上 下
32 / 77
一章

10c

しおりを挟む

 洗面台に手を置く。

 蛇口から溢れる水を眺め、考えに耽る。排水溝で渦を巻く水のように、思考をぐるぐるとかき混ぜていると、トントンッと肩を叩かれた。


『ヒロ、終わった』
「お、おう…大丈夫なのか?」
『解毒を飲ませた。暫くしたら目を覚ますと思う』
「…そ、そうか……良かった……」
『………』


 ベッドの上で眠る犬飼へ目を向けた。唇を薄く開け、すうすうと小さく寝息を立てている。顔色は問題なさそうだ。汗に濡れた黒髪を梳き、額に手を置く。高熱も感じない。ホッと胸を撫で下ろした。


『ヒロ』
「うん?」


 ナオは俺の腕に抱き着く。そして肩口にすりすりと額を擦り付ける。その動作で銀髪がさらさらと揺れる。甘えるような仕草に、犬飼の額から手を離し、「どうした?」と首を傾げた。


『ヒロはどうして直ぐ浮気するの?』


 銀の隙間から覗く瞳は濡れていた。「エッ」と声を跳ね上げる。濡れた瞳は縋るように揺れる。

 ナオはそっと手を伸ばす。そのまま俺の首筋をツーっとなぞり、唇をぷんと尖らせた。


『ヒロの浮気者』
「……」
『でも…………好き』
  

 ぎゅっと腕にしがみつかれてしまった。


「ええ、と……」


 言葉を探す。


「浮気、か。そうだよな。……ごめん」

  
 目を伏せて、謝罪の言葉を口にした。

 以前『浮気』と言われたときは「何のこっちゃ」って感じだったが、今回は『浮気』と言われて否定できない。

 一方的にこととはいえ、ラブホで、他人とあんなことをしてしまった。

 ナオは俺にぴっとりとくっつき、離れそうにない。そのまま、顔を寄せ、頬に唇を寄せてきた。ちゅっと甘い音を立て、とろんとした瞳を向けてくる。


『ヒロ、今度こそ僕を慰めてくれる?』


 舌の感触が、俺の唇をなぞる。舌先で唇が開き、そのまま絡みつくように深く口付けをされる。


「っ…」


 …泣いてる。薄く目を開いて気付く。ナオは静かに泣いてた。涙のような、透明な液体を頬に流しながら、口付けをしていた。

 アンドロイドに感情はない。ではこの涙は何なのか。プログラムされた涙なのか。俺は馬鹿だから分からない。『ヒロ』と切なげに俺を呼び、縋るように唇を重ねる。

 そんな姿に胸が苦しくなる。

 だから、俺は拒むことが出来なかった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

sweet!!

BL / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:1,350

強面騎士団長との甘い恋

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:30

アホエロまとめ

BL / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:5

淡き河、流るるままに

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:370pt お気に入り:1

痴漢に触られてーif もしもあの時こうしてたらー

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:157

あわよくば好きになって欲しい【短編集】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,898pt お気に入り:1,873

ある日魔王の子を拾ったので一緒に逃げることにした話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:21

処理中です...