異界の異邦人〜俺は精霊の寝床?〜

オルカキャット

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5章 領都プリンシバル

70話 精霊召喚魔法陣

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 そこは戦場だった。

「訓練場の準備は終わりました。動物たちの檻も配置できました」
「じゃああとは教材の準備だな。教授、初級魔法陣の訓練はどうするのですか。今日やるのなら魔法陣の用紙が足りません。もう少し増やしていただけませんか」
「う~ん、やっぱり初級魔法陣の訓練でお茶を濁すのはいかがと思うが……ここはひとつ私の開発した召喚魔法陣で魔獣を呼び出し、学生の度肝を抜くべきかと」
「そんなことしたらこっちが度肝を抜かれますよ!」
「いい加減馬鹿なことは考えないで授業の準備をしてください」
「だって~、召喚魔法の基礎って面白くないんだもん。此処はひとつドーンとドラゴンでも召喚して」
「「やめてください!」」

 朝の魔導科主任アジュール・ファンローズ教授の研究室。
 毎度おなじみ凸凹コンビの実習助手、ポタジェさんとカフナさんが、忙しく午前中の授業の準備をしている。
 が、肝心のファンローズ教授は全くその流れに乗れてない。あいも変わらずボサボサ銀髪頭でだらけてテーブルに座りながら、うだうだクダを巻いている。
 でも今日はサボらなかったんだ。

 昨日は疲れた。ギルドのサブマスターやら貴族の家令やらと腹の探り合いをするよりも魔獣と戦う方がはるかに楽なような気がする。
 とにかく昨日は寮に帰って風呂入って食事をして早々と寝た。
 朝ルナステラさんに起こされるまでぐっすり。

 さて今日は臨時講師のお仕事。
 授業の段取りを教えてもらおうと、いつものチーム、ルナステラさんとザイラとミーとで早めに研究室へ。そして現在に至ると。

「おはようございます」
「あ、来た来た。さみしかったわ~、早く早く」
「え?」
「猫ちゃんは? どこどこ?」

 ガシッと懐の中でしがみつくミー。
 一瞬愛の告白かとビビってしまった。

「まだ眠たいそうですので眠ってます」
「なんで~私の猫ちゃん~」

 あんたの猫ではない。ファンローズ教授は猫派らしい。

「急いでください教授そろそろ授業が始まりますよ」
「もう、面倒だなあ……あ、そうだ。身内に不幸があって休むということで」
「ダメです! 今まで何人身内を殺してきたんですか。御母堂様なんて二回も殺しているんですよ。そんなことだからメーカー教授に遠征合宿の責任者任務を取られたんでしょうが」
「あんなの面倒なだけだからやらなくていいの」
「駄々こねてないで、行きますよ。トーマさんも準備して」
「はーい」

 確かに教授が休んいた方が楽だと言っていた凸凹コンビの言葉がよくわかる。俺とザイラはため息をつき、ルナステラさんは口元を手で隠している。絶対ニヤけてるだろ。
 今日の精霊獣当番はミー。俺の半袖ジャケットの懐で眠ってる。やっぱりなんか微妙に大きくなったような気がする。

「あ、今日はミーちゃんなんですね」と一発で個体差を見抜いたルナステラさん。なんで一目でわかるんだよ。

 魔導科研究棟の前、柵に囲まれた広場に集まる学生たち。お試し授業が終わり今日から本格的な『召喚魔法基礎Ⅱ』の授業が始まる。

「汝の身は我が元に。我が命運は汝の元に……えーと、なんだっけ」 
「聖なる掟に従い、我が身に従うならば応えて……だよ」
「応えてね、じゃなかった?」
「何可愛く言ってんだよ、かっこ悪いだろ」

 うん、召喚魔法の授業である。まずは前回に引き続き、契約魔法の訓練らしい。
 ウサギ、キツネ、小鹿、モグラ、野鳥……移動動物園みたいに設置された檻の周りで学生たちがワイワイガヤガヤと姦しい。学生の人数は十二、三人。そんなに減ってるようには見えない。

「はいはいみなさん、手を止めて集まってくださーい。今日はお待ちかね召喚魔法陣の訓練をしまーす」

 学生たちの前に威風堂々と立つのは白衣を身につけたファンローズ教授。銀髪にスレンダーな体型、予想に反していよいよ本格的な魔導科主任の授業が始まるらしい。

「あ、ファンローズ先生がいる」
「今日はザボらなかったんだ」
「二日酔いじゃないの」
「授業中寝ちゃダメだからね」

「う……学生がいぢめる……」

 思わずヨヨと泣き崩れるファンローズ教授。
 うん、予想通り。

「頑張れ教授、傷は浅い」
「あんたはできる子だ。骨は拾うから」

 凸凹コンビが意味のない励ましを教授にかけている。

「それでは今から召喚魔法陣の訓練を行います。前期での講義でお伝えした通り、契約魔法で契約できるのは、獣、魔獣、そして精霊です。獣、魔獣は術者との力関係が重要になりますが、精霊はそうではありません」

 ここで一泊おく教授。
 おおっと、何事もなかったように普通に授業を進めるファンローズ教授。

「はい、リュカさん。精霊との契約は何が重要だと思いますか」

「ええっあたし? なんで? なんで? えーと……やっぱり愛じゃないですか」
「その通り!」
「ええっ、ボケたのに」

 茶髪ショートヘアの女の子、前回で色々元気に話してきた学生さんだ。リュカさんて言うのか。

「精霊というのは意思を持ったマナの集合体……と定義されています。愛情、信頼、興味というのが精霊契約の大前提となります」
「じゃ、好きになったら契約できるの」
「ただし! 愛情は精霊からの一方通行。精霊が興味を持ったもの、愛情、信頼を勝ち取ったものが精霊と契約することができると言われています」
「どうやったら精霊が興味を持ってくれるの」
「わかりません」

 ガクッと落ち込む学生。

「それを教えてくれるのが先生だろ、なんでわかんないのよ」
「俺ドラゴンと契約したいのに」
「あれ? ドラゴンて精霊だったっけ」
「あれは龍だろ」
「龍の精霊もいるだろ、精霊獣がいるんだから精霊龍も……多分」
「ははは、何それ」

 相変わらず脱線していく学生さんたち。

 パンパンパン!

「はい注目!」

 教授が手を叩きながら学生を黙らせる。その学生たちにポタジェさんたちが白い紙を配る。

「「「何これ?」」」

「精霊召喚魔法陣。今からその魔法陣で精霊召喚魔法の訓練を行います」
「精霊召喚て……俺たち、精霊と契約できるの?」
「そんな簡単にできるわけないだろ」
「だから訓練ていってるじゃないの、ねー先生」

 20センチ角くらいの白い羊皮紙に簡単な幾何学模様の魔法陣が描かれている。これが精霊召喚魔法陣……真似したらすぐ描けそうな模様だけど。

「獣や魔獣と契約するのは術者の能力が重要になる。しかし精霊と契約する方法は……これが全く基準がない。高位の宮廷魔道士も呼び出すことすらできないのに、町の鍛冶屋や料理人は普通に火の精霊と契約したりする」

 あ、そういや鉱山都市グランデビで知り合った冒険者で家事しのバルカンさんも火の精霊と契約しているといってたな。

「じゃあ俺たちも精霊を召喚できるかもしれないんだ。俺、火の精霊がいい」
「俺もサラマンダーがいい」
「あたしは風の精霊。洗濯物乾かすんだ」
「俺は精霊龍!」

「待て待て、手元にあるのは精霊召喚魔法陣の初歩を記したものです。それを使ってまずは浮遊精霊を召喚してみましょう。訓練を繰り返していけば、はるかにマナの濃度が濃いプリンシバルの森に遠征にいった時、中位や上位の精霊も召喚することができるかもしれないですよ」

「「「おおっ!」」」

「では召喚魔法陣の使い方を説明します。しっかりと覚えるように」
「「「はい!」」」

 さすがはファンローズ教授。いつの間にか学生の意識を独り占めしている。グータラで残念エルフでも、酔っ払いでも、腐っても教授は教授か。

「なんか言った?」
「なんでもありません」

 声に出てたのか、あぶねえあぶねえ。
 なんかプリンシバルの森に遠征に行くとか聞こえたけど、課外授業とかやるんだろうか。
 ニノ森での風の精霊獣との悲惨な戦いを思い出すと、精霊契約なんてそんな簡単にはいかないと思うけれど……。

 授業は佳境に入っていく。








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