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一章
12a
しおりを挟む“修羅場”
どっかの神話が語源で、意味は“争いの場”“緊迫した状況”って感じだったか。現在は色恋沙汰の意味合いで使われることが多い気がする。
とあるギャルゲー画面が思い浮かぶ。2人の美少女から両腕を抱かれて《どっちを選ぶの!?》と問い詰められるシーン。よくある分岐イベントである。当時は、「え~迷う~」とヘラヘラしてたが、その時の俺に言いたい。
修羅場は文字通り、“修羅”の“場”だ。つまりは戦場である。そんな状況でヘラヘラしていたら、間違いなく刺されるだろう。
ヘラヘラしてる余裕など、ない。
『ヒロ、どうしてこの男は僕を睨んでるの?』
「……うん?」
『本来なら相応の処置をすべきところを見逃してあげたんだ。額を床に擦り付けて感謝されてもいいはずなんだけど』
「い、言い方ぁ~……」
俺の腕をグイグイ引っ張って抱きしめるナオ。肩口に頬を擦りつけて、ぷいっとそっぽを向いた。どこで学習したのか、子供みたいな仕草だ。
俺は小さく息を吐き、スルリとナオの拘束から逃れる。すると不満の声があがるが、聞こえないフリをした。
俺を挟んで飛び散る火花。それを妨げるように、「2人とも落ち着いて…」と、両手で壁を作る。
「……2人?」
ナオの正面に佇む男―…犬飼はぽつりと怪訝な声を落とした。眉に苛立ちを見え隠れさせながら、ナオをじっと見つめている。無表情がすんごい怖い。
「……」
こんな状況で思うことじゃないかもしれないが、なんというか、犬飼ってやはりかなりの美形なんだな、と再確認する。ナオと交互に見ても遜色ないどころか、対等に張り合ってる。
俺の視線に気づいたようだ。犬飼は今にも舌打ちをしそうな黒いオーラをブワッと漂わせた。
「…真山さん」
「は、はいっ?」
ビクッと肩を上げた。
あんな事があったんだ。目を合わせにくい。黒目をうろうろ彷徨わせながら、返事をする。
「どうして此処にアンドロイドがいるんですか」
「あっ、いや……その事なんだけど……」
ナオは俺と犬飼の会話を聴き、此処までやってきたようだ。なんでも、俺の位置情報と会話は常にナオへ発信されてるらしい。“今日は帰らない”という連絡以降、返信がなかったので、俺の身を案じて助けに来た、ということだった。箱入り娘もビックリの過保護っぷりだ。たったそれだけの理由で、車で何時間もかかる場所に迎えにくるなんて、普通じゃない。
経緯を伝えると、犬飼は呆れたように肩をすくめた。
「ヘー。随分と愛されてマスネ」
「あはは……」
どことなく棘のある言い方だ。基本的にアンドロイドの言動は持ち主に依存する。俺がこんな風に学習させたと思ってるんだろう。
犬飼のジト目が突き刺さる。
「それで?俺を殺そうとしたアンドロイドと呑気にセックスにいそしんでいたと」
「セッッ……!?」
「…首筋の痕。丸見えです」
「く、くび……???」
「キスマーク。どれだけ沢山つけるよう命令したんですか―…」
犬飼の手がこちらに伸びたときだ。パンッと軽い音が響く。「あ」と青ざめた。ナオの手が犬飼のそれを弾いたんだ。害虫を追い払うような手つきだった。唖然としていれば、ひんやりとした胸に閉じ込められる。
顔を上げ、ゾワッと背筋が凍りつく。
普段の甘ったるい瞳は何処へやら。
ナオの瞳は冷たく沈んでいた。
『ヒロに触るな』
底冷えるような声が這う。
2つの眼差しが、どろりと冷暗に交わった。
しかし犬飼に怯む様子はなく、ナオを一瞥した後、「ああ、そうだ」と平然と口を開いた。
「?」
「真山さんから、俺の告白の返事聞いてませんでした」
「ぇ……?」
犬飼はこちらに歩み寄る。ナオの存在を無視するように、俺の手を取って、小首を傾げ、ゆったりと目を細める。
「言ったじゃないですか。俺、真山さんのこと好きです」
「……っ」
「今の仕事、惰性で続けてるんでしょう?一緒に退職しましょうよ。セカンドライフは人気の少ない場所でひっそり暮らす、なんてベタですけど良いと思いません?ああ、金のことなら心配しなくていいです。俺、副業していてそれなりに蓄えあるんで。ネット環境さえあればどこでも稼げますし―…」
犬飼は言葉を紡ぐ。その調子は無邪気に聞こえるが、節々に感じるのは甘くどろっとした感情だ。それが俺の心に纏わりついてくるようで、重苦しく感じた。
犬飼とはそこそこに長い付き合いだ。後輩ながら俺より確実に有能だし尊敬してる。馬鹿にされることも多いが、憎めない自分がいる。なんというか、出来の良い弟がいたらこんな感じなのかな…と思っている。
だから……
「…犬飼…ごめん……俺………犬飼の恋人には、なれない」
「……」
ハッキリとそう言った。
たぶん犬飼は勘違いしてる。犬飼みたいな勝ち組人生を送ってきた人間には、俺みたいな陰キャは異質な存在だ。だから物珍しさが好奇心を生み出し、それが好意だと勘違いしてるんだろう。
すると耳元で空気が揺れた。ナオだ。口角を緩やかに上げて微笑んでいた。その微笑みは俺に向けられていない。瞳はひどく仄暗く、ふふんと犬飼を見下ろしていた。“嘲笑ってる”とも見える。
「…そうですか」
ややあって、犬飼はすんなりと頷く。
「え……あ……うん」
…あ…あれ……意外と薄い反応だな……
所謂、俺は犬飼を振ったわけだ。こういうとき、どういうフォローが正しいのだろうか。告白された経験なんて皆無だから分からない。「お前みたいな無能野郎に振られたなんて人生の汚点だ」くらい言ってもらったほうが気が楽である。
目をうろうろさせていれば、ふっと笑い声が落ちた。
「…“恋人にはなれない”、か」
犬飼は目を伏せる。
「?」
反応に困っていると、手をぐいっと引っ張られ、指先に形の良い唇が触れた。
「え ゙」と肩を跳ね上げる。
不意打ちだった。されたのは指先へのキスだ。その仕草は上品で、まるで御伽話の王子がプロポーズでもしてるかのようだ。
意味が分からず、固まってしまう。
しかし次の瞬間「ひっ」と声を上げた。
唇から、熱を帯びた舌がちろりと現れたのだ。その赤い舌は、指を辿るように動き、薬指の付け根のあたりでピタリと動きを止める。
何をするかと思えば、
犬飼は口をくわりと開いて、
ガリッと歯を突き刺してきた。
「い ゙っ、たあっ、…っ…!?」
前言撤回
その仕草は王子というよりも、獲物を味見する捕食者のそれだ。
「~ッ………なんで噛むんだよ!?!?」
そんな俺の反応がおかしいのか、犬飼はくすくすと笑みをこぼす。
「はぁ…もう可愛い」
「は、はぁ……?」
指に残った噛み痕。そこには僅かに血が滲んでいた。犬飼はその痕を愛おしげに撫でながら、こてんと首を傾げる。
「ねえ真山さん」
「……?」
「では恋人以外にはなれるということ?」
「………うん……?」
「例えば―…セフレとか?」
ごほっと喉を詰まらせた。
「セ、セフレっ!?」
「あはは。真山さんってそこらへんの処女より初心な反応しますよね。可愛い」
「かわっ………」
指が絡み、ぎゅっと結ばれる。
「すみません。簡単に引き下がれるほど、俺の気持ちは軽くないんです」
「……」
いや引き下がってくれ、と心の中で遠い目をしてしまう。
「4年も片想いしてたんです。すぐに気持ちの切り替えなんて出来ません。だから猶予をください」
「ゆ、ゆうよ……?」
「ええ。真山さんを諦める猶予です」
「それっていつまで?」
「さぁ……俺の気持ちの整理がつくまで、ですかね」
「……えぇ」
めちゃくちゃアバウトじゃねぇか……
…困った。
こんな俺の何がいいのか。どうしてそこまで執着されるのか分からない。俺みたいな男、街中を歩けば五万といるだろう。
「せ…セフレは無理……ほんとに」
「…分かりました。それでは引き続き“後輩”として、真山さんの傍にいさせてください」
「……」
このイケメンはどうしても俺との関係に名前をつけたいらしい。
「…まあ今まで通りで……」と言葉を続けようとしたときだ。腰をグッと引かれる。
『ヒロ駄目。この男は危険。ヒロに情欲を抱いてる。気色の悪い、歪んだ情欲だ。ヒロはこんな人間、眼中にないでしょう?相手にしないで。明確に拒絶して』
そう言って、顔を覗き込むのはナオだ。むっと片頬を膨らませ、更に『…お願い』と潤んだ瞳で懇願され、「ぅっ」と体を硬直させた。俺はナオのこの顔に弱い。分かっていてやってるのか。恋愛に特化したアンドロイドだ。恐らく計算してやってるんだろう。ドギマギとしていれば「あはは」と感情の乗ってない笑い声が落ちる。
「へえ?“眼中にない”?でも真山さん、俺の顔好きですよね?先日の飲み会でも俺の顔が好きだとおっしゃってました」
「えっ……?」
ギクッと肩を揺らした。
『……ヒロ…どういうこと?』
「えぇ…と―」
記憶を遡る。
飲み会の席はだいたい犬飼が近くにいる(座席が決められて離れていても、時間が経てば、犬飼が隣にぴったりと座ってることが多い)。そうすると犬飼中心の会話が始まる。その流れで「犬飼、かっけぇ顔してるよなぁ」とか言ったような気がする。
…好きとまで言ったかどうか憶えてないが、まあ、顔は好きだ。いや嫌いな人間のほうが少ないだろう。よほどのB専門の人間じゃなければ犬飼の顔は好まれるものだ。
「……かっけぇ顔…とか…言ったと、思う」
するとナオはジトリと目を細めた。
『…ふうん』
…モノスゴク ニラマレテイル
俺はタラタラと冷や汗を流した。
視界の顔面偏差値がえげつないことになっている。2つの美しい顔面がこちらを向く。一つは愉快そうに、一つは釈然としない表情だ。身じろぎをするも、腰と手をそれぞれ掴まれ、逃げられない。
『僕はヒロに“かっこいい”って褒められたことない』
「真山さん、厄介な機械に懐かれましたね」
『僕もかっこいいよね?』と、ぎゅうぎゅうと抱き締められて、「ぐぅ…」と呻き声をこぼす。双方からの圧が重苦しい。猛烈に胃がキリキリして、早急にこの場から逃げたくなった。
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