上 下
60 / 91
第四章 下級兵士アルフレッド

第16話 NPC救出大作戦!

しおりを挟む
 薄暗い地底の空間に光の矢が高速で宙を舞う。
 ジェネットの上位スキルである断罪の矢パニッシュメントは僕も何度も見たことのある強力無比な神聖魔法だった。
 その光の矢は僕を襲う雷蜂かみなりばちをすべてほうむり去り、さらに双子へと向かう。
 アディソンが咄嗟とっさに自身の上位魔法である暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュを唱えると、彼女の体の前にユラユラとした蜃気楼しんきろうが発生した。

 あれは魔法を無効化するアディソンの得意技だ。
 光の矢はその蜃気楼しんきろうによって屈折し、アディソンには命中しない。
 これを見たキーラもすぐにアディソンの背後に転がり込んだ。
 光の矢は蜃気楼しんきろうはばまれて双子に届かないものの、連続で絶え間なく彼女たちを襲うため、2人は蜃気楼しんきろうの裏側から出ることが出来ずにその場に釘付けにされている。

 今だ!
 僕はすぐに小部屋から抜け出して大広間に駆け出しながら、持っている回復ドリンクを取り出してそれを服用した。
 ふぅ。
 危険水域にあった僕のライフは何とか50%程度まで回復した。
 とりあえず危機を脱した僕は大広間の中でジェネットの姿を探す。

 それにしてもあれだけ断罪の矢パニッシュメントを放ち続けているのに、その術者であるジェネットの姿がどこにもない。
 僕がジェネットへの呼びかけをしようとしたその時、僕のメイン・システムに秘匿ひとくのメッセージが送られてきた。
 その送り主はジェネットだった。

【アル様。ご無事でしたか。返信はせずにそのまま聞いて下さい】

 その言葉に僕はその場に立ち止まった。
 ジェネットからのメッセージは続く。

【アル様はすでに人の姿に戻られたのですね。今、私はまだフェレットの姿のまま、この大広間にいる一人のNPCの背後に隠れて攻撃を行っています】

 えっ?
 僕はとっくに元の姿に戻ったけど、ジェネットはまだフェレットのままなのか。
 元に戻るまでの時間には個人差があるのかな。
 それにフェレット状態でも変わらずに神聖魔法が使えるんだね。

【アル様。よく聞いて下さい。この後すぐに私の同志であるブレイディ率いるフェレット部隊がこの穴の中に到着します。総勢で50名ほどにはなるでしょう。彼らの手引きでここにいるNPCの人達をフェレット化し、地上へ運び出します】

 マ、マジか。
 確かにその方法なら、ここにいる人たちを地上へと逃すことが出来る。
 僕はジェネットの実行力と懺悔主党ザンゲストの組織力に思わず舌を巻いた。

【これから私は双子の相手をします。そしてアル様にも大事なお願いがあります。NPCたちをつないでいる鎖をタリオで全て断ち切って下さい。ブレイディたちが到着するまでに一人でも多くの人を解放しておいてほしいのです。そうすればその後の作業がスムーズになりますから】

 ジェネットの言うことは分かる。
 でも……僕は心配だった。
 フェレット状態なのに1人で双子を相手にするなんて……いや、ジェネットがそう言っているんだから、彼女は必ずやり遂げるだろう。
 僕はジェネットを信じてタリオを握り締めた。

 ここにいる人達を助けるために皆が力を合わせて動いている。
 僕もその一員として自分がやれることをやるんだ。
 そう心に念じて僕は壁際につながれているNPCたちの鎖をタリオで断ち切っていく。
 鎖から解放された人たちはその場に立ち尽くしたり、へたり込んだりしているけれど、誰も彼も自我を失っているため、その目はうつろで一言も言葉を発しない。
 ただ一部の人たちが意識を取り戻したらしく、力のない声を発し始める。

「た、助けてくれ……」
「ここから……出して」

 キーラが言っていたのは彼らのことだろう。
 彼らのコピーがつい先ほどまでミランダと戦っていて、敗れ去ったためにここにいるオリジナルたちが意識を取り戻したんだ。
 そんな彼らの様子があまりにも悲愴で僕は息を飲んだ。
 やっぱり彼らは皆、辛い思いをしていたんだ。
 こんなところにつながれている今の状況が不本意でないはずがない。

「待っていて下さい。すぐに鎖を切りますから」

 僕はそう言って順番に鎖を断ち切っていく。
 意識を取り戻した人は全部で十数人はいるみたいだ。
 こうしている間にもジェネットはどこかに身を隠したまま断罪の矢パニッシュメントを放ち続けていた。
 その勢いは一向に衰えることなく、双子は暗黒蜃気楼ブラック・ミラージュの陰から一歩たりとも出て来られない。

 だけどいくらジェネットでもこの調子で光の矢を放ち続ければいずれ法力が尽きてしまう。
 おそらく数分程度しかもたないだろう。
 それでもジェネットは双子を釘付けにすることで、僕の作業時間を稼いでくれているんだ。

 僕はあせってNPCの人達を傷つけないように注意しつつ、出来る限りのスピードと正確さでタリオを振るって彼らを鎖から解き放ち続けた。
 そして端から順に鎖を断ち切っていき、およそ全体の半数の人を解放したところで僕は手を止めた。 
 なぜなら僕らがここに来る時に通ってきた小さな穴から、続々と小動物がこの大広間に入り込んでくるのを視界の端にとらえたからだ。

 フェレット部隊だ!
 ブレイディたちが到着したんだな。
 僕は希望に胸が躍るのを抑えつつ作業を続けた。
 すると突然、褐色かっしょくの毛並みをした一匹のフェレットが僕の前に立ち止まった。

「ん? 何かな?」

 そのフェレットはいきなりムクムクと大きくなり、1人の女性の姿に戻ったんだ。
 僕の目の前に立った白衣姿の彼女は懺悔主党ザンゲストのメンバーにして、この小動物化の薬品を開発した科学者ブレイディだった。 
 ブレイディは【懺悔主党ザンゲスト/会員No.109/ブレイディ】と隅に記されたメガネの位置を指で直しながら笑顔を見せた。

「ブレイディさん!」
「やあアルフレッド君。ご苦労様。そういえば言い忘れていたんだけど、例の薬液は他の液体で薄めると変身の持続時間が短くなるんだ。砂漠ビールで薄められた薬液をかけた君と、原液をそのままかけたジェネットとでは変身の持続時間に差が出るんだよ。その原理を利用して様々な持続時間の薬液を……」

 どうやら科学者スイッチが入ってしまったみたいで、ブレイディは熱心に講義を始めようとする。
 いや、あのですね。
 今はそんなことよりもですね。

「そ、そのお話は後で聞きますから。早くNPCの人達を……」
「おっと。そうだったね。急がないと」

 熱弁を中断するとようやくブレイディは薬びんを手に、僕が解放したNPCたちをフェレット化し始めた。
 僕もすぐに自分の作業を再開する。
 大広間にはすでに数十匹のフェレットがいて、そのうちの数名はブレイディと同様に人の姿に戻った男性たちだった。
 彼らはフェレット化させたNPCたちを仲間のフェレットたちにヒモで縛り付けている。
 自我を失った状態のNPCたちはフェレット化してもグッタリとしていて自分では歩けそうもないから、ああして上まで運ぶんだな。

 一方で意識を取り戻したNPCたちは突然の奇妙な乱入者たちに驚き戸惑っていたけれど、懺悔主党ザンゲストの男性たちは地上に逃げられると彼らを説得し、ブレイディがなかば強引に薬液をひっかけて彼らをフェレット化していた。
 ともあれ、これで彼らを地上に脱出させる手はずは整った。
 それから僕はひたすらにタリオを振るい、残ったNPCたちの鎖を全て断ち切ったんだ。
 するととらわれたNPC最後の一人である神官戦士の女性の背後から、真っ白な毛並みのフェレットが飛び出してきた。

「ジェネット!」

 驚いて僕が声を上げると、彼女はこちらをチラリと見てから双子に向かって猛然と駆けて行く。
 そして空中高く飛び上がるとその姿は人間である尼僧ジェネットに戻ったんだ。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 気合の声を上げるジェネットはまだ光の矢を連続放射し続けている。
 すごい。
 僕も今まで何度も見たことのある神聖魔法だけど、これほど長く放ち続けるのは見たことがないぞ。
 法力を全て使い果たすほどの気迫と勢いだ。
 さらにジェネットは断罪の矢パニッシュメントを唱え続けながら、懲悪杖アストレアを握って双子に迫る。
 光の矢で釘付けにした双子を直接叩くつもりなんだ。
 
 だけど双子に向かうジェネットの背後の地面に急に緑色の魔法陣が生じたかと思うと、その中から黒光りするむちが飛び出してきてジェネットの足にからみついた。
 予期せぬ攻撃に足をとられてジェネットは思わず転倒しそうになりながら立ち止まる。

「危ない!」

 僕は無意識のうちに弾かれたように駆け出していた。
 するとジェネットの背後にあるその魔法陣の中から魔獣使いのキーラが飛び出してきて、ジェネットに襲い掛かったんだ。
 蜃気楼しんきろうの後ろに隠れていた双子のうち、キーラがいつの間にか魔法陣でジェネットの背後に移動していた。
 ジェネットは振り返ろうとしたけれど、その瞬間に前方にいたアディソンが蜃気楼しんきろうの向こう側から吸血杖ラミアーを投げつけたんだ。

「死ねっ!ジェネット!」

 物質である吸血杖ラミアー蜃気楼しんきろうを突き抜けて高速で空気を切り裂きながらジェネットに襲い掛かる。

「はあっ!」

 ジェネットは気合いの声を発してこれを懲悪杖アストレアで弾き返すけど、そのために後方から襲い掛かるキーラへの反応が遅れてしまう。
 キーラはジェネットの足にからみついた獣属鞭オヌリスを強く引っ張り、ジェネットを転倒させようとした。
 そうはさせないぞ!
 僕は全力で走る勢いのままキーラに突っ込んだ。
 
「うわああああああっ!」
「うぐっ!」

 勢いを緩めることなく僕は無我夢中でキーラに体当たりを浴びせ、キーラは転倒したはずみで獣属鞭オヌリスを手放した。
 ジェネットはそのすきに足にからみついたむちを解いて事無きを得たんだけど、僕はそのはずみで緑色の魔法陣に足を取られ、一瞬でその中に吸い込まれてしまったんだ。

「うわっ!」

 すぐに視界が暗転し、天地がひっくり返るような奇妙な感覚に全身が包まれる。
 僕は自分がどこか別の場所へと転送されるのを感じながらほんの束の間、意識を失った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助
ファンタジー
【完結】 3度目の冒険は異世界進出! 天使たちの国は天国なんかじゃなかったんだ。 『魔女狩り大戦争』、『砂漠都市消滅危機』という二つの事件が解決し、平穏を取り戻したゲーム世界。 その中の登場人物である下級兵士アルフレッドは洞窟の中で三人の少女たちと暮らしていた。 だが、彼らの平和な日々を揺るがす魔の手はすぐそこに迫っていた。 『だって僕はNPCだから』 『だって僕はNPCだから 2nd GAME』 に続く平凡NPCの規格外活劇第3弾が幕を開ける。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...