上 下
8 / 14

⑧打ち上げですっ!

しおりを挟む
嵐のような十日間が経った。ノクトとミランダも加わり、ガレスの指揮の下、十三階は魔導回路の製造に勤しんだ。アリーは魔眼を解放して選別と検品を担当した。

新設計の魔導演算回路を組み込んだ計算屍の準備が整った。スケルトンはバラされて梱包され、ゾンビに背負われている。海路で中立都市ラグナアリアに向かうのである。

「じゃ、お先」
「はい、お気をつけて」
ゾンビを率いてズィーが出立する。ぞろぞろとゾンビたちが続く。

出陣を見送ってガレスが話しかける。
「アリーさん、一杯いきませんか」
「そうですねぇ。お風呂入ってきて良いですか?」
「えっ、あっ、はい」
ガレスの顔が赤いのは夕陽のせいだけではないことに気づく。

(どうしたんでしょう……寮のお風呂に入ってくるなんて、日常茶飯事だったではありませんか。いや、私、言い方!まるで事前に身体を清めてくるみたいな言い方だったような……?)

「違いますよ?今日も暑かったですし、ガレスさんと飲むのは時間を忘れてしまいますから、共同浴場閉まっちゃいますから……」
「はっ、はい。ごゆっくりどうぞ……僕は先に酒場に行っています」

(待って!ちょっと待って!これどつぼにはまってない!?今日は帰りたくないの……みたいなこと言ってません?おぅふ、やっちまいましたわ……)

「それではまた後で!」
駆け出したアリーの背中に手を振り、ガレスは職員専用の酒場に向かうのだった。

◇◇◇

その晩はふたりとも酔いが回るのが早かった。
なにしろ十連勤である。
生者も屍者も分け隔てなくブラックな『死霊迷宮』であった。ちなみに明日も仕事である。ふたりが不在中の業務をノクトとミランダに引き継がなければならない。

「そういえば、ガレスさん、シビュラって何人いると思います?」

シビュラ・ブルバチェワとは帝国の数理科学を牽引する怪人である。王国軍情報部は複数人説を唱えている。しかし、その人数の推測はふたりから八人とこころもとない数字であった。

「何人という問いが人間の個体数を訊いているのであれば三人ですね」
「あっ……そうですわね、厳密さにかけた質問でした。人間以外も含めて、個性というか癖の数で数えるとどうでしょうか?」

「四体、もしかしたら五体ですね」
「解釈一致ですわ。私も同意見です」
アリーはからあげをガレスの口に放りこんだ。

「もぐもぐ……なるべく弱いシビュラから各個撃破していきたいところですが……」
「こちらは受け身ですからね。話は変わりますが、ガレスさんはおっぱいがお好きなのですか?」

話が変わりすぎである。
酔っ払いだからしかたがないのである。

「ま、まぁ……それなりに……普通です」
「私もそこそこあるほうだと思うんですけれど……心配ですわ……シビュラが巨乳だったら篭絡されてしまうかもしれません。ご存知かもしれませんが、私の父がそういうクズでして……母を離縁して巨乳の愛人に乗り換えたんですのよ!」

フォルモール家の後妻打ち(うわなりうち)と言えば、王都を震撼させた大事件である。前妻エレーヌの数理淑女格闘術が炸裂し、フォルモール家の王都屋敷は灰燼に帰した。奇跡的に死人は出なかったが、さすがに官憲も看過できず、逃亡したエレーヌに指名手配をかけている。

「あ、あのですね、アリーさん?僕は女性のお胸の大小に貴賎を認めませんし、死霊術師ですから、生きていないお胸であれば腐るほど拝んできたわけです。あれ、僕、今うまいこと言いました?」

「まったくおもしろくございません。オヤジギャグは老化の兆候ですよ?」
「申し訳ございません!……しかし、話を戻させていただくと、僕らは偽装結婚なんですから、そこまで気になさらずとも……むぐっ」

アリーはガレスの口にからあげをつっこんで黙らせる。それから麦酒のジョッキをあおった。

「ぷはっ。偽装結婚だからこそ気になるのです」
「だいたい、アリーさんには推しがいるじゃないですか……」

「ニューメ様は別腹ですわ。ニューメ様といえば、ガレスさんを問いつめなければならないことがあるんでした。どうして暗号解読で使わない計算命令を追加していたのですか?わざと魔導演算回路を複雑にして無駄な計算をして……あれではまるで、ニューメ様の超越数観測仮説を検証しているようなものじゃありませんか!」

ニューメ・ロマンサーとは、王国が誇る数理魔導の研究者である。超越数の任意の桁の計算により、魔力代謝を人工的に実現可能であると示した業績で知られている。

「私の知らないアルゴリズムで計算しているし、ガレスさんはニューメ様の正体を知っている?……いいえ、ガレスさん……貴方はニューメ様の協力者ですね!」

「え!?あっ、いや……それは……」
ガレスの眼が泳ぐ。
てっきりニューメ・ロマンサーの正体がバレたのかと思ったが、アリーの思考は明後日の方向に飛んでいったらしい。

「やっぱり……!ズィーさんも知ってるみたいだったし、もしかして王国軍上層部にも協力者がいるんじゃないですか?」

「い、いや、まあ、いるっちゃいますけど……というか、軍の計算資源を私的に流用したら背任なんで……ぅおほんっ!と、ところで、ニューメ・ロマンサーの正体なんか知ってどうするんですか?幻滅するだけですよ、きっと」

「決まってますわ!」
「決まってるんですか……」
「私の魔眼の本当の能力をご相談させていただくのです!」
「アリーさんの……『魔眼乙女』の本当の能力……!?」

「ちょっとお耳を拝借いたしますわね」
アリーはガレスに身を寄せた。湯上がりの石鹸の香りにフリーズしかけたガレスを、酒臭い息が現実に引き戻した。

アリーは耳元でささやく。
「私の魔眼は素因数分解をする異能なのです」
「そんな莫迦なっ……そんな異能がありえるなら、それは……むぐっ」
叫びかけたガレスの唇をからあげでふさぐ。からあげの食べ過ぎで唇はつやつやになっている。

素因数分解とは整数を素数の積に分解することである。例えば、五百六十一を素因数分解すると三かける十一かける十七になる。

ちなみに五百六十一は擬素数である。
素数っぽくて素数じゃない数なのだ。

「もぐもぐ……計算時間は?まさか多項式時間だと言ったりしませんよね?」
アリーは首を左右に振った。
「それよりも速い可能性があります。これまでに観測してしまった数については、定数時間での償却を体感しています」

がたん。
椅子が倒れた。
ガレスが立ち上がり、アリーの左の二の腕を掴んでいた。酔いが吹き飛んだ真剣な眼で見つめられる。

「そ、そんなの女神様の御業ではないですか!そうか、そのメガネは……魔眼が世界を計算し尽くしてしまわないように……」

アリーはガレスの瞳を見つめ返す。
右手の人差し指を唇に当てて黙るように合図する。
店主が近づいて来たのでふたりは慌てて離れた。

「別嬪さんに色男さん、ラストオーダーのお時間だ。うちにゃチークタイムなんて洒落たものはないから、いちゃつくなら余所で頼むよ」
「すまない、マスター。もう出るところだ」
「ごちそうさまでした」
ふたりの声が重なった。

会計をして店を出ると夜は深く更たけている。
「今日は寮に帰りますね」
「お送りします」
敷地内にある独身寮だから指呼の間である。
ゆっくり歩いてもすぐに着いてしまう。

「おやすみなさい」
寮の前で、アリーは広げた手を差し伸べる。
「おやすみなさい。また明日」
掌と掌が触れあい、指先が絡まりあう。
おたがいにぎゅっと握る。
どちらからともなく手を離す。
「はい。また明日です」

ぱたぱたと寮に駆け込むアリーを見送って、ガレスは踵を返す。
「僕も今日くらいは家に帰るかな……」
ひとりごちて歩き出すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします

tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。 だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。 「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」 悪役令嬢っぷりを発揮します!!!

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...