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第200話 月明かりが照らし出すものは

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 満月の夜を迎えていた。
 月明かりに照らされた大地にはいくつもの天幕が浮かび上がる。
 そのうちの天幕の一つでは……。

「あっ……ああっ!」

 ボルドの口からつやっぽい声がれ出る。
 愛するブリジットにその身を抱かれる喜びの声だ。

 波乱の幕引きとなった分家との会談を終え、本家の宿営地に戻った日から3日目を迎えていた。
 ブリジットは毎夜ボルドを抱いた。
 1日目は恐る恐る。
 2日目は優しく確かめ合うように。

 そして3日目となるこの夜は、それまでため込んでいた全ての欲望があふれ出したかのようにブリジットは激しくボルドを抱いた。
 すべての劣情れつじょうとすべての独占欲をむき出しにして、ブリジットは愛の限りをボルドに浴びせたのだ。

(戻ってきた。戻ってきてくれた。アタシのボルドが。アタシだけのボルドが)

 ブリジットはボルドの全身を余すことなくその指で、そのくちびる愛撫あいぶした。
 ボルドは彼女の愛を一身に受け止め、愛するブリジットの元へ戻ってこられたことを深くみしめるのだった。


******


 満月の煌々こうこうたる明かりが窓から差し込み、クローディアの顔を照らす。
 彼女はダニアの街を離れ、新都へと向かう途中の森の小屋に立ち寄っていた。
 そこはかつてケガをしたボルドを療養した小屋だ。
 クローディアは今、1人その小屋の窓辺にたたずんでいた。

 かつてボルドと過ごしたこの小屋に今は1人きり。
 さびしさにため息をつきながら、クローディアは以前にボルドを寝かせていた寝台しんだいに座るとそこに身を横たえる。

「ボールドウィン。ブリジットの元に戻れて今頃は喜んでいるでしょうね」

 そう言うとクローディアは寝台しんだいの上にたたまれた毛布に顔をうずめる。
 もうボルドの残り香など残っていないはずなのに彼のにおいを感じたような気がして、クローディアはその毛布を抱きすくめながら1人眠りにつくのだった。


 ******


 満月の明かりも届かぬ暗闇の中でアメーリアは幼子おさなごのように1人ひざを抱えていた。
 そこはトバイアスの寝室に隣接りんせつされた納戸なんどの中だ。
 かつてトバイアスに拾われた頃にアメーリアにあてがわれた場所だった。
 今、彼女はトバイアスの命令でそこに留まっていた。

 許可なくそこから出ることは出来ない。
 そして寝室ではトバイアスが街でたぶらかした若い娘を連れ込み、男女のたわむれが繰り広げられていた。
 アメーリアは暗闇くらやみの中でうらめしげにその声を聞いている。
 これはトバイアスによる彼女へのばつだ。

 戦場から戻って3日間。
 トバイアスは一度もアメーリアを抱こうとしなかった。
 それどころか、こうして夜な夜な寝室に他の女を連れ込んでは抱き、その声をアメーリアに聞かせていたのだ。
 アメーリアは嫉妬しっとと相手の女への憎悪で狂いそうになりながら、決して耳をふさぐことはしなかった。

 彼女は自覚していた。
 嫉妬しっとや憎悪の中に、暗い興奮が混じっているのを。
 愛する男が他の女を抱くという屈辱くつじょく的な状況の中で、彼女は性的な興奮を覚えていたのだ。 
 そしてその感情はトバイアスに見抜かれていた。

 やがて女が苦しげに息を詰まらせる声が聞こえると、ほどなくして寝室が静寂せいじゃくに包まれる。
 行為が終わり、トバイアスが口笛くちぶえを吹く。
 それがアメーリアへの合図だった。
 それを受けた彼女は悄然しょうぜん納戸なんどからい出る。

 寝室のベッドの上では、先ほどまでトバイアスに抱かれていた女が死んでいた。
 トバイアスが興奮のあまり首をめて殺してしまったのだ。
 それが彼の性癖せいへきだった。
 これで3日連続になる。

 アメーリアが女の死体を片付けるべくかついで寝室から出て行くその様子を、トバイアスは満足げに見送る。
 その視線を受けながら、これだから彼の女でいることはやめられないと、アメーリアは思った。
 彼女がなぜトバイアスを愛したのか。
 それはひとえに彼の異常性にかれたからだ。
 人の薄汚い心の暗部を奥底まで見透みすかすかのような彼の目に、アメーリアは大きな興奮を覚えるのだ。
 
「トバイアス様。おしたいしております」

 そう言うとアメーリアは屋敷の浴室で女の遺体を解体し始めた。
 ふと彼女の脳裏のうりめいであるアーシュラの顔が浮かぶ。
 あの夜、戦場でアーシュラは自分の頭に強い念を送ってきた。
 そのせいでアメーリアは耐えがたい頭痛にさいなまれ、クローディアを仕留めることが出来なかったのだ。

「アーシュラ……あんなことが出来るなんて。姉さんゆずりね。あの子は早く殺さなくちゃ危険な存在になるわ」

 そう言いながらアメーリアは遺体の解体を進め、噴き出した血しぶきを浴びてあやしく笑うのだった。


******


 満月が夜の海面を照らし出す中、大海原を船団が進んでいた。
 その数は数十せきにも及び、その船倉では一せきあたり数百人の赤毛の女たちが寝息を響かせている。
 真夜中の甲板かんぱんには、1人の赤毛の女が悠然ゆうぜんと立ち、煌々こうこうと満ちた月を見上げていた。
 女の身長は軽く2メートルを超えるほどの大きさであり、長い赤毛を編み込んで頭の後ろでまとめている。

「砂漠島を出て3日か。大陸は遠いな」

 女はそう言うと肩にかけていたふくろから丸い物体を取り出し、それを頭上にかかげた。
 月光を受けて浮かび上がるそれは……男の首だった。
 砂漠島で多くの部族のまとめ役をしていた男だ。

「銀髪の女王と通じた男の首です。手土産てみやげにしてせ参じれば、さぞかしお喜び下さいますよね……アメーリア様」

 そう言うと女はふところから包み紙を取り出し、その中に包まれていた小指の先ほどの量の白い粉を鼻から吸い込む。
 そして深く息を吐くと、再び頭上の月を見上げた。
 女の顔は狂気じみた恍惚こうこつの笑みにいろどられていた。

**************************

ここで『蛮族女王の情夫ジゴロ第二部【クローディアの章】』は最終話となります。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。

次章『蛮族女王の情夫ジゴロ第三部【最終章】』もよろしくお願いいたします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/796703062
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