後宮を追放された数秘メイドですが、女子力(数理)で無双して幸せになりますねっ!

かんのななな

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③歓迎会ですっ!

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地下十三階の会議室、ガレスは菓子箱を開き、皿に盛った。後ろから覗きこんでアリーは無邪気に話しかける。
「わあ、チョコレートでございますね。そういえばカカオって催淫薬?なんでしたっけ……?」

ガレスはフリーズした。

ぱんっ!
ガレスの尻で小気味良い破裂音が鳴った。
ズィーのゾンビビンタである。

再起動したガレスが必死に釈明する。
「そそそそんなつもりはなくっ、なくてですね!店員さんに勧められた舶来の菓子を買い求めただけで……違うんです!そういうあれを意図していたわけじゃなくですね!」

「これは重大なコンプライアンス違反。死刑が妥当」
ズィーが判決を下す。
「スケルトンとゾンビ、どっち?」

「ちょっちょっちょっと、俗説!そういう説もあるってだけですから!これくらいなら大丈夫ですから!たぶん!きっと!」
アリーも必死に弁護する。

配属一日めに上司がアンデッドになるなんて、あんまりにあんまりである。このフロアに生きている人間がアリーひとりになってしまう。

「アリーがそう言うなら今回は見逃す」
「ほっ、よかったです……」
「ありがとうございます、アリーさん」

チョコレートをお茶請けにコーヒーを飲んでいると、休憩時間に入った演算屍たちがぞろぞろやってきた。アリーに挨拶に来たのである。

「アリー、メガネはずして」
ズィーの代弁にゾンビたちがうんうんうなずく。
スケルトンたちも歯をかたかた鳴らして催促する。

アリーはうなずき、瓶底メガネに手をかける。
はずしたメガネを机に置く。
ぶあついレンズに度は入っていない。

視力矯正用のメガネではない。
アリーから世界を隔離するための、特注の魔導ガラスレンズであった。『魔眼乙女』から世界を守護るためのメガネであった。

「よろしいんですか?視ますわよ?」
深紫色の瞳孔が昏さを増す。
「お願いします。そのためにアリーさんに来ていただいたんですから」

アリーの眼球の奥、魔眼細胞が起動する。光子でなく演算子に反応する特殊な視細胞である。可視光と計算波を吸収し、黒紫の瞳が漆黒に染まる。

ゾンビがうなり声をあげる。
スケルトンが足の骨を踏み鳴らす。
演算屍たちの歓喜の表現であった。

「これは長々周期の擬似混沌……なんて均等で緻密な系列なの……」
アリーが恍惚とした声でつぶやく。

屍者たちは眼を輝かせた。
比喩表現である。
涙を流さないゾンビの水晶体は濁りきっているし、スケルトンの眼窩にいたっては虚ろである。

しかし、アリーには視えている。光り輝くアルジェブラニウムと、その上を這い回る無数の曲線が。
「綺麗で頑固で、とびきり邪悪な多項式……これが死霊計算の真髄ですか……」

「さすが『数霊魔女』の秘蔵っ娘……そこまで視通しますか……」
ガレスが感嘆する。
「アリーのほうが綺麗。ってみんな言ってる」
ズィーが通訳する。ゾンビたちはうなずいている。

「いや、そんな……でっへっへ……!?」
アリーは照れながら、ズィーのほうを向き、言葉を失う。

そこに視たのは原初の混沌である。有史以来人類に計算されたことがない、夜の海のよりも深く、濃墨よりも黒い、少女の形をした数列であった。

「視えてる?」
ズィーの問いかけに、なんとか答える。
「……ズィーさん、ひとではないと思っていましたが、いえゾンビなんでしょうけれど、ほとんど概念になりはてているじゃありませんか!」

概念と神性は同義であった。

「あたしはエンシェントゾンビクイーンのズィー!コンゴトモヨロシク!」
「仲間と認めてくださるんですね……!」
「ズィーとアリーはズッ友だょ……!」

所在なさげに立っている男がいる。
ガレスであった。
レイスのレイさんが寄ってきて、慰めるようにふわふわと周りを漂う。

「帝国海軍暗号四百四十八号の解読が完了しました。演習を隠れ蓑に秘密実験を行うようです」
「さすがレイさん、仕事が早い。十階に戻すついでにジュリアンにもリストを回しておいてください」
「了解しました」

レイさんにめざとく気づいたアリーが寄ってくる。

「アリーさん、こちら、レイスのレイさんです。前職、もとい生前は高僧だったそうです。『死霊迷宮』でいちばん徳が高い魂魄さんなんですよ」

有徳ランキング統一王者のレイスのレイさんであった。アンデッドより徳が低い生者しかいないのである。

「はじめまして御坊様。アリアンヌ・フォルモールでございます。本当に魂の共鳴で通信なさるんですね!これが大規模並列死霊計算を支えるインターコネクト!素晴らしいですわ!今日からお世話になりますのでどうぞよろしくお願いいたします!」

「こちらこそよろしくお願い申し上げます」
お辞儀をするアリーに、レイさんはふわふわぽよよんと礼を返したのだった。

ひととおり顔見せが済んだところでアリーはガレスに声をかける。
「私、めきめきやる気が出てまいりましたわ。まずは死霊魔術の教科書を貸してくださいませんか?」

「僕が使っていた教科書で良ければ居室の本棚に置いてありますから、ご自由にどうぞ。そうだ!アリーさん、僕の秘蔵のコレクションも見ていただけませんか?クリス・セレスティアル氏の最初の論文『魔力代謝の形式的表現』の直筆原稿があるんです!給料半年分継ぎこんでオークションで落札したんですよ!」

ガレスは興奮気味にまくし立てる。

「あ、あはは……ガレスさん落ち着いてくださいませ。私、クリス・セレスティアルには興味はなくてですね」

「そんな莫迦な!だったらどうしてクリス氏の『離散数学基礎』を借りパクしたんですか。あの伝説の名著を手元に置いておきたかったんでしょう!たった三十部しか出版されなかった稀覯本を!ええ、入手できていなかったら僕だって同じことをしたかもしれません!」

まったく的外れなのだが本当の理由を告げるわけにもいかなかった。
「ガレスさん、ちょっと……こわいです……」
「はっ!?す、すみません!ごめんなさい!」
ガレスはこめつきばったのように平謝りする。

「私もオタクなので熱くなる気持ちは分かりますけれど、ほどほどになさってくださいね」
「はい、肝に銘じます……!」

しかし、その約束は一日も保たず破られることになるのだった。

◇◇◇

王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部の地上部分には、職員専用の酒場がある。防諜上の理由で通常の飲み屋で酔っ払うことは原則禁止されている。

一般に、計算メイドは女神教の教えに従って飲酒せず、コーヒーを燃料に演算を行う貞女たるべしとされている。数秘メイドに上がっても戒律は変わらない。

アリーは例外である。

身持ちは堅いほうというか、父親のやらかしのせいで男性不信気味なので、貞淑のほうは条件を満たすけれど、お酒がだいすきなのであった。

しかも酒癖が悪い。
酒場の立ち飲みテーブルを挟んで、アリーはガレスと睨みあっていた。

「だーかーらー、ニューメ様が至高なんだってば!クリス・セレスティアルなんて地に足がついていない夢想家でしょ!」

アリーは推し数理学者のニューメ・ロマンサーがいかに素晴らしいかを力説している。ふたりの間には麦酒のジョッキと山盛りのからあげがある。

「いえいえ、そんなことはありません!ニューメ・ロマンサーの論文なんぞ、データや統計をまとめただけの取るに足らないものです。クリス氏の美麗極まる数式とは比べるのもおこがましい!」

ガレスも負けてはいない。
すっかり出来上がったふたりは、周囲の迷惑などお構いなしに舌鋒を交わす。

「ガレスさん、死霊術師なのに数理学に詳しいなんて、あやしいです!」
「あやしくないです!数理科学を学ばないとスケルトン解析機関の設計はできませんから」
「えらいっ!よっ、ベルトラン屋ぁ!努力の人!」

完全に酔っ払いである。

「ありがとうございます!話は戻るんですけど、アリーさんはどうして……むぐっ」
アリーはガレスの口にからあげをつっこんで黙らせる。

「もぐもぐ……アリーさんがその、あれしたあれはクリス氏の傑作じゃないですか……むぐっ」
ガレスの口にからあげをつっこむのが楽しくなってきたアリーである。

最初はおもしろがっていた周囲の客も、さすがに辟易してきた。店主が衛兵に連絡し、ズィーが呼ばれた。

スイングドアを押してゾンビの少女が入ってくると、酒場の喧騒がぴたりと止んだ。うるさいのは中央の立ち飲みテーブルでがなり立てている男女だけであった。

「あー、ガレスさん、もしかしてぇ、クリス・セレスティアルに懸想しちゃってるとかぁ?趣味わるっ。あんなの絶対性格ブスに決まってるじゃないですか。数式から滲みでてますよ」

「アアアリーさん、そそそそういう邪推はやめてください!僕は純粋にクリス氏の数式を愛でているんです。それに、クリス氏の性別なんか分からないじゃないですか!男性であれ女性であれ、明晰で思慮深く情の深い人物です。僕には分かります!」

セーラー服を着た美少女ゾンビが音もなく歩を進め、両手を振りかぶり、振りおろした。

ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!

乾いた音が四度、酒場に響く。
ズィーのゾンビビンタ四連撃である。
ガレスの右の尻と左の尻、アリーの右の尻と左の尻を、目にも止まらぬ速度でひっぱたいていく。

ズィーは動けるゾンビなのであった。

ふたりはなかよくお尻を抑えて口をつぐみ床にへたりこんだ。周囲から拍手が巻き起こり、歓声まで上がる。

「帰る」
ズィーはふたりの首根っこを掴んで引きずっていく。エンシェントゾンビクイーンの膂力からすれば、成人ふたりの重量など物の数ではない。
「ぐえっ」
「あーれー」

「ガレスにツケといて」
店主はうなずいて、ズィーのためにスイングドアを開いてやるのだった。
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