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②転職しましたっ!
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王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部は王都の地下採石場跡に造られた研究施設である。
ゴーレム計算技術で帝国の後塵を拝した王国は、圧倒的な危機感を抱き、倫理も道徳もかなぐり捨て、死霊計算の研究開発に予算を投じた。
数理学者と死霊術師と闇魔術師と錬金術師を地下に放りこみ、帝国を凌駕する演算能力の実現を命じたのである。
その結果が『死霊迷宮』であった。スケルトンで構成された解析機関と魔導演算回路を組み込んだゾンビの大群をレイスによる高速幽体通信で接続した異形の計算施設である。
◇◇◇
日傘をさし、トランクを曳き、カバンを肩にかけ、妙齢の女が正門に訪れたのは、夏の盛りの昼下がりのことであった。
髪を結い上げ、クマとソバカスを化粧で隠し、きりりと直線に眉を描いている。貴族令嬢に擬態したアリアンヌ・フォルモールである。
「もし……私、アリアンヌ・フォルモールと申します。こちらに異動となりまして、本日まかりこした次第です」
(イモい田舎令嬢だな……)
瓶底メガネのアリーの姿に、衛兵長は失礼な感想を抱く。
「フォルモール、フォルモールと……あった。えーと十三階だな。すぐ迎えが来る。そこの椅子にかけて待っていてくれ」
「かしこまりました」
アリーはていねいに頭を下げて椅子に腰掛ける。
ぞくり。
衛兵長の背筋に冷たいものが走った。北部戦線を生き延びた戦士の勘が警鐘を鳴らす。
(俺はなんと考えた?純朴な御令嬢?こいつはそんなタマじゃねぇ。くそっ、十三階配属って時点で気づくべきだった。もしやすでに思考を誘導されている……のか?)
考えすぎである。
「あのう、なにか?」
「え、いや、なんでもないんだ。なんでも……」
「はあ、さようですか」
興味を失ったアリーはカバンから抜き刷りを取り出して眼を通し始める。クリス・セレスティアルという数理学者の論文である。
アリーの推し学者であるニューメ・ロマンサーと、王都の数理お嬢様人気を二分する新進気鋭の研究者である。
眉根を寄せて難しい顔をしたり、唇のうえに鉛筆を載せてあひる口にしたりしながら、のほほんと抜き刷りをめくっていく。
だから、アリーは気づかなかった。
音もなく傍らにセーラー服の少女が立ったことに。
「はじめまして、『魔眼乙女』アリアンヌ・フォルモール。私はゾンビのズィー」
はっと顔をあげたアリーの眼に飛びこんできたのは青白い肌の美少女ゾンビだった。濃紺の髪、漆黒の瞳、唇の端に覗く二本の牙、そしてなぜかセーラー服を着ている。
「よ、よろしくお願いしますわ。ズィーさん」
アリーは動揺を押し隠しながら右手を差し出した。ズィーの手はゾンビらしくひんやりと冷たく、その爪は鋭く研ぎ澄まされていた。
(こんなに流暢に喋るゾンビなんて聞いたことがありません。高位の屍者なんでしょうか……視てみたいような、やめておいたほうがよいような……)
アリーの考えを察したかのようにズィーが告げる。
「十三階に着いたらメガネをはずせる。それまでは辛抱して『魔眼乙女』」
「あの……ズィーさん、その呼びかた、やめていただけないでしょうか?」
「どうして?『魔眼乙女』が来てくれてみんな喜んでる」
「いえ、あの、私も良い歳なので恥ずかしいというかですね……みんな?みんなって?」
少女型のゾンビが微笑んだ。
ズィーは微笑んだつもりだが、アリーには獲物を見つけた捕食者の笑みにしか見えない。
「ゾンビみんな。スケルトンもかたかた言ってたし、レイスもゆらゆらしてた」
「って人間は?人間の評判はどうなんですの!?」
「人間一般のことは知らない。ガレスは期待してると思う。なにしろ機密文書館から……」
「ぎゃーっ!」
アリーは慌ててズィーの言葉を遮る。
「そ、そんなことより、早く職場に案内してくださいまし!」
「分かった。こっち」
アリーは論文をショルダーバッグにねじこみ、トランクを引きずり、歩き出したズィーのあとを追った。
ふたりが去った後、衛兵長は止めていた息を吐き、額の汗をぬぐった。
◇◇◇
地下十三階に生者はひとりしかいない。
ふたりに増えるのだから倍増である。
死霊術師ガレス・ベルトランは冬眠から目覚めたばかりのクマのようにうろうろしていた。
背の高い男であった。
ぼさぼさの髪が眼にかかっている。
無造作ヘアではなく、単なる無精である。
ガレスは不安であった。
初めての部下、しかもうら若き女性である。こちらから招聘したとはいえ死霊術師には荷が重い。
店員に勧められるまま値が張る菓子を買い求めたものの、歓迎の準備を整えられたかどうか自信が持てない。
(後宮占星班のエースだった女性だぞ。高級菓子なんて食べ慣れているかもしれない……鼻で笑われたりして……)
死霊術師の例に漏れず、ガレスは陰の者なのであった。もともとが内向的な性格なのだが、『死霊迷宮』に引きこもるようになって拍車がかかった。
(あいたたた……おなかいたくなってきた……そうだ、こういうときは……!)
ガレスは机に戻り、鍵のかかった引き出しから直筆の論文原稿を取り出す。額縁で保護されたそれは、クリス・セレスティアルの初期論文であった。
「ああ、やはりクリス氏の数式は美しい。そして、この発想力!純粋計算と魔力代謝の同値性をこれほど優雅で洗練された形式で表現するなんて!」
ガレスは推し数理学者の論文を舐めるように眺め、うっとりと悦に入る。変人と奇人と狂人の楽園、王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部の主任研究員にふさわしい姿であった。
昇降機が十三階に止まる音に、ガレスは現実に引き戻される。ふわり、夏の花の甘い香りが漂ったように思った。
◇◇◇
昇降機が十三階に止まり、扉が開く。
ゾンビのズィーが降り、大荷物のアリーが続く。
地下十三階は広大な地下空間であった。
スケルトンやゾンビが休むことなく複雑な計算を続けている。古の魔王城もかくやという邪悪な光景である。死んでなお働かされつづけるブラックすぎる職場。演算の騒音と放熱がこもった劣悪すぎる労働環境。アリーの口から漏れたのはしかし、感嘆であった。
「ほへぇぇ……すごいですねぇ」
「えへん」
ズィーが胸を張った。
「見渡す限りの演算屍……こんなに計算資源があったら……ぐふっ、ぐふふっ」
アリーは淑女が出しちゃいけない声で笑った。
背の高い男が近づいてきて、頭を下げる。
ガレスである。
「暗号解読課にようこそ、アリアンヌ・フォルモール嬢。ガレス・ベルトランと申します」
「ご挨拶遅れまして申し訳ございません。数秘メイドのアリアンヌ・フォルモールです。よろしくお願いいたします」
アリーはスカートの裾をつまんでお辞儀をした。貴族風の優雅な仕草だった。
後宮で叩き込まれた作法を目にして、ガレスはぶるぶる怯え、なにやらぶつぶつ言いはじめた。ズィーが進み出て、ガレスの尻を思いっきり打った。
ゾンビビンタである。
「ガレスがこうなったら叩くと治る。覚えといて」
「は、はぁ……」
「あ、あらためましてガレスです。恥ずかしながら女性一般に免疫がなく、フォルモール嬢のように美しく可憐な御令嬢を目の前にすると、あの、その、思考がループして抜け出せなくなるのです……」
「あら、お上手ですわね」
「スケルトンやゾンビなら女性型でも大丈夫なんですが……」
ガレスは恥ずかしそうに頭を掻いた。
スケルトンやゾンビと比較されても困る。
もしかして婉曲的にけなされているのだろうか。
(そういうタイプには見えませんね……)
アリーは心に浮かんだ疑念を振り払う。
「しかし、フォルモール嬢、数秘メイドとは?貴女は魔眼持ちでしょう。算命淑女、いや、聖数天女でもおかしくないのに……」
アリーの前職の上司、後宮占星班班長ボーモンティア夫人が算命淑女であった。管理職なのでえらい。聖数天女はいわゆる『聖女』である。とてもえらい。
「アリーと呼んでくださいませ。そのですね、口頭諮問をなかなか突破できないのでございます。……よんどころない家庭の事情というか……私自身の性格的なあれがあれというか……」
「なるほど」
ガレスはうなずいた。あれがなんであれ、『死霊迷宮』向きの人材であることだけは確かだった。
「しかし、困ったな。三級職の俸給を申請してしまいました……」
「お給金が増えるのでございましょうか!?」
「ええ、増えますよ」
アリーは淑女らしからぬガッツポーズを取った。
退職金も入ってくるし、ここにきて金運上昇の兆しが見えてきた。推し学者のニューメ様に貢げるし、新しいドレスだって買える。うはうはだ。
「うーん、でも不正なんだよなあ。バレたら……」
「バレたらどうなるんですの?」
「スケルトンとゾンビ、どちらが良いですか?」
「まさかの二択!?」
「ゾンビがおすすめ」
ズィーが口を挟む。
「大丈夫、痛くしないから」
「そういう問題ではなくて!というか痛くないんですか?」
「……ゼンゼンイタクナイヨー。天井の染みを数えてる間にオワルヨー」
「それ絶対信じられないやつ!?」
ガレスは顎に手を当てて算段をまとめる。
「上にバレる前にアリーさんに昇格してもらうしかないですね。もしくは二級俸で再申請するか……」
「お金は欲しゅうございます!でも、ゾンビは嫌ですわ!あぁ、そして、口頭諮問が私の前に立ちふさがる……」
「そちらは手を回せると思います。うちの分野から審査官を出しましょう。死霊魔術の勉強もしていただくことになりますが……」
「ばっちこーいでございます」
「機密図書館から『離散数学基礎』をパチったアリーさんなら楽勝ですよ」
「どうしてそれをっ!そういえば、ズィーさんもご存知でした……!」
「だって、ズィーさん、統合情報保安会議のメンバーですし」
ゾンビ少女は無表情のままピースサインを作った。
いや、よく見れば口の端が吊り上がっている。笑っているのだ。
「ガレスにはあたしが教えた」
「くぅぅ!ゾンビのくせにドヤ顔かわいいのむかつく!」
「仲良くなったみたいでなによりです。ずっと立ち話もなんですから、アリーさんの席に案内させてください。それから、ささやかながら歓迎のお茶会とか、ど、どう、どうでしょう?」
「はい、よろこんで!」
アリーは満面の笑みで答えたのだった。
ゴーレム計算技術で帝国の後塵を拝した王国は、圧倒的な危機感を抱き、倫理も道徳もかなぐり捨て、死霊計算の研究開発に予算を投じた。
数理学者と死霊術師と闇魔術師と錬金術師を地下に放りこみ、帝国を凌駕する演算能力の実現を命じたのである。
その結果が『死霊迷宮』であった。スケルトンで構成された解析機関と魔導演算回路を組み込んだゾンビの大群をレイスによる高速幽体通信で接続した異形の計算施設である。
◇◇◇
日傘をさし、トランクを曳き、カバンを肩にかけ、妙齢の女が正門に訪れたのは、夏の盛りの昼下がりのことであった。
髪を結い上げ、クマとソバカスを化粧で隠し、きりりと直線に眉を描いている。貴族令嬢に擬態したアリアンヌ・フォルモールである。
「もし……私、アリアンヌ・フォルモールと申します。こちらに異動となりまして、本日まかりこした次第です」
(イモい田舎令嬢だな……)
瓶底メガネのアリーの姿に、衛兵長は失礼な感想を抱く。
「フォルモール、フォルモールと……あった。えーと十三階だな。すぐ迎えが来る。そこの椅子にかけて待っていてくれ」
「かしこまりました」
アリーはていねいに頭を下げて椅子に腰掛ける。
ぞくり。
衛兵長の背筋に冷たいものが走った。北部戦線を生き延びた戦士の勘が警鐘を鳴らす。
(俺はなんと考えた?純朴な御令嬢?こいつはそんなタマじゃねぇ。くそっ、十三階配属って時点で気づくべきだった。もしやすでに思考を誘導されている……のか?)
考えすぎである。
「あのう、なにか?」
「え、いや、なんでもないんだ。なんでも……」
「はあ、さようですか」
興味を失ったアリーはカバンから抜き刷りを取り出して眼を通し始める。クリス・セレスティアルという数理学者の論文である。
アリーの推し学者であるニューメ・ロマンサーと、王都の数理お嬢様人気を二分する新進気鋭の研究者である。
眉根を寄せて難しい顔をしたり、唇のうえに鉛筆を載せてあひる口にしたりしながら、のほほんと抜き刷りをめくっていく。
だから、アリーは気づかなかった。
音もなく傍らにセーラー服の少女が立ったことに。
「はじめまして、『魔眼乙女』アリアンヌ・フォルモール。私はゾンビのズィー」
はっと顔をあげたアリーの眼に飛びこんできたのは青白い肌の美少女ゾンビだった。濃紺の髪、漆黒の瞳、唇の端に覗く二本の牙、そしてなぜかセーラー服を着ている。
「よ、よろしくお願いしますわ。ズィーさん」
アリーは動揺を押し隠しながら右手を差し出した。ズィーの手はゾンビらしくひんやりと冷たく、その爪は鋭く研ぎ澄まされていた。
(こんなに流暢に喋るゾンビなんて聞いたことがありません。高位の屍者なんでしょうか……視てみたいような、やめておいたほうがよいような……)
アリーの考えを察したかのようにズィーが告げる。
「十三階に着いたらメガネをはずせる。それまでは辛抱して『魔眼乙女』」
「あの……ズィーさん、その呼びかた、やめていただけないでしょうか?」
「どうして?『魔眼乙女』が来てくれてみんな喜んでる」
「いえ、あの、私も良い歳なので恥ずかしいというかですね……みんな?みんなって?」
少女型のゾンビが微笑んだ。
ズィーは微笑んだつもりだが、アリーには獲物を見つけた捕食者の笑みにしか見えない。
「ゾンビみんな。スケルトンもかたかた言ってたし、レイスもゆらゆらしてた」
「って人間は?人間の評判はどうなんですの!?」
「人間一般のことは知らない。ガレスは期待してると思う。なにしろ機密文書館から……」
「ぎゃーっ!」
アリーは慌ててズィーの言葉を遮る。
「そ、そんなことより、早く職場に案内してくださいまし!」
「分かった。こっち」
アリーは論文をショルダーバッグにねじこみ、トランクを引きずり、歩き出したズィーのあとを追った。
ふたりが去った後、衛兵長は止めていた息を吐き、額の汗をぬぐった。
◇◇◇
地下十三階に生者はひとりしかいない。
ふたりに増えるのだから倍増である。
死霊術師ガレス・ベルトランは冬眠から目覚めたばかりのクマのようにうろうろしていた。
背の高い男であった。
ぼさぼさの髪が眼にかかっている。
無造作ヘアではなく、単なる無精である。
ガレスは不安であった。
初めての部下、しかもうら若き女性である。こちらから招聘したとはいえ死霊術師には荷が重い。
店員に勧められるまま値が張る菓子を買い求めたものの、歓迎の準備を整えられたかどうか自信が持てない。
(後宮占星班のエースだった女性だぞ。高級菓子なんて食べ慣れているかもしれない……鼻で笑われたりして……)
死霊術師の例に漏れず、ガレスは陰の者なのであった。もともとが内向的な性格なのだが、『死霊迷宮』に引きこもるようになって拍車がかかった。
(あいたたた……おなかいたくなってきた……そうだ、こういうときは……!)
ガレスは机に戻り、鍵のかかった引き出しから直筆の論文原稿を取り出す。額縁で保護されたそれは、クリス・セレスティアルの初期論文であった。
「ああ、やはりクリス氏の数式は美しい。そして、この発想力!純粋計算と魔力代謝の同値性をこれほど優雅で洗練された形式で表現するなんて!」
ガレスは推し数理学者の論文を舐めるように眺め、うっとりと悦に入る。変人と奇人と狂人の楽園、王国軍中央技術研究所基盤計算技術開発本部の主任研究員にふさわしい姿であった。
昇降機が十三階に止まる音に、ガレスは現実に引き戻される。ふわり、夏の花の甘い香りが漂ったように思った。
◇◇◇
昇降機が十三階に止まり、扉が開く。
ゾンビのズィーが降り、大荷物のアリーが続く。
地下十三階は広大な地下空間であった。
スケルトンやゾンビが休むことなく複雑な計算を続けている。古の魔王城もかくやという邪悪な光景である。死んでなお働かされつづけるブラックすぎる職場。演算の騒音と放熱がこもった劣悪すぎる労働環境。アリーの口から漏れたのはしかし、感嘆であった。
「ほへぇぇ……すごいですねぇ」
「えへん」
ズィーが胸を張った。
「見渡す限りの演算屍……こんなに計算資源があったら……ぐふっ、ぐふふっ」
アリーは淑女が出しちゃいけない声で笑った。
背の高い男が近づいてきて、頭を下げる。
ガレスである。
「暗号解読課にようこそ、アリアンヌ・フォルモール嬢。ガレス・ベルトランと申します」
「ご挨拶遅れまして申し訳ございません。数秘メイドのアリアンヌ・フォルモールです。よろしくお願いいたします」
アリーはスカートの裾をつまんでお辞儀をした。貴族風の優雅な仕草だった。
後宮で叩き込まれた作法を目にして、ガレスはぶるぶる怯え、なにやらぶつぶつ言いはじめた。ズィーが進み出て、ガレスの尻を思いっきり打った。
ゾンビビンタである。
「ガレスがこうなったら叩くと治る。覚えといて」
「は、はぁ……」
「あ、あらためましてガレスです。恥ずかしながら女性一般に免疫がなく、フォルモール嬢のように美しく可憐な御令嬢を目の前にすると、あの、その、思考がループして抜け出せなくなるのです……」
「あら、お上手ですわね」
「スケルトンやゾンビなら女性型でも大丈夫なんですが……」
ガレスは恥ずかしそうに頭を掻いた。
スケルトンやゾンビと比較されても困る。
もしかして婉曲的にけなされているのだろうか。
(そういうタイプには見えませんね……)
アリーは心に浮かんだ疑念を振り払う。
「しかし、フォルモール嬢、数秘メイドとは?貴女は魔眼持ちでしょう。算命淑女、いや、聖数天女でもおかしくないのに……」
アリーの前職の上司、後宮占星班班長ボーモンティア夫人が算命淑女であった。管理職なのでえらい。聖数天女はいわゆる『聖女』である。とてもえらい。
「アリーと呼んでくださいませ。そのですね、口頭諮問をなかなか突破できないのでございます。……よんどころない家庭の事情というか……私自身の性格的なあれがあれというか……」
「なるほど」
ガレスはうなずいた。あれがなんであれ、『死霊迷宮』向きの人材であることだけは確かだった。
「しかし、困ったな。三級職の俸給を申請してしまいました……」
「お給金が増えるのでございましょうか!?」
「ええ、増えますよ」
アリーは淑女らしからぬガッツポーズを取った。
退職金も入ってくるし、ここにきて金運上昇の兆しが見えてきた。推し学者のニューメ様に貢げるし、新しいドレスだって買える。うはうはだ。
「うーん、でも不正なんだよなあ。バレたら……」
「バレたらどうなるんですの?」
「スケルトンとゾンビ、どちらが良いですか?」
「まさかの二択!?」
「ゾンビがおすすめ」
ズィーが口を挟む。
「大丈夫、痛くしないから」
「そういう問題ではなくて!というか痛くないんですか?」
「……ゼンゼンイタクナイヨー。天井の染みを数えてる間にオワルヨー」
「それ絶対信じられないやつ!?」
ガレスは顎に手を当てて算段をまとめる。
「上にバレる前にアリーさんに昇格してもらうしかないですね。もしくは二級俸で再申請するか……」
「お金は欲しゅうございます!でも、ゾンビは嫌ですわ!あぁ、そして、口頭諮問が私の前に立ちふさがる……」
「そちらは手を回せると思います。うちの分野から審査官を出しましょう。死霊魔術の勉強もしていただくことになりますが……」
「ばっちこーいでございます」
「機密図書館から『離散数学基礎』をパチったアリーさんなら楽勝ですよ」
「どうしてそれをっ!そういえば、ズィーさんもご存知でした……!」
「だって、ズィーさん、統合情報保安会議のメンバーですし」
ゾンビ少女は無表情のままピースサインを作った。
いや、よく見れば口の端が吊り上がっている。笑っているのだ。
「ガレスにはあたしが教えた」
「くぅぅ!ゾンビのくせにドヤ顔かわいいのむかつく!」
「仲良くなったみたいでなによりです。ずっと立ち話もなんですから、アリーさんの席に案内させてください。それから、ささやかながら歓迎のお茶会とか、ど、どう、どうでしょう?」
「はい、よろこんで!」
アリーは満面の笑みで答えたのだった。
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