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⑬シャレオツなバーでございますっ!

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ふたり、頭を突き合わせて数式をこねくりまわすこと二時間、魔力嵐を書き換えるためのパラメータが完成した。

三百桁の数が四十八個。これを魔導通信で王都に送ると、計算屍がよってたかって音響情報に変換する。レイさんが中継して、ギガさんが力技で海中に向けて送信する。

人間の可聴域ぎりぎりの低周波だが、聴くのはエンシェントゾンビクイーンのズィーである。うなり声でコミュニケーションを取るゾンビは、実は低い音のほうが得意なのだ。

魔導嵐の中心が近づいていた。波浪は高く、海岸線から離れた線路にも海水が届くほどだ。
ガレスはコーヒーのカップを手に持ち、車掌車の窓から外を見つめる。雨粒は大きく激しくなっていた。

レイさんが戻ってきて報告する。
「パラメータ送信完了しました。ギガさんは現在位置で待機し、ぎりぎりまでズィーさんとの音響通信を維持します」
「レイさんはそろそろ魔晶石に戻ってください。そろそろ限界でしょう」

精神体であるレイスは魔力擾乱の影響を大きく受ける。高位アンデッドが発狂したら、目も当てられない事態になる。レイさんはガレスのジャケットの内ポケットに吸いこまれた。

「気圧が下がってきましたね」
ガレスの隣に並んでアリーが告げる。
「高潮で潮位があがってきました」
アリーの手がガレスの手に重ねられた。
「……不安なんですか、ガレスさん?」

「正直言って、かなり」
「私は楽しみですわ。魔力嵐を生で見るの初めてなんですの」
「頼もしいな、僕の奥さんは……」
ふたりは微笑みあい、おたがいに見つめ合う。その横顔を雷光が浮かび上がらせた。

空に巨大な魔法陣が出現した。
それは雲と雷で描かれた自己相似図形である。
半径十キロメートルはあるだろうか。
偏西風に乗って白央海を横断してきたのだ。

「これが魔力嵐……まさかこんな規模とは!」
ふたりはその威容に息を飲む。気圧の低下と同時に空気中の魔力濃度が上昇していく。

「小型の魔道具だと魔導回路が焼き切れますね、これは……ガレスさん、計算施設を深地下に作ったのって、このためですか?」
「そう言えたらかっこいいのですが、単に死霊術師なので地下に潜んでいるだけです」

魔力嵐の中心が近づきつつある。膨大な量の水蒸気が吸い上げられ、凝結して雲が形成され、雲が魔術を励起する。
ついに嵐の中心部が到達した。

ギガさんがアンテナに使っていた魔導列車のレールを振りながら、岸に上がってくる。
作戦開始の合図であった。

◇◇◇

アリーとガレスから二十キロメートル西の環礁に気象観測艦オランサが錨泊していた。隣に並ぶのは、ズィーの座上艦である王立海軍ゾンビ揚陸艦アレフ・ズィーである。

鹵獲した気象魔導兵器の有効射程ぎりぎりである。送られてきたパラメータを満足するには、艦の動揺を抑え、精密射撃するしかない。

しかも、ぶっつけ本番である。

オランサに備えられた魔導気象兵器は、収束熱光線砲である。雲を水蒸気に戻し、凝結する際に魔導式を構築するのであった。

気象観測艦オランサに生者はいない。
観測隊を含めて艦長以下全乗組員がドラウンドになっている。ドラウンドは、溺屍者とも呼ばれる海産まれのゾンビの亜種である。彼ら彼女らを使役するのが、始祖ゾンビたるズィーなのだ。

ズィーが号令を発する。
「射撃開始」
入力された諸元に基づいて、光と熱が嵐を切り裂いていった。

◇◇◇

西から伸びる赤い光線が魔力嵐を描きかえていく。ガレスの目にはそのように映った。

「局所的に何度もパターンを焼きこむことで数学的構造を安定させる……うまくいきそうですわね」
アリーが天を見つめながら言う。

光は同じ動きを繰り返す。光が通り過ぎると、雲はもごもご蠢き、活発に雷を発し始めた。豪雨と稲妻が海と大地に降り注ぐ。

「パラメータの伝播が始まりました。まるで感染力の強い病原菌みたいですね」
「ええ、自明な解に収束する構造のほうが強力ですから……自己消去がどれくらいエネルギーを消費するかが気になります」

「視えますか?」
「ざっくりと……低気圧の持つエネルギーの一万分の一が計算に使われているように思います」
「そんなに!……二千万体のアンデッドが一日働いてようやく産み出せる量ですよ。文字通り、桁違いですね。これは……研究のしがいがある!」
「ですわね」

海上に幾筋もの稲光が走る。
水平線の向こうに光の明滅がある。
土砂降りで隣の客車すら見えない。

なにをとは言わないがチャンスであった。
さすがにもう邪魔は入らないだろう。

アリーは目をつぶり、唇を突き出している。
ガレスはその唇にむしゃぶりつく。
熱い接吻をかわしてから、アリーが言った。

「これってコンプライアンス違反にならないですよね?」

◇◇◇

交易都市ラグナアリアは、中立の都市国家である。
白く輝く砂浜に面したリゾートホテルのバーラウンジでアリーとガレスはさっそく酔っ払っていた。

本来の旅行計画ではラグナアリア市街の高級レストランでディナーを愉しむ予定だったが、それどころではなくなった。

イザベルが貸切にしたバーラウンジで飲んだくれているのであった。つまみに白身魚のからあげをいただいている。なお、貸切にしたのは防諜上の理由である。

アリーはカウンターの椅子でくるくる回りながら、
「台風が左回りなのはこの世界が回転する球体だからです」
「そういえば『向こう側』にも偏西風があるそうですよ」

酔った状態で、そんなことをするものだから、三半規管が悲鳴をあげる。

「気持ち悪くなってきました」
「それはいけません!」
「ねえ、貴方、背中をさすってくださいませ……」

背中がおおきく開いたドレスを前にガレスは一瞬、躊躇する。気合いを入れなおし、アリーの白い背中をなでさする。

なでながら無意識に椎骨の数を数えていた。
ガレスもだいぶん、いやかなり酔っ払っている。

「んふぅ」
ちょっといろっぽい声がアリーの唇から漏れる。
酒臭かった。

「貴方の向心力に惹きつけられっぱなしです、マイハニー」
向心力とは物体が回転運動するとき、物体に働いている力である。同じ回転座標系で回転したいという口説き文句のつもりである。

「まあ、あなた……!そうですわ!遠心力……慣性力なんて見せかけの力……色恋に射影するなら、まやかしの恋にすぎませんわ。真実の愛は向心力に宿るのです!」

ふたりは見つめ合う。
あいかわらずの酔っ払いっぷりである。

たわごとをかわしながら、本日二回目のキッスをいたそうとしたところで、薬指の指輪が光り輝いた。レイスのレイさんが着信をお知らせしてくれているのだ。耳に当てるとズィーがまもなく到着するという。冷水をもらってバーラウンジを出る。

さすがのズィーも中立国の海岸に揚陸艦で乗りつけたりしない。領海外に停泊して海底を歩いて上陸するのだ。

帝国海軍気象観測艦オランサを制圧して乗組員をゾンビにしたせいで、アンデッド計算中隊は大隊規模になっている。

海底の秘密トンネルからぞろぞろとリゾート施設に侵入する。トンネルを抜けた先は極秘の地下施設であった。海水プールからゾンビが這い出してきて、真水のシャワーでたがいに水を掛けあう。

男女問わず全裸であるが、気にするものはいない。
ゾンビなので。そんななか、ひとりだけ水着姿の少女ゾンビがいる。

「ズィーさーん!」
アリーが手を振ると、こくりとうなずいた。
「おつかれさまでした」
ガレスが頭を下げる。
ズィーはサムズアップした。

「ふたりもおつかれ……なんだか距離が近くなった」
「そそそそんなことありませんよ!?」
顔を真っ赤にしてアリーが否定する。

「業務時間中にちゅっちゅしていたと複数の情報筋から聞いてる」
「レイさん……ギガさん……信じてたのに……」
「ジジイとババアにも知らせておいた」
「もう、ズィーさんったら!」

ガレスはギガさんを召喚して、陸揚げされた梱包スケルトンを地下に運んでもらう。これから夜っぴて、スケルトンの配備をするのである。

悪の帝国の侵略に対抗するため、リゾートホテル地下の秘密諜報施設『死霊リゾート』を完成させなければならないのである。

完成の暁に待つラグジュアリーでリラクゼーションなエステコースを励みに、アリーは作業に励むのだった。
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