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3章 ペンチャーワゴン〜Paint Your Wagon〜

25話 護衛だけの簡単なお仕事のわけがない

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 朝一って何時?

 情報を、誰も教えてくれないこの不親切設計な世界。
 ステータスも見えない。商人も貴族もかわいい冒険者も襲われていない。図書館や本屋はあるんだろうが文字が読めない。

 すべて自己責任のトライアンドエラー。まあ考えたら、ぼっちでサボりの大学生、元いた世界と同じといえば同じか。

 朝の鐘がリンド~ンと鳴る頃に、俺は西門へ辿り着いた。
 スニーカーにジーンズ、青のTシャツに、皮の膝当て、肘当てと胸当て。その上に白い半袖ジャケットを引っ掛けている。荷物は背中に布リュックと、左腰にご臨終の五ゴルド剣、右肩に背負ったディオネさんの旦那が鍛えし名刀『鬼切丸』。
 まだ使ったことないけど。

 リュックの中には着替えや落とし紙や桶や火付け石など、家財道具一式。
 あとは非常食の黒パンが2本。これは宿のおばちゃんの餞別。おばちゃんはEランクに昇格したことを知っていた。ま、単純に長期の護衛任務に就くのは見習いにゃ無理だということで。
 お祝いになんと銀色の鎖をくれた。ギルドカードをぶら下げるのに皮ひもじゃ心もとないだろって。

「良い冒険を」

 別れ際に声をかけられ思わずウルっときた。
 なんと優しいおばちゃんだろう。まとめて払った宿代は返してくれなかったけど。

 倉庫街を抜けたところにある城壁に連なる西門の広場には、何十台もの荷馬車が並び、馬たちが嘶き、冒険者や人足たちがざわめいている。
 西門は業者が使う専用門らしい。

 ただ西部劇で開拓者たちが、馬車を連ねて西へ向かう幌馬車隊をイメージをしていたのだが、荷馬車に大小の木箱を積み上げ、それにシートをかけて縛ってる人足たち。ついでに馬はずんぐりむっくりした道産子みたいな馬で、二頭で荷馬車を引くらしい。江戸時代の引越しみたい。まあ、現実はこんなもんだろう。

 ウロウロしてたらロサードさんを見つけた。

「ロサードさん、おはよ……」

 声をかけようとしたら冒険者風のローブの人たちともめていた。

「だから向こうは定員いっぱいって言われたのです。なんとかこっちに入れてくれないですか?」
「チーム・ギガントのロブスとアドラーブルに来る時にもめてのう、嫌がらせにわしらを王都行きから外しよった。ケツの穴の小さいやつじゃ。一応二人とも魔導士じゃ。ランクはわしがC、孫娘がDじゃ。結構使えるぞ」

 茶色のローブを着て長い杖を持った典型的な魔法使いスタイルの爺さんと、灰色のローブで荷物を担いだ孫娘さん。
 飛び込みの営業らしい。

「出発間際で配置も決まってるんだ、今からじゃなあ……」
「ほら、あんな坊やも行くんじゃろ。あの子と一緒の配置でいいから、年寄りを助けると思って雇ってくれんか」

 爺さんさんの方が俺を見て言った。やっとロサードさんと目があった。

「おはようおございまーす」
「遅いぞトーマ! お前は一番後ろの馬車に乗れ」

 遅いって朝の鐘と同時に来たでしょ。

「じゃあじゃあ、あたいたちもいいですよね。はいこれ、書類とカードです。ほらほらじっちゃんも」

 どさくさで娘さん魔法使い? 魔道士? がロサードさんに書類を押し付ける。

「しゃあねえなあ」

 ロサードさんが書類を受け取り、冒険者カードをチェックする。ちゃんと赤色と青色のロゴマークが見える。

「ありがとうございますです坊やさん。助かりましたです、馬車の一番後ろですね。一緒に行きましょう」

 ロサードさんの気が変わらないうちにと、魔導士? さんたちは俺を引っ張るように隊列の一番後ろの馬車に行く。俺は坊やではない。

 ぬぼーっとした二頭の道産子みたいな馬が引く最後尾の馬車は珍しく幌がかかってる。

「よろしくお願いしまーす」

 御者の人に声をかけて荷台に乗ると、そこは干し草の山だった。手前にブエナさんとディーさんが座ってた。
 ブエナさんはいつもの茶色ローブを目深にかぶり、ショートソードを持っている。ディーさんは動きやすそうな皮の上下にブーツ。腰にはポーチと矢筒。単弓を肩に、両ブーツに双剣。

「あれ? ブエナさんたちも最後尾ですか」
「遅いにゃ」
「朝一の鐘できたんですよ、なのにロサードさんも遅いって」

 そう言いながら馬車の空いているところに座る。干し草は一メートルほどのブロックに縛られ、積み上げられている。隙間に木箱や樽が押し込められている。
「気にすることははないにゃ、いつものことにゃ」
「ははは、ロサードはねえ、自分の後から来たやつは全部遅いっていうからねえ」

 おお、なんと自己中なヤツ。俺の中のロサードさんの株がどんどん下がっていく。
 よっこらせっと言いながら魔導士さんたちが登ってくる。

「おや、先客かの」
「おはようございますです。あたいら王都のギルドで登録しているCクラスの魔法使いです。あたいがルナステラ、こっちがじっちゃんのグラント。よろしくお願いしますです」

「おう、よろしく。俺はディライト。ディーって呼んでくれ。君可愛いねえ、その若さでDクラスって優秀なんだねえ、恋人はいる?」
「おいおい、会ったばかりで孫娘を口説かんでくれ」

 いきなりちょっかい出してるディーさん。ディライトっていうのか。
 この人の性格もだんだんわかってきた。

「あ、俺トーマって言います。冒険者なりたてのEクラスです」
「おう、さっきは世話になったのう。で、そちらさんは?」
「……ブエナ。魔法使い。……Cランク」
「わあ、じっちゃんと同じですね。すごいです。あたいも魔法使いでDクラス。いろいろ教えてくださいです」
「……よろしく」

 あ、ブエナさんが寡黙な魔法使いやってる。褒められてちょっと鼻が膨らんでるけど。お構いなしに隣に座るルナステラさん。

 ローブのフードを外したルナステラさんは若そう。一般的な茶色の髪をポニーテールにして目も茶色。でも外人さんの年齢は見た目ではわからない。グラントさんの方はわかる。白髪でシワだらけでじゅうぶんなじいさん魔導士。

 冒険者に定年てないんだろうか。
 でも魔法使いと魔導士って何が違うんだろう。聞けないよねえ今更。

「わしらの配置を教えてもらえんか」

 じいさん魔導士はディーさんに当然のように質問する。

「うーんと、トーマは近距離、俺たち二人は遠近両方いけるんだけど、あんたたちは?」

 遠近両方ってメガネか。俺って近距離?

「わしは魔法だけじゃ、孫は杖もナイフも使えるので近距離も大丈夫じゃ」
「それはこころ強いねえ。遠距離で臨機応変にってとこかな。前衛の補助をしてくれ。ま、本番は草原を抜けて森に入ってからと思うけどねえ」

 話しているうちに外がざわついてきた。馬の鳴き声に喘ぐような車輪の音が聞こえる。御者の人がディーさんを呼ぶ。

「そろそろだな。俺は助手席へ行くから。あとはよろしくー」

 そう言いながらディーさんは幌の隙間から器用に御者台に登っていく。

 先頭の馬車はもう動き出しているのだろう。御者はあの盗賊たちを棍棒で袋叩きにした商会の従業員。助手席には冒険者。
 次々と他の馬車は動き出し、しんがりの俺たちを乗せた馬車がゴトゴトと動き出す。
 あとは馬に乗った護衛の冒険者たちが隊商の左右に付く布陣。
 ロサードさんもその中にいるのだろうか。

 朝日を背景に、地面に長く影を落とすアドラーブルの城壁。
 その影を抜け雲ひとつない青空の下、隊商は鉱山都市を目指して進んでいく……多分。
 鉱山都市がどこにあるかは全く知らんけど。
 でも西方面に向かうらしい。お日様がが西から昇ってない限り。

 揺れる馬車の中。
 き…気まずい。本当はさりげなく話題を振って親睦を深めるべきなんだろうが、俺にはそんなコミュニケーション能力はない。
 頼みのブエナさんは早々と干し草にもたれて眠っている。
 嗚呼、気づつない……と思っていたら、さすが年の功、じいさん魔導士が気を使ってくれた。

「坊やは鉱山都市は初めてかの?」
「はい、初めてどころか昨日Eクラスになったばかりで護衛自体が初めてです」
「おお、初陣かね。誰にも初めてはあるもんじゃ」
「あれえ、じゃあなんでEクラスの新人がここにいるのですか? 鉱山行きは結構大きな仕事と思うんですけど……」

 ブエナさんに相手にされなくなったルナステラさんが参加してくる。

「あ、えーと、チーム・イソシギのロサードさんに、いつの間にか勝手にというかお節介というか、無理矢理連れてこられて……」
「ほうほう、イソシギさんの……期待の新人というわけじゃの」
「それはすごいです。でも長期の護衛というのは結構魔物や盗賊との戦闘とかあるんですけど、坊やさん大丈夫ですか、命がけに仕事になるのに大変です」
「はあ……」

 おっと、ルナステラさん、それとなく上から目線? ま、不安だろうね。火竜とボブゴブリンとオーガと盗賊を倒した経験がありますとか言ったら安心してくれるのだろうか。でもあれ、まぐれだからなあ……。

「これルナ、誰でも新人の頃はあるんじゃぞ。うまく導いてやるのも上位ランクの使命じゃ。坊や、初めてじゃ戸惑うことばかりじゃろ。質問があったら教えてやるぞ」

 坊や確定?
 でも珍しくお節介さんに出会った。

「トーマですけど、じゃあ……」
「ふむ?」
「魔法使いと魔導士の違いって何ですか?」

ズルっ!

「何ですかその質問。もっと護衛としての意義とか心構えとか聞きたいことはないのですか?」
「まあいいじゃろう、疑問に思ったことは何でも聞けばええ」
「仕方ないです。あたいから説明するです。魔法使いと魔導士の違いですね……そうですねえ、ひと言で言って……」

ごく……

「言い方?」

ズルっ!

「冗談です。簡単に言えば、基礎魔法を使ってそれを生業にしてるのが魔法使い。一般的に魔法を使うものの通称ですね。上級魔法を習得しているのが魔導士ってとこですかねえ」
「上級魔法?」
「はっきり言えば精霊魔法。精霊と契約して加護をもらい、魔法を使うのです。まあ、精霊といってもピンからキリまでいるのですけど。そこらへんの野良精霊だまして、無理矢理契約して魔導士でございってやつもいるんです。自己申告なのです。上位精霊と契約したりなんかしたら一躍王室御用達、宮廷魔導師のトップに立てるのです」

 精霊……かあ。やっぱりいるんだねえ。

「じゃあお二人さんは精霊と契約しているのですか」
「ま、まあね……」
「精霊っているんですね。どんなのがいるんですか、お二人はどんな精霊と契約してるのですか」
「一つ言っておくが……そういう質問はしてはいかん。相手の能力を聞き出すのはご法度じゃ。命に関わるからの」
「あ、ゴメンなさい」

 やらかした。

「まあ冒険者同士といっても最低限の礼儀は守らんとのう」
「あとは……白と黒のローブを着ている魔導士には気をつけてくださいね。あの人たちはは宮廷や騎士団に仕える本物の魔導師。自称ですけど。おっそろしくプライドが高いのです」

うーん、今度は魔道士と魔導師か、発音は同じなんだけど俺には違う名称に聞こえる。でもこれ以上は聞けないか。
 干し草で気持ちよく寝ているうちの魔法使いさんは魔導士なんだろうか?

 我ら幌馬車隊は轍の残る草原から、いつの間にか雑草で覆い隠される道をかき分けて進んでいた。
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