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2章 城壁都市アドラーブル

9話 補給だけの簡単なお仕事

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 俺はどこから来たのだろう。俺は何者なのだろう。俺はどこへ行くのだろう。

 バタバタと廊下を走る音、食欲をそそる匂い宿屋のおばちゃんの大声、客の笑い声。
 にぎやかな異世界の騒音で俺は目を覚ました。爆睡できたのか夢も見ずに目が覚めた。

「腹減ったあ」

 なんの脈絡もなく異世界に放り込まれ、起き抜けの第一声が「腹減った」とは情けな い。でも寝る前に見た天井だし。
 喫茶店でモーニングを食べに……行けるわけないなあ。

「あ」

 俺は起き上がってポケットから硬貨を全部出した。ついでに持ち物もすべて出した。
 財布。部屋の鍵。ハンカチ。文庫本。ノック式ボールペン。Gがショックなソーラー時計。
 時計を見ると針は六時五十分を指している。
 う~ん、向こうの世界とこっちの世界の時差はないっていうことか。いや、俺はこんなに早起きじゃない。数時間のズレはあるのか? そもそも一日二十四時間なのか?
 
 う~わからん。ややこしいことは後に回そう。

 いつも持っていたリュックはどこへ行ったんだろう。馬車の中では手ブラだった。こっちの世界へ持ってこれなかったのか。
 スマートフォン。タブレット。バッテリー。未読の文庫本。筆記用具、ペットボトル……いろいろあったのに……。
スマホを道具屋に持って行って「おおこれはなんと素晴らしい魔道具だ。ぜひ高額で買い取らせてくれ」とかいう成金コースもできないってことか。
 たまたまポケットに突っ込んでいた読みかけの時代小説を引っ張り出したが……全然読む気が起こらない。そりゃそうか。こっちの世界の方が波乱万丈で命がかかったノンフィクション。
 
 気を取り直して本来の目的である硬貨を数えて仕訳した。

 金色硬貨が十六枚、銀色硬貨が二十枚、茶色の硬貨が二十枚、百円玉が三枚、十円玉が二枚。
 あ、百円玉と十円玉が混ざってた。小銭入れを持たないので一緒になっていた。ちなみに財布の中は千円札三枚、定期、学生証、電気屋と雑貨屋とコンビニのカード、ICOCAカード、あとは領収書だった。

 この世界では全部使えないよなあ。
 いやカードは素材として売れるか? 千円札は額に入れて有名画家の細密画とかで売れないか……あ、学生証は身分証明書になったんじゃ……あかん、文字が日本語だ。
 領収書を大切にとってあるのは家計簿をつけていたから。
 とりあえずいろんな妄想は置いといて。

 宿屋が一泊三シルド三日で九シルド。金貨を一枚出して革紐を買う前のお釣りが銀貨一枚だった。
 ということで、銀貨十枚で金貨一枚だ。
 革紐が八十ペンド。お釣りが茶色銅貨二十枚。ということは銅貨百枚で銀貨一枚だ。
 金貨=ゴルド、銀貨=シルド、銅貨=ペンド。
 一ゴルド=十シルド、一シルド=百ペンド。
 円やウォンじゃなくてポンド、ペニーやドル、セントのパターンか。
 いくら田舎もんでもお金の単位を知らないってことはないから聞く訳にはいかないしなあ。

 で、昨日の収支は……
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 冬馬の家計簿
 入金 
 火竜のカギ爪の買取金額=X

 支出
 税金が二割といっていたはず。X×0.2
 ロサードさんが金貨五枚取った。5
 宿屋が三日分で九シルド。0.9
 革紐が八十ペンド 。0.08

 残金
 ゴルド16枚、シルド20枚、ペンド20枚=18ゴルド20ペンド=18.02

 Xを求める方程式。
 Xー(X×0.2+5+0.9+0.08)=18.02
 X=18.02+0.2X+5+0.9+0.08
 Xー0.2X=18.02+5+0.9+0.08
 0.8X=24

 答え X=30
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ということで火竜のカギ爪は三十ゴルド。
 手取り二十四ゴルド。
 宿屋約八十日分。

 手持ちが18ゴルド20ペンド


 元の世界で食事付き一泊一万円としたら八十万円。五千円としたら四十万円くらいか。
 鈍い金色の硬貨を手に持ってみる。これが二万円~四万円ちょいか。
 金の相場としては安すぎるな。あ、当然純金じゃないよな。江戸時代の小判も金と銀の合金だったし。
 まあ価値観も文明も違う異世界では何の意味もないだろう。人件費が安いとか、工業品は高いとか……まあ大体の目安として覚えておこう。
  
 夕べは結局何も食べずに寝てしまった。 着の身着のまま部屋に鍵をかけて一階まで降りていく……って部屋には何も置いていないけど。

「井戸は裏、顔洗って飯食ってさっさと仕事行かなきゃアブれるよ」

 俺が起きた気配を感じたのか宿のおばちゃんが俺を見ずに大声で言った。
 そうだ。冒険者の見習いになったんだ。働かなくちゃ……。

 なんでこんなことになったんだろう。なんで俺なんだろう。なんのために……考えなければいけないことはたくさんある。でも答えなんてないような気がする。

 まずは生きなくちゃ……

 カギ爪の売り上げで当分生活はできるんだけど、武器や防具、生活用品も買わなくちゃいけないし、病気になったりするまえに稼がなくちゃいけない。あんな宝くじみたいな儲け口はありそうにないし……。

 そして何よりも生きて行くための情報が少なすぎる。ネットも本屋もない、いやないことはないが文字が読めない。人に聞く訳にはいかないし。
 そう人に聞けないんだ。
 解説好きの女神様も、魔物に襲われた金持ち商人も、盗賊に襲われた色っぽい女冒険者も世話焼きの門番もいない。
 知り合った冒険者も女戦士も名前すら教えてくれない。
 死にかけて盗賊にされてだまされてようやく土下座して(してないけど)冒険者になれて現在に至る。
 まあ俺は、田舎から一旗あげに来た設定だし。

 「一日って何時間ですか?」「一年て何日ですか?」「文字ってどう書くんですか?」なんて聞けやしないだろう。

 考えなきゃいけないことはたくさんあるんだけれど、大声でわめき散らしたいことはたくさんあるんだけれど……うん、あとで考えよう。

 井戸へ行くと滑車式の水汲みがあった。面倒なので大きな桶に溜まってる水で顔を洗って口をゆすいで服で拭いて……タオルもないか。ハンカチで拭く。やや汗臭い。生活用品も買わなくちゃ。

 食事はセルフサービスだった。お盆を持ってパンみたいなものとスープらしきものとポテトサラダまがいのものをもらって空いてる木製の席につく。

 味は……パンは黒いフランスパンかクルミパンみたいな食感。硬い。スープは塩味のお湯、なんかが浮遊している。しょっぱい。
 ポテトサラダもどきは茹でた芋みたいなものをつぶしたもの。なんの芋かはわからない。芋ですらないかもしれない。でも空きっ腹には何でも美味しい。
 朝食をかっくらった泊まり客は鍵を預けて飛び出して行く。朝食だけを食べに来る客もいる。
 食後はトイレへ行ってそのまま鍵を預けて宿屋を飛び出した。
 トイレは汲み取り式のポットン便所だった。昨日は食事抜きなので小だけを済ましたが、当然トイレットペーパーは置いていない。どうするのだろう?   ヘラもない。縄も張ってない。 魔法で?    水で洗う?   手?  うん、あとで考えよう。

 宿屋のオバちゃんに鍵を預け『銀のパイプ亭』を出た。
「良い冒険を」というオバちゃんの声に愛想笑いを返し、ごちゃごちゃした路地を抜けると大通りに出る。ここから右に行けば冒険者ギルド。左に行けば噴水があって門があるはず。石畳の大通り、石造りの建物。
 人や人らしい人や荷馬車が行き交い、商店らしき建物には客がパラパラと並んでいる。 まるで中世ヨーロッパの街並の……、だから俺は中世ヨーロッパの街並みなんて見たことがないんだって。ただ正攻法なRPGゲームや映画のような街並み。なんかホッとする。

 喧騒の中をようやくギルドにたどり着く。

 冒険者ギルドの前はとんでもないことになっていた。外には荷馬車が並び大声をあげている人たちの周りを殺気立った人たちが取り囲んでいる。
 やはり独特の匂いがする。どこかで嗅いだような……あ、ペットショップに入った時の匂いだ。そして埃っぽい空気。

 荷馬車に繋がれた馬みたいなロバみたいな動物が俺の眼の前で、ボトボトボト。あ、この匂いか。掃除はしているんだろうが馬糞が乾燥して風に舞っているらしい。
 依頼掲示板から薬草採集とかペットの散歩とか納屋の掃除とか適当な見習い向けの仕事を探すつもりでいたが……そういや冒険者の半分くらいが見習いだと言っていたなあ。

「城壁の補修十人日当八シルドないかないか」
「港湾荷卸しラモーヌ六人三日で三ゴルドないかないか」
「もらった」
「俺も」
「飯は付いてるのか」

 この雰囲気、どっかで見たことがある。そうか。見習い冒険者は日雇い労働者だったんだ。
 手配師たちが人を集めて行く。集まった人たちは馬車に詰め込まれたり団体で引率されて仕事場へ向かって行く。

「近衛二番隊雑用日当三シルド食事付きないか」
 
   近衛隊? どっかで聞いたような。

「雑用で三シルドだと? 相変わらずケチくさいな二番隊は」
 
 貧乏な鎧を着た兵士に豪華な鎧を着た兵士が話しかけている。悔しそうに豪華兵士を睨んでる貧乏兵士。

「騎士団練兵場の雑用十人だ。日当一ゴルド。食事付き日没まで」
「もらった!」
「俺が先だ!」
 
 たちまち募集人数以上の人が手をあげ素の中からガタイのいい者をえらんで豪華兵士は引き上げて行った。 
 残念そうな仕事にあぶれた見習いたち以上に悔しがってる貧乏兵士。
   目が合った。

「あっ」

 気がついた貧乏兵士は俺に向かって目一杯の笑顔を振りまいて寄ってきた。

「君、見習いになったのかい?   仕事はまだ?   ちょうど良かったね、いい仕事あるよ、紹介してやるよ、なーに物資補給の簡単なお手伝いだから、遠慮するなよ、一緒に火竜を倒した仲じゃないか~」

 あ、こいつ昨日俺を盗賊呼ばわりして槍を突きつけたやつだ。
   必死なのか笑顔でTVショッピングのような営業トークを展開する。三シルドとかケチ臭いとか聞いてたんですけど。

 いつの間にかギルド前の喧騒は静かになり仕事を手にいれたもの、あぶれたもの、それぞれ解散していった。
 今はお金より情報と経験。俺は近衛二番隊の仕事を引き受け人買いについて行った。
 決してあの女隊長さんにもう一度会えるかもという淡い期待があったわけではない。

 
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