蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】

枕崎 純之助

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第184話 招かれざる客

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「会わせたい人? 一体誰だ? それは」

 ブリジットはいぶかしむようにそう言う。
 今日、初めて会ったばかりのクローディアから、会わせたい人がいると言われてもまったく見当がつかなかった。
 彼女はクローディアの表情を探るように見つめる。
 クローディアは何やら堅く強張こわばったような顔をしていた。

(何だ? えない顔だな)

 事情を問いたげなブリジットの顔を見て、クローディアは気を取り直したように笑顔を取りつくろう。

「今、ワタシの部下がここに連れてくるから。会ってあげて」
「……それはアタシの知っている人物か?」

 ブリジットがそうたずねたその時、ふいに頭上で一羽の鳥がけたたましく鳴いた。
 ブリジットもクローディアも弾かれたように頭上を見上げる。
 星空の下を数羽の夜鷹よたかがグルグルと旋回せんかいする影が見える。
 本家のアデラを初めとしたとび隊の使う夜用の鳥だ。
 宴会場は本家と分家のとび隊が夜通し交代で見張りを行っていたが、夜鷹よたかが異変を感じ取ったのだ。

「敵襲か!」
「まずいわね」

 2人は顔を見合わせるとすぐに谷戸の谷間にある宴会場に降りるべく走り出した。
 女王2人で会うための信頼のあかしとしてここに武器は持ってきていない。
 だが、2人はすぐに足を止めた。
 頭上から直径50センチ以上はあろうかという岩石が高速で飛んできて足元の土を盛大に吹き飛ばしたのだ。

「くっ!」

 ブリジットもクローディアも素早く後方に飛び退いて事無きを得たが、直撃していたら致命傷だっただろう。 

「投石機か?」

 そう思ったブリジットは前方に目をらす。
 その目が驚愕きょうがくに見開かれた。
 クローディアも同様だ。

 2人の見つめる先には、今しがた飛んできた岩石よりもさらにひときわ大きな岩石を両手で頭の上に持ち上げている女の姿があった。
 およそ人間わざとは思えない膂力りょりょくを見せつけるその女は黒髪を夜風になびかせ、岩がゴロゴロしている丘陵きゅうりょう地帯の斜面の途中に立って、2人を見下ろしていた。

「あらあら。こんな夜中に女が2人で密会なんて、どんなお話をしていたのかしら。興味あるわねぇ」
「アメーリア!」

 招かれざる客の登場にクローディアが厳しい表情で声を上げた。
 対照的にアメーリアは、まるで近所の住人に挨拶あいさつでもするかのように親しげな笑みを浮かべて言う。

「あらクローディア。先日はどうも。戦いの途中で退場してしまってごめんなさい」
「今夜はあなたのことは招待していないのだけど。突然の訪問は困るわ」
「不作法は謝るわ。でも忌々いまいましい金と銀の女王を一度に殺せる好機だから、いてもたってもいられなくて、来ちゃったの」

 そう言うとアメーリアは再び岩石を投げつけてきた。

「チッ!」

 咄嗟とっさにブリジットとクローディアは左右に飛んでこれを避ける。
 ギリギリのところで2人に避けられた岩石は、彼女たちの背後の木の幹にぶつかり、ガツンという音を立てて真っ二つに割れた。
 そして木の幹はその衝撃に耐え切れずにへし折れて横倒しになる。
 その威力にブリジットは舌打ちした。
 
「あいつが……黒き魔女アメーリアか」
「ええ。そうよ。念のため言っておくけれど、あなたに会わせたいのは彼女じゃないから」
「分かっている。そんな軽口を叩いている場合じゃないぞ」

 アメーリアは嬉々として斜面を歩み降りて来る。
 そしてその背中に背負った重厚な金棒を取り出すと、それをブルンブルンと振り回して周囲の木々をぎ倒した。

「ブリジット。せっかくのトバイアス様の誘いを断るなんて馬鹿な女。何様のつもりなのか知らないけれど、蛮族の女王程度が選り好みできる立場だと思っているのかしら?」

 そう言って笑顔の中にも冷たい目でブリジットを見つめるアメーリアに、ブリジットは冷笑を浮かべる。

「フンッ。悪いがトバイアスにはちっとも魅力を感じなかったんでな。自分のれた男を他の女にそでにされて悔しかったのか? うそをつくな。本当はホッとしたんじゃないのか? 奴を他の女に取られずに済んで」

 次の瞬間、アメーリアが目にも止まらぬ速度でブリジットの眼前におどり出ていた。
 そしてまるで重さを感じていないかのように金棒を高速で振り下ろす。
 ブリジットの脳天を目がけて。

「ブリジット!」
「ぐうっ!」

 ブリジットはこれをギリギリのところで右に飛んでかわすが、金棒が地面をえぐる爆発的な衝撃で数メートル先まで転がった。

「くっ……」
「つまらない挑発はやめたほうがいいわよ。ワタクシのトバイアス様を愚弄ぐろうする人間は、地獄の苦しみを与えてから肉体の原形を留めぬほど損壊した肉塊にくかいに変えてあげますわ」

 そう言うとアメーリアは悠然ゆうぜんと金棒を振るい、ブリジットをにらみつけてから背後のクローディアにも視線を送る。
 クローディアは間の悪い襲撃に内心で歯噛はがみした。

(まずい……丸腰じゃ勝負にならない) 

 ブリジットとの秘密の逢瀬おうせのために、小刀一本すら身につけていない。
 ブリジットもそれは同様だった。
 丘陵きゅうりょうを駆け下りて宴会場まで戻れば武器はいくらでも手に入る。
 だが、アメーリアはそれを簡単に許しはしないだろう。

「さて、ブリジットとクローディア。まずはどちらをみにくい肉のかたまりに変えてあげようかしら。その綺麗きれいな顔をグチャグチャにしてあげる。先に殺されたいほうからかかってきなさい。ああ。2人同時でも一向に構わなくてよ」

 ブリジットもクローディアもアメーリアに注意を払いつつ、周囲に武器として使えるものがないか視線を走らせた。
 アメーリアが無駄むだに金棒で木々をへし折ったため、太めの枝ならば無数に散らばっている。
 すきうかがう2人にアメーリアはニヤリと笑った。

「あまりのんびりしているひまはないわよ。2人とも。下で酔いつぶれている赤毛の女たちにもすぐにお客さんが来るから」
「なに?」

 ブリジットもクローディアもハッとして丘陵きゅうりょうの下の谷間に目をやった。
 すると無数の黒い影が山を越えて谷間へと駆け下りていく様子が見えた。

「あ、あれは……」

 クローディアには見覚えがあった。
 クルヌイとりでで見た漆黒しっこくよろい姿の異常な兵士。
 火の消えた宴会場になだれ込むその無数の影は、全員がその漆黒しっこくよろいに身を包んだ、おぞましき兵士の軍団だったのだ。
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