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一章
10c
しおりを挟む洗面台に手を置く。
蛇口から溢れる水を眺め、考えに耽る。排水溝で渦を巻く水のように、思考をぐるぐるとかき混ぜていると、トントンッと肩を叩かれた。
『ヒロ、終わった』
「お、おう…大丈夫なのか?」
『解毒を飲ませた。暫くしたら目を覚ますと思う』
「…そ、そうか……良かった……」
『………』
ベッドの上で眠る犬飼へ目を向けた。唇を薄く開け、すうすうと小さく寝息を立てている。顔色は問題なさそうだ。汗に濡れた黒髪を梳き、額に手を置く。高熱も感じない。ホッと胸を撫で下ろした。
『ヒロ』
「うん?」
ナオは俺の腕に抱き着く。そして肩口にすりすりと額を擦り付ける。その動作で銀髪がさらさらと揺れる。甘えるような仕草に、犬飼の額から手を離し、「どうした?」と首を傾げた。
『ヒロはどうして直ぐ浮気するの?』
銀の隙間から覗く瞳は濡れていた。「エッ」と声を跳ね上げる。濡れた瞳は縋るように揺れる。
ナオはそっと手を伸ばす。そのまま俺の首筋をツーっとなぞり、唇をぷんと尖らせた。
『ヒロの浮気者』
「……」
『でも…………好き』
ぎゅっと腕にしがみつかれてしまった。
「ええ、と……」
言葉を探す。
「浮気、か。そうだよな。……ごめん」
目を伏せて、謝罪の言葉を口にした。
以前『浮気』と言われたときは「何のこっちゃ」って感じだったが、今回は『浮気』と言われて否定できない。
一方的にされたこととはいえ、ラブホで、他人とあんなことをしてしまった。
ナオは俺にぴっとりとくっつき、離れそうにない。そのまま、顔を寄せ、頬に唇を寄せてきた。ちゅっと甘い音を立て、とろんとした瞳を向けてくる。
『ヒロ、今度こそ僕を慰めてくれる?』
舌の感触が、俺の唇をなぞる。舌先で唇が開き、そのまま絡みつくように深く口付けをされる。
「っ…」
…泣いてる。薄く目を開いて気付く。ナオは静かに泣いてた。涙のような、透明な液体を頬に流しながら、口付けをしていた。
アンドロイドに感情はない。ではこの涙は何なのか。プログラムされた涙なのか。俺は馬鹿だから分からない。『ヒロ』と切なげに俺を呼び、縋るように唇を重ねる。
そんな姿に胸が苦しくなる。
だから、俺は拒むことが出来なかった。
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