ヤンデレ系アンドロイドに愛された俺の話。

しろみ

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二章

18b

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『…何してるの』



 低い声に、ビクッと肩を揺らした。


「えっ…?…ナ、ナオ………?」



 扉が開かれ、そこから現れたのは銀髪の美男子―…ナオだった。


「…おいおい………まだ地上階に居たんじゃないのかよ……」


 そんな来多の呟きを聞きながら、ゾクッと背筋が震えた。

 ナオの表情が、怖い。無表情ながら、その美しい顔には、激しい怒りが滲み出ている様がハッキリと見て取れる。


『ねぇ、何してるの…―』


 譫言のように言葉を吐き続けるナオは、足早にこちらに向かって前進する。途端、天井に備え付けられた蛍光灯がチカチカと点滅し、その明滅に呼応するように、部屋のあちこちに設置された医療機器が叫び声のような警告音を鳴らす。
 

『…―僕のヒロに、何をしてる』


 俺は「ひっ」と悲鳴をあげた。ナオの手元には、細い刃物が握られているのだ。

 すると、パッと腕が解放された。来多は降伏をするように、両手を挙げて、「たんま、たんま」とへらりと笑う。


「あははは。怖いなぁ。そんなにビジバシ殺意向けないでくださいよ。悪いのはそちらでしょう?頑なに会わせてくれないからこちらから出向いたまでで……。ああ、のナノマシン弄ったから怒ってるんですか?それなら―」



 言葉の途中だ。シュッと銀色の閃光が空間を引き裂く。来多の口を遮るように、刃物が一直線に投げられたんだ。それは来多の髪をはらりと切り、壁に突き刺さった。


「ぅ、っわ、……ぁ…あっぶなー……」


 引き攣った表情を浮かべる来多はそう呟く。彼はまだ何か言おうとしているが、ナオはそんな彼に目もくれずに、俺の手を取った。



『ヒロ』


 そして、場にそぐわない甘い声をとろりと響かせる。


『悪い虫に言い寄られて怖かったでしょう?もう大丈夫だよ』


 優しい笑みで、俺の頬をするりと撫でる。


 俺は戸惑いながら口を開いた。


「あ、あの…ナオ……どうしてここに…?てか、お前、この人と知り合いなのか?」
『…うん。説明する。不安にさせてごめんね。…でもその前に確認させて。この人間に何をされた?何を言われた?』


 何故ここにナオがいるのか、来多と知り合いのようだがどういう関係なのか、聞きたいことは沢山溢れたが、まずはナオの質問におずおずと答える。


「……………ナオのこと、聞かされたよ」


 そうすれば、頬を撫でるナオの手がピクリと止まり、また動き出す。


『僕?』
「うん…昔の動画…見せてもらったんだ。ほら、そのタブレットに映ってる子……。この子がナオだって―…って、うわッ……!!」


 そこまで言いかけて、俺は飛び上がる。

 テーブルの上にあったタブレットがナオによって乱暴に振り落とされ、ガシャンと激しい音とともに、部屋中に破片が飛び散ったんだ。


『……―ふふっ』
「ナ、ナオ……何して……」
『あはは。ヒロ面白い。こんなブサイクが、僕なわけないでしょう?』


 一瞬の沈黙の後、ナオはあっけらかんと微笑んだ。質の悪い冗談を言ったかのような反応をされ、ぽかんと口を開ける。


「……ブサイク?」


 しかし、はたと気付いた。


『そう。ヒロは優しい。ハッキリ言って良いんだよ。動画のアンドロイドは、汚くて醜かった。そうでしょう?見た瞬間、吐きそうになったんじゃない?』


 ナオの指が何かに怯えるように小刻みに震えている。相変わらず誰もが見惚れるような可憐な微笑みを浮かべているが、その笑みには恐怖が見え隠れしていた。こんなナオを見たことがなく、怪訝に思いながら、ナオの言葉を否定する。
 


「…いや。汚くも、醜くもなかったぞ。…むしろ綺麗な子だった」
『え……?』


 記憶の中の映像を思い起こしながらそう言う。アンドロイドの美的感覚は人間と違うのだろうか。ナオは意外だと言わんばかりに目を大きく開いて、硬直している。
 …そんなに変なことを言ったか?俺なんかが見た目の良し悪しについて語るなんて烏滸がましいが、動画のアンドロイドはやけに暗い雰囲気を纏っていたが、それがかえって神秘的な容姿を引き立たせていて美しかった。



『綺麗―………?』



 すると、不快な音を鳴らし続けていた医療機器がピタリと止む。


『動画のアンドロイドが綺麗だと、今そう言ったの?』
「え?…うん、そうだけど……」
『本当に、本当に綺麗だった?』
「うん。綺麗だったよ」


 ナオは両頬を挟むように手を当てた。次第に、美しい顔は薔薇色に染まり始める。そしてモジモジと俯いて、呟いた。



『…じゃ、じゃあ…好みだった……?』
「?………好き嫌いで言ったら、好きな顔だったけど……」
『~~~ッ』


 なにか不味いことを言ってしまったのだろうか。途端、ナオは目をぎゅうっと瞑って、ふるふると首を振った。


『―……もう……ヒロはどうしてそんなにかっこいいの?…好き…好き好き好き好き』


 ぶつぶつと呟かれる声はそんな言葉を成していく。「大丈夫か…?」と声を掛けようとすれば、「うわ!」と叫んだ。腕が伸びてきて、ガバリと抱き寄せられたんだ。


『………………綺麗だなんて言われたことなかった……』


 耳元に落ちた上擦ったような甘い声は、やがて空気に溶けるように消えていく。茫然としていると、ちゅ、ちゅ、と顔中にキスの雨が降り注ぐ。


「ちょっ……ナオ……っ」
『ヒロ、好き、大好き…。…だったら……だったらもっと早く…ヒロに会いに行けば良かった』
「だから何―………っ……ふ、んぅっ!?」


 突然唇が塞がれ、ぐにゅりと、舌が割り込む。

 この部屋には俺たちだけじゃない。他の目もあるというのに、ナオは気にする様子なく、興奮気味に舌を絡ませてくる。「ストップ!」と叫びたいが、ぐちゅぐちゅと交わる舌によって言葉を成せない。トントンとナオの胸を叩くが、腰に回った手は強くなるばかりだった。次第に、ナオの口内から注がれる液体の量が増えていく。甘さも増しているような気がした。甘い海に呑まれ、溺れてるみたいだ。意識が朦朧とし始める。

 ベッドがギシッと大きく軋んだとき、やっと唇が離れた。ハァハァと肩で息をしながら、ぼんやりとしていると、呆れたような声が飛んでくる。


「はぁ、随分と見せつけられてますねぇ」


 「まあ怒りが収まったようで何より」とスーツの襟を整えるのは来多だ。彼はいつの間にか、部屋の隅に移動していたようだ。

 床からウィン…ウィン…と妙な音がする。視線を落とせば、床には昨日見た2頭身のロボットが3体ほどトコトコと忙しなく歩いていた。どうやら粉々になったタブレットを片付けてるようだ。彼らは俺の視線に気付いたようで、《仕事ヲ増ヤスナ》と口々に文句を言い始める。


『ヒロ…どこ見てるの…?もう一回しよ?』


 しかしそんな視界を遮るように、ナオはまだ足りないと言わんばかりに顔を寄せてくる。だから手で壁を作ってガードした。よく分からない状況の上、他人の前でキスを続けられるほど俺は勇者じゃない。そうすればナオは片頬をぷくっと膨らませ、不満気な表情を見せる。が、気付かないフリをして、来多に向かっておずおずと口を開いた。


「あの………結局、貴方の目的は何なんでしょうか…?」


 そんな質問を投げ掛けるがこれまでの会話からある程度の想定はできた。だから一呼吸置いてから、考えを口にしてみた。



「……もしかして………ナオが未解決事件に関わる人工知能で、アンドロイドウイルスの原因だから、引き渡せ、ということなんでしょうか………」


 来多は警察型アンドロイドを従わせてる。だから彼が警察関係者ということは容易に想像ができた。

 恐らく昨日の居酒屋の一件で、目をつけられたんだろう。

 にわかに信じ難いが、ナオは中枢システムに侵入できるほどの人工知能の持ち主らしい。だから警察にマークされていてもおかしくない。
 どういう経緯で中古のアンドロイドとして売りに出されていたのか、経緯は分からないが、そんな凄まじい人工知能が、何の力もないサラリーマンの俺に所持され続けて良いはずがない。


『……ヒロ?』


 咄嗟にナオの手をぎゅうと握った。そうすればナオはパァッと表情を輝かせて指を絡ませてくる。


「……」


 肩口にすりすりと頬を寄せてくるナオを見ていると、これまでの日々を思い返して寂しい気持ちになる。毎朝毎晩キスをせがまれて戸惑うことばかりだったが、どこに居てもずっとナオの存在が側にあったんだ。結婚防止のために購入しただけであったが、同じ時間を共にしていれば、愛着も湧くし、名残惜しい気持ちが拭いきれない。

 …でも、警察の命令なら引き渡さないとな……
 


「ふふっ……」
「……?」


 ナオから手を離そうとすると、来多が可笑しそうに肩を震わせていることに気付いた。

 首を傾げる。今の言葉の中に笑いを誘うようなものは無かったはずだが……


「失礼いたしました。ふふっ、まさかまさか。大きな誤解をされてますね。貴方たちを引き離そうものならその嫉妬深いアンドロイドに何をされるか……。今だって貴方と話す私を締め殺さんとばかりに睨みつけてくるというのに」
「うん………?」
「私たちの目的は一つだけ―……真山さんにはどうかそのままその化け物の恋人を続けていただきたいのです」


 俺は目を丸くした。

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