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第194話 もう二度と……

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 愛し合う2人は、たがいの息遣いきづかいを間近に感じながら、ひとしきり泣いた。
 それが1分なのか2分なのか分からなかったが、ブリジットもボルドも互いに抱き合ったまま動けなかった。
 いつまでもそうしていたかったが、状況がそれを許さない。
 ブリジットは名残なごり惜しそうにボルドから体を離すと、彼の顔をまじまじと見つめる。

「……おまえがどうやって生きていてくれたのか、今は聞かない。だが、これだけは教えてくれ。ボルド。今、おまえは確かに生きているんだな?」
「はい。確かに生きています。夢でも幻でもありません」

 それを聞くとブリジットは涙をいてうなづいた。

「とにかく今はこの局面を打開しなければならない。だが、おまえはアタシのそばを片時も離れるな」

 ブリジットは確たる口調でそう言った。
 本来ならば戦いに巻き込まないようボルドにはどこか安全な場所に避難しておくように告げるべきだ。
 だが今は……今だけはボルドを片時も手放す気にはなれなかった。
 
 もう二度と彼を失うまいとブリジットは心に固くちかう。
 自分の言葉にボルドが神妙な面持おももちでうなづくのを見ると、ブリジットはゆっくりと立ち上がる。
 すると頭上から声がかけられた。

「ブリジット! そのまま下まで降りなさい! 宴会場の皆を援護して!」

 そう叫んだのはクローディアだ。
 ブリジットは頭上を見上げ、20メートルほど上から自分を見下ろすクローディアに声を返す。

「馬鹿な! おまえ1人で奴とやり合うつもりか!」
「そこの情夫くんが剣を持ってきてくれたから大丈夫。アメーリアはワタシに任せなさい。それより……部下たちをお願い。ブリジット。彼女たちにはあなたの助けが必要よ」

 クローディアの決然とした声にブリジットはわずかに逡巡しゅんじゅんしたが、時間をかけずに決断した。
 今は1分1秒が惜しい時だ。

「……分かった。クローディア! おまえには言いたいこと、聞きたいことが山ほどある! 決して死ぬんじゃないぞ!」
「そっちもね! 武器なら下にいくらでも転がってるわ! そこで調達しなさい!」

 そう言うとクローディアは先ほどボルドが崖際がけぎわに突き立てた剣を手に取った。
 両手に一本ずつ剣を持つクローディアに手を上げて合図をし、ブリジットはボルドに声をかける。

「ボルド。アタシの背に乗れ。一気に下まで駆け下りるぞ」

 その言葉にボルドは四の五の言わずにすぐに彼女の背に乗った。
 下まで降りるにはそれが一番早いと分かっているからだ。
 ブリジットはボルドの重みをしっかりと背で感じる。
 彼が本当に生きていることを確かめるように。
 そして言った。

「ボルド。絶対に振り落とされないようにしっかりつかまっていろ。あと舌をまないように口は閉じていろ」
「はい」

 ボルドはブリジットの首の前に手を回すと、両手をしっかりと組み合わせる。
 そして歯を食いしばった。
 するとブリジットは足場から身をおどらせ、急斜面をほとんど飛ぶようにして駆け下りていく。
 ぐんぐんと谷底が近付いてきて、ブリジットはしっかりと地面に降り立った。
 するとそこではダニアの女たちが黒いよろいの兵士たちと交戦中だった。

 クローディアが言った通り、矢、槍、剣などの武器がそこかしこに落ちている。
 その大半は壊れていたが、中にはまだ十分に使えるものもあった。
 ボルドはサッとブリジットの背中から降りると、すぐ足元に落ちていた剣を拾い上げてそれをブリジットに手渡す。
 彼女はそれを受け取ると、自分が着ている夜着のローブをボルドにサッとかけた。
 
「預かっておいてくれ」

 そう言うとブリジットは手にした剣を頭上にかかげ、高らかに声を上げた。

「我こそは本家のブリジット! 参戦が遅れたびに100人斬ろう!」

 ボルドはローブを頭からスッポリとかぶるとブリジットの背後にひかえた。
 周囲にはそこかしこに嫌な気配がただよっている。
 全て黒いよろいの兵士たちから発せられる気配だ。
 先ほどまでブリジットと戦っていた黒髪の女の気配に似ている。

(……普通の兵士じゃない)

 それはブリジットも感じ取っていたようだが、彼女にとっては関係なかった。
 全身をよろいおおわれている兵士を沈黙ちんもくさせるなら、ねらうは一ヶ所だ。
 
「はあっ!」

 ブリジットが剣を一いっせんさせると、漆黒しっこく兵士の首が飛ぶ。
 さらにブリジットは2人3人と立て続けに首を吹っ飛ばした。
 数的劣勢れっせいな戦いに疲弊ひへいしていた女たちは、ブリジットの鬼気迫る戦いぶりを見て、息を吹き返したように歓声を上げる。

 ブリジットは折れた矢を拾い上げては漆黒しっこく兵士に投げつけ、積極的に敵を自分に引き付けた。
 そして群がって来る漆黒しっこく兵士らは次々とブリジットによって首をねられ死んでいく。
 ボルドはブリジットの背中に守られながら、その戦いをじっと見つめていた。

 もうすでに戦場はダニアの女たちで入り乱れ、本家も分家も分からなくなっていたが、今生きている全ての女たちを救うべく敵の攻撃を一手に引き受けて戦うブリジットの姿に、ボルドは女王としての気概きがいを見た。
 一族を守るために彼女は今までもこうして戦い続けてきたのだ。
 彼女の情夫として、そんな主を誇らしく思う。

 そこでボルドはアーシュラに言われたことを思い返す。
 自分が目覚めたこの奇妙な感覚をかせれば、ブリジットの役に立てるかもしれない。
 そうすれば今の情夫という役割以上にブリジットを助けることが出来る。
 トバイアスが言っていたようにただ甘い生活を与えられるだけの存在にはなりたくなかった。
 ブリジットを支え、その助けになる男になりたいとボルドは以前よりも強く思うようになっていた。

 そんなことを考えたその時、ボルドの頭にピリッとした警鐘けいしょうが鳴り響く。
 そして彼の脳裏のうりに見たことのある光景がよみがえった。
 それはボルドが以前に夢で見た光景だったのだ。
 咄嗟とっさにボルドは叫び声を上げる。

「ブリジット! 後ろです!」

 背後から漆黒しっこく兵士が向かってくるのであれば、ボルドが声を上げるまでもなくブリジット自身が察知して対処していただろう。
 だが、ボルドの声に振り返ったブリジットは怪訝けげんな表情を見せた。
 彼女の背後に立っているのは漆黒しっこく兵士ではなく、赤毛の女数人だったからだ。
 本家か分家かは分からないが、それはブリジットに加勢すべく駆け寄ってきた味方だった。
 ブリジットは不思議ふしぎそうにボルドに目を向ける。

「ボルド。一体何を……」

 その時、予期せぬ出来事が起きた。
 味方のはずの赤毛の女たちが一斉にブリジットに斬りかかったのだ。
 ブリジットは咄嗟とっさに後方に飛んでそれを避ける。

「なっ……何をする!」

 ブリジットは信じがたいといった顔で同胞の女たちを見つめる。
 だが女たちは奇妙に息が荒く、不気味な笑みを浮かべながらブリジットに詰め寄っていく。

「ブリジット。その首をもらうぞ」

 女たちはまるで悪びれる様子なくそう言った。
 その言葉にブリジットの眼光が鋭くなる。

「誰に向かって口を聞いている。身の程知らずに情けをかけるほどアタシは甘くないぞ」

 そう言うとブリジットは鋭く踏み込んで剣を振るった。
 女たちはこれに反応できず、ブリジットの剣を浴びて次々と倒れていく。
 
「何を血迷ったか知らんが、アタシに弓引く者は、たとえ同胞であっても容赦なく斬る!」

 そうは言うものの、ブリジットの剣は女たちの命までは奪わなかった。
 だが女たちの凶行はブリジットとボルドを疑心暗鬼におちいらせた。
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