろうか。独り善がりの想像だが、そうであってほしいと願う。


「…ああ」


 甘い唇を受け入れたら、少しだけ、心が軽くなった。





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