上 下
43 / 71
4章 鉱山都市グランデ

43話 精霊獣

しおりを挟む
 軍用テントのような大きなテントが並ぶ中で、炊き出しをしている人たちがいる。
 丸太を椅子がわりにして和気藹々と夕食を楽しむ冒険者達がいる。
 数日ぶりでお湯で身体を拭いてさっぱりして食事をしている冒険者もいる。
 お酒を飲んで盛り上がっているやつもいる。

 俺たちラトーナ商会隊商が、最後の野営地に向かっていた時、斥候に出ていたルナステラさんの従魔フォレストウルフのザイラが、出口に多数の人間が集まっていることを知らせてきた。
 俺はその情報を護衛責任者であるロサードさんに知らせに走った。
 そして冒険者全員で戦闘体制を取り、森の出口に近づいた。

「あれえ? 結構早かったなあ」
「お疲れー」
「晩飯食うかあ」

 気の抜けた明るい声がかかる。
 はあ?
 こっちが気が抜けた。

 そこは建築現場だった。
 建築資材が積み上げられ、燃え落ちた小屋代わりに新しい建物が建築中だった。
 この野営地が焼け落ちたのを知った時、控えの御者さんが一人予備の馬でアドラーブルの商会まで連絡に走ったそうな。
 連絡を受けた商会は、直ちに工兵部隊を組織して野営地再建に乗り出した。
 土地を整備し、キャンプ場を設置、資材を調達。新しく井戸を掘り、宿泊小屋と簡易牧場を建築していく。

 というわけで現在に至る。

 行きも帰りも大宴会。この野営地は宴会に呪われているんだろうか。
 結局ラトーナ商会にとってこの野営地は、鉱山都市グランデへの重要拠点ということだろう。

 飯場がわりの男性用と女性用の宿泊用大型テントもある。
 工兵部隊と言う名の大工さんや土木作業員や護衛の冒険者もいる。
 いわば過剰戦力だ。襲ってくるやつもいないだろう。

 ルナステラさんは女性用テントで休んでもらったと言うか、女性冒険者達が連れて行ったと言うか、従魔のザイラを撫で回しながら連れて行った。そっちが本命らしい。
 モフモフなんだろうなあ。
 何で俺は嫌われてるんだろう。

 俺はそれとなく野営地を離れ、近所の林の中に分け入った。トイレではない。
 さっきからチラチラ視界の端をよぎるものがある。

 ンナ?

 木の後ろからチラッと顔を見せる黒い塊。馬鹿猫その……何番か。
 なぜか家出をした猫が帰ってきたような感じがしてホッとする。

「な、なんだ、また来たのか」

 すると俺を見た馬鹿猫は、急に林の奥へ走っていく。

「あ、待てよ」

 待ってこちらを見る。
 待つんかい!

 付いて来いと言うようにトコトコと奥へ走っていく馬鹿猫その何番か。
 仕方がないのでゆっくりついていくと……

「トーマよ、お前に文句がある」

 と、黒衣の未亡人じゃなくて黒衣のドレスのおねーさんが、馬鹿猫3匹をはべらせて待っていた。


「文句?」
 相変わらずの褐色の肌に、黒くて長い髪、黒い瞳、黒いドレスで腰に手を当て、上から目線で俺を見下す自称の闇の上位精霊。三馬鹿トリオの母親?

「母親ではないわ! こいつらは我が眷属じゃ」

 心を読むなよ。

「あの、文句ってなんですか」
「なんじゃあの狼は!」
「はい? 狼ってザイラのことですか」
「そうじゃ、あいつのおかげで眷属どもが近づくことができん」

 あれ? 飽きて来なくなったんじゃないのか。

「えーと、俺の従者になったルナステラさんの従魔ですけど……ひょっとしてザイラの索敵に引っかってこいつらが来なかったんですか?」
「従者など100年早いわ! とにかくなんとかしろ!」

 何をぷりぷり怒ってるんだろ。

「何とかって、別にこちらから来てくれっていってる訳じゃないですけど、あれ? 狼が苦手とか」
「狼の魔獣じゃ! 精霊獣と魔獣は昔から相容れん! あいつが邪魔をするからお前のマナが手に入らん! もう三日も……」
「え?」
「いや……」
「ひょっとして毎日ローテーションで馬鹿猫を俺のところに寄越したのってあんたがマナを手に入れるため? あの猫吸いってやつで」
「仕方がないだろ。お前を眷属にすれば簡単なのに叡智の精霊のやつが独り占めしてるんだから、こいつらがマナを吸うのは許しとるくせに」
「ちょっと待ってよ。そんなことされたら俺のマナがすっからかんになるだろ、怒るぞ叡智の精霊が」
「それはない。おまえのマナの体内保有量は人並みじゃが、使うとすぐに外気から補給される。普通は保有量が多ければ多いほど満タンに長い日数がかかるのにな。とにかく従者を説得しておけ。こいつらはご主人様の精霊獣、手を出すなとな」

俺の精霊獣……

「ご主人様って、三馬鹿トリオと俺、契約してるの? 俺、契約魔法なんか使えないよ」 
「いや、こいつらがお前を気に入ってるだけ」
「何だよそれ。やっぱり俺のマナ目当てで……」
「そうじゃない、ま、それもあるが……元々精霊と契約すると言うのはそういうもの、契約魔法も魔法陣もいらん。ただお互いが信頼すればできたんじゃよ。それを人間どもは……」

 急に表情を曇らせる闇の精霊。

「契約の紋章、そんな呪われた奴隷紋を刻んで強引に契約を……まあそれも大いなる精霊王の御心のままにか」

 契約の……紋章?

「トーマ、頼むぞ。こいつらの思いに応えてやってくれ」

 そう言いながら闇の精霊のおねーさんは黒豹に姿を変え、林の中へ消えていった。
 あ……聞きたいことがいっぱいあるのに何も言葉にできなかった。

 ムー?

「今日はお前の番なのか?」

 ムー!

 俺の足元にはたぶん馬鹿猫その三…が眠たそうな目で見上げていた。


「ええっ! トーマさん精霊獣と契約されてたんですか!」
「しーっ、声が大きい」

 翌朝の出立の準備で慌ただしい中、ルナステラさんを呼んで懐で寝ていた馬鹿猫その三を見せた。

「俺が拾った猫、うん、子猫だ。そういうことにしておいてくれ」
「内緒にしておくんですね わかりました」
「それとね、ザイラにも説明しておいてくれくれないか。俺の猫だからって」
「わかりましたザイラって精霊獣が大嫌いですから」
「子猫! でもそんなに嫌いなの?」
「あ、子猫は好きですよ」
「だからあ!」

 長い長い初めての護衛クエストはようやく終わりを迎える。
 俺は少しは成長したんだろうか。
 この世界での居場所を手に入れたんだろうか。

 夕日に映えたアドラーブルの城壁を見た時、俺はいつの間にか呟いていた。

「帰ってきたんだ。俺の居場所に……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...