ヤンデレ系アンドロイドに愛された俺の話。

しろみ

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三章

29

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 それから大通りに出れば、管楽器や太鼓の音色がはっきりと聞こえ、上空のドローンから紙吹雪が舞い落ちてくる。

 辺りはパレードの空気一色に染まっていた。

 メインストリートには音楽に合わせて移動するダンサーが整列している。彼らは全員アンドロイドのようで、人間離れしたアクロバティックな動きの連続に、観客は興奮したように歓声を上げていた。


「なあ、ナオ…」
『なに?』
「……今の人って…アンドロイド…だよな?」


 そんな人混みを縫うように、俺はナオに手を引かれて歩いていた。

 プラチナチケットは、パレードを特別席で鑑賞できるオプションが付いてるそうだ。ナオはそこに向かってるらしい。

 でも俺は気乗りしなかった。そんな事より、つい数分前の出来事が気になってしょうがない。


『ヒロには関係ないよ。忘れて』


 しかし先程からナオはずっとこんな感じだ。リタと呼ばれた男が何者なのか。何度か尋ねてみたが、その度にナオは笑顔を消してこんな感じで返してくる。


「……でもナオの知り合いじゃないのか?“リタ”って名前呼ぶくらいの仲なんだし―」


 そこまで言い掛けたときだ。ナオはピクリと反応し、足を止めて振り返る。


『呼ばないで』
「……」
『その名前を呼ばないで』


 ナオは俺の手をぎゅっと握りしめる。

 その言い方は切実で、俺は紡ぎかけた言葉をゆっくりと飲み込んだ。


『……びっくりさせてごめんね。でも、詳しくは話せない。ヒロを巻き込むわけにはいかないんだ』
「…………巻き込む…って…」


 …ナオのこんな顔を見たのは初めてかもしれない。

 ナオは、拗ねたような、苛立ったような、そんな表情で地面を見下ろす。思考解析機を見るまでもない。もうこれ以上聞いてくるな、というナオの心の声を聞いた気がして、俺は「…わかった」と呟き、それ以上聞かなかった。





「あ……薫くん…」


 俺は口を開いた。

 特別席はパーク内の中央にある噴水広場とメインストリートを見下ろせる小高い位置に設けられていた。用意されたソファに座ったときだ。そこから、薫たちが見えた。

 どうやら薫はパレードに興味ないようで、賑やかな群衆の方に少しも目を向けずに歩いている。

 俺はその光景を目で追いながら、首を傾げた。

 …薫の様子が変、な気がする。

 別れる前のハツラツとした雰囲気はどこに行ったのか。薫は深刻な面持ちで、2人のアンドロイドとともに歩いていた。距離があるから分かりづらいが、その顔色はあまり良くない気がする。物凄く疲れた様子だ。

 そんな薫は噴水広場の奥にある塔の中へ入っていく。

 確かあの塔はインフォメーションセンターだったか。クルヴィのシンボルマークである長方形の無機質な塔は各エリアの情報を繋ぐ心臓部分であり、迷子や落とし物、体調を崩したときに行くような場所だと地図に載っていた気がする。


「乗り物酔い…?具合、悪くなっちゃったのかな……」

 
 そう考えていると、特別席に用意されたもう一つのソファから「だからさぁ…!」と苛立ちを隠さない怒鳴り声が上がり、ビクッと体を強張らせた。


「ったく、何度も言わせんな、馬鹿がよッ!お前のせいで、俺らの貴重な休みが台無しだよ!このゴミ!!」
『も…申し訳…ございま…申し訳、ございません』


 目を向ければ、ソファには男女のカップルが座っていて、サングラスをかけたガラの悪そうな男が給仕係のアンドロイドに向かって声を荒げていた。その原因は彼の膝に落ちたアイスクリームを見れば経緯が予想できた。

 特別席にはバーのようなカウンターが設置されている。俺は申し訳程度にソフトドリンクしか注文していないが、その男女カップルのテーブルには酒やデザートが山のように運ばれている。そんな彼らの食べ方はお世辞にも綺麗とはいえない。床にはスナック菓子の袋やフルーツの皮などが落ちていて、給仕係のアンドロイドはそれに足を滑らせ、運んでいたアイスクリームを男の膝に落としてしまったようだ。


「このデニム、一点モノなんだけど?どんだけ貴重なもんか分かってんのかよ!?」
『申し訳、ございません、直ちに拭き取らせていただきます』
「はっ。いやいや、お前、給仕用のアンドロイドだろ。素人が勝手に触らないでくれない?色落ちしたらどうしてくれんの?」
『申し訳ございません。それではクリーニング代のお支払いをさせていただきたく―…』


 学生時代にバイトで似たような経験をしたことのある俺は、その様子を他人事と思えず、そわそわとアンドロイドを心配してしまう。
 すると、そんな俺を不審に思ったのか。隣に座っていたナオは『ヒロ?』と耳元で囁き、密着するように腰に手をまわして、ぎゅっと隙間を埋めた。


『どうしたの?余所見ばかり。パレード楽しくない?』
「あ……いや…パレードは見応えあるよ、うん……ダンス、す、すごいな……」


 チラリと噴水広場を見下ろせば、そこにはメインストリートから行進してきたダンサーが、広場に設置された舞台に集まってくるところだった。たぶんこれから舞台装置を用いたショーが始まるんだろう。

 しかしこの状況で呑気にショーを楽しめるわけがない。ぎこちない称賛の言葉を述べた俺は「ただ…」と声をひそめた。


「あのアンドロイド…大丈夫かな…と思って……」
『あのアンドロイド?―…ああ。あの床に跪いてるやつ?給仕に失敗したみたいだね。僕の推測だと、あれはあと数秒以内にあの人間に暴行されるよ。ヒロの気分を悪くするだろうから、先に僕が壊しておこうか?』
「―……は…?」


 ナオの言う意味が理解できず、言葉を失う。

 その瞬間、ドガッと鈍い打撃音が耳に届いた。


「クリーニング代だぁ!?てめぇ、この俺が金で黙ると思ってんのか!?」
『ぁ、…っ…申し訳、…ござ』
「それしか言えねぇのか!?この鉄屑がッ!!俺を舐めやがって!!死ねやッ!!」


 男はアンドロイドの脇腹に蹴りを入れると、そのまま髪を鷲掴み、拳を振るう。その度に肉を抉るような生々しい音が響き渡り、俺は血の気が引いた。

 殴られたアンドロイドの頬はあっという間に真っ赤に腫れ上がる。まるで血のように、抉れた皮膚からは青紫の冷却液がぼたぼたと滴っていた。

 俺は口をパクパク開閉させる。

 …どうしてあのアンドロイドは何も抵抗しないんだ。

 あのままじゃ体が壊れてしまうぞ……


「…ちょ、ちょっと……!」


 黙っていられずソファから立ち上がる。男を止めるために声を出したときだ。俺はハッとした。

 アンドロイドはこちらを見て、目を大きく見開き、首を横に振っていた。『やめろ、こっちに来るな』と言わんばかりの怯えきった表情だ。彼の様子は、抵抗しない、というより恐怖のあまり動けない、といった表現が正しいかもしれない。そう思えるほど、アンドロイドの目は恐怖に染まっていた。

 その目に映るのはナオだ。

 その視線を辿るように振り返れば、ナオは冷たい表情でアンドロイドを見据えていた。しかし俺の視線に気付くと、まるで別人になったように、ニッコリと甘い笑顔を浮かべた。

 そして縋るように俺の手をするりと掴んで、言う。


『ヒロ。どこに行くの?まさか僕を置いて、あれの元へ行くつもりじゃないよね?』
「え…………?」


 ゾクッと背筋が震えた。


『…ああ。脈がすごく速い。冷や汗もかいてるね。不安を感じてるときのヒロだ。不安というより不快感かな。あの腫れた顔、とっても見苦しいもんね。あれは僕が片付けるから大丈夫だよ。ほら。ヒロは座ってて?』


 …この光景、どこか既視感があった。

 …そうだ。以前も同じようなことがあった。居酒屋で出会った女型のアンドロイドだ。俺は彼女を警察型アンドロイドから庇おうとした。その瞬間だ。彼女は“何か”に取り憑かれたように顔面を潰し始めたのだ。

 その“何か”は、言うまでもない。

 十中八九、彼女の自傷行為は、ナオの操作によって引き起こされたんだろう。
 

「片付けるってなんだよ…。まさか彼を壊すつもりじゃないだろうな…?」


 震える声でそう言うと、ナオはなんて事ないように答える。


『壊すよ。ヒロを不快にさせる存在に価値なんてないからね』


 俺はヒュッと息を飲む。


「な…っ、…―や、やめろ……そんな事、俺は望んでない…っ」


 そのままナオの手を握り返し、首を横に振った。

 …まずい。ナオはあのアンドロイドを乗っ取り破壊するつもりだ。早く止めなければいけないが、ナオを止めたところで、男の暴力は止まらないだろう。今こうしている間も、男は土下座のような体勢になったアンドロイドの頭の上に足を乗せて力任せに踏みつけている。

 ……どうしよう……どうしよう……どうしよう……

 どうすればあのアンドロイドを助けることができるだろうか。そう考えるが、パニックのあまり視界がガクガクと揺れるだけで何も思いつかない。

 ナオはそんな俺を面白くなさそうに見つめる。しかし何かに反応するように、パッとその視線を男たちの方に送った瞬間だ。

 ガンッ!というひときわ強い音が鳴り響いたのを最後に、床に伝う振動がピタリと止んだ。


「あ?…………もしかして真山?」


 張り詰めた空気に似合わない怠そうな声が聞こえる。


「…え?」


 俺は戸惑う。まさかこの状況で自分の名前を呼ばれるとは思わない。

 その声の主である男は床に倒れたアンドロイドを「ちっ、邪魔だよ」とゴミを退かすように蹴ると、俺の方へ大股に歩み寄って来た。


「うわ、マジで真山じゃん。俺だよ。俺。田村たむら。覚えてねぇ?高校んとき、クラス一緒だったじゃん」
「………田村、くん?」


 男はサングラスを外す。その顔を見た俺は「あ…」と声を零した。

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