異界の異邦人〜俺は精霊の寝床?〜

オルカキャット

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2章 城壁都市アドラーブル

17話 倉庫番の見習い

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「あ、おはようございます」
 
 この人も仕事にあぶれたんだろうか?   近衛二番隊に三シルドでこき使われた雑用係仲間。
 とりあえず挨拶をしてみた。数少ないこの世界での知り合いだ。

「この時間におはようもないだろう。どうしたのさあ? 元気ないねえ、仕方ない、あたしが元気付けてあげようか」
 
 確かフラムなんとかとかいう名前だったおばちゃんは、馴れ馴れしく俺の背中に抱きついてくる。

「いいですいいです間に合ってます」

 と俺はおばちゃんから離れて思わず剣の柄に手を添える。

「おや、剣を買ったのかい。装備も増えてるねえ。ふーん、本気で冒険者を目指す気になったんだねえ。あ、そうか。あんたががいたか」

 フラムのおばちゃんは一人でしゃべって一人で納得していた。

「で? 仕事にあぶれたのかい?  見習いの仕事口は日によって違うからねえ。仕方が無い。あたしがいい仕事を紹介してあげよう」

 そう言っておばちゃん魔導師(……)はスタスタと歩いて行った。
 ちなみに魔導師の文字の後ろには(?)とか(笑)が付く。

「仕事を紹介? 自分もあぶれたんじゃ?」
「なにしてんの。ついといでよ、それとも手をつないでいく?」

 振り向いて立ち止まったフラムのおばちゃんはシナを作って片手を差し出した。
 なんだろう、初めて馬車の中で会った時はボサボサの赤い髪に埃まみれの顔。ボロボロのくすんだローブに真っ赤なドレスをたくし上げ、胡座をかいた飲んだくれのイメージしかなかったけど……
 今目の前にいるのは髪はボサボサではなくサラッとウェーブがかかってる感じ。ローブはボロだけど明るい茶色がはっきりとわかるほど洗濯はしている。顔も小綺麗だし赤いドレスから伸びた脚は張りがあってスラッと長い。結構スタイルはいいんだ。

 何が違う? そうか! 酒臭くないんだ。さすがに朝からは飲まないのだろう。四十過ぎくらいのイメージだったのが三十過ぎくらいまでランクアップしている……やっぱりおばちゃんか。

「いえ、歩けます! 一人で歩けます!」

   確かにギルドの中で仕事をアタフタして探すより、知り合いに紹介してもらった方が気が楽だが……このおばちゃんとそこまで親しかっただろうか?
 
  でも仕事があるのは有難く、一抹の不安を抱えながらもフラムのおばちゃんの後をついて行くことにした。

 辺境都市アドラーブル。
   南北に出入り口を備えた城壁都市。

 かつて西征を唱えた王国の命を受け、一介の騎士であったご先祖率いる騎士団が、大魔境アドラーブル大森林へ大遠征をした。紆余曲折なんやかんやあって、この地に砦を作り、街を作り、都市を作った。そしてご先祖は、初代辺境伯アドラブル公としてこの地を拝領し、領都とした。
 またなんやかんやあって時は流れ現在に至る。なんやかんやって何?

 都市の北部は冒険者ギルド、近衛二番隊、騎士団、一般居住区、繁華街を構える。中心には領主アドラブル一族が住む城。左右に貴族の居住区がある。南部は商業ギルドがあり、大商人率いる商会が建ち並ぶ一大流通地区となっている……と、フラムのおばちゃんにガイドをしてもらう。

「どこまで行くのですか?  別に観光案内はいいので……」

「聞いて驚くな、あのラトーナ商会よ!」
「どの?」
「あ、あんたねえ、ラトーナ商会といえばこの都市で一番……とは言わないけど三本の指に入る豪商じゃないの。その商会の命たる商品管理基地警護の仕事を紹介してやろうと言ってるんだから感謝しなさいよね」

 と言いながら連れていかれたのは倉庫街。
 つまり、倉庫番ということね。
 広い道路を挟んで木造の大きな三角屋根の倉庫がずらっと左右に立ち並ぶ。各倉庫では大きく扉を開け、荷物の積み下ろしで活気に満ちている。

「どいたどいたー!」

 と荷馬車が何台も大通りを駆け抜けて行く。白い土埃と馬糞の粉が舞っている。
 大通りと呼ばれる主要道路は石畳で舗装されている。もっとも王族や貴族の利用頻度が高い道路のみ。
 その他の大部分の道路は土で固められている。当然ワダチはできるわ土ぼこりは出るわ馬糞は風に舞う。

「二番隊が盗賊とゴブリンを根絶やしにしたかたからねえ。荷物の安全が確保できるようになってこの地区は活気に満ちてるのよ。
 今までは荷馬車一つ仕立てるのに護衛の冒険者を何十人も雇わなければ安全が保証でなかったのさ。その分運賃に跳ね返る。物価にも跳ね返る。
 ついには危険なので隊商は移動禁止の処置も取られてたの。
 最も冒険者にとっては痛し痒しだけどねえ、お、ここよ」

   やっぱりフラムさんは一人でしゃベリながら一つの倉庫に隣接した二階建ての事務所へ入って行く。
   大きな看板が出ているのでたぶんラトーナ商会と書いてあるのだろう。ロゴマークは羽を広げた青い鳥だった。

「ごめんなさいよ」
「いらっしゃいま……なんだ、フラムさんですか。確か今日は夜番じゃなかったですか?」

   勝手口のような扉から入ると中はカウンターがあり、小口の荷物がいっぱい置かれ、書類が散乱している。その中を事務員さんだろうか。小柄で痩せた短髪黒髪の若い男が書類片手に動き回っている。こじんまりとした宅配便の受け付けみたいな感じがする。フラムさんが言ってたようなこの都市三位の大企業ではなさそうだ。

「お嬢さんはいる?   頼まれた人材を連れてきたと言って欲しいんだけど」
「別に頼んじゃないだろ」

   開いたままの奥の扉から押しの強そうな体格のいい女性が書類を見ながら出てきた。

「今度はどんな食い詰めもんを拾ってきたんだい。あんたの代わりならいくらでも雇ってやるよ」
「またまたあ、お嬢さん、そんなご冗談を。こいつはすごいやつなんだよ。元宮廷魔導師のあたしの一押しなんだから。ボブゴブリンとオーガを倒したんだから。まだ見習いだけど腕っ節は一流。何をぼけっとしてるの。挨拶しな」

   いきなりフラムさんの矛先が俺の方に飛んできた。
「あ、始めまして。見習い冒険者の冬馬中條、登録名はトーマです。よろしくお願いします」

といって頭を下げる。
   書類を見ていたお嬢さんが顔を上げた。事務員さんも仕事の目を止めて俺を見た。
 え?   何か間違ったこと言った?

「ほう、あんたにしてはえらくまともな子を連れてきたじゃないか。腕っ節の方は眉唾もんだけどね」

   そういいながらその女性は俺から目を離さずに近づいてきた。
 でかい。茶色に近い金髪を無造作に後ろに束ねて肩まで垂らしている。顔は彫りが深く目は青い。身長は俺よりちょっと高い百八十センチくらいか。青い鳥のマークが付いたポケットが、ドーンと自己主張した胸におされて間延びしているクリーム色のシャツと、同じ色の厚手のスカート。腰には護身用だろうベルトに短剣をぶら下げている。

「トーマ……だったかい。あたしはラトーナ商会の集配管理を任されているディオネ・ラトーナだ。仕事は倉庫の夜間警備。日没から日の出まで。一晩八シルド。夜食はつけるよ。期限は在庫の荷が掃ける十日間だ。どうする?」



  さすが商売人なのか簡潔明瞭余計なことをダラダラ言わない。当然俺には文句はなく……は、はちしるど!   二十四時間三シルドの、どっかのブラック団よりはるかにマシだ。

「はい!   よろしくお願い……」
「待て!」

   奥の扉が騒がしくなった。先に雇われた冒険者だろうか三人の戦士が出てくる。それにしては防具が綺麗だ。どこかで見たような記憶がある。同じ武器と防具を装備している。

 三人はそのままディオネさんに詰め寄った。

「どういうことだ! 護衛は我々騎士団で十分だろう。一流の冒険者のならともかく、なぜ見習いやシロウトを雇う?」
「私たちが信用できんのか」
「この倉庫など俺たち三人で十分だろう」
 
 小さな人を挟んで大きな人二人がディオネさんに詰め寄る。まだ若そうな三人だ。
 騎士団? そうか。冒険者見習いになった夜、寡黙な魔法使いブエナさんと一緒に見た大名行列だ。でも騎士団がなんで警備の仕事を?

「はいはいみなさんのことは信用してますよ。でも倉庫は広いしねえ。長丁場でもあるし出来るだけみなさんの負担を軽くしようと思いましてねえ。どうしても嫌なら引き取ってもらうしかないわねえ。副団長さんにはあたしから言っとくよ。警備なんかできるかって怒って帰っちゃったって」

   最初はヘラヘラ愛想笑いで話してたディオネさんの目が威圧感たっぷりの目に変わる。……怖い。

「な、何も辞めるとはいっておらん。騎士団の名誉にかけて仕事は遂行する。おい、おまえたち、我々の命令には従ってもらう。邪魔だけはするな。わかったな」
 
 と一番偉そうな小さい戦士が俺とフラムさんに向かってわめいてる。あれ?   近くで見ると……女性?   そう言いながら騎士団さんは奥の扉に消えて行った。

「お嬢さん、なんで騎士団が?」

 いつの間にかカウンターの中に入って椅子でくつろいでいるフラムのおばちゃん。

「頼まれたんだよ騎士団の副団長さんに。見習いに警備の経験をさせてくれって。まあ騎士団の頼みは断れないしね、新興商人としては。本当は夜だけでいいんだけど見習いさんたち一日中警備するんだって。と言っても昼間は奥で寝てるんだけど」

「騎士団にも見習いがいたんですね」
 
  とそれとなくフラムさんに聞いてみた。

「騎士団は元々貴族中心の編成なんだけどねえ……建国以来の貴族もいればポット出の貴族もいる。大事な跡取りもいれば冷や飯食いの三男坊四男坊もいる。全員がすぐに騎士になれるわけじゃないからねえ」
「はいはい、話は決まったね。日没までに来てくれればいいから、まあせいぜい仲良くやっとくれ」

 もう話は終わったと仕事に戻ろうとするディオネさん。

「あのう……質問があるのですが」
「なんだい?」
「何から護衛すればいいのですか?」
 
 一瞬ディオネさんの目線が鋭くなる。首の後ろがチリチリする。なんだこの人、本当に商人なんだろうか。

「あ、すいません、余計なことを……」

 俺は雇われただけの見習い。黙って護衛すればいいんだ。

「なんで知りたい?」
「いえ、あの、ただ倉庫の警備が必要なら今までもずっと必要だったわけですし、今回改めて雇うということは……」
「ということは?」
「重要な荷物があるか、狙っている奴がいるか……敵対する勢力動き出したか」

 ディオネさんの厳しい目線が柔らかくなる。

「オバちゃん、あんたいい子を連れてきたねえ」

 抑止力の警備ではなく、何らかの敵からの護衛となるのだろう。
 昼夜逆転の生活は慣れたものなので心配していない。

 でも泥棒が来てもあのディオネさんだったら一人で蹴散らせるんじゃないだろうか。


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