上 下
71 / 71
5章 領都プリンシバル

71話 精霊とのおつきあい

しおりを挟む

「この地に生まれし火と土と水と風の精霊よ、聖なる掟に従い、我が願いに応えよ」

 学生たちが召喚魔法陣の書かれた羊皮紙を持って教えられた呪文を唱えていく。
 基本は自分の使える基礎魔法の属性で精霊が顕著する……らしい。

 柵で囲まれた野外教室の隅に置かれたテーブルで詠唱するもの、地面に座り込んで詠唱するもの、変なポーズをとって踊りながら呪文を捉えるもの。色々な形で挑戦している。

「精霊召喚って、魔法陣があったら誰でもできるのですか」
「あれは野良精霊を集めるやつ。大気中に漂っている浮遊精霊を集めてるだけだから、精霊に契約できるほどの知能も意思もねえよ。好き、嫌い、気になる、気にならない程度の本能だけだろうな」
「じゃ、精霊との契約は?」
「無理だね。まあ、一回生の授業だから」

 ファンローズ教授が学生たちを見て回っているので、俺たち臨時講師と助手たちは、学生の訓練を見ながら野外テーブルを囲んでくつろいでいる。

「俺は土属性と相性が良くてな、土の精霊と契約が出来たんだけど、ギリ下位の精霊らしい。俺でも何ヶ月もかかったんだから学生がこの程度の魔法陣で、例え下位精霊といえどまず無理じゃ……あれ?」

 ポタジェさんがルナステラさんが入れたお茶を飲みながら自分語りをしていたら、急に学生たちを見て不思議がる。その目線を追って学生たちを見る。

「あれ? 蛍? 羽虫? なんか光の玉が集まってきてるけど……」
「おお、すごい、精霊が集まってきてるじゃねえか。隠れた才能を持ってる奴がこの中にいるのかよ」

 学生たちの上空に、風に任せて漂っていた月夜の蛍、綿帽子みたいな淡い光の玉が、何か意思を持ったように集まってきている。
 慌ててポタジェさんが立ち上がる。

「教授、大丈夫なんですか。なんかどんどん野良精霊が集まってきてますけど」
「大丈夫」

 ファンローズ教授は慌てず騒がず、学生たちに声をかける。

「はーいみなさん。今精霊たちが集まってきていますよ。見える人はいますか」
「え?どこどこ?」
「なんかふわふわしたものが……あ、消えた」
「どこにいるのよ」
「俺か? 俺が呼んだのか。いよいよ精霊契約をしちゃうのか」

 学生たちが騒ぎ出す。が、みんな明後日の方を向いて目線で光の玉を追っかけてる学生はほとんどいない。

「見えないんだよ。いきなり精霊が見えるやつなんて滅多にいないんだから」
「じゃあどうして」
「わかんね、なんてったって精霊は気まぐれだから」

 ポタジェさんが解説してくれる。
 その時、懐にいたミーが眠たそうに顔を出す。ぼーっと空中を見ていると思ったら、

 ミャ!
 いきなり懐から飛び出した。

「あ、ミー!」

 ミーはテーブルの上に飛び乗りジャンプ!
 浮遊している野良精霊に対していきなり猫パンチ!
 着地して後ろ足で立って両手で猫パンチ、パンチ、光の玉をしばき倒している。
 ミャー! ミャ!

「あ……」

 そういやあ、上位の精霊がいる場所には野良精霊は寄ってこないとか言ってたな。
 この世界に来た時、俺の周りに時々蛍か羽虫みたいな淡い光の玉がまとわりついてたことがある。
 自称上位闇精霊のおねーちゃんに会って、三馬鹿トリオを押し付けられてから全く見えなくなった。あれは俺のマナに引き寄せられていた野良精霊で、三馬鹿トリオを嫌って全く寄り付かなくなったのか。いやきっと、三馬鹿トリオの方が浮遊精霊を追っ払ってたんだ。マナを吸われないように。

 シャー!
 集まっていた浮遊精霊たちにミーが威嚇する。
 ミーから距離を置いた野良精霊たちはグルグルつむじ風のように舞い、やがて空中に霧散して消えていった。

 満足したように帰ってくるミー。
 テーブルに飛び乗り、やりきったように座って毛づくろいをする。

 学生たちは精霊が見えてないので全く騒がず、ミーを見た何人かが「あ、猫だ」「トーマ先生のペットが踊ってる」とかいっている。

 まあ、騒ぎにならなくてよかったよかった……んなわけはない。
 恐ろしいほど痛い目線がミーと俺に突き刺さっている。
 当然その目線を発しているのはファンローズ教授とポタジェさん。カフナさんはもう一つ何が起こっているのかわかってないらしい。
 教授が寄ってきてじっとミーを見ている。
 ポタジェさんはミーと俺とを交互に見て、

「トーマさんあんた……まさか」

 その時教授がポタジェさんを遮る。

「トーマ先生……後でお話があります」

 あ、ばれた?


 午前の『召喚魔法基礎Ⅱ』授業が終わり、長い長い昼休み。

「美味しいよこれ」
「お粗末様です。お茶をどうぞ」
「ありがとう。お、ハーブティーなんだね」
「はい」
「「「…………」」」

 あいも変わらず雑然とした研究室のテーブルで、俺はルナステラさんが用意してくれた昼食をただいている。食堂は混雑しているのであらかじめルナステラさんが朝、売店から仕入れて暖め直してくれたお弁当である。

「ルナステラさんも温かいうちに一緒に食べてください。あ、ザイラももらっているのか」
「はい、食堂の方で従魔用の食事も置いてありますので」
「よかったね~、ザイラよく噛んで食べるんだよ」

 むすっとして返事もしないザイラ。

「おい!」
「何ある日のお昼休み、ほのぼの学園風景をやってるんだよ」
「トーマ先生、お話があります……といったはずです」

 はあ……ごまかせなかったか。

 当然研究室にはファンローズ先生、ポタジェさん、カフナさんがいる。
 その三人に取り囲まれて弁当を食べている俺。

「その懐に入っている猫ちゃん。精霊獣ですね」
「ただの猫です」
「んなわけないでしょ! ただの猫が精霊が見えるのですか、ただの精霊が精霊を殴って追っ払うんですか、ただの猫が……身体の全てがマナで構成されているのですか」
「え? そこまでわかるんですか」
「やっぱり精霊獣じゃないですか!」

 あ、引っ掛けか、引っ掛けなのか。

「あなたたち、今からここで話すことは口外禁止です。いいですね」
「は、はい」

 教授が助手たちに口止めをする。
 え? 口止めするほどの話?
 改めてファンローズ教授が俺の前に座って背筋をビシッと伸ばす。

「私には……幼き頃よりマナの流れが見えるのです。庭に咲いた花々に舞う精霊たち、風に舞う精霊たち、かまどに舞う精霊たち。マナが集まり光の塊になって、まるで意思を持ったように楽しく舞う精霊の姿。いつか精霊と共に生きて、精霊と共に人生を過ごしたいと願っていました。だからこの道に、学者として召喚魔法研究に進みました。ところが魔獣は召喚することができ、契約もできるようになりましたが、どういうわけか精霊を呼び出しても全く契約が出来ません。下級精霊どころか野良精霊でも契約が出来ないのです」
「そうでしょうね」
「え?」
「精霊って魔獣が嫌いですから」
「え?」
「縄張りを取られないようにと精霊獣が生まれたら真っ先に魔獣が攻撃して来るらしいですよ」
「……え? え? ええええっ!」
「あれ? 知らなかったんですか? そうですよねルナステラさん」
「はい。魔獣契約をした人に精霊魔法を使える人はいませんね。うちのザイラも最初は猫ちゃんを嫌ってましたし」
「うそ~! 知らないわよそんなこと! じゃあ何?、私は魔獣契約さえしなかったら精霊契約ができたというの」
「さ、さあそれは……精霊って気まぐれですし」
「まあ先生、魔獣契約どころか魔獣召喚までできる能力があるんですから、これでよかったんじゃたんじゃないですか。だからこそ今の研究者としての地位があるわけですし……」

 カフナさんが教授を慰める。

「いやあああよ! 私はは精霊と仲良くなりたいのよ! 精霊を友として精霊魔法の研究者としてこの身を捧げたいのよ! 精霊と一緒に生活して、精霊獣と一緒にモフモフして……」

 あらら、なんか話の流れが変な方向に行きだした。そろそろどうにかしてくださいよ、そこで頭を抱えている凸凹コンビ。

「決めた!」

 立ち上がりシュタッと俺に指さしをするファンローズ教授。 

「トーマ先生、いえ冒険者トーマ。あなたを私の最重要研究対象といたします。さあ、精霊契約の極意を私に教えなさい!」

「……は?」

 この茶番はまだまだ続く……らしい。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(8件)

まーちん
2021.11.07 まーちん

登録しました。

オルカキャット
2021.11.08 オルカキャット

ありがとうございます。拙い作品ですが、ながーい目で見てやってください。

解除
ジャック
2021.09.07 ジャック

全くスペックの足りない主人公を学校に行かされる理由や諸々が流石ブラック企業体質だな笑

オルカキャット
2021.09.08 オルカキャット

感想ありがとうございます。全ては自己責任。これにはロサードさんの深い思惑が……ないだろうなあ。

解除
花雨
2021.09.06 花雨

テンポがよく、すごく読みやすくて面白いですね(^^)

オルカキャット
2021.09.06 オルカキャット

花雨様。登録ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますです。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。