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2章 城壁都市アドラーブル

12話 討伐隊の補給係

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 簡易駐屯地のテントで一晩寝て次の朝、討伐隊が組織された。森の中のゴブリンの巣を探し出し残党を討伐するそうな。
 ただ森の中は道なき道を進むので、馬や馬車が使用できない。

 昨日のゴブリンとの戦闘で重症を負った者七人。避難した村人を迎えに行きたいという村長さんの護衛に五人。森の入り口に簡易駐屯地という名の前線基地の留守番に五人。
 結果、討伐隊は三十数人になった。元々何人いたのがわからないけれど、ここにきての戦力分散は痛い。おまけに重症患者のほとんどは魔導士らしい。

 乱戦になった時の魔導士は役に立たないそうだ。兵士としての魔道士は魔法に特化しているらしい。冒険者とはえらい違いだ。
 俺の知ってる猫耳の魔法使いは魔力が切れるまで魔法を使った後、剣を抜いて切りかかっていた。
 ついでに乱戦にならなくても全く役に立たない無傷の自称魔導士も俺は知っている。 

 周囲を警戒しながら森の中を進む討伐隊。全員が徒歩だ。弓と剣を持つもの、矢がなくなれば剣を使うのだろう。槍と剣を持つもの。剣だけを持つものは荷物を背負っている。
 俺は槍を持ち腰に剣を装備して兵士たちについて行く。決して入隊したわけじゃない。それが証拠に背中に食料の入った大きなリュックを背負ってその上に剣を三本くくりつけている。バンクールも同じ姿。これも補給係の仕事だ。もちろん俺たちは兵士としてはカウントされていない。
 期待なんかされるのはごめんだ。

「全く人使いの荒い隊だよ。元宮廷魔導師たる、か弱いあたしにこんな仕事を押し付けるなんて」

 同じようにリュックを背負いボロローブを着たフラムのおばちゃんがブチブチ文句を言いながらヨタヨタ歩いている。
 背中のリュックがどういうわけか小さい。剣も槍も持っていない。自分用の長杖だけを持って、でも徳利は腰にぶら下げている。

「元宮廷魔導師ならせめて魔法くらい使ってくださいよ。昨日の乱戦でフラムのおばちゃんだけだよ、一度も魔法で攻撃しなかったの」

 一番大きい荷物を持ったバンクールが呆れて言った。

「あれは作戦が悪い。あたしが大魔法でゴブリンをなぎ倒してやろうと思ったのにいきなり突っ込むんだから。若いやつは我慢が足りん。ところで坊や、身体強化の他にどんな魔法を使うのじゃ? 」

 フラムのおばちゃんはいきなりこっちに話題を振った。

「俺、魔法なんて使えませんけど……」
「ふははは、魔法なくして人間族にあの早さと威力は無理だろ。まさか龍族とか?  あ、済まん、内緒なのか?」

 思わせぶりに小声で話しかけてきたおばちゃん魔導士。

 身体強化魔法ってなんだろう。小説の中じゃ異世界に転移した時にはいろんな能力を手に入れるという設定が多い。実際俺も普通にこっちの言葉を理解している。 そういや盗賊の攻撃が遅く見えた。あれは死にかけてたから?  回し蹴りで五メートルも吹っ飛ばした。実際は贔屓目、一メートルだったかも?   火竜から逃げ切った。足の遅いやつだった?   火竜を倒した。偶然のタイミングだった?   ゴブリンの攻撃が遅く見えた。アドレナリンの出過ぎ?   ゴブリンが回し蹴りで弾けた。腹がやわらかかった? 

「俺、田舎から出てきた普通の人間ですから」

 そう言い切った俺は荷物を担ぎ直し兵士たちを追った。納得いかない顔のフラムのおばちゃんは無視することにした。

 森の中を二時間ほどの行軍で獣道もなくなり、いよいよ道無き道を突き進むのかと思った時視界が広がった。ぽっかりと空いた広場に木や草を編んだ掘っ建て小屋の残骸が広がっている。ゴブリンの死体と共に。

 集落の端にはゴツゴツした小高い岩の丘があり、その向こうから水音が聞こえる。川か水場があるんだろうか。そういや空気が冷たくなった。

 ここがゴブリンたちの集落。バラバラになった建物の残骸と共にここまで逃げてきた時は生きていただろうゴブリンの残骸が散乱している。

 当然討伐隊の仕業ではない。
   嫌な予感がする。
 首の後ろの産毛がチリチリし出す。

「周りの情報を集めろ」
 
  女隊長さんの命令で数人の兵士が斥候として森の中へ散って行く。

   トコトコとシルビア隊長に近づいて聞くバンクール。

「ゴブリンの巣ですよね。正確には巣だった?」
「誰かさんが私たちの仕事を代行してくれたらしい」
「はは……ありがたくご好意を受けて撤収ということで」

グウオオオオッ!!

「そうもいかんらしい。総員戦闘準備!」

 ズシッズシッっと地響きを立てて大きな影が近づいてくる。その方向へ向けて武器を構える兵士たち。

『オーガ……』

「隊長、オーガです!」

 まただ! 確かに聞こえた。隊員の声の前に『オーガ』と! ひょっとしてこれは……噂に聞く異世界定番の『鑑定』という能力なのか? 俺は鑑定団になったのか? 試しに手に持った剣を見る。

「鑑定!」

 …………何も思い浮かばない。
 なんだよこれ、たまに魔物の名前だけ教えてくれる能力? 使えねえ。

 斥候に出た兵士があわてふためいて森から飛び出してくる。

 バキバキッ!   グウオオオオッ!

 それを追うように樹々をへし折りながら黒い塊が飛び出してくる。

 デカい……俺たちよりもゴブリンよりもはるかにデカイ。
 屈んだ状態で三メートル以上はある。ローランドゴリラのような黒褐色の肌、赤い目を爛々と輝かせ、手には樹木を抜き取ったような棍棒。ツノがあるのかどうか体毛でわからない。口から生えた二本の犬歯が真っ赤な口の中から飛び出している。これがオーガ。
 本当にこれは見習いの仕事なんだろうか。オーガの怒号を聞きながら俺は思った。

「これで三シルドは安すぎる!
「攻撃!」

 シルビア隊長の号令が響き渡る。
 バラバラと弓使いたちの矢が飛んでいく。
 フラムのおばちゃんの気合が聞こえ、炎の塊がオーガの顔面へ飛んで爆発する。あ、フラムさんて本物の魔法使いだったんだ。でもブルんと顔を一振りしただけでオーガには全く効いていない。

 むしろオーガは怒りに任せて突進してきた。必死で槍で牽制する兵士たち。
 おばちゃん逆に余計なことをした?
 棍棒を振り回すと射程距離にいた兵士たちが吹き飛ぶ。倒れた兵士たちに止めをさそうと襲いかかるが決死の槍持ちが後ろからオーガに襲いかかって狙いを外す。
 
 その隙に狙いやすい岩山の丘に移動した弓隊が弓を浴びせる。
 的がでかい分フレンドファイヤーは起こらない。

 俺たち素人の補給係は戦うことも逃げることもできず、ただ戦場が移動するのに合わせてゾロゾロついて行くだけ。兵士たちが全滅したら次は自分たちだということは分かっているんだけれど……流石にバンクールは負傷した兵士たちを助けようとしている。しかし俺たちに命令するのを忘れてる。

   手伝おうと思っても足が動かない。素人が何をしても邪魔なだけ。魔物と戦う兵士たちをオロオロしながらただ見てるだけ。これが彼らの職業、生き様なのか。
 何という世界なんだ。
   オーガは顔に降ってくる矢が鬱陶しいのか標的を丘の上の弓隊に変えた。

   俺のそばまであっさりと撤退したフラムのオバちゃんが耳打ちをしてくる。

「私の魔法はきかんらしい。そこでお前さんに中級魔法を教えてあげよう」
「だからあ、俺は魔法が使えないってさっきから……」
「元宮廷魔導師たるこのあたしが言ってるんだ。信じろ。お前の体内には魔道の根幹たる マナが駆け巡っておる」
「マ……ナ?」
「精神を統一して私が言う通り詠唱しな、ほら構えて!」

 俺はフラムのおばちゃんに手取り足取り魔法を使うポーズをさせられた。腰をおとして、右手を前にあげてオーガを狙う。左利きなんだけどいいんだろうか。
   使えれば儲けもの、ちょっとは援護できるかもしれない。でも魔法って……杖とか持たなくていいんだろうか? ブエナさんは小さな杖を持っていた。このおばちゃんは大きな杖で魔法を使う。流儀とかがあるんだろうか?

『我が手に炎……一緒に言わんか!   我が手に炎!』
「わ…わがてにほのお……」
『猛る灼熱の炎よ』
「たけるしゃくねつのほのおよ……」
『集い来たれ、敵を貫け炎の矢!』
「つどいきたれ……敵を貫け炎の矢!」
…………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………

 なにも起こらなかった。
 ため息をつきながらとなりのおばちゃんを見……居なかった。

   オーガは後ろから攻撃する槍隊を振り払いながら弓隊を追い詰めて行く。矢を打ちながら後退していた弓隊が岩山の上に追い詰められる。

「崖だ、後がない。これ以上無理だ!」

 岩山の向こう側は崖らしい。
 ついに矢が尽きたのか剣を抜いて応戦しようとしたその時。

『我が剣に冷気を! 凍てつく氷よ! 集い来りて我が敵を貫け!』

 シルビアさんの声だ!  魔法を使うのか?
 剣を構えていたシルビアさんが詠唱を終えるとそのまま剣を振り切った。
 剣から紡錘形に模った氷の塊がオーガに襲いかかり顔面で砕け散る!

 ウギャアアアアアッ

 目を潰されたのかオーガは顔を押さえ喚き声をあげながら棍棒を振り回した。
 その棍棒の下をかいくぐるようにシルビアさんが剣を振り切る。
 スパン! と音が聞こえるような切れ味でオーガの棍棒を持った右腕が空を舞う。剣先から氷の結晶がキラキラと舞い上がる。
   一瞬の静寂のあと聞こえるオーガの悲鳴と兵士たちの歓声。だが苦し紛れに振り切った左手がシルビアさんを襲う。

「あぶない!」

 普通なら簡単に交わせるはずが、足場が悪いのかふらついたシルビアさんは直撃を受け吹き飛んで岩山に叩きつけられる。
 倒れて動けないシルビアさんにお墓の前で震えていた泣き虫の女の子の姿がフラッシュバックする。
 なおもシルビアさんの気配を追い近づいていくオーガ。

「なんでこんな時に思い出すかなあ!」

 俺は何も考えず気付いた時は剣を抜いて走っていた。またやってしまった。

「バカヤロウ!  クソオーガ!  こっちだこっち!」

 言葉が通じるのかわからないが耳は無傷なのだろう、俺の方を振り返ろうとする。
 俺は岩山に駆け上がりオーガに向かって思いっきりジャンプすると、空中で剣を逆手でホールドする。
 急に俺の気配が消えたのでキョロキョロしだすオーガ。

「もらったー!」

 その声に反応し、こちらを向くオーガ。

 グシャ!

 剣もろとも身体ごとオーガの顔面ぶつかる。剣は根元までオーガの顔に突き刺さる。         

 オーガの全身痙攣で振りほどかれ、俺は岩山に叩きつけられる。一瞬息が止まり視界が真っ暗になる。受身覚えなきゃなあと場違いなことを考える。

 後ろから槍隊が突撃をかけ次から次と槍をオーガの身体にめり込ませて行く。ついにオーガの痙攣は止まり岩山へ地響きを立てて巨体が倒れる。その衝撃で弓隊も倒れたシルビアさんも俺も吹っ飛ばされる。

 シルビアさんの身体が崖を越えようとする。俺は左手を伸ばし彼女の戦闘服を掴んだ……が、シルビアさんの身体は崖下に転落して行った。
 俺の体と共に。




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