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僕のお婆ちゃん
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『100までは生きたいねぇ』
祖母がよく口にする言葉だった。
僕の名前は藤原 健(ふじはら たける)。中学3年生。小さい頃に両親を亡くし二人の記憶はあまりない。
そんな僕は父型の祖母に育てられてきた。豊かな生活。とはいえなかったが僕をここまで育ててくれたことにはすごく感謝している。
「お婆ちゃん。おはよう」
「おはよぅ。健……ゴホゴホ」
「大丈夫……?」
「気にしなくていいからね……今朝も健にご飯を作ってもらって悪いね」
「今までたくさん面倒見てもらったから当然だよ」
これが僕の祖母のキヨ。最近はよく咳ごもりあまり調子が良さそうではない。
そんな藤原家の生活はお婆ちゃんの内職と年金でなんとか生活を繋いでいる。家は元々あるのでローンは無い。その代わりに様々な所にガタがきている。
今日もそうだが二人の朝食はなるべく僕が作るようにしている。体調を考えての事だ。
僕はボロボロのキッチンから二人分の料理をお婆ちゃんの座っている椅子の前に運ぶ。
朝食は卵焼きにサラダ。そして、ふりかけご飯。お婆ちゃんは歯が弱いのでお粥だ。野菜も食べやすいように様々な工夫が凝らしてある。
テレビをつけ何気無い会話を交わす。
十分ぐらいして自分の分の食器を片付けに入る。後でお婆ちゃんのも洗わなくてはならない。
自分の分をスポンジでほとんど洗い終わるとお婆ちゃんも若干残してはいるが食べ終わっていた。僕はその食器を洗う。残してあるものはお金がないので捨てるわけにはいかずラッピで包み冷蔵庫に入れる。
僕が洗う食器を残すところ茶碗だけにしているとお婆ちゃんがカレンダーをめくりこんな事を口にした。
「あと、今日を入れて5日で私も100だね」
今日は2017年9月2日。つまり、9月6日がお婆ちゃんの誕生日で同時に100歳となる。
「お婆ちゃんなら大丈夫だよ。100までとは言わずもっと長く生きてね」
「健は本当にいい子だねぇ」
僕が皿を洗い終わり着替えなどを済ませ時間を確認すると普段学校を出る時刻になっていた。
部屋から出てすぐ右側にある玄関から家を出る。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
俺の住んでいる場所は田舎。と、いっても見渡す限り田というわけではなく住宅街などは普通にある。
周囲の友達と通うのはほとんど同じ学校。周りに学校がそこしかないからだ。
僕の家から学校までは800m程。毎朝、誰かと登校することはなく、会った友達と学校に通っている。
家から出て50mもしないくらいに後ろから明るい声が聞こえてきた。
「おっはよー! 健ぅ」
こいつは僕の家の隣に住んでいる同級生。灰原 優(はいばら ゆう)。学校でも非常に人気がある活発でショートヘアな女子。身長は155cmくらいだ。
家に預かってもらったこともある。そして、昔はよく遊んでいた。なので幼馴染といえるだろう。
「ねぇ、四日後テストだよー! 頭良いんだから教えてよ」
そう。次の期末テストはお婆ちゃんの誕生日と被っている。帰った時には手応えがあったと伝えて喜ばせたい。
テストは一日で五教科するのでなかなか大変だ。
「普段から勉強しているだけで頭が良いってわけではないよ」
そんな僕の前回テストの順位は124人いる中の6位。
「教える前に自分でもしなきゃダメだよ」
「むぅ……他の子に取られたって知らないんだからねっ」
「?」
彼女は顔を赤くしそう言う。僕には言っている意味がよく分からなかったけど。
「鈍感だなぁ……私、先行くからね!」
「ちょっ……待ってよ!」
俺も優を追いかけるように小走りをする。
家が学校に近いこともあり、少し走っただけで学校に着いていた。
「ハァハァ。な、なんで付いてくるの!」
「いや、その何となく……」
「まぁ、別にいいんだけどね」
僕達は玄関で指定靴に履き替える。
三年の教室は一番上の三回なので二人で話しながら上へ向かう。
「そういえばさ……私達そろそろ文化祭と卒業の準備しないとだよね。受験勉とか健ならしなくていいんだろうなぁ……」
「そんな事ないよ」
僕達は三年二組の表記がしてあるクラスに到着する。
「あ、おはよー。優! また二人ー? 仲良いよねー」
「そ、そんな事ないよ。こいつはただの幼馴染」
「じゃ、また」
女子同士の会話はいまいち分からないのでさっさと自分の席に座る。
僕の席は窓際の後ろから二番目の席。
ちなみに優の席は一番前の左側の席。
「この前のコラボガチャ! 本当に出ないよな」
「なー、俺はあいつ欲しかったんだけどなぁ……」
僕が授業の支度をしていると男子達はスマホゲームの話をしていた。
お金がないのでそういう端末は持っていなく話には参加出来ない。
以前、祖母が「迷惑かけてるし遠慮しないで買ってもいいんだよ」と言っていたが僕は買わないことにした。
しばらくすると担任の菅原 剛(すがはら つよし)が教室に入ってきた。
「ほらー! そこ座る! 朝学活始めるぞ」
声が大きく明るい熱血先生だ。正直言うとやかましいので僕の苦手なタイプだ。
「起立! 礼!」
『おはようございます』
学級委員の号令で全員が一斉に挨拶をし朝学活が始まる。
朝学活が終わると一時間目が始まる。二時間目、三時間目、四時間目と時間を重ねる毎に周りの人がぼちぼち寝始める。
「起立! 礼!」
『ありがとうございましたぁ』
最後の四時間目には疲労と眠気。そして、お腹が減っているせいか声すら合わない。
「お腹減ったよー! 今日のご飯なーにー?」
手を洗いに向かっていると優が後ろから話しかけてくる。
「……んー。確か、ご飯。唐揚げ、のりずあえ(海苔を酢で和える名前通りの食べ物)、なめこの味噌汁だったかな」
「やったー! 今日の昼食は美味しそうだねー」
僕は話しながらも手洗いを済ませ自分の席に戻る。
隣の男子ともくだらない話をした後に給食を席に運び食べる準備をする。
しばらくし全員が座ると給食委員の号令で昼食を食べ始める。
「なぁ。お前ってさ、なんで給食食べる前に毎回メモするんだ?」
「お婆ちゃんが安心して食べられそうなものを作ってあげるためかな」
「ふーん……お前、もしかしてグラマザコン?」
グラマザコンって何だよ……グランドマザーコンプレックスから取っているのだろうか。
だとしたらかなり酷いな。
僕はクスッと笑い、
「違うよ。長生きしてほしいだけ」
「ははっ。それがグラマザだろ!」
その後も僕達はのんびりと話をしながら昼食を済ませた。
『ごちそうさまでした』
僕は歯磨きを済ませ外に遊びに行く。今日はサッカーをした。
普段、運動をしない僕はこういう所で体力を付ける。
その後、眠気に耐えながら5、6限を終わらせ、掃除をした後に家に帰る。
『さようなら』
他の人は大抵が部活をしているので1人で帰る。
朝、通った道を早足で歩き家に到着する。
「ただいま!」
「おかえりね」
リビングの方から小さいながらも声が聞こえてきた。
「今日はこんな事があったんだ――」
ポケットティッシュに紙を詰める作業をしている祖母が退屈しないように話をする。
のんびりと話をした後に作ってくれた夕食を食べる。その後、テスト勉強をして眠りにつく。
「おはよう」
僕はいつも通り早く起き、朝食を用意する。
祖母の前にご飯を出すとこんな事をまた口にした。
「あと4日で100だねぇ」
「そうだね。もっと長生きしてくれそうだけどね」
と、僕はにっこり笑った。
こんな日々が続けばいいと思っていた。
だけど、そんな今日事件が起きた。
いつも通りの今日。テストが本当に近くなりピリピリし始めた学校を後に早足で家に帰っていた。
扉を開けようとする。
ガッ
なかなか開かない。本当にボロくなってきたな……
なんとか扉を開けいつものように元気な声で「ただいま!」と、家に入る。
だけど、祖母の声は聞こえない。
留守なのかな……? それにしては鍵は空いている。しかも、普段祖母が生活しているリビングの扉が開いたままになっている。
僕は心配し、靴を脱ぎ捨て部屋に入る。
祖母の姿はない。
戸棚で隠れ死角になっているキッチンの方に向かう。
すると、床に這いつくばるように倒れた祖母がいた。
「おばあちゃん! 大丈夫!?」
僕は優しく祖母の肩を揺らす。
「おや……健か……い? ゴホン……おかえり」
「おかえりじゃなくてどうして倒れてるの!」
僕は焦っていたのか少し祖母を強く揺らしてしまった。
「ゴホン……少し転んでしまってね……」
僕は祖母が転んだと思われる足元を確認する。
すると、床には穴が開いていた。踏んだ時に壊れたような感じだった。
俺は自分を悔やんだ。自分のせいだと思った。
「ごめん……最近、ガタが来てると思ってたのに俺が直そうとしなかったから……」
「そんな事ないよ。私……が足元を見なかったのが悪いよ」
と、床に這いつくばっているのにも関わらず僕を心配させまいとにっこり笑う。
「とりあえず……おばあちゃん立てる?」
祖母の肩を自分の肩にかける。
「いくよ。せーの」
「痛い……痛たたた」
祖母はそうとう痛そうだったので僕は一度降ろした。
「右足が……痛い」
「ごめん……痛かったね。お医者さん呼んでくる」
僕は受話器を手に取り電話帳を見て医者を呼ぶ。
救急車を呼ぼうとも思ったがよく分からないので医者にしておいた。
五分足らずで医者はすぐに来てくれた。
30歳くらいの若そうな医師だった。
「祖母の様態が!」
「落ち着いてください……どうなさいましたか?」
「祖母が足を痛めたのか動けなくなって……それで……」
悲しさに言葉が詰まってしまう。
「とりあえず診させてもらいますね」
「お願いします……」
僕は祖母の倒れているリビングに医者を案内する。
「おばあちゃん……お医者さんが来てくれたよ。診てもらおうね」
「お願いしますねぇゴホン」
「じゃあ失礼します」
医者は足を触ったり確認をするとすぐに答えが出た。
「単刀直入に言わせてもらうと足は折れています」
「……そうですか。ありがとうございます」
素っ気ない感じに応えてしまう。診てもらったのだから感謝すべきなのだろうけど複雑な気持ちが僕の中を走る。
その後、様々な手続きを済ませた。
祖母は雇った若い介護の男性におぶってもらい布団で寝ている。
医師から最後に1つ聞かれた。
「あの……君のおばあちゃん歳も歳じゃない……? だからさ介護を家でつけるよりは預かってもらった方がいいと思うんだ……」
「祖母に後で確認して連絡します……」
医師は祖母に挨拶をした後に帰っていった。
これからは介護の人が朝は7時から夜は9時まで家にいるみたいだ。
大体、半分位の所で別の人に交代するみたいだ。
医師が帰ると時刻は六時を回っていた。
僕は急いでキッチンへ向かう。壊れた床を見る度に心が痛む。
料理をしようと冷蔵庫を開けると介護の男性が奥の部屋から出てきた。
「私が作るから健くんはおばあちゃんと話してきなよ。料理を作るのも仕事だしさ。食材はなるべく経費を抑えて使っておくから。ね?」
と、笑顔で祖母の元まで送り出してくれた。
僕は祖母のいる部屋に入る。
なんだか朝、見た時よりも少しだけ体調が悪そうに見えた。
「おばあちゃん……起きてる?」
「起きてるよ……健。迷惑かけてすまないねぇ」
とても、弱々しい声で僕に話しかけてくる。
「迷惑なんて全然! それより100まで生きるんでしょ! そんな弱ってちゃダメだよ!」
と、せめてもの償いで明るく話す。
話すなら早くがいいと思い先程の医師の話を遠回しに聞く。
「ねぇ。おばあちゃんは100まで生きるならこの家がいい?」
「そうだねぇ。亡くなったじいさんや息子、それに健のお母さんとも暮らした思い出深い家だからねぇ……」
なら、預けるわけにはいかないだろう。
「……そっか。そうだよね」
「?」
「うんうん。何にもない。ただ気になっただけだから気にしないでね」
それから落ち込んではいるもののなるべく明るく振る舞いいつも通りの会話をする。
暫くすると、栄養に気を使っているような夕食が出される。
祖母が食べ終わり男性が片付けを済ませる。時間が来ていたので「また明日ね。キヨおばあちゃん」と、言い残し帰っていった。
「いい人だったねぇ」
「うん。そうだね」
「なんだか眠たくなってきたよ……」
「そっか……なら、僕も部屋から出るね。おやすみ」
「おやすみぃ」
僕は電気を消し部屋から出る。
その後、疲れていたけどテストが近いので勉強を済ませ一時頃に寝た。
僕は重い体を起こしいつも通りの時間に目を覚ます。
祖母のために早めに朝食を作る。
時刻は6時半。
祖母の寝ている部屋に朝食を持っていく。
「おばあちゃん。おはよう。ご飯持ってきたよ」
「ゴホンゴホン。健……かい。おはよう」
明らかに具合が悪そうだった。青ざめた顔に昨日までは少しだけふっくらしていた体が一日で物凄く痩せているように感じた。
「大丈夫だからね……100まで生きるからねぇ……あと、3日だからねぇ」
その言葉に明るさは無かった。死に対する恐怖すら感じとれた。
「……頑張ってね」
僕は喋ると苦しそうな祖母とそれ以上の会話はせずに体を起こして食べやすい料理を口に運ぶ。
あまり、食べる事は出来なかったが少しだけでも食べてくれた。
僕は「行ってきます」と、言い残すと部屋から出て皿を洗い男性が来るとほぼ同時に家から逃げ出すように出ていった。
いつもに比べると凄く早い時間なので優はもちろんいない。1人での寂しい登校だった。
学校に着き教室に入ると誰もいない。当然のことなのだが。俺はこの暗いテンションのまま席に着き1人で色々と思い返す。
思い返せば思い返す度に辛くなる。
暫くするとだんだんと人が増え始める。
僕が負のオーラを放っていたのかは分からないが心配そうに声をかけてくる者が何人もいた。
僕は心配をかけまいと全員に明るく振る舞った。
無理をしながらもいつも通り授業を終えた。
帰りの時間になる。
だが、今日は1つだけ違う事があった。テストが本当に近くなったので部活動は強制的に中止になるのだ。
部活の無い優と帰ることにした。
「ふぁー! 今日も疲れたー! なんか元気ないけど大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
「そっ……か。なら、テスト勉強! 私の家で付き合ってよ!」
祖母が心配で家にいたかった。でも、それ以上に祖母といられなくなるのが悲しくて家にいることが怖かった。僕は怖気付いてしまったのだ。情けない。
「……うん。いいよ」
優と勉強の話をしながら家に帰った。
「た、ただいま」
「おかえりなさーい」
昨日と同じ男の声がした。
僕は優の家で勉強をすることを伝えるために奥の部屋に入る。
「おばあちゃん……僕、ちょっと優と勉強してくるから」
「そうかい……行ってらっしゃい」
少し寂しそうだったがいつものように送り出してくれた。
逃げ出すように扉を勢いよく閉め、すぐ隣の家に走って向かう。
家の前に着きインターフォンを押すとすぐに優は出てきた。
「入ってー」
「お、お邪魔します」
部屋に入ると丸い机の中央にお菓子や飲み物が用意されていた。
僕はその机の前の床に座る。
優と向かい合う形だった。
少し話た後に勉強道具を用意し勉強を始める。
五分くらい経つと優が俺の隣まで移動し質問してきた。
「この、数学の公式なんだけどさ――」
「……うん。これはね……」
パチン
優に両頬を軽く叩かれた。
「何かあったでしょ。ずっと一緒にいるんだから分からないわけないじゃん」
「別に何も……」
優は更に顔を近づけてくる。
「くよくよするなんて健らしくないよ。いつだってクールぶっているのに実は優しく格好いい。それが健でしょ!」
と、肩を叩かれた。
「今じゃなきゃ出来ないことがあるんじゃないの?」
……その通りだ。
祖母といられるのは後、どれ位かなんて分からない。避けてちゃダメだ。しっかり話をしなきゃ。向き合わなきゃ!
「ありがとう。優。勉強教えられなくてごめんな」
俺は道具をまとめて部屋から出る。
「お邪魔しました!」と、挨拶をすると走って家へ向かう。
勢いよく扉を開ける。
「ただいま!」
祖母のいる部屋に急いで向かう。
「ど、どうしたの健くん」
「おばあちゃんに話があるから……」
荒れていた呼吸を落ち着かせ今のありったけの想いを全て祖母に伝えた。
「――だから! だから! 100までは絶対に生きて!」
祖母の目には涙も見えた。
「……絶対に100までは生きるからねぇゴホン」
その後も祖母と話し昨日と同じように過ごした。
僕はいつも通りに体を起こす。
真っ先に祖母の部屋に向かう。
「おはよう……」
祖母はとてもぐったりしていた。
何か言っているが聞こえない。
「明日には100だね! じゃあ、僕ご飯作ってくるから」
と、部屋を後にする。
明日までなんだ。絶対に生きてほしい。
朝食を作り持っていくが祖母はお粥を一口しか食べれなかった。
看護の人が来て暫くすると登校の時間になったので家を出た。
今日は優と学校まで通えそうだ。
「おはよー!」
いつも通り後ろから元気な声がした。
「おはよ。昨日はありがとな」
「えへへ。感謝されるようなことはしてないよ」
照れるように返す。
僕は昨日教えられなかった数学の公式を教えると学校へ着いていた。
昨日とは違い元気に過ごし1日が終わった。
優と家に帰りすぐに奥の部屋に向かい今日の事を話す。
祖母は楽しそうに笑い細々とした声で話しかけた。
「明日はテストだったかねぇ。ゴホン。私のことは気にせんで頑張りなさい……」
それ以上は何も言わなかった。
それが祖母の望みならと思い、明日のために勉強をし寝た。
今日はテストに備え1時間早く起き勉強を少しした後に朝ご飯を持っていった。
昨日とは違い祖母は一口も手につけなかった。
僕は祖母に明るい声で『100歳おめでとう!』と、素直にお祝いをした。
祖母は喋れないのかただただにっこり笑った。
看護の人は来ているが何も喋ることはなく祖母を見つめていた。
時間を確認すると出る時間になっていた。
僕が立ち上がろうとすると祖母が右袖を握ってきた。
口をパクパクさせていたので耳を寄せ凝らすようにして聞いた。
「テス……ト……頑張っ……てね」
とても、聞きづらかったが何を言っているのかは分かった。
僕はにっこり笑いながらピースサインをする。
「うん! 任せろ!」
僕は優と明るく元気に学校に向かった。
学校では一時間目とほぼ同じ時刻にテストが始まった。
休憩はあるものの六時間目までテストでびっしり埋まっている。
だけど、気持ちも弾んでいたしどれも苦ではなかった。
チャイムが鳴る。
「そこまで!」
最後のテストが終わった。
喜ぶ者、悲しむ者。人それぞれだったが僕はもちろん笑顔だった。
優はすぐに部活が始まるので1人で走って帰った。
もちろん。祖母に手応えありのことを伝えるためだ。
家の前には一台車が止まっていた。
珍しいな……。でも、そんな車は気にせずに元気に家に入る。
「ただいま!」
祖母の寝ている部屋に入る。
「あのね!」
笑顔で僕は話した。
「――それでね手応えがあったんだ!」
祖母は目を瞑り笑顔のまま何も話さなかった。でも、その顔はやけに青かった。
「健くん……実はね――」
祖母は僕がテストをしていた11時頃に息を引き取ったそうだ。
祖母の最後の頼みとして連絡はいかないようにしてもらったらしい。
そして、亡くなる二日前に灰原さんの家。そう、優の家に引き取ってもらうように頼み、僕はこれからそこの養子になるそうだ。
最後まで祖母は自分の事を考えてくれていたそうだ。僕は泣いた。思いっきり泣いた。そして、感謝を何度も何度も伝えた。
僕がかなりもの間、泣き喚き収まると看護の人が話しかけてきた。
「健くん。君に渡すものがあるんだ」
そういって懐から取り出したのは1枚の手紙のような物だった。
渡された手紙の表を読むと『健へ』と、力の抜けたような薄く汚い字で書かれていた。
でも、その文字には愛情を感じた。
僕は手紙を開ける。
『健へ――
孫を持つと決まり健が生まれてきた時は本当に嬉しかったよ。
健は昔から優しい子で穏やかすぎて最初の方は少し心配しちゃったよ――』
昔の思い出がたくさん書かれていた。
字の感じから僕のためを思ってかなり無視したのが伝わってくる。
僕は涙を堪えて最後まで読む。
文末にはこう書かれていた。
『――健の事が大好きだったよ。
健がいなきゃここまで楽しく過ごせなかったよ。
一緒にいてくれてありがとう。大切にしてくれてありがとう。
そして――100まで生きさせてくれてありがとう』
祖母がよく口にする言葉だった。
僕の名前は藤原 健(ふじはら たける)。中学3年生。小さい頃に両親を亡くし二人の記憶はあまりない。
そんな僕は父型の祖母に育てられてきた。豊かな生活。とはいえなかったが僕をここまで育ててくれたことにはすごく感謝している。
「お婆ちゃん。おはよう」
「おはよぅ。健……ゴホゴホ」
「大丈夫……?」
「気にしなくていいからね……今朝も健にご飯を作ってもらって悪いね」
「今までたくさん面倒見てもらったから当然だよ」
これが僕の祖母のキヨ。最近はよく咳ごもりあまり調子が良さそうではない。
そんな藤原家の生活はお婆ちゃんの内職と年金でなんとか生活を繋いでいる。家は元々あるのでローンは無い。その代わりに様々な所にガタがきている。
今日もそうだが二人の朝食はなるべく僕が作るようにしている。体調を考えての事だ。
僕はボロボロのキッチンから二人分の料理をお婆ちゃんの座っている椅子の前に運ぶ。
朝食は卵焼きにサラダ。そして、ふりかけご飯。お婆ちゃんは歯が弱いのでお粥だ。野菜も食べやすいように様々な工夫が凝らしてある。
テレビをつけ何気無い会話を交わす。
十分ぐらいして自分の分の食器を片付けに入る。後でお婆ちゃんのも洗わなくてはならない。
自分の分をスポンジでほとんど洗い終わるとお婆ちゃんも若干残してはいるが食べ終わっていた。僕はその食器を洗う。残してあるものはお金がないので捨てるわけにはいかずラッピで包み冷蔵庫に入れる。
僕が洗う食器を残すところ茶碗だけにしているとお婆ちゃんがカレンダーをめくりこんな事を口にした。
「あと、今日を入れて5日で私も100だね」
今日は2017年9月2日。つまり、9月6日がお婆ちゃんの誕生日で同時に100歳となる。
「お婆ちゃんなら大丈夫だよ。100までとは言わずもっと長く生きてね」
「健は本当にいい子だねぇ」
僕が皿を洗い終わり着替えなどを済ませ時間を確認すると普段学校を出る時刻になっていた。
部屋から出てすぐ右側にある玄関から家を出る。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
俺の住んでいる場所は田舎。と、いっても見渡す限り田というわけではなく住宅街などは普通にある。
周囲の友達と通うのはほとんど同じ学校。周りに学校がそこしかないからだ。
僕の家から学校までは800m程。毎朝、誰かと登校することはなく、会った友達と学校に通っている。
家から出て50mもしないくらいに後ろから明るい声が聞こえてきた。
「おっはよー! 健ぅ」
こいつは僕の家の隣に住んでいる同級生。灰原 優(はいばら ゆう)。学校でも非常に人気がある活発でショートヘアな女子。身長は155cmくらいだ。
家に預かってもらったこともある。そして、昔はよく遊んでいた。なので幼馴染といえるだろう。
「ねぇ、四日後テストだよー! 頭良いんだから教えてよ」
そう。次の期末テストはお婆ちゃんの誕生日と被っている。帰った時には手応えがあったと伝えて喜ばせたい。
テストは一日で五教科するのでなかなか大変だ。
「普段から勉強しているだけで頭が良いってわけではないよ」
そんな僕の前回テストの順位は124人いる中の6位。
「教える前に自分でもしなきゃダメだよ」
「むぅ……他の子に取られたって知らないんだからねっ」
「?」
彼女は顔を赤くしそう言う。僕には言っている意味がよく分からなかったけど。
「鈍感だなぁ……私、先行くからね!」
「ちょっ……待ってよ!」
俺も優を追いかけるように小走りをする。
家が学校に近いこともあり、少し走っただけで学校に着いていた。
「ハァハァ。な、なんで付いてくるの!」
「いや、その何となく……」
「まぁ、別にいいんだけどね」
僕達は玄関で指定靴に履き替える。
三年の教室は一番上の三回なので二人で話しながら上へ向かう。
「そういえばさ……私達そろそろ文化祭と卒業の準備しないとだよね。受験勉とか健ならしなくていいんだろうなぁ……」
「そんな事ないよ」
僕達は三年二組の表記がしてあるクラスに到着する。
「あ、おはよー。優! また二人ー? 仲良いよねー」
「そ、そんな事ないよ。こいつはただの幼馴染」
「じゃ、また」
女子同士の会話はいまいち分からないのでさっさと自分の席に座る。
僕の席は窓際の後ろから二番目の席。
ちなみに優の席は一番前の左側の席。
「この前のコラボガチャ! 本当に出ないよな」
「なー、俺はあいつ欲しかったんだけどなぁ……」
僕が授業の支度をしていると男子達はスマホゲームの話をしていた。
お金がないのでそういう端末は持っていなく話には参加出来ない。
以前、祖母が「迷惑かけてるし遠慮しないで買ってもいいんだよ」と言っていたが僕は買わないことにした。
しばらくすると担任の菅原 剛(すがはら つよし)が教室に入ってきた。
「ほらー! そこ座る! 朝学活始めるぞ」
声が大きく明るい熱血先生だ。正直言うとやかましいので僕の苦手なタイプだ。
「起立! 礼!」
『おはようございます』
学級委員の号令で全員が一斉に挨拶をし朝学活が始まる。
朝学活が終わると一時間目が始まる。二時間目、三時間目、四時間目と時間を重ねる毎に周りの人がぼちぼち寝始める。
「起立! 礼!」
『ありがとうございましたぁ』
最後の四時間目には疲労と眠気。そして、お腹が減っているせいか声すら合わない。
「お腹減ったよー! 今日のご飯なーにー?」
手を洗いに向かっていると優が後ろから話しかけてくる。
「……んー。確か、ご飯。唐揚げ、のりずあえ(海苔を酢で和える名前通りの食べ物)、なめこの味噌汁だったかな」
「やったー! 今日の昼食は美味しそうだねー」
僕は話しながらも手洗いを済ませ自分の席に戻る。
隣の男子ともくだらない話をした後に給食を席に運び食べる準備をする。
しばらくし全員が座ると給食委員の号令で昼食を食べ始める。
「なぁ。お前ってさ、なんで給食食べる前に毎回メモするんだ?」
「お婆ちゃんが安心して食べられそうなものを作ってあげるためかな」
「ふーん……お前、もしかしてグラマザコン?」
グラマザコンって何だよ……グランドマザーコンプレックスから取っているのだろうか。
だとしたらかなり酷いな。
僕はクスッと笑い、
「違うよ。長生きしてほしいだけ」
「ははっ。それがグラマザだろ!」
その後も僕達はのんびりと話をしながら昼食を済ませた。
『ごちそうさまでした』
僕は歯磨きを済ませ外に遊びに行く。今日はサッカーをした。
普段、運動をしない僕はこういう所で体力を付ける。
その後、眠気に耐えながら5、6限を終わらせ、掃除をした後に家に帰る。
『さようなら』
他の人は大抵が部活をしているので1人で帰る。
朝、通った道を早足で歩き家に到着する。
「ただいま!」
「おかえりね」
リビングの方から小さいながらも声が聞こえてきた。
「今日はこんな事があったんだ――」
ポケットティッシュに紙を詰める作業をしている祖母が退屈しないように話をする。
のんびりと話をした後に作ってくれた夕食を食べる。その後、テスト勉強をして眠りにつく。
「おはよう」
僕はいつも通り早く起き、朝食を用意する。
祖母の前にご飯を出すとこんな事をまた口にした。
「あと4日で100だねぇ」
「そうだね。もっと長生きしてくれそうだけどね」
と、僕はにっこり笑った。
こんな日々が続けばいいと思っていた。
だけど、そんな今日事件が起きた。
いつも通りの今日。テストが本当に近くなりピリピリし始めた学校を後に早足で家に帰っていた。
扉を開けようとする。
ガッ
なかなか開かない。本当にボロくなってきたな……
なんとか扉を開けいつものように元気な声で「ただいま!」と、家に入る。
だけど、祖母の声は聞こえない。
留守なのかな……? それにしては鍵は空いている。しかも、普段祖母が生活しているリビングの扉が開いたままになっている。
僕は心配し、靴を脱ぎ捨て部屋に入る。
祖母の姿はない。
戸棚で隠れ死角になっているキッチンの方に向かう。
すると、床に這いつくばるように倒れた祖母がいた。
「おばあちゃん! 大丈夫!?」
僕は優しく祖母の肩を揺らす。
「おや……健か……い? ゴホン……おかえり」
「おかえりじゃなくてどうして倒れてるの!」
僕は焦っていたのか少し祖母を強く揺らしてしまった。
「ゴホン……少し転んでしまってね……」
僕は祖母が転んだと思われる足元を確認する。
すると、床には穴が開いていた。踏んだ時に壊れたような感じだった。
俺は自分を悔やんだ。自分のせいだと思った。
「ごめん……最近、ガタが来てると思ってたのに俺が直そうとしなかったから……」
「そんな事ないよ。私……が足元を見なかったのが悪いよ」
と、床に這いつくばっているのにも関わらず僕を心配させまいとにっこり笑う。
「とりあえず……おばあちゃん立てる?」
祖母の肩を自分の肩にかける。
「いくよ。せーの」
「痛い……痛たたた」
祖母はそうとう痛そうだったので僕は一度降ろした。
「右足が……痛い」
「ごめん……痛かったね。お医者さん呼んでくる」
僕は受話器を手に取り電話帳を見て医者を呼ぶ。
救急車を呼ぼうとも思ったがよく分からないので医者にしておいた。
五分足らずで医者はすぐに来てくれた。
30歳くらいの若そうな医師だった。
「祖母の様態が!」
「落ち着いてください……どうなさいましたか?」
「祖母が足を痛めたのか動けなくなって……それで……」
悲しさに言葉が詰まってしまう。
「とりあえず診させてもらいますね」
「お願いします……」
僕は祖母の倒れているリビングに医者を案内する。
「おばあちゃん……お医者さんが来てくれたよ。診てもらおうね」
「お願いしますねぇゴホン」
「じゃあ失礼します」
医者は足を触ったり確認をするとすぐに答えが出た。
「単刀直入に言わせてもらうと足は折れています」
「……そうですか。ありがとうございます」
素っ気ない感じに応えてしまう。診てもらったのだから感謝すべきなのだろうけど複雑な気持ちが僕の中を走る。
その後、様々な手続きを済ませた。
祖母は雇った若い介護の男性におぶってもらい布団で寝ている。
医師から最後に1つ聞かれた。
「あの……君のおばあちゃん歳も歳じゃない……? だからさ介護を家でつけるよりは預かってもらった方がいいと思うんだ……」
「祖母に後で確認して連絡します……」
医師は祖母に挨拶をした後に帰っていった。
これからは介護の人が朝は7時から夜は9時まで家にいるみたいだ。
大体、半分位の所で別の人に交代するみたいだ。
医師が帰ると時刻は六時を回っていた。
僕は急いでキッチンへ向かう。壊れた床を見る度に心が痛む。
料理をしようと冷蔵庫を開けると介護の男性が奥の部屋から出てきた。
「私が作るから健くんはおばあちゃんと話してきなよ。料理を作るのも仕事だしさ。食材はなるべく経費を抑えて使っておくから。ね?」
と、笑顔で祖母の元まで送り出してくれた。
僕は祖母のいる部屋に入る。
なんだか朝、見た時よりも少しだけ体調が悪そうに見えた。
「おばあちゃん……起きてる?」
「起きてるよ……健。迷惑かけてすまないねぇ」
とても、弱々しい声で僕に話しかけてくる。
「迷惑なんて全然! それより100まで生きるんでしょ! そんな弱ってちゃダメだよ!」
と、せめてもの償いで明るく話す。
話すなら早くがいいと思い先程の医師の話を遠回しに聞く。
「ねぇ。おばあちゃんは100まで生きるならこの家がいい?」
「そうだねぇ。亡くなったじいさんや息子、それに健のお母さんとも暮らした思い出深い家だからねぇ……」
なら、預けるわけにはいかないだろう。
「……そっか。そうだよね」
「?」
「うんうん。何にもない。ただ気になっただけだから気にしないでね」
それから落ち込んではいるもののなるべく明るく振る舞いいつも通りの会話をする。
暫くすると、栄養に気を使っているような夕食が出される。
祖母が食べ終わり男性が片付けを済ませる。時間が来ていたので「また明日ね。キヨおばあちゃん」と、言い残し帰っていった。
「いい人だったねぇ」
「うん。そうだね」
「なんだか眠たくなってきたよ……」
「そっか……なら、僕も部屋から出るね。おやすみ」
「おやすみぃ」
僕は電気を消し部屋から出る。
その後、疲れていたけどテストが近いので勉強を済ませ一時頃に寝た。
僕は重い体を起こしいつも通りの時間に目を覚ます。
祖母のために早めに朝食を作る。
時刻は6時半。
祖母の寝ている部屋に朝食を持っていく。
「おばあちゃん。おはよう。ご飯持ってきたよ」
「ゴホンゴホン。健……かい。おはよう」
明らかに具合が悪そうだった。青ざめた顔に昨日までは少しだけふっくらしていた体が一日で物凄く痩せているように感じた。
「大丈夫だからね……100まで生きるからねぇ……あと、3日だからねぇ」
その言葉に明るさは無かった。死に対する恐怖すら感じとれた。
「……頑張ってね」
僕は喋ると苦しそうな祖母とそれ以上の会話はせずに体を起こして食べやすい料理を口に運ぶ。
あまり、食べる事は出来なかったが少しだけでも食べてくれた。
僕は「行ってきます」と、言い残すと部屋から出て皿を洗い男性が来るとほぼ同時に家から逃げ出すように出ていった。
いつもに比べると凄く早い時間なので優はもちろんいない。1人での寂しい登校だった。
学校に着き教室に入ると誰もいない。当然のことなのだが。俺はこの暗いテンションのまま席に着き1人で色々と思い返す。
思い返せば思い返す度に辛くなる。
暫くするとだんだんと人が増え始める。
僕が負のオーラを放っていたのかは分からないが心配そうに声をかけてくる者が何人もいた。
僕は心配をかけまいと全員に明るく振る舞った。
無理をしながらもいつも通り授業を終えた。
帰りの時間になる。
だが、今日は1つだけ違う事があった。テストが本当に近くなったので部活動は強制的に中止になるのだ。
部活の無い優と帰ることにした。
「ふぁー! 今日も疲れたー! なんか元気ないけど大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
「そっ……か。なら、テスト勉強! 私の家で付き合ってよ!」
祖母が心配で家にいたかった。でも、それ以上に祖母といられなくなるのが悲しくて家にいることが怖かった。僕は怖気付いてしまったのだ。情けない。
「……うん。いいよ」
優と勉強の話をしながら家に帰った。
「た、ただいま」
「おかえりなさーい」
昨日と同じ男の声がした。
僕は優の家で勉強をすることを伝えるために奥の部屋に入る。
「おばあちゃん……僕、ちょっと優と勉強してくるから」
「そうかい……行ってらっしゃい」
少し寂しそうだったがいつものように送り出してくれた。
逃げ出すように扉を勢いよく閉め、すぐ隣の家に走って向かう。
家の前に着きインターフォンを押すとすぐに優は出てきた。
「入ってー」
「お、お邪魔します」
部屋に入ると丸い机の中央にお菓子や飲み物が用意されていた。
僕はその机の前の床に座る。
優と向かい合う形だった。
少し話た後に勉強道具を用意し勉強を始める。
五分くらい経つと優が俺の隣まで移動し質問してきた。
「この、数学の公式なんだけどさ――」
「……うん。これはね……」
パチン
優に両頬を軽く叩かれた。
「何かあったでしょ。ずっと一緒にいるんだから分からないわけないじゃん」
「別に何も……」
優は更に顔を近づけてくる。
「くよくよするなんて健らしくないよ。いつだってクールぶっているのに実は優しく格好いい。それが健でしょ!」
と、肩を叩かれた。
「今じゃなきゃ出来ないことがあるんじゃないの?」
……その通りだ。
祖母といられるのは後、どれ位かなんて分からない。避けてちゃダメだ。しっかり話をしなきゃ。向き合わなきゃ!
「ありがとう。優。勉強教えられなくてごめんな」
俺は道具をまとめて部屋から出る。
「お邪魔しました!」と、挨拶をすると走って家へ向かう。
勢いよく扉を開ける。
「ただいま!」
祖母のいる部屋に急いで向かう。
「ど、どうしたの健くん」
「おばあちゃんに話があるから……」
荒れていた呼吸を落ち着かせ今のありったけの想いを全て祖母に伝えた。
「――だから! だから! 100までは絶対に生きて!」
祖母の目には涙も見えた。
「……絶対に100までは生きるからねぇゴホン」
その後も祖母と話し昨日と同じように過ごした。
僕はいつも通りに体を起こす。
真っ先に祖母の部屋に向かう。
「おはよう……」
祖母はとてもぐったりしていた。
何か言っているが聞こえない。
「明日には100だね! じゃあ、僕ご飯作ってくるから」
と、部屋を後にする。
明日までなんだ。絶対に生きてほしい。
朝食を作り持っていくが祖母はお粥を一口しか食べれなかった。
看護の人が来て暫くすると登校の時間になったので家を出た。
今日は優と学校まで通えそうだ。
「おはよー!」
いつも通り後ろから元気な声がした。
「おはよ。昨日はありがとな」
「えへへ。感謝されるようなことはしてないよ」
照れるように返す。
僕は昨日教えられなかった数学の公式を教えると学校へ着いていた。
昨日とは違い元気に過ごし1日が終わった。
優と家に帰りすぐに奥の部屋に向かい今日の事を話す。
祖母は楽しそうに笑い細々とした声で話しかけた。
「明日はテストだったかねぇ。ゴホン。私のことは気にせんで頑張りなさい……」
それ以上は何も言わなかった。
それが祖母の望みならと思い、明日のために勉強をし寝た。
今日はテストに備え1時間早く起き勉強を少しした後に朝ご飯を持っていった。
昨日とは違い祖母は一口も手につけなかった。
僕は祖母に明るい声で『100歳おめでとう!』と、素直にお祝いをした。
祖母は喋れないのかただただにっこり笑った。
看護の人は来ているが何も喋ることはなく祖母を見つめていた。
時間を確認すると出る時間になっていた。
僕が立ち上がろうとすると祖母が右袖を握ってきた。
口をパクパクさせていたので耳を寄せ凝らすようにして聞いた。
「テス……ト……頑張っ……てね」
とても、聞きづらかったが何を言っているのかは分かった。
僕はにっこり笑いながらピースサインをする。
「うん! 任せろ!」
僕は優と明るく元気に学校に向かった。
学校では一時間目とほぼ同じ時刻にテストが始まった。
休憩はあるものの六時間目までテストでびっしり埋まっている。
だけど、気持ちも弾んでいたしどれも苦ではなかった。
チャイムが鳴る。
「そこまで!」
最後のテストが終わった。
喜ぶ者、悲しむ者。人それぞれだったが僕はもちろん笑顔だった。
優はすぐに部活が始まるので1人で走って帰った。
もちろん。祖母に手応えありのことを伝えるためだ。
家の前には一台車が止まっていた。
珍しいな……。でも、そんな車は気にせずに元気に家に入る。
「ただいま!」
祖母の寝ている部屋に入る。
「あのね!」
笑顔で僕は話した。
「――それでね手応えがあったんだ!」
祖母は目を瞑り笑顔のまま何も話さなかった。でも、その顔はやけに青かった。
「健くん……実はね――」
祖母は僕がテストをしていた11時頃に息を引き取ったそうだ。
祖母の最後の頼みとして連絡はいかないようにしてもらったらしい。
そして、亡くなる二日前に灰原さんの家。そう、優の家に引き取ってもらうように頼み、僕はこれからそこの養子になるそうだ。
最後まで祖母は自分の事を考えてくれていたそうだ。僕は泣いた。思いっきり泣いた。そして、感謝を何度も何度も伝えた。
僕がかなりもの間、泣き喚き収まると看護の人が話しかけてきた。
「健くん。君に渡すものがあるんだ」
そういって懐から取り出したのは1枚の手紙のような物だった。
渡された手紙の表を読むと『健へ』と、力の抜けたような薄く汚い字で書かれていた。
でも、その文字には愛情を感じた。
僕は手紙を開ける。
『健へ――
孫を持つと決まり健が生まれてきた時は本当に嬉しかったよ。
健は昔から優しい子で穏やかすぎて最初の方は少し心配しちゃったよ――』
昔の思い出がたくさん書かれていた。
字の感じから僕のためを思ってかなり無視したのが伝わってくる。
僕は涙を堪えて最後まで読む。
文末にはこう書かれていた。
『――健の事が大好きだったよ。
健がいなきゃここまで楽しく過ごせなかったよ。
一緒にいてくれてありがとう。大切にしてくれてありがとう。
そして――100まで生きさせてくれてありがとう』
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