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しおりを挟む目が覚めた。
寝室の時計を見上げた。深夜の3時半。外は真っ暗だった。カーテンを閉めるべくベッドから起きあがろうとするが、腰に絡みつく腕に阻止された。菫だ。あれからずっと起きてたのだろうか。目が合えば、彼はニコッと微笑む。
「お父さん目が覚めちゃった?」
「ああ……」
喉がイガイガした。声が掠れてる。菫の腕から逃れようとすれば、菫の声色は一気に落ちた。
「…どこに行くの?」
「カーテンを……」
「いいよ。この辺りでこの部屋より高い建物ないんだから。バルコニーの柵があるから下からも見られないよ」
「……それは…そうだが」
チラリと視線を落とした。菫の性器は興奮を鎮めていた。記憶が正しければ、最後は私だけ達してしまったと思う。一人で処理したのだろうか。少し罪悪感が湧く。申し訳ないと思った。指で頬をぽりぽりと掻く。すると違和感を感じた。ぬるりと生暖かい液体が股から零れ落ちたのだ。
視線を落とした。
「…っ……」
…白い、液体だ。それがどろりと太腿を伝っていた。まさか…菫の…?私が意識を飛ばしてる間に射精をしたのか。…ナカで?
しかもこの量…。一回だけとは思えない……。
かあっと顔に熱が集まる。菫はそんな私をキョトンと首を傾げて見つめる。
「お父さんどうしたの?」
「…いや」
改めて実感した。
息子と、肉体関係になってしまった。
冷静になりその事実が重くのしかかる。これからどうすればいい。私たちは親子だ。こんな事は許されない。しかも息子は未成年だ。薬を盛られ誘惑されたとはいえ世間から見れば私が悪いと判断されるだろう。
唇をきゅっと結ぶ。すると菫は「お父さんお父さん」と密着してくる。この子は昔からかなりのお父さんっ子で甘えん坊だと思っていたが、まさか私に対して情欲を持つようになるとは。信じられない。心の中で頭を抱えた。
聞きたいことは山ほどある。だがまずは…
「…どうして…刺青を…」
「うん?」
暗闇に浮かび上がるのは、背中に刻まれた紫の花々。藤に、スミレに、あとは…分からない。唐突な質問だったが、菫は平然と答える。
「ああこれ?お父さんの好きな花だよ」
「え…?」
「小さい頃、2人で植物園へ遠足に行ったでしょう?そのときお父さんが好きだと言った花だよ」
覚えてない?と彼は首を傾げる。
「………どうして…」
…そんな簡単な理由で背中に刻んだというのか。意味が分からなかった。刺青そのものを否定するつもりはない。しかし菫はまだ高校生だ。こんな若いうちから一生残るようなものを刻まなくてもいいだろう。そんな私の心の声が伝わったのか、「理解しなくていいよ」と返される。
「まだ朝まで時間がある。眠ろうよお父さん」
「…あ、ああ」
毛布を腰まで引き上げる。いつものように二人でくっついて横になる。あまり眠くない。いや眠れない。考えなければいけない事が多過ぎる。
一方で菫は目を閉じていた。眠ってしまったのだろうか。あんなに激しくセックスをしたのだ。疲れたのだろう。聞きたいことは山ほどあるが、まずは眠らせてやろうと思った。
奥にある窓へ目を向けた。夜空には星が優しく煌めいている。死者は星になる、と昔どこかで聞いたことがある。妻がもしこの状況を見ていたら…。そこまで考えて首を横に振った。止めよう。考えるだけ不毛だ。
すると、ぽつりと菫は言った。
「ねえ」
「ん?」
まだ眠っていなかったようだ。視線を菫へ移した。
「…もしお母さんを殺したのが僕だと言ったら……どうする?」
「……え?」
目を閉じたまま、菫は言葉を続けた。
「お母さんを突き落とした、と言ったら…どうする?」
長い睫毛が震えて、菫の瞳が露わになる。感情の読めない表情だった。じっと私を捉えて、私の返答を待つ。
深夜独特の静けさの中で、キッチンの方から聞こえる冷蔵庫の稼働音がやけに大きく響いた。
「…警察に…通報するかな…」
僅かに目を丸くしながら、そう答えた。
「ぷっ、あははは。そっか」
菫は笑う。悪質な冗談だと思った。笑えない。当時の菫の体格から妻を突き落とせるわけがないが、冗談でもそんな事は言わないで欲しい。ムッと眉を寄せていれば、彼は私を引き寄せた。
「お父さん怒らないで」
「…怒ってないよ」
「そう?それなら良かった」
菫の赤い舌がちろりと伸びて、私の耳を舐める。耳の形を辿るように生ぬるい物体がちろちろと動いて、くすぐったい。わざと音を立てているのか、じゅるじゅると淫らな音が鼓膜を震わせる。恥ずかしくなって咳払いをした。そんな私の反応に満足したらしく、菫は得意げに微笑んで言う。
「明日も明後日も、僕から離れたら駄目だよ」
「…ああ」
「僕の為に生きてね」
そう言って、触れるだけのキスをする。
菫は目を閉じた。すうっと微かに寝息が聞こえる。腰に回る手はしっかりと結ばれたままだが、今度こそ本当に眠りに落ちたのだろう。菫は私の首筋に頭を擦り付ける。
ふと、彼の髪を撫でた。指から零れ落ちる黒髪は絹のようにしっとりとしてさらさらだ。短い襟足から覗く白いうなじは整えているのか、無駄な毛が一切ない。どこまでも美しい子だと思った。
「……生きてね、か」
ぼんやりと外を眺めた。太陽は昇らない。こんな時間が永遠に続くような気がした。窓には私たちが反射してる。菫の背中を抱き締める私は花束を抱いているように見えた。
「そうだな……」
眦から、涙が零れた。
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